片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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奪われしもの編 彼女が遺した空への想い

episode687

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 すでに死んでしまっているリューディアの口から聞き出すことは不可能だ。しかしベルトルドにはサイ《超能力》がある。

 リューディアの遺体に僅かに残る残留思念や記憶を、透視で視るのだ。

 ベルトルドは遺体にかぶせられたシーツを、そっとめくりあげた。

「うっ……」

 すでに凍っている遺体は、真っ黒な塊にしか見えなかった。頭部には髪の毛もなく、アーナンド島の洋服屋にあるマネキンのような、人の形をした黒い塊。

(これが、リューディア…)

 日焼けしない白い肌は、真っ黒な炭に変わってしまっている。金糸のように煌く金髪は、全てなくなっていた。

 表情なんて判らないほど、徹底的に焼き尽くされていた。

 ふいに、ベルトルドは床に両手をつくと、胃の中のものを吐き出した。

 急に激しい嘔吐感と目眩に見舞われたのだ。

 3回ほど吐き出して、激しく咳き込んだ。その衝撃で涙が頬をつたい、周りの冷気で薄らと氷になる。吐瀉物も徐々に凍っていった。

 荒い息を何度も吐き出しながら、片手で口の周りを拭い、即席台を掴んでゆっくり身体を起こす。

 アルカネットは少し離れた位置で、壁を背に座り込み、両足を抱えて顔を俯かせていた。ベルトルドが吐いた様子にも、まるで動じていない。

 ベルトルドは立ち上がり、もう一度シーツをめくった。そして、真っ黒になった頭部をジッと透視し始めた。

 モヤモヤとした水の中を覗き込むような映像が、頭に流れ込んでくる。それが少しずつ波が落ち着いてきて、映像が鮮明になってきた。

 それらの映像をかき分けるようにして、雷に打たれた瞬間を探る。

 しかし、予想以上に困難を極めた。

 僅かな思念の中には、これまでのリューディアの人生全ての思い出が、バラバラに再生されていくのだ。

 楽しかったことも、悲しかったことも、怒ったことも、笑ったことも。

 そして――

「うぅ…」

 ベルトルドとの思い出が、たくさん再生されていった。ベルトルドへの気持ちが、たくさんたくさん、再生されていった。

 溢れる想い、これがまさにそうだ。

 それを視るたびに、ベルトルドは吐いた。涙も溢れてきて止まらなかった。

 こんなにも、こんなにも、ベルトルドが好きだというリューディアの気持ちが、胸に突き刺さってくる。奔流のように押し寄せてくる。

(リューディア!!)

 酷いことを言った。

 傷つけた。

(それなのに、どうしてキミはこんなに、俺のことが好きでいられるんだ!!)

 謝りたかった。許して欲しかった。気持ちを受け入れられない自分が、謝るなどおこがましいと思って、きちんと謝れていないのに。

 なのに、もうリューディアは居ない。

 どんなに謝ったところで、言葉も発さない、笑顔も怒った顔も見せない、冷たい遺体となったリューディアがいるだけ。

 もがきたいほど後悔が噴き出して止まらなかった。

 もう吐き出すものなどないのに、それでもベルトルドは苦しみながら吐いた。

「ベル!」

 その時、リュリュが地下室に飛び込んできた。そしてベルトルドの傍らに膝をつくと、ベルトルドの腕を乱暴に掴む。

「もうやめてベル! こんなに苦しんで、真っ青じゃない! サーラおばちゃんに知らせてくるわっ」

「ダメだ!!」

 ベルトルドは怒鳴った。しかしリュリュは怯まない。

「だって!」

「まだ探れてないんだ! まだ見つけられてないんだ。荼毘に付される前に、絶対犯人を見つけるんだ!」

 あまりにも壮絶なベルトルドの気迫にリュリュは喉をつまらせたが、姉の遺体の前で苦しむ親友を、放っておくことなどできない。

 ベルトルドがそっと家を出て、自分の家に向かっているところを、リュリュは偶然見かけた。その後ろ姿に、リュリュは胸騒ぎがして、ためらいつつも後をつけてきたのだ。

 姉の死の原因を探り出そうとしているのは、サイ《超能力》を持つリュリュにも判った。しかし、まだリューディアがこんな姿になって、半日にも満たない。

 ベルトルドがリューディアに密かな想いを抱いていることに、リュリュは気づいていた。そして、アルカネットのために身を引いていることも判っている。

 こんなに苦しいほど、リューディアが好きなのに、時間も置かずに遺体を前にサイ《超能力》を使うなど、無謀にも等しい行いだ。

 サイ《超能力》は精神力を源とする。いくらOverランクのスキル〈才能〉とはいっても、まだベルトルドは子供なのだ。普段ませていても、好きな相手の無残な遺体を前に、平静を保って力が使えるわけがない。

 平静でいられないから、だから吐いているのに。

 子供にしては、ベルトルドの精神力はタフなほうだ。でも、こんなことを続けていれば、すぐに精神に破綻をきたす。

 リューディアが死んだという事実を受け入れ、素直に泣いて欲しかった。

 一緒に、泣いて欲しかった。

 すると、黙って座っていたアルカネットが、いつの間にかベルトルドの傍らに立っていた。

 リュリュが怪訝そうに見つめる中、アルカネットはしゃがみこむと、ベルトルドと視線を合わせる。

「ボクが犯人を殺してあげるよ。だから、絶対見つけ出してね、”おにいちゃん”」

 おにいちゃん――。

 幼いあの日に、ベルトルドを縛り付けた呪文(ことば)。

 ベルトルドの口が、声無く「おにいちゃん」と動く。

 すると、苦しむその表情に、不敵な笑みを徐々に浮かび上がらせていった。いつものたのもしい表情になっていく。

「ああ、絶対に見つけ出す! 任せろ」

(――違うっ!)

 この時リュリュは、初めて気づいてしまった。

 アルカネットに支配される、ベルトルドの心の弱い部分に。

 ベルトルドには弱いところなどない、と思い込んでいた。いつだって頼りになり、強くて常にみんなの先頭を歩いていく。しかし、誰にでも弱い部分はあるのだ。

 咄嗟にリュリュはベルトルドの記憶を透視した。これまでベルトルドへ透視などしたことはない。透視などする必要がなかったからだ。

(そういうことなの……)

 幼いベルトルドの心につけ入り、心を支配した幼い頃のアルカネット。

 アルカネットに対し、リュリュは常に得体の知れないものを感じていた。それが薄気味悪くて、あまりアルカネットと二人きりで遊ぶことはない。

 リューディアも生前、アルカネットに対して、そういったものを感じることがあったと話していたことを思い出す。

(アタシがベルを守らなくちゃ……!)

 いつも甘えてばかりいたけれど、アルカネットの存在がある以上、ベルトルドを守れるのは自分しかいない。

 姉が愛し、自分も愛するベルトルドを、この先ずっとアルカネットから守っていかなければ――。

 そう、リュリュは決意を新たに固めた。
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