片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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奪われしもの編 彼女が遺した空への想い

episode666

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 キュッリッキはアルケラへ意識を飛ばすことが出来る。しかし、月を通って意識が飛んでいくようなイメージは一度もない。召喚スキル〈才能〉持ちの者の、その独特の虹色の光彩が散りばめられている瞳でアルケラを視て、瞬時に意識を飛ばせるからだ。

 それをベルトルドに言うと、ベルトルドは面白そうに目を見開いた。

「なるほど。そうだな、リッキーは意識を飛ばせるから、生身で行くということはないのだな」

「生身で行く方法は、アタシも知らないな~。行くとしたらあの月から行くことになるのかな。でも、ずっとずっと高い空にあるんでしょう、月って?」

「宇宙、という場所にあるんだ。空のずっとずっと、遥か高みにある」

「んー……宇宙ってところへ行く方法がないかも。ある程度空を飛べる子は召喚出来るけど、宇宙ってところへ行く子は、アタシには判らない」

「そうか。我々人類は、空を飛ぶ術がないからな」

 途端、ベルトルドの表情が曇った。

 空を自由に飛べることができるのは、人間の中では翼を持つアイオン族だけで、スキル〈才能〉で言えば、魔法とサイ《超能力》だけである。

 技術的には空を飛ぶ乗り物は発明されておらず、多くの人々は自由に空を飛ぶことができなかった。

「エグザイル・システムがあるから、移動する術にはあまり困らない。大陸間でも惑星でも自由に瞬時に行き来できるからだ。人間はそう、馴らされてしまっている」

 誰が作ったか解明されていないエグザイル・システム。1万年前の超古代文明の遺産だと言う者もいるが、定かではないのだ。

「人間が、誰もが自由に空を飛べるようになれればいい。それが、俺とアルカネットの願いの一つだ」

「アルカネット……さん」

 キュッリッキはビクッと身体を震わせ、恐ろしげなもののように、アルカネットの名を呟いた。

 それに気づいたベルトルドは、気遣わしげにキュッリッキの頭を優しく撫でた。

「本当に怖い思いをさせてしまって、申し訳なかった。アルカネットのペルソナがもう崩壊しかかっていたことに、俺が早く気づいていれば、あんなことにはならなかったのだが……」

「ペルソナ?」

 ベルトルドは迷うように目を伏せる。

「リッキーが知っている”アルカネット”という人物は、アルカネットが世間で生きていくために作り出した仮面(ペルソナ)なんだ。そして、リッキーに酷いことをしたアルカネットこそ、本物のアルカネットだ」

「……本当のアルカネットさんは、怖い人だったんだ…」

 とても残念そうに言うキュッリッキに、ベルトルドは首を横に振った。

「本当のあいつも、いいやつなんだ。ただ、あることをきっかけに、崩壊したんだ」

 ベルトルドはキュッリッキの手を取ると、そっと自分の頬にあてた。

「リッキーには本当のことを知る権利がある。アルカネットがあんなふうになってしまった、その理由を」

 ベルトルドの悲しげな瞳を見て、キュッリッキは不安で顔を曇らせた。怖いけど、知らねばならない。そう、心の中で呟いた。

「俺の記憶を見せながら話そう。とても長い長い話を、リッキーに聞いてもらいたい」



 キュッリッキはフワッと身体が浮いたような感覚がして、ハッと意識を凝らす。

 とても薄暗い中に、ぼんやりとした光をまとってキュッリッキは立っていた。

「ここは、俺の記憶の入口だ。ようこそ、俺の頭の中へ」

 笑い含むようなベルトルドの声がして、いつもの真っ白な軍服姿のベルトルドが姿を現した。

「記憶の入口?」

 キュッリッキは目をぱちくりさせながら、小さく首をかしげる。

「うん。リッキーの意識だけを、俺の頭の中に招いたんだ」

 そう言われてキュッリッキは素直に納得した。自分がアルケラへ意識を飛ばしているように、ベルトルドがそうしてくれたのだと、すぐに理解出来たからだ。

「サイ《超能力》は便利だろう?」

 ベルトルドはにっこり微笑むと、つられて笑むキュッリッキの手を優しく取る。意識同士の触れ合いなのに、ベルトルドの手はほんのりと温かい気がした。

「それではお姫様、俺たちの過去という名の舞台を、どうぞごゆっくりお楽しみください」

 芝居がかった口調で言うと、ベルトルドは手振りで暗闇の先を示す。

 キュッリッキは示された方角へ目を向ける。

 やがてゆっくりと闇は晴れていき、真っ青な空とエメラルドに輝く海が、視界に広がっていった。
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