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召喚士編
episode634
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――いやああああああああっ!!
けたたましい悲鳴が神殿の中から外に流れ出て、少女たちは身体をビクつかせて顔を上げた。あんな切羽詰まった悲鳴は、これまで聞いたこともない。
「始まったな」
腕を組んで神殿を見上げていたベルトルドは、満足そうに頷いた。
「良かったなあ、ユリディスは貴様らを召喚士と認めたようだぞ」
「飾り物のスキル〈才能〉でも、一応は召喚士なのですね。リッキーさんに失礼な気もしますが」
「失礼のレベルを超えてますね。――なんにせよ、結界解除が叶うのも時間の問題です。次々投げ込みましょうか」
「うん」
「あの時は、キュッリッキ嬢の命に関わる事態でしたから、ライオン傭兵団の判断は正しかった。ですが」
「言うな。リッキーの命には変えられん。連中はよくやってくれた」
「そうですよ。そのことだけは、褒めてやりたいところです」
今の発言を聴いたら、ライオン傭兵団の連中はどんな顔をするだろう。これまで散々、キュッリッキの怪我をした原因を責め立てられていたというのに。
親バカ、という言葉が頭に浮かび、思わずシ・アティウスは吹き出してしまった。
「ん? どうした?」
「いえ、何でもありません。次いきます」
舞踏会や晩餐会などでよく見かけるベルトルドやアルカネットは、貴婦人たちの憧れの的だった。
もう四十を超えているというが、とてもそんな風には見えない。二十代後半で時を止めたかのように、整った美しい顔立ちと、スラリと脚の長いプロポーション。そつのない柔らかな笑顔と、とくにベルトルドの場合、どこかやんちゃな笑顔を見せる。
16歳で社交界デビューをしたエリナは、貴婦人たちに取り囲まれるベルトルドとアルカネットを見て胸をときめかせた。いつか自分も一緒にワルツを踊ってもらいたい、そう胸に願いを秘めて、日々ワルツの特訓を繰り返していた。そして、ついに一度だけアルカネットに踊ってもらえたことがあった。
優しくリードしてもらい、永遠に続くかと思われた感動の中、1曲を踊りきった。その嬉しい体験は、エリナの一生の宝物になった。それなのに、今目の前にいるアルカネットは、エリナの知らない男だ。冷たい表情と残酷な言葉の数々を口にする、知らない男。
「次はあなたです」
そう言ってギュッと腕を掴まれ、強引に立たされた。そして神殿のほうへと引きずられていく。
「アルカネットさま……おやめになってくださいまし」
エリナはか細い声を振り絞った。しかしアルカネットは振り返らず、一言も発しなかった。
目前に暗闇が見えて、エリナはもう恐怖が足元から這い上がってきて、大声で泣き喚いた。腕を掴むアルカネットの手に爪を立て、必死に踏ん張った。
(こんなのは愛おしいアルカネット様の手じゃないわ!)
