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最終章 永遠の翼
episode805
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「やあ、おかえりサーラ」
島の小さな港で、背の高いハンサムな男が笑顔で手を振っていた。
「ただいまリクハルド」
サーラも笑顔で手を振り返し、器用にクルーザーを接岸させる。
「みんな家に集まってるよ。――おかえりリュー君、遠いところ疲れただろう」
手を差し出しながら、リクハルドがリュリュを出迎えた。
「お久しぶりね、リクハルドおじさん。改めて来ると、ホント遠いわ、ここ」
苦笑しながら手を握り返し、リュリュは後ろを振り向く。
「お客様を二人連れてきたわ。おじさんの美味しい昼食が楽しみね」
次にメルヴィンが名乗りながら降りて、最後にキュッリッキが降りる。
「えっ!? リューディアちゃん???」
青灰色の瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開き、リクハルドはキュッリッキの顔を食い入るように見つめた。
「違うわよ、ンもう。夫婦揃っておんなじ反応で笑っちゃうわね」
「えっと……キュッリッキです」
どんな表情をとればいいか困りながら、キュッリッキは肩をすくめ名乗った。
「小娘、あと4人分同じリアクションが待ってるから、覚悟なさい」
「……」
リクハルドに案内されて、彼の家へと向かう。
ログハウスのような、大きくて素敵な家が出迎えてくれた。
「さあ、遠慮しないでくつろいでくれ」
ドアを開けてスタスタ入っていくリクハルドに続いて、3人は家へと入る。
家の外観は見たままの丸太を積んだようなものだったが、内装は真っ白な漆喰を壁に塗り固め、天井などはログの雰囲気を生かした作りになっている。濃い緑の観葉植物が所々に置かれて、目に優しく明るく綺麗だ。
広々としたリビングに通された3人は、新たな4人の人物に迎えられた。
「リューディア!?」
いの一番に素っ頓狂な声を上げたのは、白い毛が混じった頭髪の男だった。そして、それに呼応するかのように、次々に「リューディア」と声があがる。
「チガウわよ、パパ」
ずいっと身を乗り出し、片手を腰に当てたリュリュがぴしゃりと言い放つ。
「小娘も困ってるでしょ。この子はキュッリッキっていうの。そしてこっちはメルヴィンよ」
紹介されて、二人は軽く会釈した。
「そ……そうか…」
驚きの表情を浮かべたまま、男は自らに言い聞かせるように何度か頷いた。
「紹介するわね。こっちがアタシのパパでクスタヴィ、ママのカーリナ。こっちはアルカネットのパパのイスモ、ママのレンミッキよ」
イスモとレンミッキは、ベルトルドの記憶で見た姿とあまり変わっていない。二人もまたアイオン族だ。
一方リュリュの両親は、すっかり年老いている。しかし、記憶で見た若い頃の面影は健在だった。
紹介された4人は動揺はそのままに、それぞれ短く挨拶をして座った。
「さあ、3人とも座りなさい」
リクハルドがすすめてくれたソファに、3人は並んで座った。
丸いガラスのテーブルを挟んで、7人は向かい合って黙り込んだ。相変わらず両親たちはキュッリッキをマジマジと見つめ、その視線に落ち着かない気分で、キュッリッキは内心ため息の連続だ。
延々会話の糸口が見つからないまま、静かなリビングには波の音と、時折小鳥のさえずる声が聞こえてくるだけだった。
「喉が渇いただろう。俺特製のスペシャルハーブアイスティーをどうぞ」
大きなグラスに琥珀色のアイスティーがなみなみと注がれ、氷がカランっと音を立てて涼しげだ。
リクハルドは3人の前にそれぞれ置くと、一人用のソファに座る。
「お待たせー……って、なあにこの辛気臭い雰囲気は」
サーラはリビングの雰囲気にちょっとひきつつ、リクハルドの座るソファの肘掛に腰を下ろした。
「まあ、アタシたちが来たのは、辛気臭い用事でなんだケド…ね」
リュリュは軽く肩をすくめ、そして足元に置いてあったカバンの中から、二つの小さな柩のような箱を取り出し、テーブルに並べた。
「察しは付いていると思うケド、こっちはベルトルド、こっちはアルカネットの遺灰が入っているわ」
