片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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番外編・3

彼らのある日の悩み リュリュ編:かつての恋人

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 リュリュにしては珍しく、逡巡とした様子を見せていた。それに気づいたベルトルドが不思議そうに目を向ける。

「どうした、リュー?」

「う、うん……」

 返事もどこか歯切れが悪く、いつもの調子ではない。

「ちょっと、出かけてくるわ」

「どこへ?」

「あーたには関係なくってよ。大人しくお仕事してなさいな」

「俺はいつでも大真面目に仕事しているぞ!」

「ハイハイ。んじゃ」

 子供をあやすような口調でベルトルドに釘を刺すと、リュリュはベルトルドの執務室を後にした。

「なんなんだ、アイツは」

 万年筆を握り締め、ベルトルドは鼻息をフンッと吐き出した。



 つい1時間ほど前、リュリュの元に一通の文書が届けられた。

 ”アルヴィド、逮捕”

 そう一言書かれた文書を見て、リュリュはかつてないほど驚いた。タレ目もつりあがるほどに。

 副宰相の秘書官という立場から、おいそれと仕事を放棄するわけにはいかない。軍総帥、ケレヴィル所長も兼任し、副宰相という肩書きではあるが、実際は宰相の仕事をしているので、ベルトルドの仕事量は半端ではない。ハワドウレ皇国の宰相は、皇王以上に国政の長である。

 優秀な補佐官や事務官を揃えているが、それでも毎日量の減らない仕事で忙殺されていた。

 なんとか仕事の調整をつけ、副秘書官らに指示を与えると、リュリュは大急ぎで司法省を訪ねた。

 リュリュは個人的に司法省内部に顔が利く。かつての学友たちと親交が今でも続いているからだ。

「はーい、ディオーナ」

「あらリュリュさん、久しぶりじゃない」

 茶髪のショートボブがよく似合う可愛い受付の女性に声をかけると、友人のボリスを呼び出してもらう。

「今手が離せないから、上がってきてくれ、だそうです」

「判ったわ」

「今度一緒に食事しましょうね」

「ランチおごるわ。じゃねん」

 リュリュは笑顔でディオーナに手を振り、エレベーターに乗り込む。5階のスイッチを押して一息ついた。

「よお、リュリュじゃん。ボリスに用か?」

「ええ、ちょっと話したいことがあってね」

「やつなら執務室にいるよ」

「あんがと」

 エレベーターホールでかつての学友の一人とすれ違い、軽く挨拶を交わす。

 同じ扉が並ぶ廊下を進み、BORIS ABENIUSと書かれたネームプレートの貼られた扉をノックする。

「入るわよ、ボリス」

「おう」

 扉を開けると、分厚い本の山に囲まれて、デスク前に座るボリスが手を挙げていた。

 ボリスは裁判官で、かつてリュリュとは机を並べていた親友の一人だ。美男子ではないが、人当たりのいい笑顔に丸メガネの文学風壮年である。

 デスクの前にツカツカ歩み寄り、一枚の文書を差し出す。

「ねえ、この文書の」

「うん、本当なんだ。俺が裁判を担当する」

 メガネの奥の青い瞳で、じっとリュリュを見つめる。薄く化粧をはいた面は、僅かに青ざめていた。

「リュリュの恋人だったやつだもんな。一応、報せておこうと思ってさ…」

 アルヴィド・クナウストは、彼らが通っていたターヴェッティ学院の美術講師をしていた男だ。そして、リュリュとは恋人同士でもあった。

「一体、何の罪で逮捕になったの?」

「殺人。――奥さんを、殺したんだ」

「彼、結婚していたの? 女性と!?」

「うん」

 一瞬リュリュは我が耳を疑った。何故ならアルヴィドは、同性愛者なのだ。

 ボリスはそうではないが、ベルトルドと同じように、そうした同性愛にも理解がある。リュリュは同性愛というよりは、女性としての心をもっているから、正確には同性愛とは違う。それを理解し受け入れているから、リュリュとは親友でいられていた。

「俺たちが卒業してからすぐに、殺した奥さんと結婚したらしい。子供には恵まれなかったらしいから、ずっと夫婦二人きりで」

「動機は……なんだったの?」

「うーんと」

 デスクの上の書類を漁る。

「……アルヴィド先生が同性愛者だと、奥さんにバレたから、だそうだ」

 詳細は現在事情聴取の真っ最中らしい。

 リュリュは足元の絨毯を、じっと見つめた。

 かつて恋人同士であった頃の思いが胸に蘇る。

 講師と生徒、その関係を超えて、愛し合う二人になった。リュリュはアルヴィドに処女を捧げ、彼に抱かれる悦びを知った。しかし学院を卒業してから疎遠になり、自然と関係は終わりを告げる。それからずっと、思い出さないようにして忘れていた。それが、こんな形で思い出すことになろうとは。