「やれやれ……ここまできて往生際の悪い。ワルツを踊っていた時は、もうちょっとしとやかなレディだと思っていたのですが」
ため息混じりの残念そうな声がして、エリアはハッと顔を上げる。
「えっ!?」
覚えていてくれた? たった一回のワルツを、覚えていてくれた。
途端、感動するエリナの全身から、フワフワと力が抜けた。
「ごきげんよう」
アルカネットは容赦なく、エリナを神殿の中へ放り投げた。
エリナが最後に見たアルカネットの顔には、残酷なまでに柔らかな笑みが浮かんでいた。
「よく覚えていたなあ」
戻ってきたアルカネットに、ベルトルドが感心したように言う。
「何がです?」
「あの娘とワルツを踊ったこと」
「覚えてませんよ。ただ、ああ言えばおとなしくなるかなと思ったので、試しに言ってみただけです。案の定効果覿面でしたね」
「えげつない奴だな……」
「それにしても、火事場の馬鹿力は凄いですね…。手袋越しに爪が布を突き破って手の甲に刺さってきました」
「血が出ているな」
「巫山戯た娘です」
心底不愉快そうに、アルカネットは眉を眇めた。
けたたましい悲鳴が神殿の中から外に流れ出て、少女たちは身体をビクつかせて顔を上げた。あんな切羽詰まった悲鳴は、これまで聞いたこともない。
「始まったな」
腕を組んで神殿を見上げていたベルトルドは、満足そうに頷いた。
「良かったなあ、ユリディスは貴様らを召喚士と認めたようだぞ」
「飾り物のスキル〈才能〉でも、一応は召喚士なのですね。リッキーさんに失礼な気もしますが」
「失礼のレベルを超えてますね。――なんにせよ、結界解除が叶うのも時間の問題です。次々投げ込みましょうか」
「うん」
「あの時は、キュッリッキ嬢の命に関わる事態でしたから、ライオン傭兵団の判断は正しかった。ですが」
「言うな。リッキーの命には変えられん。連中はよくやってくれた」
「そうですよ。そのことだけは、褒めてやりたいところです」
今の発言を聴いたら、ライオン傭兵団の連中はどんな顔をするだろう。これまで散々、キュッリッキの怪我をした原因を責め立てられていたというのに。
親バカ、という言葉が頭に浮かび、思わずシ・アティウスは吹き出してしまった。
「ん? どうした?」
「いえ、何でもありません。次いきます」
舞踏会や晩餐会などでよく見かけるベルトルドやアルカネットは、貴婦人たちの憧れの的だった。
もう四十を超えているというが、とてもそんな風には見えない。二十代後半で時を止めたかのように、整った美しい顔立ちと、スラリと脚の長いプロポーション。そつのない柔らかな笑顔と、とくにベルトルドの場合、どこかやんちゃな笑顔を見せる。
16歳で社交界デビューをしたエリナは、貴婦人たちに取り囲まれるベルトルドとアルカネットを見て胸をときめかせた。いつか自分も一緒にワルツを踊ってもらいたい、そう胸に願いを秘めて、日々ワルツの特訓を繰り返していた。そして、ついに一度だけアルカネットに踊ってもらえたことがあった。
優しくリードしてもらい、永遠に続くかと思われた感動の中、1曲を踊りきった。その嬉しい体験は、エリナの一生の宝物になった。それなのに、今目の前にいるアルカネットは、エリナの知らない男だ。冷たい表情と残酷な言葉の数々を口にする、知らない男。
「次はあなたです」
そう言ってギュッと腕を掴まれ、強引に立たされた。そして神殿のほうへと引きずられていく。
「アルカネットさま……おやめになってくださいまし」
エリナはか細い声を振り絞った。しかしアルカネットは振り返らず、一言も発しなかった。
目前に暗闇が見えて、エリナはもう恐怖が足元から這い上がってきて、大声で泣き喚いた。腕を掴むアルカネットの手に爪を立て、必死に踏ん張った。
(こんなのは愛おしいアルカネット様の手じゃないわ!)
「やれやれ……ここまできて往生際の悪い。ワルツを踊っていた時は、もうちょっとしとやかなレディだと思っていたのですが」
ため息混じりの残念そうな声がして、エリアはハッと顔を上げる。
「えっ!?」
覚えていてくれた? たった一回のワルツを、覚えていてくれた。
途端、感動するエリナの全身から、フワフワと力が抜けた。
「ごきげんよう」
アルカネットは容赦なく、エリナを神殿の中へ放り投げた。
エリナが最後に見たアルカネットの顔には、残酷なまでに柔らかな笑みが浮かんでいた。
「よく覚えていたなあ」
戻ってきたアルカネットに、ベルトルドが感心したように言う。
「何がです?」
「あの娘とワルツを踊ったこと」
「覚えてませんよ。ただ、ああ言えばおとなしくなるかなと思ったので、試しに言ってみただけです。案の定効果覿面でしたね」
「えげつない奴だな……」
「それにしても、火事場の馬鹿力は凄いですね…。手袋越しに爪が布を突き破って手の甲に刺さってきました」
「血が出ているな」
「巫山戯た娘です」
心底不愉快そうに、アルカネットは眉を眇めた。
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