片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

文字の大きさ
上 下
712 / 882
召喚士編

episode649

しおりを挟む
 部屋の入り口に、アルカネットが立っていた。

「アルカネットさん」

 キュッリッキはアルカネットに気づいて、にっこりと声をかける。しかしアルカネットは無言だった。

 その表情は、怒っているわけでもない。にこりと微笑んでいるわけでもない。かといって、無表情というわけでもないのだ。穏やかな風貌には 、しかしどれにも当てはまらない、何とも表現しがたい表情が浮かんでいた。

 返事が返ってこないので、勝手に部屋へ入ったことを怒っているのかもしれない。そう思ったキュッリッキは、写真立てをサイドテーブルに戻して、小さな声で「ごめんなさい」と言った。それでもアルカネットは無言で、じっとキュッリッキを見つめているだけだ。

(何も言ってくれないと、なんか、気まずい……)

 部屋へ勝手に入っただけなので、言い訳もなにも思いつかない。でも、ああして無言を通されると、なにか気に障ったことでもしたのではないか? そう思えて身の置き所に迷う。

(あ、そうだ!)

「あのね、アルカネットさん玄関へ手袋忘れたでしょ、持ってきたの。テーブルの上に置いといたからね」

 部屋へきた目的を言えば、きっと反応があるだろう。と思いつくも、やはりアルカネットは無言だった。

 他に話題はないだろうかと、キュッリッキは必死に考えた。

「そ、そいえば、ベルトルドさんも起きてるんだね! 毎日ちゃんと早く起きるといいのにね」

 無反応。

(これもダメか…)

 さらりと黙殺されている気がする。

(うーん、うーん……)

 困り果てて、ふとキュッリッキはサイドテーブルに戻した写真立てを手にとった。

「この写真に写ってるのって、アタシじゃないよね? ものすごくアタシに似てるから、勘違いしちゃった」

 自分の顔の横に、写真立てを並べるように持つ。

 少し古ぼけた感じの写真には、青い空と海を背景に、金髪の少女が笑顔で写っていた。愛くるしいまでの無邪気なその表情、あどけなさを残した美しい顔立ち。瞳の色は違うが、キュッリッキに瓜二つなのだ。

「アタシのそっくりさんなんだね」

 すると、アルカネットの表情に悲しい色が浮かび、よろけるように歩き出した。まっすぐキュッリッキを目指して。

 アルカネットは歩きながらキュッリッキに向けて手を伸ばすと、細い手首を掴んで自分の方へ、グイっと強引に引き寄せた。

「ア、アルカネットさん!?」

 いきなりのことに驚いて、キュッリッキは身を固くしてアルカネットを見上げた。

「リューディア…」

 そう言って、キュッリッキを強く抱きしめた。全身全霊を込めるように、その細い身体をしっかりと抱きしめ、アルカネットは身を震わせた。

「もう二度と、私を一人にしないでください」

「ア、アタシ、ち、違うよっ! キュッリッキだよアルカネットさん」

 まるで身動きがとれず、キツく抱きしめられる腕の中で、キュッリッキはアルカネットに呼びかけた。

 いつもと違って、物凄く強く抱きしめてくる。

「あのね、すごく苦しいの。お願いだから、力を緩めて」

 しかしアルカネットの腕の力は緩まない。

「息が苦しいの、アルカネットさん離して…」

「私から離れるというのですか?」

 突然アルカネットはビクッと身体を震わせ、険しい表情になってキュッリッキを見おろした。まるで信じられない言葉を聞いたかのように、怒りがじわりと滲み出している。

「許しませんよ、私から離れるなど、絶対に許しません!」

「い、痛い」

 身体を更にキツく抱きしめられ、キュッリッキは苦悶の表情を浮かべた。

(一体どうしちゃったんだろう、アルカネットさん!? なんだかすごく怖い。今日はもう、さっさとエルダー街へ帰っちゃおう…)

「アルカネットさん…アタシ、もう、エルダー街へ帰る、離してアルカネットさん!」

「帰る? あなたが帰るべき場所は、私の腕の中ですよ。それ以外の一体どこへ帰ろうというのですか、リューディア!!」
しおりを挟む

処理中です...