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フリングホルニ編
episode741
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「ヴェルナ様は全てを予見しておられました。神王国ソレルの崩壊も、私が王家に捕らえられることも、何もかも」
幼い自分の姿を見つめ、ユリディスは静かに言った。
「死の間際にあったヴェルナ様にも、幼い私にも、定まった未来を覆すことは無理でした。だから、ヴェルナ様は詳細をおっしゃらなかった…」
「で、でも、何か出来たかもしれないのに」
ユリディスとともに、彼女の過去を見ながら、キュッリッキは苛立ちを覚えていた。
先のことが判っていたなら、防げたはずだ。道を変えることが、できたかもしれなかったのに。
「そうですね……。でも、予見したからといって、犯してもいない罪で、人の命を殺めることはできません。予見の能力は、巫女に与えられた特権の一つですが、予見によって、事が起こる前に、命を奪ったらどうなるでしょう?」
問いかけられ、キュッリッキは暫し考え込んだ。
「怖い、って思っちゃうかも…」
「はい」
ユリディスはにっこりと微笑んだ。
「巫女にしか見えていないことです。巫女の言うことだからと、人々は信じるかもしれません。しかし、それと同時に、心に小さな恐怖を芽吹かせることにもなります。人心を恐怖で支配することだけは、絶対にしてはなりません。神の言葉を人々に伝える役割を担っている巫女だからこそ」
「そ、そうだけど…でも、でも」
判っていた悲しい未来を変えていれば、ユリディスは辛いめに遭うこともなければ、天寿を全う出来たかもしれない。そう考えると、正しい判断を貫くことが、果たして良いことなのか、疑問に思ってしまうのだ。
「ありがとう、キュッリッキ」
自分のために憤ってくれているキュッリッキに、ユリディスは優しく微笑んだ。
「でもね、それだけではないのよ。悲しい未来を変えるために、何か行動を起こせば、必ず別の悲しみが生まれる。多くの命を救うために、少ない命を犠牲にするという、天秤にかけるような真似を、してしまうことになるわ。それに悩み、新たな歪みが生まれ、そうして別の未来がどんな形になるのか、それを予見することはできないの」
「……」
全てがうまくいって、幸せな未来が作れるのなら、ユリディスは初めからそうしていただろう。
定められた運命なんて変えてやる、そう頼もしいことを言う人がいる。しかし、それによって影響される様々なことに、関わる何かを考えたことはあるのだろうか。自分が幸せになる代わりに、別の誰かが不幸になるかもしれない。それが、個人ならまだいい。しかし国家や世界といった、広範囲のことだったら。
踏み切る勇気を、キュッリッキは持てそうもなかった。
「未来(さき)のことなんて、見えたって良い事なんもないじゃない…」
唇を尖らせるキュッリッキに、ユリディスは柔らかく微笑んだ。
「本当に。私もそう思います」
ベルトルドの手におちる未来を予見できていれば、キュッリッキは酷いめに遭わなかったかもしれない。しかし、復讐を遂行するために、ベルトルドたちが諦めることはないだろう。きっと別の形で、仲間たちの犠牲を伴い、実行されたかもしれない。
物思いにふけりだしたキュッリッキの手を、ユリディスはきゅっと握った。
「さあ、幼く巫女を継いだ私の末路を、一緒に見てね」
明るい口調で「末路を見てね」などと言われても、とキュッリッキは口の端をヒクつかせた。でも、もしかしたら、沈む自分のために、陽気に振舞ってくれているのだろうかとも思い、申し訳ない気持ちになる。
今の自分は、本当に死んでしまいたいほど、苦しくて悲しい。ユリディスが話しかけてきて、ほんの少し気が紛れるが、それでも死にたい思いに変わりはない。
そっと促されるまま、映像に目を向ける。
足元に広がる過去の映像には、大理石造りの大きな広間の上座に座る、幼いユリディスと、その前に居並ぶ幼い男女が、ずらりと膝を折って頭(こうべ)をたれていた。
「巫女を守護するために組織された騎士たち。彼らをアピストリと言うの。魔法やサイ《超能力》など特殊な力を代々受け継ぎ、武技に秀でている騎士家から選ばれる。アピストリに任命された彼らは、以降巫女が代替わりするまでの千年の間、子々孫々がアピストリの役割を引き継ぐのよ」
