片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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フリングホルニ編

episode711

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 季節は秋に移り変わり、夜風もどことなく冷気を帯び始め、空気の澄んだ夜空を見上げながら、ヴィヒトリは大あくびした。

 与えられている船室は狭くて息苦しく、とくにすることもないので甲板に出ている。

 こんな時、酒でも飲めたらなあ、とヴィヒトリは思った。

 いつ急患が運び込まれてくるか判らないため、常日頃酒とは無縁の生活を送っている。たとえ勤務時間が終わっていようと、連絡をもらえばすぐ駆けつけるためだ。

 病人や怪我人は、ヴィヒトリにとって、最高の酒よりもはるかに酔わせてくれる、大切な患者なのだ。

 最新の医療技術を学び、世界最高峰の医者と言われているが、病気も進化を続け、困難な怪我もまた突拍子に起こる。

 初夏に受け持った、キュッリッキという少女の、悲惨な大怪我のように。

 常に患者と向き合っていてこそ、自らの技術も向上するのだ。

「すみませんねえ、居心地の悪い思いをさせて」

 穏やかな口調が近づいてきて、ヴィヒトリは首を後ろにめぐらせる。

 薄明かりの中でもはっきりと判る、白い毛並みがフカフカと温かそうで、思わず抱きつきたくなるようなブルーベル将軍だった。

「退屈しているようですね」

 好々爺な笑みを浮かべ、ブルーベル将軍はヴィヒトリの横に腰を下ろす。

「んー、まあ、医者が暇なのは、いいことですよ」

「そうですねえ。本当に、そう思います」

 うんうん、と頷きながら、ブルーベル将軍は夜空を見上げる。

「大陸の人たちの避難は、全て完了してるんですか?」

「おそらくは。早い段階で閣下から――ベルトルド卿から、避難させるよう指示が出ていたので、エグザイル・システムや船を使って、ほかの大陸や島などに避難しているはずです」

 ここ数日、モナルダ大陸の人々を、取るものも取り敢えず避難させた。理由を求め応じない人々には、問答無用で攫うようにして避難させた。

 それはもう、どんな軍事行動よりも困難で、ハワドウレ皇国の正規部隊はてんやわんやだった。

 ブルーベル将軍がベルトルドとアルカネットの計画を知らされたのは、数ヶ月ほど前になる。

「俺たちは、神に復讐するために、これまで生きてきた」

 そう切り出したベルトルドを、ブルーベル将軍は目を瞬かせて見つめた。そして、復讐に至る経緯も全て聞かされた。その上で、これから計画を実行に移すから、協力して欲しいと頼まれた。

 それは、キュッリッキの存在が、引き金となったのだ。

 彼女が現れて、ベルトルドとアルカネットの計画は、実行に移す段階にまで一気に進んでいた。さらに、ソレル王国ナルバ山の遺跡でレディトゥス・システムが見つかり、あとはもう仕上げをするだけになった。

 美しく、無邪気で、愛らしいあの召喚士の少女の笑顔が、今でも忘れられない。初めて出会ったとき、ぬいぐるみのようだと抱きついてきて驚いたが、アイオン族だというのに、トゥーリ族の自分にあれだけ親愛の情を向けてくることに感動したものだ。本来アイオン族とは、気位が高く、他種族に好意を見せることなど皆無に等しいからだ。

 協力を約束した時点で、計画も全て聞かされている。だから、キュッリッキが復讐の道具にされることも知っていた。

 必要不可欠とはいえ、キュッリッキの笑顔を思い出すと、深い悔恨の念にとらわれ胸が痛む。

 そしてこの計画には、キュッリッキという大きな犠牲を払うが、それ以外にも犠牲は多くなる。

 それは、このモナルダ大陸だ。
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