825 / 882
フリングホルニ編
episode762
しおりを挟む
焦りを含んだ声が、ひきつれたように掠れる。
「ベルトルド……ベルトルド!!」
「なんだ!?」
突然アルカネットがしぼり出すように叫びだし、皆一様にアルカネットに驚きの表情を向けた。
「ベルトルド何をしているっ! 早く助けにこないかベルトルド!!」
まるでライオン傭兵団が目に入っていないのか、見た目にも哀れなほど取り乱しながら、アルカネットは悲痛な声でベルトルドの名を叫んでいる。
「まだ死ねない、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。リューディアの元へは、まだ逝けないんだ!」
アルカネットの表情は、恐怖に歪んでいて、目には狂気にも似た光が宿っていた。
「早く助けにこいよ、おにいちゃんなんだろベルトルド!」
フラフラとおぼつかない足で、その場をうろうろしながら、アルカネットはぶつぶつと独りごちた。もうライオン傭兵団の姿が、見えていないかのようである。
「ヤダよ…、殺されちゃうよ……やだ…やだよお、助けておにいちゃん」
わんわんと大声で泣き出しそうな様子に、ギャリーは呆気にとられて、あんぐりと口を開けて固まった。
小さな幼児が叫んでいると、錯覚しそうなのだ。
あんな姿のアルカネットなど、誰が想像するだろう。否、想像できるだろうか。
目の前の有り得ない現実に、皆もポカンと固まっていた。
「おにいちゃん……おにいちゃん……」
アルカネットは両手で宙を掻くように突き出し、あらぬ方を見ながらヨタヨタと歩き出した。
「おにい……ちゃん…?」
ふとその場に立ち尽くし、アルカネットは顔を下に向ける。
胸に何かが、突き刺さっていた。
「ぐぼぁっ」
大量の血を吐きだし、膝が折れる。
「ガエル!!」
アルカネットの胸には、ガエルの太い腕が突き刺さり、背中を通過して、手刀の形にした拳が外に出ている。
「”おにいちゃん”に助けにこられると困るんでな。ちょっと黙っていてくれ」
感情のこもらぬ声で低く言いおくと、アルカネットの胸を貫いた拳をグッと握り直し、アルカネットの身体から腕を抜いた。
支えを失ったアルカネットの身体は、フラリと前後に傾いで、ドサッと前のめりに倒れた。
白い床には、大量の鮮血が四方八方に、ゆっくりと広がっていった。
アルカネットの身体は数秒ほど痙攣を繰り返したが、やがておさまり動かなくなった。
ガエルは傍らにしゃがみこむと、アルカネットの首に触れる。脈を確認し、首を縦に振った。
「そっか……」
ギャリーは構えを解くと、シラーを背に担いだ。皆も各々戦闘状態を解除し、安堵の息をつく。
ザカリーはアルカネットの傍らまで来ると、自らの血の海に倒れている遺体を、何とも言えない目で見つめた。
キュッリッキを愛おしみ、慈しむ目が、今でも脳裏に焼き付いている。
心の底から大切にしているのだと、イヤでも痛感するほどに。
数ヶ月前にイソラの町で粛清されかかったことが、まるで他人事のように思えていた。
人格が次々と入れ替わり、精神が崩壊するほどの、壮絶な体験を経てきたのだと思うと、やるせなかった。
愛するものを失い、愛するものを傷つけ、その結果がこの最期。
「唾でも吐いてやりてえのに、唾が出ねえよ…」
ザカリーの肩をポンッと叩いて、ギャリーが苦笑した。
「ねえねえ、死体どうすんの?」
ルーファスはアルカネットの遺体を指差す。
「持って運ぶわけにもいきませんし…。幸いここはエグザイル・システムがあるので、あとでリュリュさんにでも、遺体の回収をお願いしましょうか」
何ともいえない表情のまま、カーティスは言った。
「よし、薬の効果が消えないうちに、メルヴィンたちのほうへ合流しよう」
「そうですね」
皆ガエルに頷き、出口の方を向いた瞬間、ピタリと動きを止めた。
そこには、ベルトルドが立っていた。
(ちょーーーーー!! なんでオッサンここにっ!!)
ザカリーが仰天して念話で悲鳴を上げる。
(まさかメルヴィンたち殺られちゃったの!?)
