片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
729 / 882
奪われしもの編 彼女が遺した空への想い

episode666

しおりを挟む
 キュッリッキはアルケラへ意識を飛ばすことが出来る。しかし、月を通って意識が飛んでいくようなイメージは一度もない。召喚スキル〈才能〉持ちの者の、その独特の虹色の光彩が散りばめられている瞳でアルケラを視て、瞬時に意識を飛ばせるからだ。

 それをベルトルドに言うと、ベルトルドは面白そうに目を見開いた。

「なるほど。そうだな、リッキーは意識を飛ばせるから、生身で行くということはないのだな」

「生身で行く方法は、アタシも知らないな~。行くとしたらあの月から行くことになるのかな。でも、ずっとずっと高い空にあるんでしょう、月って?」

「宇宙、という場所にあるんだ。空のずっとずっと、遥か高みにある」

「んー……宇宙ってところへ行く方法がないかも。ある程度空を飛べる子は召喚出来るけど、宇宙ってところへ行く子は、アタシには判らない」

「そうか。我々人類は、空を飛ぶ術がないからな」

 途端、ベルトルドの表情が曇った。

 空を自由に飛べることができるのは、人間の中では翼を持つアイオン族だけで、スキル〈才能〉で言えば、魔法とサイ《超能力》だけである。

 技術的には空を飛ぶ乗り物は発明されておらず、多くの人々は自由に空を飛ぶことができなかった。

「エグザイル・システムがあるから、移動する術にはあまり困らない。大陸間でも惑星でも自由に瞬時に行き来できるからだ。人間はそう、馴らされてしまっている」

 誰が作ったか解明されていないエグザイル・システム。1万年前の超古代文明の遺産だと言う者もいるが、定かではないのだ。

「人間が、誰もが自由に空を飛べるようになれればいい。それが、俺とアルカネットの願いの一つだ」

「アルカネット……さん」

 キュッリッキはビクッと身体を震わせ、恐ろしげなもののように、アルカネットの名を呟いた。

 それに気づいたベルトルドは、気遣わしげにキュッリッキの頭を優しく撫でた。

「本当に怖い思いをさせてしまって、申し訳なかった。アルカネットのペルソナがもう崩壊しかかっていたことに、俺が早く気づいていれば、あんなことにはならなかったのだが……」

「ペルソナ?」

 ベルトルドは迷うように目を伏せる。

「リッキーが知っている”アルカネット”という人物は、アルカネットが世間で生きていくために作り出した仮面(ペルソナ)なんだ。そして、リッキーに酷いことをしたアルカネットこそ、本物のアルカネットだ」

「……本当のアルカネットさんは、怖い人だったんだ…」

 とても残念そうに言うキュッリッキに、ベルトルドは首を横に振った。

「本当のあいつも、いいやつなんだ。ただ、あることをきっかけに、崩壊したんだ」

 ベルトルドはキュッリッキの手を取ると、そっと自分の頬にあてた。

「リッキーには本当のことを知る権利がある。アルカネットがあんなふうになってしまった、その理由を」

 ベルトルドの悲しげな瞳を見て、キュッリッキは不安で顔を曇らせた。怖いけど、知らねばならない。そう、心の中で呟いた。

「俺の記憶を見せながら話そう。とても長い長い話を、リッキーに聞いてもらいたい」



 キュッリッキはフワッと身体が浮いたような感覚がして、ハッと意識を凝らす。

 とても薄暗い中に、ぼんやりとした光をまとってキュッリッキは立っていた。

「ここは、俺の記憶の入口だ。ようこそ、俺の頭の中へ」

 笑い含むようなベルトルドの声がして、いつもの真っ白な軍服姿のベルトルドが姿を現した。

「記憶の入口?」

 キュッリッキは目をぱちくりさせながら、小さく首をかしげる。

「うん。リッキーの意識だけを、俺の頭の中に招いたんだ」

 そう言われてキュッリッキは素直に納得した。自分がアルケラへ意識を飛ばしているように、ベルトルドがそうしてくれたのだと、すぐに理解出来たからだ。

「サイ《超能力》は便利だろう?」

 ベルトルドはにっこり微笑むと、つられて笑むキュッリッキの手を優しく取る。意識同士の触れ合いなのに、ベルトルドの手はほんのりと温かい気がした。

「それではお姫様、俺たちの過去という名の舞台を、どうぞごゆっくりお楽しみください」

 芝居がかった口調で言うと、ベルトルドは手振りで暗闇の先を示す。

 キュッリッキは示された方角へ目を向ける。

 やがてゆっくりと闇は晴れていき、真っ青な空とエメラルドに輝く海が、視界に広がっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧乏秀才令嬢がヤサグレ天才少年と、世界の理を揺るがします。

恋愛
貧乏貴族のダリアは、国一番の魔法学校の副首席。首席になりたいのに、その壁はとんでもなくぶあつく…。 ある日謎多き少年シアンと出会い、彼が首席とわかるやいなや強烈な興味を持ち粘着するようになった。 クセの多い登場人物が織りなす、身分、才能、美醜が絡み、陰謀渦巻く魔法学校でのスクールストーリー。

召喚学園で始める最強英雄譚~仲間と共に少年は最強へ至る~

さとう
ファンタジー
生まれながらにして身に宿る『召喚獣』を使役する『召喚師』 誰もが持つ召喚獣は、様々な能力を持ったよきパートナーであり、位の高い召喚獣ほど持つ者は強く、憧れの存在である。 辺境貴族リグヴェータ家の末っ子アルフェンの召喚獣は最低も最低、手のひらに乗る小さな『モグラ』だった。アルフェンは、兄や姉からは蔑まれ、両親からは冷遇される生活を送っていた。 だが十五歳になり、高位な召喚獣を宿す幼馴染のフェニアと共に召喚学園の『アースガルズ召喚学園』に通うことになる。 学園でも蔑まれるアルフェン。秀な兄や姉、強くなっていく幼馴染、そしてアルフェンと同じ最底辺の仲間たち。同じレベルの仲間と共に絆を深め、一時の平穏を手に入れる これは、全てを失う少年が最強の力を手に入れ、学園生活を送る物語。

処理中です...