サーラ、リクハルド、イスモ、レンミッキの4人は、形容しがたい表情で、我が子の遺灰の収められた箱を見つめていた。
ベルトルドとアルカネットが死んだ旨は、あらかじめサーラとレンミッキに伝えてある。詳細は報せていないが、葬儀の都合で連絡する必要があったのだ。
「そう…。こんなになっちゃったのね…」
サーラはベルトルドの柩を手に取ると、そっと頬ずりした。
「俺たちより早く逝くんだろうな、とは、もうだいぶ前から漠然と思っていたんだよ。片方の翼を引きちぎって、リューディアちゃんの墓前に供えた姿を見たときに」
リクハルドは悲しげに顔を歪め、我が子の柩に片手を乗せる。
「死ぬなら好きな女の上で励んで死ねよ、って言い含めておいたんだけどなあ。違うんだろ?」
「ええ、残念ながらチガウわ…」
悲しみの表情と言動が一致しないリクハルドを見て、メルヴィンは内心、
(親子だ……)
と、ため息をついた。
「アルカネットは、どの人格で死んだのかしら…?」
目に涙をいっぱい浮かべたレンミッキが言うと、リュリュはキュッリッキを見た。
「えと、優しいアルカネットさんだよ」
アルカネットが多重人格であったことは、キュッリッキはまだ聞かされていない。しかし人格、という言い方で、薄々察しが付いていた。
「そう……」
涙をこぼしながら、レンミッキは我が子の柩を胸に押し抱き、イスモは妻の肩を抱き寄せ泣いていた。
「強大な魔法スキル〈才能〉を持ち、訳のわからない人格が色々出てきて、怖かったんだ…。自分の子だというのに。だから家を出て遠い学校へ進学すると聞いたときは、正直ホッとしてしまった。――手元に置いて育てた時間のほうが短いのに、やっぱり悲しいな」
後から後から、涙がこぼれて服を濡らしていく。
イスモの本音は、リュリュやサーラ達にも理解出来た。たとえ我が子だとしても、深い部分まで理解しあうのは難しい。ずっと離れて暮らしていたからなおさらだ。こんな灰の姿で帰郷されてしまい、イスモもレンミッキも、沢山の無念と後悔を噛み締めていた。
リュリュはゆっくりと、これまでの経緯を語りだした。
ベルトルドとアルカネットの両親には、聞く義務がある。そして、包み隠さず報告する義務もまた、リュリュにはあった。
一連の事件の始まりは、このシャシカラ島から起こったのだから。
島の小さな港で、背の高いハンサムな男が笑顔で手を振っていた。
「ただいまリクハルド」
サーラも笑顔で手を振り返し、器用にクルーザーを接岸させる。
「みんな家に集まってるよ。――おかえりリュー君、遠いところ疲れただろう」
手を差し出しながら、リクハルドがリュリュを出迎えた。
「お久しぶりね、リクハルドおじさん。改めて来ると、ホント遠いわ、ここ」
苦笑しながら手を握り返し、リュリュは後ろを振り向く。
「お客様を二人連れてきたわ。おじさんの美味しい昼食が楽しみね」
次にメルヴィンが名乗りながら降りて、最後にキュッリッキが降りる。
「えっ!? リューディアちゃん???」
青灰色の瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見開き、リクハルドはキュッリッキの顔を食い入るように見つめた。
「違うわよ、ンもう。夫婦揃っておんなじ反応で笑っちゃうわね」
「えっと……キュッリッキです」
どんな表情をとればいいか困りながら、キュッリッキは肩をすくめ名乗った。
「小娘、あと4人分同じリアクションが待ってるから、覚悟なさい」
「……」
リクハルドに案内されて、彼の家へと向かう。
ログハウスのような、大きくて素敵な家が出迎えてくれた。
「さあ、遠慮しないでくつろいでくれ」
ドアを開けてスタスタ入っていくリクハルドに続いて、3人は家へと入る。
家の外観は見たままの丸太を積んだようなものだったが、内装は真っ白な漆喰を壁に塗り固め、天井などはログの雰囲気を生かした作りになっている。濃い緑の観葉植物が所々に置かれて、目に優しく明るく綺麗だ。
広々としたリビングに通された3人は、新たな4人の人物に迎えられた。
「リューディア!?」
いの一番に素っ頓狂な声を上げたのは、白い毛が混じった頭髪の男だった。そして、それに呼応するかのように、次々に「リューディア」と声があがる。
「チガウわよ、パパ」
ずいっと身を乗り出し、片手を腰に当てたリュリュがぴしゃりと言い放つ。
