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最終章 永遠の翼
episode782
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人間は空を飛べない。
身体に翼はなく、空を飛ぶようには出来ていないからだ。
例外として、背に翼のあるアイオン族、そしてサイ《超能力》や魔法スキル〈才能〉を持つ者たちは、空を飛べる。
だから、人間は空を飛ぶことに憧れる。
――それだけだった。
憧れて、それで諦める。
人間たちがそんな風に、空への憧れを簡単に諦めるようになったのは、千年前からだ。しかし時を経て、諦めない人間が誕生する。
その人間の名を、リューディアという。
機械工学のスキル〈才能〉を授かり生まれてきた少女は、青い青い空に憧れるヴィプネン族に生を受けた。
背に翼もなく、サイ《超能力》も魔法もない。だから、自らの力で空を飛びたいと思った。自らの発明で、技術の力で、空を飛びたいと願った。
リューディアは沢山のアイデアを思いつき、煮詰めていった。
やがてリューディアは、自分だけが空を飛ぶのではなく、人々が自由に空を行き来できて、エグザイル・システムを使わなくても世界を移動ができるように、そう願いが増えた。
13歳のあの夏の日、ようやく基礎理論が完成し、そして命を落とした。
強大な落雷によって。
神罰の光によって。
有無を言わさず、問答無用だった。
リューディアの死は、人類から飛行技術が再び、永遠に奪われた瞬間でもあったのだ。
「リッキーは言ったな、神は人間を慈しみ、愛していると」
「う、うん」
「ふっ…、確かにそうかもしれん。……だが、信用はしていない」
皮肉な笑みを、ベルトルドは口の端しに浮かべる。
「愛してはいるが、信用はしていない。それは人間たちが自ら、神から信用を奪い取ってしまったからだ。ユリディスの一件がそうだ。だから1万年経った今もまだ、信用は回復することはない。――更には俺が、再び失わせてしまったしな」
ベルトルドは自らを嘲るようにククッと笑い、目を伏せた。
1万年前のクレメッティ王と同じ愚行を犯した。キュッリッキを愛していると口にしながら、力ずくで純潔を奪った。嫌がる彼女を犯した結果が、こうして動けない身体で横たわっていても、触れることさえ出来なくしてしまったのだ。
(そばにいることさえ、怖いだろうに…)
キュッリッキの信用を失うということは、同時に神からの信頼も失ったということ。しかし、ベルトルドは叶えなければならなかった。
愛する少女を傷つけてまで、成そうとしたのだから。
「リッキーにお願いしても、いいかな?」
「……ア、アタシにできることなら、なんでも」
「うん」
ベルトルドは顔を動かすことなく、いつもキュッリッキにだけ見せていた、優しい笑みを浮かべた。
「神なる存在に、伝えて欲しい…。人間たちに飛行技術を返してくれ、と」
本当なら、自分の口から訴えたかった。神の胸ぐらをつかんで脅してでも、取り返したかった願い。
リューディアから奪った夢を返して欲しい、リューディアの純粋な願いを叶えよと。
争いごとのために飛びたいわけじゃない、神域を脅かしたいわけでもない。ただ、自分の力で自由に空を飛びたい、自分の技術力によってみんな自由に。それだけだったのだ。
「ベルトルドさん……」
「俺にはもう、手を動かすことも、サイ《超能力》を使うことも、見ることも出来ない。身体の感覚も、もうないんだ」
キュッリッキはグッと喉を詰まらせ、口を引き結んだ。
一目見た時から判っていた。
ベルトルドの命が、消えかかっていると。
ドラゴンの魂と融合した時点で、人間であるベルトルドの魂は消滅するはずだった。それでもかろうじて生きているのは、アウリスの血を通じて、ロキ神の遺伝子が覚醒しているからだ。
それでも、彼に残された時間は、あと僅かだった。
「リッキーを傷つけた俺が、頼めることではないな…。すまない、本当に」
ベルトルドの声は、どこまでも穏やかだった。何故かそれが、キュッリッキには辛い。
彼と出会い、まだ1年にも満たない。それなのに、過ごした時間は濃密なものだった。
沢山のものを与えてもらった。楽しい思い出、優しい思い出、嬉しい思い出。そして、辛い思い出。
最後に与えられるのは、悲しい思い出。
色々なものを与えられるばかりで、自分はベルトルドに何を与えられたのだろうか。
(これから……なのに……)
膝に置いた手でドレスをギュウッと掴み、キュッリッキは肩を震わせる。
(ちゃんと、言わなきゃ…)
全ては伝えられないけど、ちゃんと言わなければと、キュッリッキは顔を上げた。
「痛かったんだよ…、心も、身体も、すっごく、痛かったんだよ」
ポロポロと涙が零れ落ちる。
「あんなことされるって判ってたら、あの時ベルトルドさんのミミズ、引っこ抜いちゃえばよかった」
その一言に、ベルトルドの顔が微妙に引きつった。せっかく努力して忘れていたのに、まさかのこのタイミングで、あの忌まわしい出来事を思い出す羽目になり、更にベルトルドの顔が引きつる。出来れば死ぬまで忘れていたかったかも、と心でぼやく。
「アタシに酷いことしたのは、まだ許してあげない。でも、ベルトルドさんのこと、アタシ好きだから。酷いことした以上に、アタシにいっぱい優しくしてくれて、愛してくれて、だから、だから、好きだからっ」
「そうか…」
ベルトルドは苦笑を滲ませる。
まだ許さないと言いながらも、好きだと言ってくれる。
キュッリッキの心の葛藤が手に取るように判って、ベルトルドの心には斬鬼の念しか湧いてこない。本当に深く傷つけてしまったのだと再認識させられた。謝っても謝りきれないほどに。
