750 / 882
奪われしもの編 彼女が遺した空への想い
episode687
しおりを挟む
すでに死んでしまっているリューディアの口から聞き出すことは不可能だ。しかしベルトルドにはサイ《超能力》がある。
リューディアの遺体に僅かに残る残留思念や記憶を、透視で視るのだ。
ベルトルドは遺体にかぶせられたシーツを、そっとめくりあげた。
「うっ……」
すでに凍っている遺体は、真っ黒な塊にしか見えなかった。頭部には髪の毛もなく、アーナンド島の洋服屋にあるマネキンのような、人の形をした黒い塊。
(これが、リューディア…)
日焼けしない白い肌は、真っ黒な炭に変わってしまっている。金糸のように煌く金髪は、全てなくなっていた。
表情なんて判らないほど、徹底的に焼き尽くされていた。
ふいに、ベルトルドは床に両手をつくと、胃の中のものを吐き出した。
急に激しい嘔吐感と目眩に見舞われたのだ。
3回ほど吐き出して、激しく咳き込んだ。その衝撃で涙が頬をつたい、周りの冷気で薄らと氷になる。吐瀉物も徐々に凍っていった。
荒い息を何度も吐き出しながら、片手で口の周りを拭い、即席台を掴んでゆっくり身体を起こす。
アルカネットは少し離れた位置で、壁を背に座り込み、両足を抱えて顔を俯かせていた。ベルトルドが吐いた様子にも、まるで動じていない。
ベルトルドは立ち上がり、もう一度シーツをめくった。そして、真っ黒になった頭部をジッと透視し始めた。
モヤモヤとした水の中を覗き込むような映像が、頭に流れ込んでくる。それが少しずつ波が落ち着いてきて、映像が鮮明になってきた。
それらの映像をかき分けるようにして、雷に打たれた瞬間を探る。
しかし、予想以上に困難を極めた。
僅かな思念の中には、これまでのリューディアの人生全ての思い出が、バラバラに再生されていくのだ。
楽しかったことも、悲しかったことも、怒ったことも、笑ったことも。
そして――
「うぅ…」
ベルトルドとの思い出が、たくさん再生されていった。ベルトルドへの気持ちが、たくさんたくさん、再生されていった。
溢れる想い、これがまさにそうだ。
それを視るたびに、ベルトルドは吐いた。涙も溢れてきて止まらなかった。
こんなにも、こんなにも、ベルトルドが好きだというリューディアの気持ちが、胸に突き刺さってくる。奔流のように押し寄せてくる。
(リューディア!!)
酷いことを言った。
傷つけた。
(それなのに、どうしてキミはこんなに、俺のことが好きでいられるんだ!!)
謝りたかった。許して欲しかった。気持ちを受け入れられない自分が、謝るなどおこがましいと思って、きちんと謝れていないのに。
なのに、もうリューディアは居ない。
どんなに謝ったところで、言葉も発さない、笑顔も怒った顔も見せない、冷たい遺体となったリューディアがいるだけ。
もがきたいほど後悔が噴き出して止まらなかった。
もう吐き出すものなどないのに、それでもベルトルドは苦しみながら吐いた。
「ベル!」
その時、リュリュが地下室に飛び込んできた。そしてベルトルドの傍らに膝をつくと、ベルトルドの腕を乱暴に掴む。
「もうやめてベル! こんなに苦しんで、真っ青じゃない! サーラおばちゃんに知らせてくるわっ」
「ダメだ!!」
ベルトルドは怒鳴った。しかしリュリュは怯まない。
「だって!」
「まだ探れてないんだ! まだ見つけられてないんだ。荼毘に付される前に、絶対犯人を見つけるんだ!」
あまりにも壮絶なベルトルドの気迫にリュリュは喉をつまらせたが、姉の遺体の前で苦しむ親友を、放っておくことなどできない。
ベルトルドがそっと家を出て、自分の家に向かっているところを、リュリュは偶然見かけた。その後ろ姿に、リュリュは胸騒ぎがして、ためらいつつも後をつけてきたのだ。
姉の死の原因を探り出そうとしているのは、サイ《超能力》を持つリュリュにも判った。しかし、まだリューディアがこんな姿になって、半日にも満たない。
ベルトルドがリューディアに密かな想いを抱いていることに、リュリュは気づいていた。そして、アルカネットのために身を引いていることも判っている。
こんなに苦しいほど、リューディアが好きなのに、時間も置かずに遺体を前にサイ《超能力》を使うなど、無謀にも等しい行いだ。
サイ《超能力》は精神力を源とする。いくらOverランクのスキル〈才能〉とはいっても、まだベルトルドは子供なのだ。普段ませていても、好きな相手の無残な遺体を前に、平静を保って力が使えるわけがない。
平静でいられないから、だから吐いているのに。
子供にしては、ベルトルドの精神力はタフなほうだ。でも、こんなことを続けていれば、すぐに精神に破綻をきたす。
リューディアが死んだという事実を受け入れ、素直に泣いて欲しかった。
一緒に、泣いて欲しかった。
すると、黙って座っていたアルカネットが、いつの間にかベルトルドの傍らに立っていた。
リュリュが怪訝そうに見つめる中、アルカネットはしゃがみこむと、ベルトルドと視線を合わせる。
「ボクが犯人を殺してあげるよ。だから、絶対見つけ出してね、”おにいちゃん”」
おにいちゃん――。
幼いあの日に、ベルトルドを縛り付けた呪文(ことば)。
ベルトルドの口が、声無く「おにいちゃん」と動く。
すると、苦しむその表情に、不敵な笑みを徐々に浮かび上がらせていった。いつものたのもしい表情になっていく。
「ああ、絶対に見つけ出す! 任せろ」
(――違うっ!)
この時リュリュは、初めて気づいてしまった。
アルカネットに支配される、ベルトルドの心の弱い部分に。
ベルトルドには弱いところなどない、と思い込んでいた。いつだって頼りになり、強くて常にみんなの先頭を歩いていく。しかし、誰にでも弱い部分はあるのだ。
咄嗟にリュリュはベルトルドの記憶を透視した。これまでベルトルドへ透視などしたことはない。透視などする必要がなかったからだ。
(そういうことなの……)
幼いベルトルドの心につけ入り、心を支配した幼い頃のアルカネット。
アルカネットに対し、リュリュは常に得体の知れないものを感じていた。それが薄気味悪くて、あまりアルカネットと二人きりで遊ぶことはない。
リューディアも生前、アルカネットに対して、そういったものを感じることがあったと話していたことを思い出す。
(アタシがベルを守らなくちゃ……!)
いつも甘えてばかりいたけれど、アルカネットの存在がある以上、ベルトルドを守れるのは自分しかいない。
姉が愛し、自分も愛するベルトルドを、この先ずっとアルカネットから守っていかなければ――。
そう、リュリュは決意を新たに固めた。
リューディアの遺体に僅かに残る残留思念や記憶を、透視で視るのだ。
ベルトルドは遺体にかぶせられたシーツを、そっとめくりあげた。
「うっ……」
すでに凍っている遺体は、真っ黒な塊にしか見えなかった。頭部には髪の毛もなく、アーナンド島の洋服屋にあるマネキンのような、人の形をした黒い塊。
(これが、リューディア…)
日焼けしない白い肌は、真っ黒な炭に変わってしまっている。金糸のように煌く金髪は、全てなくなっていた。
表情なんて判らないほど、徹底的に焼き尽くされていた。
ふいに、ベルトルドは床に両手をつくと、胃の中のものを吐き出した。
急に激しい嘔吐感と目眩に見舞われたのだ。
3回ほど吐き出して、激しく咳き込んだ。その衝撃で涙が頬をつたい、周りの冷気で薄らと氷になる。吐瀉物も徐々に凍っていった。
荒い息を何度も吐き出しながら、片手で口の周りを拭い、即席台を掴んでゆっくり身体を起こす。
アルカネットは少し離れた位置で、壁を背に座り込み、両足を抱えて顔を俯かせていた。ベルトルドが吐いた様子にも、まるで動じていない。
ベルトルドは立ち上がり、もう一度シーツをめくった。そして、真っ黒になった頭部をジッと透視し始めた。
モヤモヤとした水の中を覗き込むような映像が、頭に流れ込んでくる。それが少しずつ波が落ち着いてきて、映像が鮮明になってきた。
それらの映像をかき分けるようにして、雷に打たれた瞬間を探る。
しかし、予想以上に困難を極めた。
僅かな思念の中には、これまでのリューディアの人生全ての思い出が、バラバラに再生されていくのだ。
楽しかったことも、悲しかったことも、怒ったことも、笑ったことも。
そして――
「うぅ…」
ベルトルドとの思い出が、たくさん再生されていった。ベルトルドへの気持ちが、たくさんたくさん、再生されていった。
溢れる想い、これがまさにそうだ。
それを視るたびに、ベルトルドは吐いた。涙も溢れてきて止まらなかった。
こんなにも、こんなにも、ベルトルドが好きだというリューディアの気持ちが、胸に突き刺さってくる。奔流のように押し寄せてくる。
(リューディア!!)
