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フリングホルニ編
episode751
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「ねぇ~え~、なんとかぁ、ならないわけぇ~?」
「なんとかなるなら、とっくにしていますよ」
立体パネルを忙しく操作しながら、シ・アティウスは感情のこもらぬ声でマリオンに答えた。
飽きもせず懲りもせず、レディトゥス・システムのガラスの柩を叩きながら、必死にユリディスとキュッリッキに叫び続けるメルヴィンを見て、マリオンは小さくため息をついた。
レディトゥス・システムに捕らわれたキュッリッキを救う術を見つけ出すべく、シ・アティウスはずっと検索を続けている。しかし、元々システムから巫女を取り出す必要がなかったのか、システムヘルプにもないという。
何もすることが出来ないマリオンたちは、メルヴィンとシ・アティウスを見つめながら、途方にくれていた。
その時だった。
「うわっ?」
突如レディトゥス・システムのガラスの柩の表面に、光の波紋が広がり始めた。両の拳を柩に叩きつけていたメルヴィンは、吃驚して思わず手を引っ込める。
「シ・アティウスさん?」
「私は何もしていませんよ」
相変わらず感情のこもらぬ声で言われ、メルヴィンは困惑を深めたように首をかしげた。
――柩に手を突っ込んで、彼女の手を引っ張ってください。
幼い響きを持つ女性の声が脳裏に響き渡り、メルヴィンはレディトゥス・システムに目を向ける。
「今の声は、まさか――」
メルヴィンは声に言われるままに、すぐ柩に手を触れる。するといきなり手が柩の中に、ズルズルと吸い込まれていった。
「え!? えぇっ」
「ちょっとメルヴィン!」
気づいたタルコットが、慌ててメルヴィンにしがみつく。物凄い力でメルヴィンが柩に吸い込まれていき、タルコットはその場に足を踏ん張った。
「てめーら、綱引きか!」
寝転がっていたヴァルトは嬉しそうに声を上げると、勢いよくはね起きて、台座の上に飛び乗った。そしてすかさずタルコットの身体にしがみつく。その頃メルヴィンの上半身は、ガラスの柩に吸い込まれていた。
「一体……」
眼鏡を押し上げながら、シ・アティウスは興味深そうに事態を見つめていた。
キュッリッキは躊躇いがちに、手をそっと上に伸ばしていた。
フェンリルを助けて、暴走が起きないようにする。そう決めたはずなのに、メルヴィンに会うのが怖い。
ユリディスとヒューゴが、辛い過去を打ち明けてまで、励ましてくれているというのに、こんなにも臆病になってしまう自分が情けなかった。
ここにいつまでも留まっていれば、いずれフェンリルが暴走する危険が高まる。暴走に巻き込まれれば、メルヴィンもみんなも、無事でいられる保証はないのだ。
ユリディスの見せてくれた過去のフェンリルの暴走の恐ろしさは、キュッリッキにも十分に理解できた。
水面のような頭上を見つめ、揺れるように動く瞳は、今のキュッリッキの心を反映しているようだ。
「あ! リッキー!!」
「えっ」
その時、頭上からメルヴィンの声がはっきりとして、キュッリッキは目を見張った。
「メルヴィン」
メルヴィンと目が合い、キュッリッキは伸ばした手を、咄嗟に引っ込めようとした。
「こちらに手を伸ばしてリッキー!」
叫ぶメルヴィンの顔を、キュッリッキは怯えたように見つめた。
こんなにもメルヴィンが大好きなのに、愛しているのに、手を伸ばすことを躊躇ってしまう。
ベルトルドに辱められたことを、メルヴィンは知っている。汚れた自分を、知られてしまっている。
羞恥が心の中から湧き上がり、全身を包み込んで、キュッリッキは手を引っ込めてしまった。
「リッキー!」
(ダメ! ダメ……メルヴィンに助けてもらう資格なんてないの、アタシ)
引っ込めた手を胸の前で組んで、顔を伏せて目を閉じた。目尻から溢れ出る涙が、とめどなく頬を伝っていく。
「キュッリッキ、彼を信じてあげて」
ユリディスの手が、キュッリッキの右肩に優しく置かれる。
「キミが愛した人だろう、だから大丈夫さ」
ヒューゴの手が、キュッリッキの左肩を励ますように叩いた。
「信じたいけど……愛しているけど……でも」
「愛する人を信じる勇気を、彼は何もかも承知で、それを受け入れたうえで、ああして助けに来ているのよ。だから、今度は貴女が彼を信じて、あの手をとるの」
「でも…」
「さあ、勇気を出して。貴女の居るべきところへ、今すぐに戻るのよ」
キュッリッキは伏せていた顔を上げて、メルヴィンを見つめた。
「メルヴィン……メルヴィン!」
ユリディスとヒューゴにそっと背中を押され、両手をメルヴィンへと向けて伸ばした。