「え? 魔法やサイ《超能力》って遺伝するの?」
幼い自分の姿を見つめ、ユリディスは静かに言った。
「死の間際にあったヴェルナ様にも、幼い私にも、定まった未来を覆すことは無理でした。だから、ヴェルナ様は詳細をおっしゃらなかった…」
「で、でも、何か出来たかもしれないのに」
ユリディスとともに、彼女の過去を見ながら、キュッリッキは苛立ちを覚えていた。
先のことが判っていたなら、防げたはずだ。道を変えることが、できたかもしれなかったのに。
「そうですね……。でも、予見したからといって、犯してもいない罪で、人の命を殺めることはできません。予見の能力は、巫女に与えられた特権の一つですが、予見によって、事が起こる前に、命を奪ったらどうなるでしょう?」
問いかけられ、キュッリッキは暫し考え込んだ。
「怖い、って思っちゃうかも…」
「はい」
ユリディスはにっこりと微笑んだ。
「巫女にしか見えていないことです。巫女の言うことだからと、人々は信じるかもしれません。しかし、それと同時に、心に小さな恐怖を芽吹かせることにもなります。人心を恐怖で支配することだけは、絶対にしてはなりません。神の言葉を人々に伝える役割を担っている巫女だからこそ」
「そ、そうだけど…でも、でも」
判っていた悲しい未来を変えていれば、ユリディスは辛いめに遭うこともなければ、天寿を全う出来たかもしれない。そう考えると、正しい判断を貫くことが、果たして良いことなのか、疑問に思ってしまうのだ。
「ありがとう、キュッリッキ」
自分のために憤ってくれているキュッリッキに、ユリディスは優しく微笑んだ。
「でもね、それだけではないのよ。悲しい未来を変えるために、何か行動を起こせば、必ず別の悲しみが生まれる。多くの命を救うために、少ない命を犠牲にするという、天秤にかけるような真似を、してしまうことになるわ。それに悩み、新たな歪みが生まれ、そうして別の未来がどんな形になるのか、それを予見することはできないの」
「……」
全てがうまくいって、幸せな未来が作れるのなら、ユリディスは初めからそうしていただろう。
定められた運命なんて変えてやる、そう頼もしいことを言う人がいる。しかし、それによって影響される様々なことに、関わる何かを考えたことはあるのだろうか。自分が幸せになる代わりに、別の誰かが不幸になるかもしれない。それが、個人ならまだいい。しかし国家や世界といった、広範囲のことだったら。
踏み切る勇気を、キュッリッキは持てそうもなかった。
「未来(さき)のことなんて、見えたって良い事なんもないじゃない…」
唇を尖らせるキュッリッキに、ユリディスは柔らかく微笑んだ。
「本当に。私もそう思います」
ベルトルドの手におちる未来を予見できていれば、キュッリッキは酷いめに遭わなかったかもしれない。しかし、復讐を遂行するために、ベルトルドたちが諦めることはないだろう。きっと別の形で、仲間たちの犠牲を伴い、実行されたかもしれない。
物思いにふけりだしたキュッリッキの手を、ユリディスはきゅっと握った。
「さあ、幼く巫女を継いだ私の末路を、一緒に見てね」
明るい口調で「末路を見てね」などと言われても、とキュッリッキは口の端をヒクつかせた。でも、もしかしたら、沈む自分のために、陽気に振舞ってくれているのだろうかとも思い、申し訳ない気持ちになる。
今の自分は、本当に死んでしまいたいほど、苦しくて悲しい。ユリディスが話しかけてきて、ほんの少し気が紛れるが、それでも死にたい思いに変わりはない。
そっと促されるまま、映像に目を向ける。
足元に広がる過去の映像には、大理石造りの大きな広間の上座に座る、幼いユリディスと、その前に居並ぶ幼い男女が、ずらりと膝を折って頭(こうべ)をたれていた。
「巫女を守護するために組織された騎士たち。彼らをアピストリと言うの。魔法やサイ《超能力》など特殊な力を代々受け継ぎ、武技に秀でている騎士家から選ばれる。アピストリに任命された彼らは、以降巫女が代替わりするまでの千年の間、子々孫々がアピストリの役割を引き継ぐのよ」
「え? 魔法やサイ《超能力》って遺伝するの?」
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