(ちょっと待ってください、様子がおかしいです)
驚いて慌てふためく皆を手で制し、カーティスは眉を顰めてベルトルドを見た。
出口に立ち尽くし、じっとアルカネットを凝視している。
あんな表情のベルトルドなど、初めてだ。
やがてベルトルドは、ゆっくりと歩き出した。今にも倒れそうなほど、頼りなげな足取りで。
ガエルもギャリーも、警戒を怠らず、ゆっくりとアルカネットのそばから離れた。
「ベルトルド……ベルトルド!!」
「なんだ!?」
突然アルカネットがしぼり出すように叫びだし、皆一様にアルカネットに驚きの表情を向けた。
「ベルトルド何をしているっ! 早く助けにこないかベルトルド!!」
まるでライオン傭兵団が目に入っていないのか、見た目にも哀れなほど取り乱しながら、アルカネットは悲痛な声でベルトルドの名を叫んでいる。
「まだ死ねない、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。リューディアの元へは、まだ逝けないんだ!」
アルカネットの表情は、恐怖に歪んでいて、目には狂気にも似た光が宿っていた。
「早く助けにこいよ、おにいちゃんなんだろベルトルド!」
フラフラとおぼつかない足で、その場をうろうろしながら、アルカネットはぶつぶつと独りごちた。もうライオン傭兵団の姿が、見えていないかのようである。
「ヤダよ…、殺されちゃうよ……やだ…やだよお、助けておにいちゃん」
わんわんと大声で泣き出しそうな様子に、ギャリーは呆気にとられて、あんぐりと口を開けて固まった。
小さな幼児が叫んでいると、錯覚しそうなのだ。
あんな姿のアルカネットなど、誰が想像するだろう。否、想像できるだろうか。
目の前の有り得ない現実に、皆もポカンと固まっていた。
「おにいちゃん……おにいちゃん……」
アルカネットは両手で宙を掻くように突き出し、あらぬ方を見ながらヨタヨタと歩き出した。
「おにい……ちゃん…?」
ふとその場に立ち尽くし、アルカネットは顔を下に向ける。
胸に何かが、突き刺さっていた。
「ぐぼぁっ」
大量の血を吐きだし、膝が折れる。
「ガエル!!」
アルカネットの胸には、ガエルの太い腕が突き刺さり、背中を通過して、手刀の形にした拳が外に出ている。
「”おにいちゃん”に助けにこられると困るんでな。ちょっと黙っていてくれ」
感情のこもらぬ声で低く言いおくと、アルカネットの胸を貫いた拳をグッと握り直し、アルカネットの身体から腕を抜いた。
支えを失ったアルカネットの身体は、フラリと前後に傾いで、ドサッと前のめりに倒れた。
白い床には、大量の鮮血が四方八方に、ゆっくりと広がっていった。
アルカネットの身体は数秒ほど痙攣を繰り返したが、やがておさまり動かなくなった。
ガエルは傍らにしゃがみこむと、アルカネットの首に触れる。脈を確認し、首を縦に振った。
「そっか……」
ギャリーは構えを解くと、シラーを背に担いだ。皆も各々戦闘状態を解除し、安堵の息をつく。
ザカリーはアルカネットの傍らまで来ると、自らの血の海に倒れている遺体を、何とも言えない目で見つめた。
キュッリッキを愛おしみ、慈しむ目が、今でも脳裏に焼き付いている。
心の底から大切にしているのだと、イヤでも痛感するほどに。
数ヶ月前にイソラの町で粛清されかかったことが、まるで他人事のように思えていた。
人格が次々と入れ替わり、精神が崩壊するほどの、壮絶な体験を経てきたのだと思うと、やるせなかった。
愛するものを失い、愛するものを傷つけ、その結果がこの最期。
「唾でも吐いてやりてえのに、唾が出ねえよ…」
ザカリーの肩をポンッと叩いて、ギャリーが苦笑した。
「ねえねえ、死体どうすんの?」
ルーファスはアルカネットの遺体を指差す。
「持って運ぶわけにもいきませんし…。幸いここはエグザイル・システムがあるので、あとでリュリュさんにでも、遺体の回収をお願いしましょうか」
何ともいえない表情のまま、カーティスは言った。
「よし、薬の効果が消えないうちに、メルヴィンたちのほうへ合流しよう」
「そうですね」
皆ガエルに頷き、出口の方を向いた瞬間、ピタリと動きを止めた。
そこには、ベルトルドが立っていた。
(ちょーーーーー!! なんでオッサンここにっ!!)
ザカリーが仰天して念話で悲鳴を上げる。
(まさかメルヴィンたち殺られちゃったの!?)
(ちょっと待ってください、様子がおかしいです)
驚いて慌てふためく皆を手で制し、カーティスは眉を顰めてベルトルドを見た。
出口に立ち尽くし、じっとアルカネットを凝視している。
あんな表情のベルトルドなど、初めてだ。
やがてベルトルドは、ゆっくりと歩き出した。今にも倒れそうなほど、頼りなげな足取りで。
ガエルもギャリーも、警戒を怠らず、ゆっくりとアルカネットのそばから離れた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
151
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる