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最終章 永遠の翼
episode787
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地下に降りていくと、上等な馬車が数台ズラッと並んで停まっていた。
「ベルたちを止めてくれたあーたたちを、もう荷馬車に押し込めたりしなくてよ。乗んなさい」
リュリュ、パウリ少佐、メルヴィン、キュッリッキが先頭の馬車に乗り、みんなそれぞれの馬車に乗り込んだ。
全員が馬車に乗り込んだことを確認し、先頭の馬車から走り始めた。
メルヴィンと向かい合って座ったリュリュは、メルヴィンに抱かれて眠っているキュッリッキを見つめた。
亡き姉と同じ顔をしているキュッリッキが、召喚スキル〈才能〉を持つアルケラの巫女であり、ベルトルドとアルカネットの復讐の道具になりかけたことは、リュリュにとって、筆舌に尽くしがたい想いだった。
姉の生まれ変わりだったら、どうしていただろうと。しかし人は死して、転生することがないという。以前キュッリッキから聞いたことだ。
死後魂はニヴルヘイムという死の国に迎えられ、氷の中に閉ざされ、永遠の安息を得るのだという。
氷の中で癒された魂は、やがて静かに消え去り、転生することはない。それで完全に死んだことになるのだ。
魂が完全に消滅する時間は決まっていない。それなら、もしかしたらニヴルヘイムにて、リューディアと二人は再会出来るかもしれない。
リューディアのことだから、きっと二人を待っていてくれているはずだ。
根拠のない想像を、何故かリュリュは確信していた。
暑い暑い南の島の生まれなのに、魂の安息が氷の世界というのは、果たして癒されるのだろうかと、ちょっと思ってリュリュは苦笑を浮かべる。
リュリュの苦笑いに気づいてメルヴィンが顔を上げたとき、腕の中でキュッリッキが身じろぎして、目を覚ました。
「……ん…」
「いいタイミングで目を覚ましたわね、小娘」
「? あれ?」
キュッリッキは暫し周囲を見回し、暗い車中に目を丸くする。
「今灯りをつけますね」
くすっと笑って、パウリ少佐が車内の小さなランプに火を灯してくれた。
「馬車に乗ってるんだね、何処へ行くの?」
「もう着いたわよ」
リュリュがニヤッと笑うと、馬車は静かに停止した。そして御者を務めていた軍人が、急いで扉を開いてくれる。
「降りなさい」
率先して降りていくリュリュに促され、メルヴィンはキュッリッキを抱いたまま降りると、そっと降ろしてやった。
「あっ」
メルヴィンが小さく声を上げると、馬車から続々降りたライオン傭兵団も、どよっとする。
「どうしたの? メルヴィン」
振り向いてメルヴィンと同じ方向を見て、キュッリッキも目を見張った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ご無事で良かったですわ」
目の前にセヴェリとリトヴァが並んで立って、頭を下げている。そしてその奥には、見慣れた大きな屋敷が立っていた。
「ベルトルドさんのお家?」
「そうよん」
リュリュは片手を腰に当てると、屋敷を見上げる。
「ここはハーメンリンナじゃなく、イララクスの郊外にある海辺の高級別荘地なの。小娘が以前住んでいたハーツイーズに、ちょっと近いところにあるわ」
「キティラね」
キュッリッキが思い出したように言うと、リュリュは頷いた。
「そう。イララクスの中心部からはちょっと離れてるけど、豪華な屋敷しか並んでない土地だから、電力の供給もあるし、静かでいいところよ」
「皆様、立ち話もなんですし、中へお入りください。お食事の用意もできておりますし」
「そうね、そうさせていただきましょう」
一同は食堂へ通されると、酒や食事を振舞われ、みんなひとまず息をついた。
疲れたり何かあると食欲が減退するキュッリッキには、食べやすいよう好きなムース菓子が用意され、キュッリッキも少しムースを口に入れた。
「前にハーメンリンナの屋敷に押しかけに行ったとき、屋敷が丸ごとなくなってて驚いたんですが、もしかして…」
「そっ。ベルが屋敷や庭を丸ごとここに移築したの」
本来解体して運び出すものだが、空間転移が操れたベルトルドならではの荒業である。
「でも一体、なんのために?」
「小娘とあーたのためよ、メルヴィン」
「オレ?」
「そうよ。小娘の未来の旦那様のため」
「えっ…」
思わず顔を赤らめるメルヴィンに、リュリュはくすくすと笑う。
「口ではなんだかんだ言ってても、ちゃーんと認めちゃってくれてたのよ、あーたのこと。この屋敷はベルのものだけど、小娘所有の家でもあるの。正式に結婚してはいないけど、小娘とあーたの共同名義に書き換えられているわ」
「逆玉…」
隣でタルコットがぽつりと言う。
「ハーメンリンナの中に残しておいても良かったけど、ベルがね『どーせライオンの連中はお堅い所は嫌だなんだ言って近寄らないだろ。そしたらリッキーがつまんながるからな』て言ってね、ハーメンリンナの外に出しちゃったってわけ」
図星だ、という雰囲気が食堂に漂った。
「暫くはイララクスの復興、アジトの再建であーたたちも仮の家が必要でしょ。落ち着くまでは、ここに居候させてもらいなさい」
「そうです、再建しないと」
ハッとしてカーティスが呟く。
「開店休業状態になるだろうけど、後ろ盾についてたベルから、色々なものを預かってるの。あとで説明したり渡したりがあるから、顔貸しなさいカーティス」
「はい」
「メルヴィンはあとで、セヴェリから説明してもらいなさい」
「判りました」