「リッキー!!」
伸ばされたその小さな細い手を、メルヴィンの両手がしっかりと握った。
「なんとかなるなら、とっくにしていますよ」
立体パネルを忙しく操作しながら、シ・アティウスは感情のこもらぬ声でマリオンに答えた。
飽きもせず懲りもせず、レディトゥス・システムのガラスの柩を叩きながら、必死にユリディスとキュッリッキに叫び続けるメルヴィンを見て、マリオンは小さくため息をついた。
レディトゥス・システムに捕らわれたキュッリッキを救う術を見つけ出すべく、シ・アティウスはずっと検索を続けている。しかし、元々システムから巫女を取り出す必要がなかったのか、システムヘルプにもないという。
何もすることが出来ないマリオンたちは、メルヴィンとシ・アティウスを見つめながら、途方にくれていた。
その時だった。
「うわっ?」
突如レディトゥス・システムのガラスの柩の表面に、光の波紋が広がり始めた。両の拳を柩に叩きつけていたメルヴィンは、吃驚して思わず手を引っ込める。
「シ・アティウスさん?」
「私は何もしていませんよ」
相変わらず感情のこもらぬ声で言われ、メルヴィンは困惑を深めたように首をかしげた。
――柩に手を突っ込んで、彼女の手を引っ張ってください。
幼い響きを持つ女性の声が脳裏に響き渡り、メルヴィンはレディトゥス・システムに目を向ける。
「今の声は、まさか――」
メルヴィンは声に言われるままに、すぐ柩に手を触れる。するといきなり手が柩の中に、ズルズルと吸い込まれていった。
「え!? えぇっ」
「ちょっとメルヴィン!」
気づいたタルコットが、慌ててメルヴィンにしがみつく。物凄い力でメルヴィンが柩に吸い込まれていき、タルコットはその場に足を踏ん張った。
「てめーら、綱引きか!」
寝転がっていたヴァルトは嬉しそうに声を上げると、勢いよくはね起きて、台座の上に飛び乗った。そしてすかさずタルコットの身体にしがみつく。その頃メルヴィンの上半身は、ガラスの柩に吸い込まれていた。
「一体……」
眼鏡を押し上げながら、シ・アティウスは興味深そうに事態を見つめていた。
キュッリッキは躊躇いがちに、手をそっと上に伸ばしていた。
フェンリルを助けて、暴走が起きないようにする。そう決めたはずなのに、メルヴィンに会うのが怖い。
ユリディスとヒューゴが、辛い過去を打ち明けてまで、励ましてくれているというのに、こんなにも臆病になってしまう自分が情けなかった。
ここにいつまでも留まっていれば、いずれフェンリルが暴走する危険が高まる。暴走に巻き込まれれば、メルヴィンもみんなも、無事でいられる保証はないのだ。
ユリディスの見せてくれた過去のフェンリルの暴走の恐ろしさは、キュッリッキにも十分に理解できた。
水面のような頭上を見つめ、揺れるように動く瞳は、今のキュッリッキの心を反映しているようだ。
「あ! リッキー!!」
「えっ」
その時、頭上からメルヴィンの声がはっきりとして、キュッリッキは目を見張った。
「メルヴィン」
メルヴィンと目が合い、キュッリッキは伸ばした手を、咄嗟に引っ込めようとした。
「こちらに手を伸ばしてリッキー!」
叫ぶメルヴィンの顔を、キュッリッキは怯えたように見つめた。
こんなにもメルヴィンが大好きなのに、愛しているのに、手を伸ばすことを躊躇ってしまう。
ベルトルドに辱められたことを、メルヴィンは知っている。汚れた自分を、知られてしまっている。
羞恥が心の中から湧き上がり、全身を包み込んで、キュッリッキは手を引っ込めてしまった。
「リッキー!」
(ダメ! ダメ……メルヴィンに助けてもらう資格なんてないの、アタシ)
引っ込めた手を胸の前で組んで、顔を伏せて目を閉じた。目尻から溢れ出る涙が、とめどなく頬を伝っていく。
「キュッリッキ、彼を信じてあげて」
ユリディスの手が、キュッリッキの右肩に優しく置かれる。
「キミが愛した人だろう、だから大丈夫さ」
ヒューゴの手が、キュッリッキの左肩を励ますように叩いた。
「信じたいけど……愛しているけど……でも」
「愛する人を信じる勇気を、彼は何もかも承知で、それを受け入れたうえで、ああして助けに来ているのよ。だから、今度は貴女が彼を信じて、あの手をとるの」
「でも…」
「さあ、勇気を出して。貴女の居るべきところへ、今すぐに戻るのよ」
キュッリッキは伏せていた顔を上げて、メルヴィンを見つめた。
「メルヴィン……メルヴィン!」
ユリディスとヒューゴにそっと背中を押され、両手をメルヴィンへと向けて伸ばした。
「リッキー!!」
伸ばされたその小さな細い手を、メルヴィンの両手がしっかりと握った。
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