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召喚士編
episode636
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廃村寸前の漁村で、ユリディスは生まれた。
父母は近海で魚をとり、近隣の市場に出荷していた。しかし、近海でとれる魚はあまり育ちが良くなく、買い手がつかないことが多い。二束三文で取引され、市場に支払う仲介手数料で殆ど取り分がなくなってしまう。
自由に売り歩くことは禁止されており、遠い海まで漁をおこないにいきたかったが、幼いユリディスの育児でそれは難しい。何より漁に出るための船もない。安く買い入れた小船を使っているため、海上で寝泊りする設備も備わっていなのだ。
ユリディスが7歳を迎えた頃、父母は借金に押しつぶされる寸前だった。
「もう、心中するしかないのかしら……」
化粧っけもなく、みすぼらしい姿の母親は、涙を流しながら残酷なことを呟く。
生活は少しも豊かにならない。これも全て、種族統一国神王国ソレルの政策の杜撰さの煽りからきている。
近海は汚され生態系にも影響が出ているのに、放置されたまま。漁師組合も毎年頭を抱えているが、市場では地方から新鮮な魚を運搬してきて、国民の食卓に魚がなくなることはない。
仕事もなく、他の土地へ移住することになれば、移住税が多くのしかかる。それを支払うことは出来ない。毎月納める税金さえないのだ。
満足に食べさせてもらえず、ユリディスの身体は筋張って痩せ細っている。それでもどうにか、浜辺で貝を掘り、岩場で海藻を採って食いつないでいた。
母親の膝に抱きついて、ユリディスがウトウトとした頃、突然多くの足音がアバラ小屋を取り囲んだ。
「失礼します。こちらに、ユリディスという名の娘がいませんか?」
上品な身なりをした初老の女性が、柔らかな声で戸口から声をかけた。
眠い目を半分開けて、ユリディスは声の主を見た。そして、眠気に耐え切れず、そのまま目を閉じた。
気が付けば、そこは見たこともないような場所だった。
自分が寝ているのは、母親の膝の上ではなく、フカフカで真っ白なシーツの上。そして、身につけているのは、ボロ布を継ぎ接ぎしたワンピースではなく、ツルツルとした肌触りがくすぐったいシルクの寝巻きだった。
身体を起こすと、そこは柔らかな光に包まれた、広い広い部屋の中。自分が座っているのは大きなベッド。
一体何が起こったのか判らず、ユリディスは不安な顔で室内を見回した。
「おかあさん、おとうさん」
か細い声で父母を呼ぶが、返事はない。
「ここはどこ?」
「ここは神殿の中よ。心配しないで」
ハキハキとした少女の声が答えて、ユリディスはビクッと身体を震わせる。
「驚かせてごめんなさいね。私の名はヴェルナ、そしてこの白い狼はフェンリル」
自分より年上だけど、でもまだ幼い顔立ちをした少女。そして、生まれて初めて見る大きな狼。
ベッドの上でシーツを掴み、呆気にとられているユリディスに、ヴェルナはくすくすと笑いかけた。
「訳も判らないわよね。私もそうだったの。でも本当に安心してね、あなたのお父様とお母様は、別室にいらっしゃるわ。あとで一緒に会いに行きましょうね」
父母も近くにいるのだと判って、ユリディスの顔に、ようやく笑みが浮かんだ。
父母は近海で魚をとり、近隣の市場に出荷していた。しかし、近海でとれる魚はあまり育ちが良くなく、買い手がつかないことが多い。二束三文で取引され、市場に支払う仲介手数料で殆ど取り分がなくなってしまう。
自由に売り歩くことは禁止されており、遠い海まで漁をおこないにいきたかったが、幼いユリディスの育児でそれは難しい。何より漁に出るための船もない。安く買い入れた小船を使っているため、海上で寝泊りする設備も備わっていなのだ。
ユリディスが7歳を迎えた頃、父母は借金に押しつぶされる寸前だった。
「もう、心中するしかないのかしら……」
化粧っけもなく、みすぼらしい姿の母親は、涙を流しながら残酷なことを呟く。
生活は少しも豊かにならない。これも全て、種族統一国神王国ソレルの政策の杜撰さの煽りからきている。
近海は汚され生態系にも影響が出ているのに、放置されたまま。漁師組合も毎年頭を抱えているが、市場では地方から新鮮な魚を運搬してきて、国民の食卓に魚がなくなることはない。
仕事もなく、他の土地へ移住することになれば、移住税が多くのしかかる。それを支払うことは出来ない。毎月納める税金さえないのだ。
満足に食べさせてもらえず、ユリディスの身体は筋張って痩せ細っている。それでもどうにか、浜辺で貝を掘り、岩場で海藻を採って食いつないでいた。
母親の膝に抱きついて、ユリディスがウトウトとした頃、突然多くの足音がアバラ小屋を取り囲んだ。
「失礼します。こちらに、ユリディスという名の娘がいませんか?」
上品な身なりをした初老の女性が、柔らかな声で戸口から声をかけた。
眠い目を半分開けて、ユリディスは声の主を見た。そして、眠気に耐え切れず、そのまま目を閉じた。
気が付けば、そこは見たこともないような場所だった。
自分が寝ているのは、母親の膝の上ではなく、フカフカで真っ白なシーツの上。そして、身につけているのは、ボロ布を継ぎ接ぎしたワンピースではなく、ツルツルとした肌触りがくすぐったいシルクの寝巻きだった。
身体を起こすと、そこは柔らかな光に包まれた、広い広い部屋の中。自分が座っているのは大きなベッド。
一体何が起こったのか判らず、ユリディスは不安な顔で室内を見回した。
「おかあさん、おとうさん」
か細い声で父母を呼ぶが、返事はない。
「ここはどこ?」
「ここは神殿の中よ。心配しないで」
ハキハキとした少女の声が答えて、ユリディスはビクッと身体を震わせる。
「驚かせてごめんなさいね。私の名はヴェルナ、そしてこの白い狼はフェンリル」
自分より年上だけど、でもまだ幼い顔立ちをした少女。そして、生まれて初めて見る大きな狼。
ベッドの上でシーツを掴み、呆気にとられているユリディスに、ヴェルナはくすくすと笑いかけた。
「訳も判らないわよね。私もそうだったの。でも本当に安心してね、あなたのお父様とお母様は、別室にいらっしゃるわ。あとで一緒に会いに行きましょうね」
父母も近くにいるのだと判って、ユリディスの顔に、ようやく笑みが浮かんだ。
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