片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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奪われしもの編 彼女が遺した空への想い

episode704

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 離れたところで二人を眺めていたアルカネットは、キュッリッキの処女が失われたことに、満足したように頷く。

 神の乙女は汚された。

「これで、ようやく神の元へ行けるのですね。もうすぐですよ、リューディア。あなたの仇を、私が必ず討ちます」

 31年前の、あの無残な光景を思い出し、アルカネットは冷え冷えとした目をキュッリッキに向けた。

 苦悶の表情を浮かべ、涙を流すアルケラの巫女を、侮蔑と憎悪を込めて見つめる。

 復讐するために利用するアルケラの巫女が、リューディアと同じ顔をしていることが許せない。出来ることなら、この手で顔も傷だらけにし、滅茶苦茶に辱めてやりたかった。あんなふうに優しく抱いてやる必要なんてないのだから。

 一時ペルソナのせいで、愛しているなどと口走ってしまったこともあった。大切に優しく接してしまった。そのことは今のアルカネットにとって、深い後悔と切り離したい忌々しい思い出となっていた。

 リューディアを殺害した神が愛する巫女、そんなものはこの世に存在してはならない。

 憎悪と復讐の対象でしかないのだ。

 腰の動きを激しくするベルトルドを見て、アルカネットは組んでいた腕を解く。

「そろそろ終わりですかね」



 夢中で腰を動かしていたベルトルドは、低い呻き声を徐々に大きくしながら、激しく一度突くと、深く息を吐き出し果てた。

「お疲れ様でした。随分とはげみましたね、いつ終わるのかと心配になりましたよ」

 嫌味を言いながら、床に散らばるベルトルドの服を拾い上げ差し出す。

 ぐったりとするキュッリッキの身体から離れると、ベルトルドは立ち上がって服を受け取った。

 満足を得たはずなのに、ベルトルドの顔は虚しさを貼り付けている。

「リッキーにドレスを着せてやってくれ」

「別にこのままでもいいじゃないですか? どうせレディトゥス・システムに入れてしまえば関係ありませんし」

「いいから、着せろ」

 ジロリと険しい目を向けられ、アルカネットは肩をすくめた。

「判りました」

 キュッリッキの下着を拾い、履かせてやってから、ドレスも着せ直してやる。

 ドレスを着せられている間も、キュッリッキはぴくりとも動かなかった。サイ《超能力》で押さえつけられていた感触はすでになくなっていたが、もう身体を動かすことも面倒になっている。

 何もかも、どうでもよくなっていたからだ。

 このまま復讐の道具にされようと、命を取られようと、好きにすればいい。そう投げやりな気分だった。

「あなたも、つくづく幸せとは縁のない人ですね」

 耳元で囁くように、アルカネットが言う。

「メルヴィンを裏切ってまで、生きていてもしょうがないでしょう?」

 笑い含む声が、キュッリッキの心を深く抉った。

 そう、裏切ったのだ。

 メルヴィンという大事な人がいるのに、こうしてほかの男に身体を与えてしまった。

「彼のような生真面目な男は、汚れたあなたを寄せ付けないでしょうね」

 ククッと嘲笑うと、アルカネットは立ち上がった。

(汚れちゃったから……もう……)

 もう、メルヴィンに合わせる顔もない。

(メルヴィンと恋人じゃいられない。裏切ったアタシのことは、嫌いになっちゃうんだ)

 アルカネットの言葉に畳み掛けられるように、キュッリッキの心は深淵の暗闇に堕ちていった。




 自分で軍服を着たベルトルドを見て、アルカネットは目を丸くしてため息をついた。寝起きに慌てて適当に服を身につけた、といった表現がぴったりの着崩れ方だった。

「あなたも、いい加減きっちり一人で着られるようになりませんかね…」

「……鏡がないんだからしょうがないだろう」

「あっても着られないでしょう。ほら」

 長年の習性で、バランス悪く着込んだベルトルドの服を整えてしまう。

 小さな子供でも、もうちょっとマシには着るだろうと、小言も忘れない。

 直してもらいながら、ベルトルドは拗ねたように口を尖らせる。

「どうせ、もう着替えもこれで終わりだろ」

「そうでしょうね」

 アルカネットに綺麗に整え直してもらい、ベルトルドは子供のように無邪気に笑んだ。神の前に行くのだから、せめて服装くらい整えておかないと、失礼にあたるだろう。

 神とは超常の存在だ。キュッリッキが召喚してみせた、アルケラの住人たちの力を見れば明らかだ。そんな存在に喧嘩を仕掛けるのだから、無事では済まない。

 それが判っていても、先へ進むことを止めるわけにはいかない。

 もうアルケラの巫女を汚したから。

「さて…、行こうか」

 ベルトルドは微動だにせずソファに横たわるキュッリッキの傍らに膝をつくと、そっと腕に抱き上げた。体重を殆ど感じさせないほど軽い少女は、凍ったようにピクリとも動かない。ベルトルドを見ようともせず、虚ろな目を空に彷徨わせているだけだった。

「すまん、リッキー……」

 閉じられたままの唇に、そっと口付ける。それにも動かない涙で濡らした美しい顔は、絶望という色で塗り込められていた。
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