片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
12 / 882
ライオン傭兵団編

episode09

しおりを挟む
 どこの停車場にも停ることがなかった乗合馬車が、ゆるりと停まった。

「閣下、エルダー街に着きました」

 御者が肩ごしに、恭しく告げる。

「そうか、もう着いたか」

 失神するキュッリッキを左腕に抱えながら、ベルトルドは頷いた。

「お嬢様は、その……大丈夫ですか?」

 困惑げに言う御者に、ベルトルドはにんまりと笑う。

「初めてのことに衝撃を受けて、ちょっと意識を失っているだけだ。問題ない」

 額にキスをしただけで失神してしまったキュッリッキを愛おしく見つめながら、赤みの残る頬に、そっとキスをした。

(唇にもキスしたいなあ…)

 無防備に半開きになる口を見つめ、そう思いながらも、必死に己を自制する。

 さすがに額にキスをしただけで、失神するのは予想外ではあった。それだけウブで純粋なのだと思うと、いっそう愛おしさで胸が締め付けられる。

「とはいえ、失神したままの姿で、あいつらに会わせるわけにはいかないな」

 このままにしておきたいと思いつつ小さく苦笑すると、サイ《超能力》を使ってキュッリッキの意識を揺さぶった。すると、ほどなくしてキュッリッキは瞼を震わせ、ゆっくりと目を開いた。

「ん……わっ、キャッ」

 ベルトルドの顔がアップで飛び込んできて、吃驚したキュッリッキは悲鳴を上げた。ビクッと身体を動かした拍子に、頭がベルトルドの額とぶつかってしまう。

「いでっ」

 容赦ない頭突きに、ベルトルドは思わず目を瞑った。

「ごっ、ごめんなさいっ!」

「い、いや…平気だ」

 軽く頭を振って、ベルトルドはにっこりとキュッリッキに笑いかけた。

「エルダー街に着いたよ。立てるかな?」

「あ、はい」

 いつの間に着いたんだろう? と表情に書き込んで、キュッリッキは立ち上がった。

「本物の御者のポケットにでも、入れておいてやれ」

 ベルトルドは御者に金貨5枚を手渡す。

「御意」

 御者は両手で金貨を受け取った。

「乗合馬車は銅貨3枚で良いんだよ?」

 ギョッとしながら、キュッリッキはベルトルドを見上げた。金貨は銅貨1万枚ぶんに当たる。

「ははっ、良いんだよ。本物の御者には、ちょっと眠ってもらっているから」

「え?」

 キュッリッキは御者を見る。初老に差し掛かったばかりの御者は、優しくキュッリッキに笑いかけた。

「お気をつけて」

「さあ、アジトへ行こうか」

 再びキュッリッキの手を優しくとり、二人は馬車を降りた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

処理中です...