酷いことを言った。
傷つけた。
(それなのに、どうしてキミはこんなに、俺のことが好きでいられるんだ!!)
謝りたかった。許して欲しかった。気持ちを受け入れられない自分が、謝るなどおこがましいと思って、きちんと謝れていないのに。
なのに、もうリューディアは居ない。
どんなに謝ったところで、言葉も発さない、笑顔も怒った顔も見せない、冷たい遺体となったリューディアがいるだけ。
もがきたいほど後悔が噴き出して止まらなかった。
もう吐き出すものなどないのに、それでもベルトルドは苦しみながら吐いた。
「ベル!」
その時、リュリュが地下室に飛び込んできた。そしてベルトルドの傍らに膝をつくと、ベルトルドの腕を乱暴に掴む。
「もうやめてベル! こんなに苦しんで、真っ青じゃない! サーラおばちゃんに知らせてくるわっ」
「ダメだ!!」
ベルトルドは怒鳴った。しかしリュリュは怯まない。
「だって!」
「まだ探れてないんだ! まだ見つけられてないんだ。荼毘に付される前に、絶対犯人を見つけるんだ!」
あまりにも壮絶なベルトルドの気迫にリュリュは喉をつまらせたが、姉の遺体の前で苦しむ親友を、放っておくことなどできない。
ベルトルドがそっと家を出て、自分の家に向かっているところを、リュリュは偶然見かけた。その後ろ姿に、リュリュは胸騒ぎがして、ためらいつつも後をつけてきたのだ。
姉の死の原因を探り出そうとしているのは、サイ《超能力》を持つリュリュにも判った。しかし、まだリューディアがこんな姿になって、半日にも満たない。
ベルトルドがリューディアに密かな想いを抱いていることに、リュリュは気づいていた。そして、アルカネットのために身を引いていることも判っている。
こんなに苦しいほど、リューディアが好きなのに、時間も置かずに遺体を前にサイ《超能力》を使うなど、無謀にも等しい行いだ。
サイ《超能力》は精神力を源とする。いくらOverランクのスキル〈才能〉とはいっても、まだベルトルドは子供なのだ。普段ませていても、好きな相手の無残な遺体を前に、平静を保って力が使えるわけがない。
平静でいられないから、だから吐いているのに。
子供にしては、ベルトルドの精神力はタフなほうだ。でも、こんなことを続けていれば、すぐに精神に破綻をきたす。
リューディアが死んだという事実を受け入れ、素直に泣いて欲しかった。
一緒に、泣いて欲しかった。
すると、黙って座っていたアルカネットが、いつの間にかベルトルドの傍らに立っていた。
リュリュが怪訝そうに見つめる中、アルカネットはしゃがみこむと、ベルトルドと視線を合わせる。
「ボクが犯人を殺してあげるよ。だから、絶対見つけ出してね、”おにいちゃん”」
おにいちゃん――。
幼いあの日に、ベルトルドを縛り付けた呪文(ことば)。
ベルトルドの口が、声無く「おにいちゃん」と動く。
すると、苦しむその表情に、不敵な笑みを徐々に浮かび上がらせていった。いつものたのもしい表情になっていく。
「ああ、絶対に見つけ出す! 任せろ」
(――違うっ!)
この時リュリュは、初めて気づいてしまった。
アルカネットに支配される、ベルトルドの心の弱い部分に。
ベルトルドには弱いところなどない、と思い込んでいた。いつだって頼りになり、強くて常にみんなの先頭を歩いていく。しかし、誰にでも弱い部分はあるのだ。
咄嗟にリュリュはベルトルドの記憶を透視した。これまでベルトルドへ透視などしたことはない。透視などする必要がなかったからだ。
(そういうことなの……)
幼いベルトルドの心につけ入り、心を支配した幼い頃のアルカネット。
アルカネットに対し、リュリュは常に得体の知れないものを感じていた。それが薄気味悪くて、あまりアルカネットと二人きりで遊ぶことはない。
リューディアも生前、アルカネットに対して、そういったものを感じることがあったと話していたことを思い出す。
(アタシがベルを守らなくちゃ……!)
いつも甘えてばかりいたけれど、アルカネットの存在がある以上、ベルトルドを守れるのは自分しかいない。
姉が愛し、自分も愛するベルトルドを、この先ずっとアルカネットから守っていかなければ――。
そう、リュリュは決意を新たに固めた。
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる