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フリングホルニ編
episode754
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サイ《超能力》を持っているわけではないので、他人の思考や物の記憶を、自在に透視する芸当は持ち合わせてはいない。しかし、アルケラの住人たちの力を介せば、キュッリッキには同等の事が可能だ。
神であるフローズヴィトニルの力を使えば、かなり正確に記憶を視ることが出来る。
(……それにしても……フローズヴィトニル重い……)
肩と後頭部に、ずっしりとした重みを感じ、キュッリッキは薄く笑った。時間が経てば、ムチウチになりそうなほどだ。
(もう、おやつ減らさないとダメだね。こんなに太って、糖尿病になっちゃうよ)
(えー! そんな病気になんてならないよ、ボク神様だよ!!)
大好きなおやつを減らされては一大事と、フローズヴィトニルは慌てた。
(ダイエットしないと、アルケラに還しちゃうぞ)
(ヤダーヤダーやあだああ!! おやつ減らしてもいいから、もっとこっちに居たい)
フローズヴィトニルと精神が繋がっているキュッリッキは、頭の中でギャンギャン喚かれて、ゲッソリと肩を落とした。
(それより、早くグレイプニルの記憶を視るよ)
(ふぁ~い)
そこは神殿の中だった。
ユリディスの記憶の映像で見た神殿とは、どことなく雰囲気が違う。
象牙色の大理石で作られた明るい室内には、一人の少女しかいない。
ふわふわと長い淡い茶髪に、雪のように白い肌、長いまつげに縁どられた大きな目。愛くるしさを凝縮したような、その美しい少女の背には、気高い白い大きな翼が備わっていた。
(アイオン族の女の子……)
アイオン族のアルケラの巫女。キュッリッキと同じように、アイオン族からも巫女が誕生していたのだと知り、キュッリッキは複雑な気分に陥った。
(大事にされているんだろうなあ……)
微かな嫉妬が胸を過ぎり、キュッリッキは頭を振って打ち消した。嫉妬なんか感じている場合ではない。
少女は白いカバーのかけられたソファに寝そべって、じっと怯えた視線を前方に向けていた。その視線の先には、狼の姿のフェンリルが、その場に座って少女の方を見ている。
フェンリルを見ていた少女は、ふいに視線をそらせると、ソファに突っ伏した。
「わたくしの見えないところに、行っててちょうだい!」
突っ伏したまま、少女は突っ慳貪に叫んだ。
フェンリルは暫し少女を見ていたが、やがて立ち上がると、外に消えていった。
(…ちょ……ちょっと! なによあの子!!)
キュッリッキが憤慨したように叫ぶと、逆にフローズヴィトニルは淡々とした声でぽつりと言った。
(あの子、怖がってる)
場面がスッと切り替わり、アルケラの巫女の少女と、年配のアイオン族の女性が、先ほどの室内にいた。
「カティヤ、わたくし怖いの。神などといっても、あれではただの獣ですわ。いつ理性を失って獣の本性を現すのか……。ああ…どうすればいいのでしょう」
「落ち着きなさいませ、リリヤ様は巫女なのです。リリヤ様を弑することなど、あの獣に出来るものですか」
「でも、でも…」
「あれはただの獣、犬ですわ。そう、犬は犬らしく、しっかりと縄でつないでおくのが宜しかろうと存じます」
「ただの縄じゃ、すぐ噛み切られてしまう…」
「アルケラからドヴェルグたちを呼び寄せ、あの犬を躾ける縄を作らせるのでございますよ」
「ああ、そうね、それがいいわ。早速コンタクトをとってみましょう」
更に画面が変わり、二人の姿は消え、テラスに横たわるフェンリルの姿が現れた。
白銀の毛並みに覆われた首に、黒い縄が巻かれている。そのフェンリルのそばには、武装した兵士が二人、監視するように立っていた。
キュッリッキはこれでもかと言わんばかりに両頬を膨らませると、萎む前に涙をポロポロとこぼし始めた。
(酷い…、なんてことするのあの子!! フェンリルは犬じゃない、気高い神なのよ、狼なのにっ)
悔しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。
アルケラの巫女を護るために、地上に遣わされた神であるフェンリル。狼の姿を持つ神であり、人の身にはならない。狼の姿に誇りを持っているからだ。
(フェンリル、どうしてあんなもの首に巻かせたりしたんだろう…)
(ドヴェルグ達は、わざと手を抜いたのだ。いざという時に、我が巫女を護ることが出来なければ、本末転倒だからな。繋がれたフリをすることで、リリナが安心するならばそれもよしと思ったのだ)
(フェンリル!)
突如フェンリルの声が頭に響いて、目の前の記憶のフェンリルに目を向ける。しかし、喋っているのは記憶のフェンリルではなかった。
(よかった、無事なんだね? 大丈夫なの?)
(大丈夫だ)
とても静かな落ち着いた声で、そうフェンリルは答えた。
(巫女だからといって、急に目の前のものを全て受け入れられるものではない。リリナは小さな頃に、犬に襲われて怪我をしたことがある。我は犬ではないが、似ているのだろう、いつも我を見て怖がっていた)
(フェンリル……)
(リリナの時はそれでよかった。だが、ユリディスの代になって、あのような事態となり、再びグレイプニルを持ち出されたときは、本当に驚いた。クレメッティ王は神殿の関係者を買収し、我をグレイプニルで束縛したのだ。だが、先も言ったとおり、グレイプニルは不完全なものだ。我の力を抑えきれず、世界を滅ぼすこととなってしまった)
深い後悔をにじませた声は、キュッリッキの涙を更に増やした。
神であるフローズヴィトニルの力を使えば、かなり正確に記憶を視ることが出来る。
(……それにしても……フローズヴィトニル重い……)
肩と後頭部に、ずっしりとした重みを感じ、キュッリッキは薄く笑った。時間が経てば、ムチウチになりそうなほどだ。
(もう、おやつ減らさないとダメだね。こんなに太って、糖尿病になっちゃうよ)
(えー! そんな病気になんてならないよ、ボク神様だよ!!)
