片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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召喚士編

episode651

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 ドコをどう走ったのか覚えていなかった。ただ、無我夢中でアジトへ向かって走る。

 一度も足を止めなかった。

 もし止めたら、アルカネットに捕まりそうな恐怖にかられ、足を止めることができなかったのだ。

「あうっ」

 石畳に足を取られて、前につんのめって倒れた。膝を強く打ち付けたが、痛みは感じない。それよりももっと大きな恐怖感に、身体も心も支配されていたからだ。

「あんたなんで、こんなところで転んでるの!?」

 突如マーゴットの素っ頓狂な声が頭上からして、キュッリッキはのろのろと顔を上げた。

「ちょっと、泣いてるじゃない、そんなに痛いの?」

 びっくりしたマーゴットは、しゃがんでキュッリッキを起こしてやる。

「転んでパンツ見えてるわよ。ほら、立てる?」

 小さく頷き、マーゴットにつかまりながらキュッリッキは立とうとした。しかし、まるで足に力が入らず、ヘナヘナと石畳に座り込んでしまった。

「転んだ拍子によほど強く身体を打ったのかしら? フェンリル、アジトにカーティスとメルヴィンいるから呼んできて」

 オロオロとしているフェンリルに、マーゴットはビシッと言うと、フェンリルは弾かれたようにアジトへ走っていった。その後ろにフローズヴィトニルが続く。

「まったくドジなんだから。ほら、膝擦りむいてない?」

 キュッリッキの身の上に起きたことなど知らないマーゴットは、テキパキとキュッリッキの怪我の具合を診る。

 そして待つこと数分、血相を変えたカーティスとメルヴィンが駆けつけてきた。

「リッキー、どうしたんですか!?」

「メルヴィン……」

 キュッリッキはくしゃりと顔を歪ませると、そのまま意識を失った。

「リッキー!? どうしたんですかリッキー!!」

「キューリさん!」



 急いでアジトに運び込まれたキュッリッキは、自室でヴィヒトリの診察を受けた。

「ヴィヒトリ先生……」

 キュッリッキの部屋から出てきたヴィヒトリは、メガネを外すと、小さくため息をついた。

 いきなり勤務中にヴァルトから「キンキューだすぐこい!」と連絡が入り、大慌てでエルダー街へ駆けつけてきたのだ。

「転んだ時の怪我は大したことないよ。膝を強く打ってるから、数日は痛むと思うけど、湿布貼っとけばすぐ治る」

「はい」

 メルヴィンはひとまずホッと息をついた。

「ただ、ちょっと精神的に混乱している感じだから、無理に問い詰めるようなことをしちゃ、ダメだよ」

「はあ…」

「何か、よほどショックなことがあったみたいだ。自分から話せるようになるまで、絶対無理強いしないように、いいね?」

「はい」

「よお、フショーの弟よ! きゅーりダイジョーブなのか?」

 小型バーベルを片手で持ち、上げ下げしながらヴァルトがやってきた。

「精神的にショック受けてるから、あんまからかっちゃダメだよ、にーちゃん」

「俺様は空気が読めるんだぜ!」

「だったら、談話室行ったほうがいいよ」

「おう」

 ヴァルトは素直に返事をすると、さっさと談話室の方へ行ってしまった。

「そばについててあげて」

「はい、わかりました」

 メルヴィンは頷くと、キュッリッキの部屋へ入っていった。



 メルヴィンはベッドの横に椅子を持ってきて座った。

 薬を投与されたキュッリッキは、スヤスヤとよく眠っている。

「一体、なにがあったんですか……」

 シーツの中から細い小さな手を取り出し、きゅっと握った。

 自らの過去を打ち明けてくれた時とは違う、とても辛そうな表情をしていた。

 毎週水曜はテレビ鑑賞のためにベルトルド邸へ行く。この頃は泊りがけで行くので、いつも翌日の昼近くに帰ってくる。

 帰ってくると、昼食をみんなで食べながら、テレビ番組の感想やらなにやらで、楽しく盛り上がっていた。それなのに、今日はあんなに辛そうな顔で石畳に座り込んでいた。

 マーゴットの話では転んだらしい。顔は涙で濡れていたし、意識を失うほど何かに気を張っていたのだろうか。

 理由を知りたいと思うが、ヴィヒトリが言うように、無理に問い詰めないほうがいいだろう。

 メルヴィンはキュッリッキの柔らかな頬を、優しくそっと撫でてやった。



 翌日、ハワドウレ皇国に激震が走った。

 副宰相ベルトルドの、退任の報である。
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