片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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フリングホルニ編

episode762

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 焦りを含んだ声が、ひきつれたように掠れる。

「ベルトルド……ベルトルド!!」

「なんだ!?」

 突然アルカネットがしぼり出すように叫びだし、皆一様にアルカネットに驚きの表情を向けた。

「ベルトルド何をしているっ! 早く助けにこないかベルトルド!!」

 まるでライオン傭兵団が目に入っていないのか、見た目にも哀れなほど取り乱しながら、アルカネットは悲痛な声でベルトルドの名を叫んでいる。

「まだ死ねない、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。リューディアの元へは、まだ逝けないんだ!」

 アルカネットの表情は、恐怖に歪んでいて、目には狂気にも似た光が宿っていた。

「早く助けにこいよ、おにいちゃんなんだろベルトルド!」

 フラフラとおぼつかない足で、その場をうろうろしながら、アルカネットはぶつぶつと独りごちた。もうライオン傭兵団の姿が、見えていないかのようである。

「ヤダよ…、殺されちゃうよ……やだ…やだよお、助けておにいちゃん」

 わんわんと大声で泣き出しそうな様子に、ギャリーは呆気にとられて、あんぐりと口を開けて固まった。

 小さな幼児が叫んでいると、錯覚しそうなのだ。

 あんな姿のアルカネットなど、誰が想像するだろう。否、想像できるだろうか。

 目の前の有り得ない現実に、皆もポカンと固まっていた。

「おにいちゃん……おにいちゃん……」

 アルカネットは両手で宙を掻くように突き出し、あらぬ方を見ながらヨタヨタと歩き出した。

「おにい……ちゃん…?」

 ふとその場に立ち尽くし、アルカネットは顔を下に向ける。

 胸に何かが、突き刺さっていた。

「ぐぼぁっ」

 大量の血を吐きだし、膝が折れる。

「ガエル!!」

 アルカネットの胸には、ガエルの太い腕が突き刺さり、背中を通過して、手刀の形にした拳が外に出ている。

「”おにいちゃん”に助けにこられると困るんでな。ちょっと黙っていてくれ」

 感情のこもらぬ声で低く言いおくと、アルカネットの胸を貫いた拳をグッと握り直し、アルカネットの身体から腕を抜いた。

 支えを失ったアルカネットの身体は、フラリと前後に傾いで、ドサッと前のめりに倒れた。

 白い床には、大量の鮮血が四方八方に、ゆっくりと広がっていった。



 アルカネットの身体は数秒ほど痙攣を繰り返したが、やがておさまり動かなくなった。

 ガエルは傍らにしゃがみこむと、アルカネットの首に触れる。脈を確認し、首を縦に振った。

「そっか……」

 ギャリーは構えを解くと、シラーを背に担いだ。皆も各々戦闘状態を解除し、安堵の息をつく。

 ザカリーはアルカネットの傍らまで来ると、自らの血の海に倒れている遺体を、何とも言えない目で見つめた。

 キュッリッキを愛おしみ、慈しむ目が、今でも脳裏に焼き付いている。

 心の底から大切にしているのだと、イヤでも痛感するほどに。

 数ヶ月前にイソラの町で粛清されかかったことが、まるで他人事のように思えていた。

 人格が次々と入れ替わり、精神が崩壊するほどの、壮絶な体験を経てきたのだと思うと、やるせなかった。

 愛するものを失い、愛するものを傷つけ、その結果がこの最期。

「唾でも吐いてやりてえのに、唾が出ねえよ…」

 ザカリーの肩をポンッと叩いて、ギャリーが苦笑した。

「ねえねえ、死体どうすんの?」

 ルーファスはアルカネットの遺体を指差す。

「持って運ぶわけにもいきませんし…。幸いここはエグザイル・システムがあるので、あとでリュリュさんにでも、遺体の回収をお願いしましょうか」

 何ともいえない表情のまま、カーティスは言った。

「よし、薬の効果が消えないうちに、メルヴィンたちのほうへ合流しよう」

「そうですね」

 皆ガエルに頷き、出口の方を向いた瞬間、ピタリと動きを止めた。

 そこには、ベルトルドが立っていた。

(ちょーーーーー!! なんでオッサンここにっ!!)

 ザカリーが仰天して念話で悲鳴を上げる。

(まさかメルヴィンたち殺られちゃったの!?)

(ちょっと待ってください、様子がおかしいです)

 驚いて慌てふためく皆を手で制し、カーティスは眉を顰めてベルトルドを見た。

 出口に立ち尽くし、じっとアルカネットを凝視している。

 あんな表情のベルトルドなど、初めてだ。

 やがてベルトルドは、ゆっくりと歩き出した。今にも倒れそうなほど、頼りなげな足取りで。

 ガエルもギャリーも、警戒を怠らず、ゆっくりとアルカネットのそばから離れた。
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