片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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最終章 永遠の翼

episode779

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「遠い遠い昔、一つだったお前たちを二つの分けたのは、フェンリルには巫女の守護という大切な役割が与えられていたからだ。悪い部分のフローズヴィトニルを残したままでは、巫女にどんな恐怖を抱かせるか判らないからねえ。だから二つに分けて、悪い意思のお前をヘルのもとへ預けて幽閉した。本当だったら消し去っても良かったのに、それをしなかったのは何故だか知っているかい? フェンリルとヘルから、消さないでくれと嘆願されたからだよ。いつか改心するだろうと言ってね」

 死の国ヘルヘイムの女王である妹のヘルと一緒に、父神ロキに嘆願しに行ったことをフェンリルは思い出していた。

 ロキは気に入った者にはどこまでも優しいが、気に入らないと徹底的に冷徹になれる側面を持っている。それが血を分けた息子であろうと関係ない。

 今回のことは、完全にフローズヴィトニルはやり過ぎた。キュッリッキが被った不遇な状況と合わせ、ロキが許すはずはない。

 アルケラの者たちは、キュッリッキが大好きなのだ。それはロキとて例外ではない。

 キュッリッキの召喚の力を強引に利用し、こうして降臨してきた。

 エーリューズニルに幽閉されるだけならまだいいが、おそらく消されるだろう。

 悪い意思の固まりであるフローズヴィトニル、それでも元は自分自身の一部だ。

(キュッリッキ……頼む、助けてくれ、我が半身を)



 しゃがみこんでいたロキは身体を起こすと、冷ややかな青い瞳をフローズヴィトニルに注ぎながら、緩慢な動作で右手をあげる。そして掌をフローズヴィトニルに向けてかざした。

「フェンリルは”フェンリル”としての人格を安定させている。今更悪い部分のお前等いたところで、もう取り込むことはできない。周りにとっても害悪になるだけだ。――全く、俺の悪いところを引き継ぐなんてなあ…」

 脂汗をかきながら、フローズヴィトニルはジリ、ジリ、と後退する。

 父神の、あの大きな掌に、強い消滅の力が広がっていく。自分を完全に消滅させるための力。フローズヴィトニルは初めて心からの”恐怖”を全身に染み渡らせた。

(やだ……もうやだ……ボクはもっとこっちの世界にいたい)

 あの力を喰らえば、もう二度と、どの世界にも帰れない。この存在自体、なくなってしまうのだから。

 小さな四肢が、ガクガクと震えて止まらなかった。

「ん…」

 ロキはぴくりと眉を動かすと、フローズヴィトニルの前に庇うように立ちはだかった白い仔犬を睨めつけた。

「なんの真似だい? そこをどきなさい、フェンリル」

「……」

 まっすぐ叩きつけられる父神の怒気に怯えながらも、フェンリルはその場に踏ん張った。

 殺させるわけにはいかない。たとえどうしようもなく愚かでも、元は自分の一部であり、今は弟なのだ。

(ああ……そうなのだな)

 そう思った瞬間、フェンリルはあの男の心情が、ほんの少し判った気がしていた。

 アルカネットを失った悲しみで、ユリディスの力に取り込まれドラゴンに変じてしまった、あのベルトルドの心情が。

 フローズヴィトニルを失ったら、自分もあんなふうに悲しみに心を支配され、いつかキュッリッキのもとを去ってしまうのだろうか。それとも、牙をむくようなことがあるのだろうか。

 そんなことを考えてしまう己に、フェンリルは小さく自嘲した。

 消滅させるための力を躊躇うことなく放とうとしたその時、そっと袖を引っ張る感触がして、ロキは斜め後ろに顔を向けた。

「キュッリッキ」

 悲しそうに見上げてくるキュッリッキに、ロキは窘めるような色を浮かべた目を向ける。その目を臆することなくじっと見返し、キュッリッキはゆるゆると、首を横に振った。

「ロキ様はフローズヴィトニルのお父さんでしょ。そんなことしないで」

「あの子は悪い子だ。反省しようともしないんだよ、これ以上もう放っとけない」

「悪い子に生まれてきたのは、フローズヴィトニルのせいなの? フローズヴィトニルがそう望んで生まれてきたの? ――アタシが片方の翼が悪く生まれてきたのは、アタシのせいなの……?」

 ロキは悲しげに眉を寄せた。

 そう、フローズヴィトニルが悪の塊なのは、フローズヴィトニルのせいではない。フェンリルの中に持っていた悪の部分を切り離しただけだ。”フローズヴィトニル”という人格は、その後に生まれたのだ。そして、キュッリッキが片翼で生まれてきたのは、彼女を人間たちの手から守るために、神々が施した”守り”である。しかしそのせいで、キュッリッキは両親から捨てられ、同族からも忌み嫌われ、人並みの幸せも愛情も得られず生きる羽目になったのだ。

 果たしてあれが、キュッリッキの守りになったのか。召喚スキル〈才能〉を持っていると、興味を抱かせないために、片方の翼をもいだ事が。神々の思惑とは裏腹に、キュッリッキの心には深い傷がつき、結局はユリディスの二の舞になりかけた。

 キュッリッキもフローズヴィトニルも、けっして自分がそう望んで生まれてきたわけではない。それぞれの周りの思惑の元、そういう定めを背負わされてきただけなのだ。

 フローズヴィトニルの言動の数々は、確かにキュッリッキの心を傷つけるものだった。しかし、制限を解かれるまでは、素直で甘えん坊で、食い意地が張っているだけの悪ガキのような子だった。

 言うことをきかせられなかったのは、自分のせいだ。心が乱れすぎて、毅然とした態度がとれなかったから。

「アタシ、親が子を殺すところなんて、見たくない。アタシの前で、そんなことをしないで。アタシの見ていないところでも、しないでお願い」

 ロキの袖を両手でギュッと握り締め、キュッリッキは懇願するように頭を下げた。

 辛かった自分の生い立ちを思い出し、フローズヴィトニルの生い立ちと重ね合わせ胸を痛めた。ただの同情とは違う、色々なものが似ているから、だから放ってはおけない。それに今は、大事な相棒なのだから。

「……やれやれ、俺はキュッリッキには、トコトン甘いんだ」

 上げていた手を下ろすと、ロキはふうっと息を吐き出した。

「今回の件は、キュッリッキに免じて不問に付す。が、フローズヴィトニルの制限を解くことは、一切禁ずる。いいね? キュッリッキ」

「はい」

 キュッリッキは心底嬉しそうに微笑むと、床に座り込む2匹の前に駆け寄って、ぺたりと座り込んだ。

「心配ばっかりかけて、もう」

 そう言ってフェンリルとフローズヴィトニルを両腕に抱き上げ、頬ずりしながらキュッリッキは涙を零した。

「すまぬ、キュッリッキ」

 フェンリルは目を細め、感謝を込めて小さくペロリとキュッリッキの頬を舐めた。

「つーん」

 フローズヴィトニルは気まずそうに、ぶすっとした表情のまま、明後日の方向へ視線を向けていた。

「あと、アタシに暴言吐いた罰で、当分おやつ禁止!」

「えええええええええええええっ」
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