「とにかく今夜は、酒でも飲んで身体をゆっくり休ませないさい。もうちょっとしたらヴィヒトリも診察に来てくれるから」
「ベルたちを止めてくれたあーたたちを、もう荷馬車に押し込めたりしなくてよ。乗んなさい」
リュリュ、パウリ少佐、メルヴィン、キュッリッキが先頭の馬車に乗り、みんなそれぞれの馬車に乗り込んだ。
全員が馬車に乗り込んだことを確認し、先頭の馬車から走り始めた。
メルヴィンと向かい合って座ったリュリュは、メルヴィンに抱かれて眠っているキュッリッキを見つめた。
亡き姉と同じ顔をしているキュッリッキが、召喚スキル〈才能〉を持つアルケラの巫女であり、ベルトルドとアルカネットの復讐の道具になりかけたことは、リュリュにとって、筆舌に尽くしがたい想いだった。
姉の生まれ変わりだったら、どうしていただろうと。しかし人は死して、転生することがないという。以前キュッリッキから聞いたことだ。
死後魂はニヴルヘイムという死の国に迎えられ、氷の中に閉ざされ、永遠の安息を得るのだという。
氷の中で癒された魂は、やがて静かに消え去り、転生することはない。それで完全に死んだことになるのだ。
魂が完全に消滅する時間は決まっていない。それなら、もしかしたらニヴルヘイムにて、リューディアと二人は再会出来るかもしれない。
リューディアのことだから、きっと二人を待っていてくれているはずだ。
根拠のない想像を、何故かリュリュは確信していた。
暑い暑い南の島の生まれなのに、魂の安息が氷の世界というのは、果たして癒されるのだろうかと、ちょっと思ってリュリュは苦笑を浮かべる。
リュリュの苦笑いに気づいてメルヴィンが顔を上げたとき、腕の中でキュッリッキが身じろぎして、目を覚ました。
「……ん…」
「いいタイミングで目を覚ましたわね、小娘」
「? あれ?」
キュッリッキは暫し周囲を見回し、暗い車中に目を丸くする。
「今灯りをつけますね」
くすっと笑って、パウリ少佐が車内の小さなランプに火を灯してくれた。
「馬車に乗ってるんだね、何処へ行くの?」
「もう着いたわよ」
リュリュがニヤッと笑うと、馬車は静かに停止した。そして御者を務めていた軍人が、急いで扉を開いてくれる。
「降りなさい」
率先して降りていくリュリュに促され、メルヴィンはキュッリッキを抱いたまま降りると、そっと降ろしてやった。
「あっ」
メルヴィンが小さく声を上げると、馬車から続々降りたライオン傭兵団も、どよっとする。
「どうしたの? メルヴィン」
振り向いてメルヴィンと同じ方向を見て、キュッリッキも目を見張った。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ご無事で良かったですわ」
目の前にセヴェリとリトヴァが並んで立って、頭を下げている。そしてその奥には、見慣れた大きな屋敷が立っていた。
「ベルトルドさんのお家?」
「そうよん」
リュリュは片手を腰に当てると、屋敷を見上げる。
「ここはハーメンリンナじゃなく、イララクスの郊外にある海辺の高級別荘地なの。小娘が以前住んでいたハーツイーズに、ちょっと近いところにあるわ」
「キティラね」
キュッリッキが思い出したように言うと、リュリュは頷いた。
「そう。イララクスの中心部からはちょっと離れてるけど、豪華な屋敷しか並んでない土地だから、電力の供給もあるし、静かでいいところよ」
「皆様、立ち話もなんですし、中へお入りください。お食事の用意もできておりますし」
「そうね、そうさせていただきましょう」
一同は食堂へ通されると、酒や食事を振舞われ、みんなひとまず息をついた。
疲れたり何かあると食欲が減退するキュッリッキには、食べやすいよう好きなムース菓子が用意され、キュッリッキも少しムースを口に入れた。
「前にハーメンリンナの屋敷に押しかけに行ったとき、屋敷が丸ごとなくなってて驚いたんですが、もしかして…」
「そっ。ベルが屋敷や庭を丸ごとここに移築したの」
本来解体して運び出すものだが、空間転移が操れたベルトルドならではの荒業である。
「でも一体、なんのために?」
「小娘とあーたのためよ、メルヴィン」
「オレ?」
「そうよ。小娘の未来の旦那様のため」
「えっ…」
思わず顔を赤らめるメルヴィンに、リュリュはくすくすと笑う。
「口ではなんだかんだ言ってても、ちゃーんと認めちゃってくれてたのよ、あーたのこと。この屋敷はベルのものだけど、小娘所有の家でもあるの。正式に結婚してはいないけど、小娘とあーたの共同名義に書き換えられているわ」
「逆玉…」
隣でタルコットがぽつりと言う。
「ハーメンリンナの中に残しておいても良かったけど、ベルがね『どーせライオンの連中はお堅い所は嫌だなんだ言って近寄らないだろ。そしたらリッキーがつまんながるからな』て言ってね、ハーメンリンナの外に出しちゃったってわけ」
図星だ、という雰囲気が食堂に漂った。
「暫くはイララクスの復興、アジトの再建であーたたちも仮の家が必要でしょ。落ち着くまでは、ここに居候させてもらいなさい」
「そうです、再建しないと」
ハッとしてカーティスが呟く。
「開店休業状態になるだろうけど、後ろ盾についてたベルから、色々なものを預かってるの。あとで説明したり渡したりがあるから、顔貸しなさいカーティス」
「はい」
「メルヴィンはあとで、セヴェリから説明してもらいなさい」
「判りました」
「とにかく今夜は、酒でも飲んで身体をゆっくり休ませないさい。もうちょっとしたらヴィヒトリも診察に来てくれるから」
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