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フリングホルニ編
episode738
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「メルヴィン…」
世界で一番大切で愛おしい男(ひと)の名を呟くと、心と下腹部にズキリとした鈍い痛みを感じた。悲しくて苦しい気持ちが、深いところから沸き起こり、キュッリッキの身体をジワジワと侵食していく。
誰よりも自分の味方で有り続けた男に、無理矢理犯された。
自分はアルケラの巫女だから、復讐の道具にするために。
今も身体中に痛みと不快感を伴い残る、撫でられ、舐め回され、そしてねじ込まれたベルトルドの感触。嫌だと言っても、聞き入れて止めてはくれなかった。
「俺は世界一、リッキーを愛しているぞ」
朝出仕する前、夜帰ってきて、必ずベルトルドはそう言って、抱きしめキスの雨を降らせていた。毎日、毎日。でもそれは、嫌ではなかった。
そうしてくるのは、まるで父親のようだ、と思っていたからだ。
生まれてすぐ両親から捨てられたキュッリッキには、両親からそんな風に接してもらったことは当然ない。親が子に対して、どんな接し方をするのか、他人の親子を見て想像するしかない。だから、ベルトルドからそうされたとき、きっとこんなふうにしてくれるのかなと、心の底から嬉しかった。
自分に初めて「愛している」、と言ってくれたのもベルトルドだった。甘えさせてくれたのも、ベルトルドが初めてだった。
ベルトルドがキュッリッキに求めている愛は、決して親子の情愛などではなく、男女の愛だということは、本人も言っていたし、本気なのだと漠然と気づいていた。しかし、キュッリッキにとってベルトルドは、男女の間柄などではなく、どうしても父娘(おやこ)という関係にしか思えない。ベルトルドに恋をすることは、自然と出来なかった。
ベルトルドは父親などではなく、男なのだ。そのことを、身を持って理解した。
自らの計画を遂行するために、欲望を満たすために、キュッリッキの心など踏みにじれるくらいに、冷徹になれる男なのだ。
犯された以上に、裏切られたことが悲しく、苦しい。
そして、抵抗を押さえ付けられていたとはいえ、メルヴィンを裏切った。ベルトルドに身体を与えてしまった、奪われてしまった。
汚れてしまった。
アルカネットが言うように、メルヴィンはもう、汚れた自分を嫌いになってしまう。愛してくれなくなる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
心も身体も痛くて痛くて、引き裂かれそうになりながら、キュッリッキには謝ることしかできなかった。
ぼんやりと開かれた目の先には、ユラユラとした柔らかな光が揺蕩っていた。
奥底から水面を見上げているような感覚だが、普通に息もできるし、ここは水の中ではないと判る。キュッリッキの身体はそんな空間にふわふわと浮いていて、辺りは深い碧や翠に彩られた、まるで深い水の底のような色合をしていた。
しかしキュッリッキにとって、今自分がいる場所など、どうでもよかった。
(死んじゃいたい……)
心の中で、何度も繰り返し呟く。虚ろに、感情の削げた響きをもって。
今まで苦しいことも悲しいことも、幸せなんかよりも倍多く経験してきた。それでも死にたいと思ったことは、一度もない。それに屈したら、負けだと判っていたから、生きようと必死に乗り越えてきたのだ。
まっすぐ前を向いて生きてきた、その信念さえも崩壊してしまうほど、今のキュッリッキの心は、自らの死を願う気持ちでいっぱいだった。
「そんな悲しいこと、願っては、だめ」
柔らかな温かい感触が身体に触れ、そして、唐突に幼い少女の声が耳に響く。
「辛くても、苦しくても、死ぬなんて思うのは、絶対に止めて」
「……誰?」
世界で一番大切で愛おしい男(ひと)の名を呟くと、心と下腹部にズキリとした鈍い痛みを感じた。悲しくて苦しい気持ちが、深いところから沸き起こり、キュッリッキの身体をジワジワと侵食していく。
誰よりも自分の味方で有り続けた男に、無理矢理犯された。
自分はアルケラの巫女だから、復讐の道具にするために。
今も身体中に痛みと不快感を伴い残る、撫でられ、舐め回され、そしてねじ込まれたベルトルドの感触。嫌だと言っても、聞き入れて止めてはくれなかった。
「俺は世界一、リッキーを愛しているぞ」
朝出仕する前、夜帰ってきて、必ずベルトルドはそう言って、抱きしめキスの雨を降らせていた。毎日、毎日。でもそれは、嫌ではなかった。
そうしてくるのは、まるで父親のようだ、と思っていたからだ。
生まれてすぐ両親から捨てられたキュッリッキには、両親からそんな風に接してもらったことは当然ない。親が子に対して、どんな接し方をするのか、他人の親子を見て想像するしかない。だから、ベルトルドからそうされたとき、きっとこんなふうにしてくれるのかなと、心の底から嬉しかった。
自分に初めて「愛している」、と言ってくれたのもベルトルドだった。甘えさせてくれたのも、ベルトルドが初めてだった。
ベルトルドがキュッリッキに求めている愛は、決して親子の情愛などではなく、男女の愛だということは、本人も言っていたし、本気なのだと漠然と気づいていた。しかし、キュッリッキにとってベルトルドは、男女の間柄などではなく、どうしても父娘(おやこ)という関係にしか思えない。ベルトルドに恋をすることは、自然と出来なかった。
ベルトルドは父親などではなく、男なのだ。そのことを、身を持って理解した。
自らの計画を遂行するために、欲望を満たすために、キュッリッキの心など踏みにじれるくらいに、冷徹になれる男なのだ。
犯された以上に、裏切られたことが悲しく、苦しい。
そして、抵抗を押さえ付けられていたとはいえ、メルヴィンを裏切った。ベルトルドに身体を与えてしまった、奪われてしまった。
汚れてしまった。
アルカネットが言うように、メルヴィンはもう、汚れた自分を嫌いになってしまう。愛してくれなくなる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
心も身体も痛くて痛くて、引き裂かれそうになりながら、キュッリッキには謝ることしかできなかった。
ぼんやりと開かれた目の先には、ユラユラとした柔らかな光が揺蕩っていた。
奥底から水面を見上げているような感覚だが、普通に息もできるし、ここは水の中ではないと判る。キュッリッキの身体はそんな空間にふわふわと浮いていて、辺りは深い碧や翠に彩られた、まるで深い水の底のような色合をしていた。
しかしキュッリッキにとって、今自分がいる場所など、どうでもよかった。
(死んじゃいたい……)
心の中で、何度も繰り返し呟く。虚ろに、感情の削げた響きをもって。
今まで苦しいことも悲しいことも、幸せなんかよりも倍多く経験してきた。それでも死にたいと思ったことは、一度もない。それに屈したら、負けだと判っていたから、生きようと必死に乗り越えてきたのだ。
まっすぐ前を向いて生きてきた、その信念さえも崩壊してしまうほど、今のキュッリッキの心は、自らの死を願う気持ちでいっぱいだった。
「そんな悲しいこと、願っては、だめ」
柔らかな温かい感触が身体に触れ、そして、唐突に幼い少女の声が耳に響く。
「辛くても、苦しくても、死ぬなんて思うのは、絶対に止めて」
「……誰?」
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