「なあリッキー、俺とメルヴィン、どっちが一番好きかな?」
身体に翼はなく、空を飛ぶようには出来ていないからだ。
例外として、背に翼のあるアイオン族、そしてサイ《超能力》や魔法スキル〈才能〉を持つ者たちは、空を飛べる。
だから、人間は空を飛ぶことに憧れる。
――それだけだった。
憧れて、それで諦める。
人間たちがそんな風に、空への憧れを簡単に諦めるようになったのは、千年前からだ。しかし時を経て、諦めない人間が誕生する。
その人間の名を、リューディアという。
機械工学のスキル〈才能〉を授かり生まれてきた少女は、青い青い空に憧れるヴィプネン族に生を受けた。
背に翼もなく、サイ《超能力》も魔法もない。だから、自らの力で空を飛びたいと思った。自らの発明で、技術の力で、空を飛びたいと願った。
リューディアは沢山のアイデアを思いつき、煮詰めていった。
やがてリューディアは、自分だけが空を飛ぶのではなく、人々が自由に空を行き来できて、エグザイル・システムを使わなくても世界を移動ができるように、そう願いが増えた。
13歳のあの夏の日、ようやく基礎理論が完成し、そして命を落とした。
強大な落雷によって。
神罰の光によって。
有無を言わさず、問答無用だった。
リューディアの死は、人類から飛行技術が再び、永遠に奪われた瞬間でもあったのだ。
「リッキーは言ったな、神は人間を慈しみ、愛していると」
「う、うん」
「ふっ…、確かにそうかもしれん。……だが、信用はしていない」
皮肉な笑みを、ベルトルドは口の端しに浮かべる。
「愛してはいるが、信用はしていない。それは人間たちが自ら、神から信用を奪い取ってしまったからだ。ユリディスの一件がそうだ。だから1万年経った今もまだ、信用は回復することはない。――更には俺が、再び失わせてしまったしな」
ベルトルドは自らを嘲るようにククッと笑い、目を伏せた。
1万年前のクレメッティ王と同じ愚行を犯した。キュッリッキを愛していると口にしながら、力ずくで純潔を奪った。嫌がる彼女を犯した結果が、こうして動けない身体で横たわっていても、触れることさえ出来なくしてしまったのだ。
(そばにいることさえ、怖いだろうに…)
キュッリッキの信用を失うということは、同時に神からの信頼も失ったということ。しかし、ベルトルドは叶えなければならなかった。
愛する少女を傷つけてまで、成そうとしたのだから。
「リッキーにお願いしても、いいかな?」
「……ア、アタシにできることなら、なんでも」
「うん」
ベルトルドは顔を動かすことなく、いつもキュッリッキにだけ見せていた、優しい笑みを浮かべた。
「神なる存在に、伝えて欲しい…。人間たちに飛行技術を返してくれ、と」
本当なら、自分の口から訴えたかった。神の胸ぐらをつかんで脅してでも、取り返したかった願い。
リューディアから奪った夢を返して欲しい、リューディアの純粋な願いを叶えよと。
争いごとのために飛びたいわけじゃない、神域を脅かしたいわけでもない。ただ、自分の力で自由に空を飛びたい、自分の技術力によってみんな自由に。それだけだったのだ。
「ベルトルドさん……」
「俺にはもう、手を動かすことも、サイ《超能力》を使うことも、見ることも出来ない。身体の感覚も、もうないんだ」
キュッリッキはグッと喉を詰まらせ、口を引き結んだ。
一目見た時から判っていた。
ベルトルドの命が、消えかかっていると。
ドラゴンの魂と融合した時点で、人間であるベルトルドの魂は消滅するはずだった。それでもかろうじて生きているのは、アウリスの血を通じて、ロキ神の遺伝子が覚醒しているからだ。
それでも、彼に残された時間は、あと僅かだった。
「リッキーを傷つけた俺が、頼めることではないな…。すまない、本当に」
ベルトルドの声は、どこまでも穏やかだった。何故かそれが、キュッリッキには辛い。
彼と出会い、まだ1年にも満たない。それなのに、過ごした時間は濃密なものだった。
沢山のものを与えてもらった。楽しい思い出、優しい思い出、嬉しい思い出。そして、辛い思い出。
最後に与えられるのは、悲しい思い出。
色々なものを与えられるばかりで、自分はベルトルドに何を与えられたのだろうか。
(これから……なのに……)
膝に置いた手でドレスをギュウッと掴み、キュッリッキは肩を震わせる。
(ちゃんと、言わなきゃ…)
全ては伝えられないけど、ちゃんと言わなければと、キュッリッキは顔を上げた。
「痛かったんだよ…、心も、身体も、すっごく、痛かったんだよ」
ポロポロと涙が零れ落ちる。
「あんなことされるって判ってたら、あの時ベルトルドさんのミミズ、引っこ抜いちゃえばよかった」
その一言に、ベルトルドの顔が微妙に引きつった。せっかく努力して忘れていたのに、まさかのこのタイミングで、あの忌まわしい出来事を思い出す羽目になり、更にベルトルドの顔が引きつる。出来れば死ぬまで忘れていたかったかも、と心でぼやく。
「アタシに酷いことしたのは、まだ許してあげない。でも、ベルトルドさんのこと、アタシ好きだから。酷いことした以上に、アタシにいっぱい優しくしてくれて、愛してくれて、だから、だから、好きだからっ」
「そうか…」
ベルトルドは苦笑を滲ませる。
まだ許さないと言いながらも、好きだと言ってくれる。
キュッリッキの心の葛藤が手に取るように判って、ベルトルドの心には斬鬼の念しか湧いてこない。本当に深く傷つけてしまったのだと再認識させられた。謝っても謝りきれないほどに。
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