大好きなおやつを減らされては一大事と、フローズヴィトニルは慌てた。
(ダイエットしないと、アルケラに還しちゃうぞ)
(ヤダーヤダーやあだああ!! おやつ減らしてもいいから、もっとこっちに居たい)
フローズヴィトニルと精神が繋がっているキュッリッキは、頭の中でギャンギャン喚かれて、ゲッソリと肩を落とした。
(それより、早くグレイプニルの記憶を視るよ)
(ふぁ~い)
そこは神殿の中だった。
ユリディスの記憶の映像で見た神殿とは、どことなく雰囲気が違う。
象牙色の大理石で作られた明るい室内には、一人の少女しかいない。
ふわふわと長い淡い茶髪に、雪のように白い肌、長いまつげに縁どられた大きな目。愛くるしさを凝縮したような、その美しい少女の背には、気高い白い大きな翼が備わっていた。
(アイオン族の女の子……)
アイオン族のアルケラの巫女。キュッリッキと同じように、アイオン族からも巫女が誕生していたのだと知り、キュッリッキは複雑な気分に陥った。
(大事にされているんだろうなあ……)
微かな嫉妬が胸を過ぎり、キュッリッキは頭を振って打ち消した。嫉妬なんか感じている場合ではない。
少女は白いカバーのかけられたソファに寝そべって、じっと怯えた視線を前方に向けていた。その視線の先には、狼の姿のフェンリルが、その場に座って少女の方を見ている。
フェンリルを見ていた少女は、ふいに視線をそらせると、ソファに突っ伏した。
「わたくしの見えないところに、行っててちょうだい!」
突っ伏したまま、少女は突っ慳貪に叫んだ。
フェンリルは暫し少女を見ていたが、やがて立ち上がると、外に消えていった。
(…ちょ……ちょっと! なによあの子!!)
キュッリッキが憤慨したように叫ぶと、逆にフローズヴィトニルは淡々とした声でぽつりと言った。
(あの子、怖がってる)
場面がスッと切り替わり、アルケラの巫女の少女と、年配のアイオン族の女性が、先ほどの室内にいた。
「カティヤ、わたくし怖いの。神などといっても、あれではただの獣ですわ。いつ理性を失って獣の本性を現すのか……。ああ…どうすればいいのでしょう」
「落ち着きなさいませ、リリヤ様は巫女なのです。リリヤ様を弑することなど、あの獣に出来るものですか」
「でも、でも…」
「あれはただの獣、犬ですわ。そう、犬は犬らしく、しっかりと縄でつないでおくのが宜しかろうと存じます」
「ただの縄じゃ、すぐ噛み切られてしまう…」
「アルケラからドヴェルグたちを呼び寄せ、あの犬を躾ける縄を作らせるのでございますよ」
「ああ、そうね、それがいいわ。早速コンタクトをとってみましょう」
更に画面が変わり、二人の姿は消え、テラスに横たわるフェンリルの姿が現れた。
白銀の毛並みに覆われた首に、黒い縄が巻かれている。そのフェンリルのそばには、武装した兵士が二人、監視するように立っていた。
キュッリッキはこれでもかと言わんばかりに両頬を膨らませると、萎む前に涙をポロポロとこぼし始めた。
(酷い…、なんてことするのあの子!! フェンリルは犬じゃない、気高い神なのよ、狼なのにっ)
悔しくて、悲しくて、涙が止まらなかった。
アルケラの巫女を護るために、地上に遣わされた神であるフェンリル。狼の姿を持つ神であり、人の身にはならない。狼の姿に誇りを持っているからだ。
(フェンリル、どうしてあんなもの首に巻かせたりしたんだろう…)
(ドヴェルグ達は、わざと手を抜いたのだ。いざという時に、我が巫女を護ることが出来なければ、本末転倒だからな。繋がれたフリをすることで、リリナが安心するならばそれもよしと思ったのだ)
(フェンリル!)
突如フェンリルの声が頭に響いて、目の前の記憶のフェンリルに目を向ける。しかし、喋っているのは記憶のフェンリルではなかった。
(よかった、無事なんだね? 大丈夫なの?)
(大丈夫だ)
とても静かな落ち着いた声で、そうフェンリルは答えた。
(巫女だからといって、急に目の前のものを全て受け入れられるものではない。リリナは小さな頃に、犬に襲われて怪我をしたことがある。我は犬ではないが、似ているのだろう、いつも我を見て怖がっていた)
(フェンリル……)
(リリナの時はそれでよかった。だが、ユリディスの代になって、あのような事態となり、再びグレイプニルを持ち出されたときは、本当に驚いた。クレメッティ王は神殿の関係者を買収し、我をグレイプニルで束縛したのだ。だが、先も言ったとおり、グレイプニルは不完全なものだ。我の力を抑えきれず、世界を滅ぼすこととなってしまった)
深い後悔をにじませた声は、キュッリッキの涙を更に増やした。
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