 複雑な色を浮かべるリュリュの顔を見つめ、ボリスはため息しか出てこない。

 かつて雑学的に美術を教わった恩師が、殺人を犯して裁かなくてはならない。ただの恩師であるならここまで心が重くはならないが、親友の恋人だった男だ。もう齢60前になっている。殺人罪の懲役刑は最短でも15年と、ハワドウレ皇国では決められていた。

「本当なら、こうした情報を漏らすのは違反なんだけどさ……、ベルトルドになんとかしてもらうことって、難しいか?」

 その言葉に、リュリュはハッと顔を上げる。しかし、苦いものを口元に滲ませ、ゆるゆると首を横に振った。

「ああ見えて、ベルは真面目なのよ。悪いことをしたら、ちゃんと償え! って言われるのがオチね」

「そっかあ……」

 ベルトルドならもみ消しは可能だろう。宰相並みの権限を握っている彼の、その影響力は甚大だ。ボリスもそれを知っているから、リュリュのために助けようと情報を流したのである。

「ありがとね、ボリス。あーたの友情に感謝するわ」

 ボリスと話をしていて、もどかしい気持ちがいつの間にか消え去っていた。

 アルヴィドが逮捕されたと知ったとき、なんとかせねばと気持ちが急いた。助け出す方法を何とか見つけ出さなくては、どうすればいいのだろうと。でも、今はたった一つのことだけが、心に強く湧いてきている。

 何故、女性と結婚したのか。それだけが知りたかった。

 リュリュにとって、彼が妻を殺した動機など知っても仕方がない。正直、興味もわかない。だが、同性愛者である彼が、何故女性と結婚したのかが理解出来なかった。アルヴィドはしがない美術講師で、実家は裕福でも血統継続を重んじる家柄でもなく、子孫を残さねばならないという考えも毛頭なかったはずだ。

 学院を卒業してからは、ずっと多忙を極める毎日だった。それが原因だとすれば、腹いせにでも女性と結婚する気になったのか。それにしては、20年以上も夫婦を続けていられるのも不思議だ。

 アルヴィドはリュリュのような、心は女だが、身体は男という性の狭間で悩む人間を愛するタイプだったはずだ。なので、同性愛とも少し違う所がある。アルヴィドのそうした複雑な性癖を考えると、女性と結婚したというのはリュリュには理解しがたいことだった。

 他愛ない雑談を交わし、リュリュはボリスの部屋を辞した。



 それから半月後、ベルトルドから一通の文書を渡された。

「司法省からだ。お前宛なようだが、間違って俺のところへきていた。相変わらず元気そうだな、ボリスの奴は」

 ギクッとしながら、リュリュは慌てて文書を受け取る。そして内容を目にして、眉をしかめた。

 アルヴィドが獄中自殺を図り、そして死亡したことを記してあった。まだ、裁判すら開かれていなかった。

「今日はもう、帰っていいぞ」

 辛そうに文書を見ていたリュリュは、ブンブン顔を横に振ると、両手を腰に当てる。

「なによ、ヘンな同情はよしてちょうだい!」

「恋人だったじゃないか」

「そう。だった、よ。今更昔の恋人が死んだからって、めそめそする年でもないわよ。青臭いガキじゃあるまいし」

 それよりも、とリュリュは身を乗り出す。

「今日もたっぷり仕事が残ってるんだから、小娘にばっかり気を取られてないで、パパッと片付けちゃいなさいヨ!」

「驚異のスピードでやっとるわい!!」

 ベルトルドは処理した書類の山を指さす。

「だったら、ご褒美にお茶でも淹れてきてあげるわ」

 リュリュは踵を返し、執務室に隣接する給湯室へ向かう。

「お前と会えない日々に落ち込んでいた時に、知り合ったんだそうだ。優しくされて、ふと結婚してみる気になって20年以上夫婦生活を楽しんだ。ところが、隠れて関係を持っていた、心は女の男の愛人が、妻の友人の息子であったことで、同性愛者だと発覚して喧嘩になったらしい。カッとなって弾みで殺したが、妻のことも愛していた。だから後追い自殺した」

 頬杖をついてそっぽを向いたベルトルドから語られた真相を、リュリュは振り向かず聞いていた。

 性癖なんてものは、他人には伺い知れないものだ。自分自身でさえ気づいていない人が殆どだろう。アルヴィドは、相手が男性であろうと女性であろうと、性など関係なく愛せる人だったのだ。

 彼は性癖がバレて妻を手にかけたわけじゃない。

 浮気がバレて、焦ってしまったのだ。

 真実が判ってしまえば、なんと陳腐なことか。

 それでも――。

「ねえベル、新聞には載らないように、圧力かけといてちょうだい」

「………おう、任せとけ」

「ありがとン、ベル」
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