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奪われしもの編 彼女が遺した空への想い
episode681
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ちらりとベルトルドに目を向けられて、リューディアはこくりと頷いた。
ベルトルドは散々躊躇ったあと、小さな声で話し始めた。
「俺が5歳の時、母さん、流産したんだ」
リューディアは驚いたように目を見開いた。それは初耳である。
「でも、母さんは自分が子供が出来てたことに気づいてなくて、流産した時に初めて知ったんだ。だから、とっても悲しんで悲しんで、いっぱい泣いてた」
仕事が忙しい、忙しいと言っていた母親の姿を思い出す。当時、ゼイルストラ所有の海上石油工場で大きな事故があり、たくさんの人が怪我をして、病院は大忙しだと言っていた。小児科医のサーラもかりだされ、いつも遅くまで働いていた。
その疲労が祟ったのが原因だと、ベルトルドは思っている。
その頃リクハルドもまた、自身の仕事に忙殺されていた。アーナンド島のホテルのオーナーシェフとして抜擢されて、あまりの目まぐるしい日々に、妻の身体の不調に気づいてやれなかった。
謝る事しかできなくてゴメン、とリクハルドは泣きながらサーラを慰めていた。
流産したことを、両親は幼いベルトルドには話していない。しかし、ベルトルドはサイ《超能力》によって、全てのことを把握したのだ。そのことに両親は気づいていなかった。
リビングの入口で2人の様子をそっと覗き見ていたベルトルドは、顔を見ることが叶わなかった弟を、心から痛ましく思って涙を流した。この不運な事故は、けっして両親のせいではないと、幼いながらも理解していた。
「弟だったの?」
「俺さ、母さんのお腹に子供が出来てたこと知ってたんだ。その子は弟だってことも判ってた」
てっきり、父母共に弟のことを知っているとばかり思っていた。だから、ベルトルドは言っていない。死んでしまった赤ちゃんは、男の子だったと。言えば母はもっと悲しむから。
「俺に弟が生まれる、て判って、俺すっごく嬉しかった。楽しみだった。だから、死んじゃったことが悲しくて、ビーチで一人泣いてたんだ。そしたらさ、いつの間にかアルカネットが隣に座ってたんだ」
何も言わず、ただ、寄り添うように隣にアルカネットが座っていた。
弟を失って、世界中でひとりぼっちになったような、そんな悲しい気分に包まれていたから、アルカネットが寄り添って一緒に居てくれて、ベルトルドは嬉しかった。
――俺の弟が、死んじゃったんだ。
ぐすぐすと泣きながら呟いた。
――いっしょに遊びたかった。
小さな小さな命が、母のおなかの中で少しずつ育っていく様子を、幼いベルトルドはハッキリと視ていた。
だから、いなくなってしまって、本当に悲しかった。
――ボクが、ベルトルドのおとうとになってあげる。
無邪気な笑顔で、アルカネットがそう言った。
――今日からベルトルドは、ボクのおにいちゃんで、ボクはベルトルドのおとうと。
今のアルカネットは、そんなことはきっと忘れているだろう。だけど、ベルトルドにとって、アルカネットのその言葉は、何よりも救いだった。
失いかけた守るべき存在を、アルカネットが与えてくれたからだ。
その日から、ベルトルドにとって、アルカネットはかけがえのない”おとうと”になった。大切で、守るべき存在に。
自分の恋を諦めてもいいくらいに。
遠慮とかそんなことではない。アルカネットが望むなら、なんでも叶えてやりたかった。だから、アルカネットが幸せになれば、それは自分にとっての幸せなのだ。
「でも、でも、だからって……」
ベルトルドの気持ちは理解出来なくはない。しかし、それで本当に恋を諦められるものなのか、リューディアは納得できなかった。
(ベルトルドがそれでよくっても、わたしの気持ちはどうなるの?)
ベルトルドは散々躊躇ったあと、小さな声で話し始めた。
「俺が5歳の時、母さん、流産したんだ」
リューディアは驚いたように目を見開いた。それは初耳である。
「でも、母さんは自分が子供が出来てたことに気づいてなくて、流産した時に初めて知ったんだ。だから、とっても悲しんで悲しんで、いっぱい泣いてた」
仕事が忙しい、忙しいと言っていた母親の姿を思い出す。当時、ゼイルストラ所有の海上石油工場で大きな事故があり、たくさんの人が怪我をして、病院は大忙しだと言っていた。小児科医のサーラもかりだされ、いつも遅くまで働いていた。
その疲労が祟ったのが原因だと、ベルトルドは思っている。
その頃リクハルドもまた、自身の仕事に忙殺されていた。アーナンド島のホテルのオーナーシェフとして抜擢されて、あまりの目まぐるしい日々に、妻の身体の不調に気づいてやれなかった。
謝る事しかできなくてゴメン、とリクハルドは泣きながらサーラを慰めていた。
流産したことを、両親は幼いベルトルドには話していない。しかし、ベルトルドはサイ《超能力》によって、全てのことを把握したのだ。そのことに両親は気づいていなかった。
リビングの入口で2人の様子をそっと覗き見ていたベルトルドは、顔を見ることが叶わなかった弟を、心から痛ましく思って涙を流した。この不運な事故は、けっして両親のせいではないと、幼いながらも理解していた。
「弟だったの?」
「俺さ、母さんのお腹に子供が出来てたこと知ってたんだ。その子は弟だってことも判ってた」
てっきり、父母共に弟のことを知っているとばかり思っていた。だから、ベルトルドは言っていない。死んでしまった赤ちゃんは、男の子だったと。言えば母はもっと悲しむから。
「俺に弟が生まれる、て判って、俺すっごく嬉しかった。楽しみだった。だから、死んじゃったことが悲しくて、ビーチで一人泣いてたんだ。そしたらさ、いつの間にかアルカネットが隣に座ってたんだ」
何も言わず、ただ、寄り添うように隣にアルカネットが座っていた。
弟を失って、世界中でひとりぼっちになったような、そんな悲しい気分に包まれていたから、アルカネットが寄り添って一緒に居てくれて、ベルトルドは嬉しかった。
――俺の弟が、死んじゃったんだ。
ぐすぐすと泣きながら呟いた。
――いっしょに遊びたかった。
小さな小さな命が、母のおなかの中で少しずつ育っていく様子を、幼いベルトルドはハッキリと視ていた。
だから、いなくなってしまって、本当に悲しかった。
――ボクが、ベルトルドのおとうとになってあげる。
無邪気な笑顔で、アルカネットがそう言った。
――今日からベルトルドは、ボクのおにいちゃんで、ボクはベルトルドのおとうと。
今のアルカネットは、そんなことはきっと忘れているだろう。だけど、ベルトルドにとって、アルカネットのその言葉は、何よりも救いだった。
失いかけた守るべき存在を、アルカネットが与えてくれたからだ。
その日から、ベルトルドにとって、アルカネットはかけがえのない”おとうと”になった。大切で、守るべき存在に。
自分の恋を諦めてもいいくらいに。
遠慮とかそんなことではない。アルカネットが望むなら、なんでも叶えてやりたかった。だから、アルカネットが幸せになれば、それは自分にとっての幸せなのだ。
「でも、でも、だからって……」
ベルトルドの気持ちは理解出来なくはない。しかし、それで本当に恋を諦められるものなのか、リューディアは納得できなかった。
(ベルトルドがそれでよくっても、わたしの気持ちはどうなるの?)
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