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最終章 永遠の翼
episode794
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襟と袖口に白いレースをあしらった、濃紺のベルベット生地のワンピースを選んで、濃紺色のリボンを髪に結んでもらう。こうして身支度が整うと、追い出されるようにして食堂へ向かわされた。
部屋の主が朝食をとっている間に、メイドたちが数名で掃除やベッドメイクなどを終わらせるのだ。それが判っているので、キュッリッキは素直に食堂へと向かった。
食堂へ入ると、メルヴィンとタルコットとランドンの3人しかいない。棚の上に置かれた時計を見ると、もう朝の8時を回っている。
タルコットもランドンも、まだ疲れた顔をしていた。二人とも朝は早い方なので、習性で起きてしまったのだろう。
キュッリッキは自分の席に着くと、ふと斜め前のベルトルドの席を見る。
「ベルトルドさん、まだ寝てるのかな。アルカネットさんも」
ハッとした空気が食堂に漂う。
「それに、お皿とか食器が並んでないよ? なんで?」
首を傾げたキュッリッキは、向かい側に立つセヴェリを見る。
「それは…」
心底困ったようにセヴェリが言い淀んでいると、
「ベルもアルも、もう食事をする必要がなくなったからよ」
そう言いながら、リュリュが颯爽と食堂に姿を現した。その後ろから、ライオンの残りの仲間たちも食堂に入ってくる。
「食事をする必要がないって……どうして?」
「だって、もう死んじゃってるんだもの」
「え…」
「リュリュさん!」
リュリュを咎めるようにメルヴィンが席を立つ。しかしリュリュは目もくれず、キュッリッキをタレ目でしっかりと見据えた。
「あーたも看取ったんでしょ、二人を。フリングホルニの中で、ベルトルドとアルカネット両名は死んだの」
キュッリッキは暫くほうけたような顔でリュリュを見つめた。食堂にいる仲間たちも、固唾を飲んで二人を見守っている。
脳裏では、フリングホルニの中での出来事が、ゆっくりと再生されていく。
胸に大きな穴を開けられ、血だまりの中で絶命していたアルカネット。そして、指先一つ動かせず横たわって、静かに息を引き取ったベルトルド。
ちゃんと、二人の死を見た。
二人は、死んでしまったのだ――。
「あぅぁ…アァ…」
キュッリッキの呼吸が急に荒くなり、目を大きく開いて、大粒の涙をこぼし始めた。
身体がガクガクと震えだし、ついには椅子から落ちて倒れてしまった。
「リッキー!」
「小娘!」
リュリュは慌ててキュッリッキを抱き起こしたが、激しく胸を突き飛ばされて、後ろに尻餅をついた。
「ウソだ! ウソ! ウソ! ベルトルドさんもアルカネットさんも、死んでなんかないもん!」
怒りで顔を真っ赤にして、涙をあふれさせながらキュッリッキは怒鳴った。
「ベルトルドさんもアルカネットさんも、寝てただけだもん! すぐ起きてくるんだからウソ言わないでよ!!」
ハア、ハア、と肩を激しく喘がせて、キュッリッキはリュリュを睨みつける。
頭の中では、二人の死んだ姿がフラッシュバックしている。それでもキュッリッキの心は二人の死を拒絶し続けた。
「リッキーって言いながら、抱きしめてキスしてくるんだから。それで二人ともいつも喧嘩して、でもやっぱり毎日そうしてきて」
そんな当たり前の日々が、続いていくだけなのに。
「アタシに酷いことしたのに、したのに…」
もう、帰ってこない。
「ベルトルドさん……アルカネットさん……」
「小娘…」
「わあああああああああああっ!」
ついにキュッリッキは二人の死を認め、絶叫した。
リュリュは身体を起こし、目の前で泣き崩れるキュッリッキをしっかりと抱きしめた。
「イイ子ね。今はとにかく沢山泣きなさい」
キュッリッキの頭を優しく撫でながら、リュリュは沈痛な面持ちで目を伏せた。
10分くらい泣くに泣いたキュッリッキは、いつもなら疲れて寝てしまうが、ぐすりながらも寝なかった。
リュリュはキュッリッキをメルヴィンに任せ、アルカネットの席だった椅子に座る。
「昨日の今日で、まだまだ疲れてるところ悪いんだけど、大事な話があるからゴメンナサイネ」
両肘をテーブルについて、組んだ手の上に顎を乗せると、朝食をもそもそ食べるライオン傭兵団に顔を向ける。
「ベルトルドとアルカネットの葬儀なんだけどね、もう国の要職を辞している二人だし、死に方も死に方、世界に大迷惑をかけてるし――そこは秘密だけど――大っぴろにやるわけにもいかないから、密葬で済ませようと思ってたの。そしたら二人の死がダエヴァたちから漏れたのか、聞きつけた軍や行政、皇王様までが葬儀に参列したいと言い出しちゃって」
「そらあ……」
ギャリーがうんざりした顔で肩をすくめると、ルーファスも頷く。
「なんで死んだのかとか、めんどくさいコトが発生しちゃいますね」
「そうなのン。だから密葬にすると強調したんだけど、だ~れも聞き入れてくれなくって。なので、事情は聞かない約束で、参列者込みで葬儀を行うことにしたわ」
「慕われてたんですね……二人とも」
ペルラがぽつりとこぼすと、リュリュは苦笑する。
「驚くことに結構ネ」
「そうなると、随分と要人ばっかりが並びますよね、どこでやるんです?」
首をかしげたルーファスに、リュリュは頷く。
「ハーメンリンナの中の大広場でやるわ」
「まあ、そうなりますよね……」
尻尾をほたほた振りながら、シビルが苦笑気味に呟いた。
「あーたたちもしっかり参列するのよ」
ええええええっ!? と食堂に絶叫が沸く。
「あったりまえでしょ! 恩知らずな悲鳴をあげンじゃないわよ!!」
ドンッと拳でテーブルを叩き、リュリュは一同を睨みつける。
「そして小娘、あーたは二人の最も近しい身内として参列するのよ」
部屋の主が朝食をとっている間に、メイドたちが数名で掃除やベッドメイクなどを終わらせるのだ。それが判っているので、キュッリッキは素直に食堂へと向かった。
食堂へ入ると、メルヴィンとタルコットとランドンの3人しかいない。棚の上に置かれた時計を見ると、もう朝の8時を回っている。
タルコットもランドンも、まだ疲れた顔をしていた。二人とも朝は早い方なので、習性で起きてしまったのだろう。
キュッリッキは自分の席に着くと、ふと斜め前のベルトルドの席を見る。
「ベルトルドさん、まだ寝てるのかな。アルカネットさんも」
ハッとした空気が食堂に漂う。
「それに、お皿とか食器が並んでないよ? なんで?」
首を傾げたキュッリッキは、向かい側に立つセヴェリを見る。
「それは…」
心底困ったようにセヴェリが言い淀んでいると、
「ベルもアルも、もう食事をする必要がなくなったからよ」
そう言いながら、リュリュが颯爽と食堂に姿を現した。その後ろから、ライオンの残りの仲間たちも食堂に入ってくる。
「食事をする必要がないって……どうして?」
「だって、もう死んじゃってるんだもの」
「え…」
「リュリュさん!」
リュリュを咎めるようにメルヴィンが席を立つ。しかしリュリュは目もくれず、キュッリッキをタレ目でしっかりと見据えた。
「あーたも看取ったんでしょ、二人を。フリングホルニの中で、ベルトルドとアルカネット両名は死んだの」
キュッリッキは暫くほうけたような顔でリュリュを見つめた。食堂にいる仲間たちも、固唾を飲んで二人を見守っている。
脳裏では、フリングホルニの中での出来事が、ゆっくりと再生されていく。
胸に大きな穴を開けられ、血だまりの中で絶命していたアルカネット。そして、指先一つ動かせず横たわって、静かに息を引き取ったベルトルド。
ちゃんと、二人の死を見た。
二人は、死んでしまったのだ――。
「あぅぁ…アァ…」
キュッリッキの呼吸が急に荒くなり、目を大きく開いて、大粒の涙をこぼし始めた。
身体がガクガクと震えだし、ついには椅子から落ちて倒れてしまった。
「リッキー!」
「小娘!」
リュリュは慌ててキュッリッキを抱き起こしたが、激しく胸を突き飛ばされて、後ろに尻餅をついた。
「ウソだ! ウソ! ウソ! ベルトルドさんもアルカネットさんも、死んでなんかないもん!」
怒りで顔を真っ赤にして、涙をあふれさせながらキュッリッキは怒鳴った。
「ベルトルドさんもアルカネットさんも、寝てただけだもん! すぐ起きてくるんだからウソ言わないでよ!!」
ハア、ハア、と肩を激しく喘がせて、キュッリッキはリュリュを睨みつける。
頭の中では、二人の死んだ姿がフラッシュバックしている。それでもキュッリッキの心は二人の死を拒絶し続けた。
「リッキーって言いながら、抱きしめてキスしてくるんだから。それで二人ともいつも喧嘩して、でもやっぱり毎日そうしてきて」
そんな当たり前の日々が、続いていくだけなのに。
「アタシに酷いことしたのに、したのに…」
もう、帰ってこない。
「ベルトルドさん……アルカネットさん……」
「小娘…」
「わあああああああああああっ!」
ついにキュッリッキは二人の死を認め、絶叫した。
リュリュは身体を起こし、目の前で泣き崩れるキュッリッキをしっかりと抱きしめた。
「イイ子ね。今はとにかく沢山泣きなさい」
キュッリッキの頭を優しく撫でながら、リュリュは沈痛な面持ちで目を伏せた。
10分くらい泣くに泣いたキュッリッキは、いつもなら疲れて寝てしまうが、ぐすりながらも寝なかった。
リュリュはキュッリッキをメルヴィンに任せ、アルカネットの席だった椅子に座る。
「昨日の今日で、まだまだ疲れてるところ悪いんだけど、大事な話があるからゴメンナサイネ」
両肘をテーブルについて、組んだ手の上に顎を乗せると、朝食をもそもそ食べるライオン傭兵団に顔を向ける。
「ベルトルドとアルカネットの葬儀なんだけどね、もう国の要職を辞している二人だし、死に方も死に方、世界に大迷惑をかけてるし――そこは秘密だけど――大っぴろにやるわけにもいかないから、密葬で済ませようと思ってたの。そしたら二人の死がダエヴァたちから漏れたのか、聞きつけた軍や行政、皇王様までが葬儀に参列したいと言い出しちゃって」
「そらあ……」
ギャリーがうんざりした顔で肩をすくめると、ルーファスも頷く。
「なんで死んだのかとか、めんどくさいコトが発生しちゃいますね」
「そうなのン。だから密葬にすると強調したんだけど、だ~れも聞き入れてくれなくって。なので、事情は聞かない約束で、参列者込みで葬儀を行うことにしたわ」
「慕われてたんですね……二人とも」
ペルラがぽつりとこぼすと、リュリュは苦笑する。
「驚くことに結構ネ」
「そうなると、随分と要人ばっかりが並びますよね、どこでやるんです?」
首をかしげたルーファスに、リュリュは頷く。
「ハーメンリンナの中の大広場でやるわ」
「まあ、そうなりますよね……」
尻尾をほたほた振りながら、シビルが苦笑気味に呟いた。
「あーたたちもしっかり参列するのよ」
ええええええっ!? と食堂に絶叫が沸く。
「あったりまえでしょ! 恩知らずな悲鳴をあげンじゃないわよ!!」
ドンッと拳でテーブルを叩き、リュリュは一同を睨みつける。
「そして小娘、あーたは二人の最も近しい身内として参列するのよ」
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