「小娘も困ってるでしょ。この子はキュッリッキっていうの。そしてこっちはメルヴィンよ」
紹介されて、二人は軽く会釈した。
「そ……そうか…」
驚きの表情を浮かべたまま、男は自らに言い聞かせるように何度か頷いた。
「紹介するわね。こっちがアタシのパパでクスタヴィ、ママのカーリナ。こっちはアルカネットのパパのイスモ、ママのレンミッキよ」
イスモとレンミッキは、ベルトルドの記憶で見た姿とあまり変わっていない。二人もまたアイオン族だ。
一方リュリュの両親は、すっかり年老いている。しかし、記憶で見た若い頃の面影は健在だった。
紹介された4人は動揺はそのままに、それぞれ短く挨拶をして座った。
「さあ、3人とも座りなさい」
リクハルドがすすめてくれたソファに、3人は並んで座った。
丸いガラスのテーブルを挟んで、7人は向かい合って黙り込んだ。相変わらず両親たちはキュッリッキをマジマジと見つめ、その視線に落ち着かない気分で、キュッリッキは内心ため息の連続だ。
延々会話の糸口が見つからないまま、静かなリビングには波の音と、時折小鳥のさえずる声が聞こえてくるだけだった。
「喉が渇いただろう。俺特製のスペシャルハーブアイスティーをどうぞ」
大きなグラスに琥珀色のアイスティーがなみなみと注がれ、氷がカランっと音を立てて涼しげだ。
リクハルドは3人の前にそれぞれ置くと、一人用のソファに座る。
「お待たせー……って、なあにこの辛気臭い雰囲気は」
サーラはリビングの雰囲気にちょっとひきつつ、リクハルドの座るソファの肘掛に腰を下ろした。
「まあ、アタシたちが来たのは、辛気臭い用事でなんだケド…ね」
リュリュは軽く肩をすくめ、そして足元に置いてあったカバンの中から、二つの小さな柩のような箱を取り出し、テーブルに並べた。
「察しは付いていると思うケド、こっちはベルトルド、こっちはアルカネットの遺灰が入っているわ」
サーラ、リクハルド、イスモ、レンミッキの4人は、形容しがたい表情で、我が子の遺灰の収められた箱を見つめていた。
ベルトルドとアルカネットが死んだ旨は、あらかじめサーラとレンミッキに伝えてある。詳細は報せていないが、葬儀の都合で連絡する必要があったのだ。
「そう…。こんなになっちゃったのね…」
サーラはベルトルドの柩を手に取ると、そっと頬ずりした。
「俺たちより早く逝くんだろうな、とは、もうだいぶ前から漠然と思っていたんだよ。片方の翼を引きちぎって、リューディアちゃんの墓前に供えた姿を見たときに」
リクハルドは悲しげに顔を歪め、我が子の柩に片手を乗せる。
「死ぬなら好きな女の上で励んで死ねよ、って言い含めておいたんだけどなあ。違うんだろ?」
「ええ、残念ながらチガウわ…」
悲しみの表情と言動が一致しないリクハルドを見て、メルヴィンは内心、
(親子だ……)
と、ため息をついた。
「アルカネットは、どの人格で死んだのかしら…?」
目に涙をいっぱい浮かべたレンミッキが言うと、リュリュはキュッリッキを見た。
「えと、優しいアルカネットさんだよ」
アルカネットが多重人格であったことは、キュッリッキはまだ聞かされていない。しかし人格、という言い方で、薄々察しが付いていた。
「そう……」
涙をこぼしながら、レンミッキは我が子の柩を胸に押し抱き、イスモは妻の肩を抱き寄せ泣いていた。
「強大な魔法スキル〈才能〉を持ち、訳のわからない人格が色々出てきて、怖かったんだ…。自分の子だというのに。だから家を出て遠い学校へ進学すると聞いたときは、正直ホッとしてしまった。――手元に置いて育てた時間のほうが短いのに、やっぱり悲しいな」
後から後から、涙がこぼれて服を濡らしていく。
イスモの本音は、リュリュやサーラ達にも理解出来た。たとえ我が子だとしても、深い部分まで理解しあうのは難しい。ずっと離れて暮らしていたからなおさらだ。こんな灰の姿で帰郷されてしまい、イスモもレンミッキも、沢山の無念と後悔を噛み締めていた。
リュリュはゆっくりと、これまでの経緯を語りだした。
ベルトルドとアルカネットの両親には、聞く義務がある。そして、包み隠さず報告する義務もまた、リュリュにはあった。
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