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召喚士編
episode657
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ベッドに半身を起こして座りながら、キュッリッキはフェンリルやフローズヴィトニルの身体をそっと撫でていた。2匹はキュッリッキの膝の上で丸くなって目を閉じている。
マリオンが出て行ったあと、こうして2匹はキュッリッキに密着していた。
「い~い? アタシの代わりにぃ、キューリちゃんのそばで守っているのよぉ~?」
そうマリオンに言いつけられているからだ。
たかが人間ごときに言われるまでもない、とフェンリルは言い返してやりたかった。しかし、今回大失態を犯している。
アルカネットに暴行されるキュッリッキを、助けることができなかったからだ。
ベルトルドとアルカネットは、キュッリッキにとっては保護者のような存在であり、2人に任せていれば安全だった。とくに屋敷の中で、キュッリッキに万が一のことなど、絶対起こるまいとたかを括っていた。ところがそのアルカネットが、キュッリッキに性的暴行を加えようとしていたのだ。
幸いベルトルドによって回避出来たものの、ベルトルドがいなかったらと、フェンリルは忸怩たる思いにかられている。
どこへ行くときも、片時も離れずついていっていた。しかしベルトルドの屋敷や傭兵団のアジトでは、部屋の中にとどまっていることが多い。僅かな信頼と油断が招いた結果がこれである。
キュッリッキを守るために人間の世界へ降臨したというのに、これでは本末転倒だ。
傷ついたキュッリッキの心の泣く声が、フェンリルの耳には聞こえている。痛くて痛くて、心臓が鷲掴みにされるような、そんな残酷な痛みの声だ。
幼子の頃から傍らで見守っているが、一体いつまでこの少女は辛い思いを味わい続けなければならないのだろう。アルケラの巫女として、尊ばれ大切にされるべき存在なのにだ。
1万年前の人間の世界とは、仕組みがだいぶ変わっている。しかしようやくキュッリッキは国の保護を受けることができた。当人の願いで傭兵団にいまだ属しているが、常に安全であるべきなのに、身内という死角からの暴行を受けてしまった。
もう、何が何でもキュッリッキのそばを離れない。けっして、危険なめにはあわせはしない。
そうフェンリルは、再度心に誓っていた。
ノックとともに顔を出したのは、メルヴィンだった。
「入ってもいい?」
「う、うん」
キュッリッキは全身を緊張で塗り固め、メルヴィンが部屋へ入ってくるのを見つめていた。嬉しさを上回って、怖くて心臓がドクドクした。
メルヴィンはベッドの横に置いてある椅子に座り、キュッリッキに優しく微笑みかけた。
「ただいま」
「どこか、出かけてたの?」
「ええ、ちょっとそこまで」
「そうなんだ……」
それ以上言葉が見つからず、キュッリッキはがっかりしたように俯いて、小さなため息をついた。我知らず、シーツを掴む手に力がこもる。
キュッリッキの様子を見つめながら、メルヴィンは先ほどの、マリオンから見せられたビジョンを思い出していた。
ハーメンリンナから戻ると、カーティスに呼ばれて3人は談話室に行った。そこで、マリオンからキュッリッキの記憶を見せられたのだ。一人で抱え込むには複雑すぎて、結局マリオンはカーティスたちに相談し、メルヴィンにも真実を伝えようとなった。
メルヴィンは一瞬にして我を忘れそうなほど、カッと頭の中が沸騰して激怒した。
ヴァルトがビビったほどの怒気と殺気をまとって、爪竜刀に手をかけた。
再び弾丸のごとくアジトを飛び出しそうなメルヴィンをタルコットが抑え付け、ギャリーやルーファスによってなだめられた。それで頭が冷えてきたところで、ようやくキュッリッキの心情を思いやれるようになったのだ。
自分の怒りよりも、まず、キュッリッキのことなのだから。
キュッリッキは見ず知らずの男に、あんな振る舞いをされたわけではない。
心から信頼し、親のように慕う相手にされたのだ。
(助けてメルヴィン、怖いよ…助けてっ)
記憶の中のキュッリッキは、そう心の中で助けを求めていた。
どれほど怖かっただろう。
性的なことには、疎すぎるとマリオンから聞いている。あれでは疎くても関係なく、恐怖体験として心にキズが残る。
もっとよく冷静になるために、メルヴィンは自分の部屋に戻り、暫く考えた。
キュッリッキから拒絶されたとき、驚きもしたし、正直ムッとしたのだ。
愛しているんじゃないのか、オレを信じていないのか? と、そう思ってしまった。そして、そう思ってしまったことを、心から恥じた。少しでもそんな風に考えてしまった自分の心の狭さを、情けないと思った。
キュッリッキの身体に触れたい、キスをしたいという欲求はある。でも、今は自分のそんな欲求など気にしてる場合じゃない。
