片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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フリングホルニ編

episode725

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 人はたくさんの仮面(ペルソナ)をかぶっている。目には見えないその仮面を取り替えながら、他者から自分を守り、他者を欺き、広い世界の中を生きていく。

 その仮面は、あくまで”演じている自分”である。自分というものがそこにあって、環境や状況に合わせて、別の自分を作り、演じている。それを他人がどう思い、見ようと、あくまでひとつの人格が見せる、表情のようなものだ。

 しかしアルカネットの中には、仮面ではなく、もうひとりの人格が潜んでいる。それは、自らをイーヴォと名乗り、表に出てくるときは”アルカネット”の名を使う。

 何故人格が二つも生まれることになったのか、アルカネット自身も判らない。

 家庭環境は極めて良好で、アルカネットを一番に考え、叱るときは暴力も暴言もなく、判るように諭しながら、優しく大切に接してくれる。

 両親は共働きだが、ベルトルドとリュリュの家も同じなので、そのことに不満を覚えたことはない。

 ただ、自分の強大な魔法スキル〈才能〉を、両親が怖れている風なのは感じている。でもそれはしょうがないことだと理解しているし、多少寂しく思っても、そのことで両親を嫌ったりはしていなかった。

 アルカネットを善の人格とするなら、イーヴォは悪の人格だ。常に悪いことを考え、他人を陥れることを企んでいる。

 善悪が極端に分かれ、それぞれ人格を持ってしまったということなのだろうか。

 結局判らないまま、現在まで来てしまっていた。

 常に反し合う二つの人格は、善のアルカネットのように、悪のイーヴォもリューディアに恋をしてしまった。

 イーヴォは表に出てこれないときは、アルカネットの目を通して外の世界を見ている。そして、可憐で美しいリューディアを見ていた。

 そしてリューディアを恋しく想う一方、イーヴォはベルトルドを激しく憎んでいた。何故なら、ベルトルドも密かにリューディアを想い、あろうことか、リューディアの恋心はベルトルドへと向けられていたからだ。アルカネットは気づいていないが、イーヴォは二人の心を全て見透かしている。

「二人がくっつくなんて、そんなことは絶対に許されない!!」

 イーヴォは必死に考えた。リューディアの心を自分に向け、ベルトルドとリューディアの間を引き裂く妙案はないものか。

 最も効果的で、リューディアがベルトルドのことを嫌いになるような、ベルトルドの心が傷だらけになるような、そんな良い方法はないものだろうかと。

 あるときイーヴォは閃いた。

「僕がリューディアに告白するから、ベルトルドは引き下がってね」

 試しに言ってみた。ほんの少し善の人格を押しのけて。そうしたらどうだろう、

「あっははっ。ベルトルドの動揺を隠せない表情(かお)! 普段威張っているくせに、隠し通せない情けないあの顔は、なんだろう、愉快で滑稽だよお!」

 あの、幼い日の二人の約束で、ベルトルドはアルカネットの言うことに逆らえなくなっている。

「これで、リューディアは僕のものになる!」

 それなのに。

 目的が達成される前に、突然リューディアの命が奪われてしまった。

 雷(いかずち)に撃たれ、真っ黒に焦げた遺体となって波間を漂っているリューディアの姿を、アルカネットもイーヴォも、これでもかと二つの目を通し凝視していた。

 彼女がどんな姿になろうとも、アルカネットもイーヴォもけっして見誤らない。

「――なぜ!?」

 歯の根が噛み合わないくらい、アルカネットとイーヴォは震え怯えていた。

 リューディアの死が、怖いわけではない。

 真っ黒になった彼女の遺体が、怖いわけでもない。

 リューディアの居ない世界が、居なくなったこの現実世界が、心底怖かったのだ。

 輝くような美しい笑顔も、小鳥が囀るような生き生きとした声も、もう二度と見られないし、聴くことはできない。

 自分に微笑みを向けることも、優しく名前を呼ぶこともない。

「イヤダ……」

 その現実を思い知った時、アルカネットの精神は崩れ始める。悪巧みを考えるイーヴォも同様に、正気を保てなくなってきていた。
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