自分は男だから、ああされたことが、どれほど怖いことだったかなど正直判らない。なんとなくそんな感じなのかと、想像することでしか理解出来なかった。
マリオンが出て行ったあと、こうして2匹はキュッリッキに密着していた。
「い~い? アタシの代わりにぃ、キューリちゃんのそばで守っているのよぉ~?」
そうマリオンに言いつけられているからだ。
たかが人間ごときに言われるまでもない、とフェンリルは言い返してやりたかった。しかし、今回大失態を犯している。
アルカネットに暴行されるキュッリッキを、助けることができなかったからだ。
ベルトルドとアルカネットは、キュッリッキにとっては保護者のような存在であり、2人に任せていれば安全だった。とくに屋敷の中で、キュッリッキに万が一のことなど、絶対起こるまいとたかを括っていた。ところがそのアルカネットが、キュッリッキに性的暴行を加えようとしていたのだ。
幸いベルトルドによって回避出来たものの、ベルトルドがいなかったらと、フェンリルは忸怩たる思いにかられている。
どこへ行くときも、片時も離れずついていっていた。しかしベルトルドの屋敷や傭兵団のアジトでは、部屋の中にとどまっていることが多い。僅かな信頼と油断が招いた結果がこれである。
キュッリッキを守るために人間の世界へ降臨したというのに、これでは本末転倒だ。
傷ついたキュッリッキの心の泣く声が、フェンリルの耳には聞こえている。痛くて痛くて、心臓が鷲掴みにされるような、そんな残酷な痛みの声だ。
幼子の頃から傍らで見守っているが、一体いつまでこの少女は辛い思いを味わい続けなければならないのだろう。アルケラの巫女として、尊ばれ大切にされるべき存在なのにだ。
1万年前の人間の世界とは、仕組みがだいぶ変わっている。しかしようやくキュッリッキは国の保護を受けることができた。当人の願いで傭兵団にいまだ属しているが、常に安全であるべきなのに、身内という死角からの暴行を受けてしまった。
もう、何が何でもキュッリッキのそばを離れない。けっして、危険なめにはあわせはしない。
そうフェンリルは、再度心に誓っていた。
ノックとともに顔を出したのは、メルヴィンだった。
「入ってもいい?」
「う、うん」
キュッリッキは全身を緊張で塗り固め、メルヴィンが部屋へ入ってくるのを見つめていた。嬉しさを上回って、怖くて心臓がドクドクした。
メルヴィンはベッドの横に置いてある椅子に座り、キュッリッキに優しく微笑みかけた。
「ただいま」
「どこか、出かけてたの?」
「ええ、ちょっとそこまで」
「そうなんだ……」
それ以上言葉が見つからず、キュッリッキはがっかりしたように俯いて、小さなため息をついた。我知らず、シーツを掴む手に力がこもる。
キュッリッキの様子を見つめながら、メルヴィンは先ほどの、マリオンから見せられたビジョンを思い出していた。
ハーメンリンナから戻ると、カーティスに呼ばれて3人は談話室に行った。そこで、マリオンからキュッリッキの記憶を見せられたのだ。一人で抱え込むには複雑すぎて、結局マリオンはカーティスたちに相談し、メルヴィンにも真実を伝えようとなった。
メルヴィンは一瞬にして我を忘れそうなほど、カッと頭の中が沸騰して激怒した。
ヴァルトがビビったほどの怒気と殺気をまとって、爪竜刀に手をかけた。
再び弾丸のごとくアジトを飛び出しそうなメルヴィンをタルコットが抑え付け、ギャリーやルーファスによってなだめられた。それで頭が冷えてきたところで、ようやくキュッリッキの心情を思いやれるようになったのだ。
自分の怒りよりも、まず、キュッリッキのことなのだから。
キュッリッキは見ず知らずの男に、あんな振る舞いをされたわけではない。
心から信頼し、親のように慕う相手にされたのだ。
(助けてメルヴィン、怖いよ…助けてっ)
記憶の中のキュッリッキは、そう心の中で助けを求めていた。
どれほど怖かっただろう。
性的なことには、疎すぎるとマリオンから聞いている。あれでは疎くても関係なく、恐怖体験として心にキズが残る。
もっとよく冷静になるために、メルヴィンは自分の部屋に戻り、暫く考えた。
キュッリッキから拒絶されたとき、驚きもしたし、正直ムッとしたのだ。
愛しているんじゃないのか、オレを信じていないのか? と、そう思ってしまった。そして、そう思ってしまったことを、心から恥じた。少しでもそんな風に考えてしまった自分の心の狭さを、情けないと思った。
キュッリッキの身体に触れたい、キスをしたいという欲求はある。でも、今は自分のそんな欲求など気にしてる場合じゃない。
自分は男だから、ああされたことが、どれほど怖いことだったかなど正直判らない。なんとなくそんな感じなのかと、想像することでしか理解出来なかった。
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