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美人コンテスト編
episode614
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「生きていたなんて……、アイツ、生きてた…」
アルッティは宿を飛び出し、ネモフィラの咲き乱れる丘まで走ってきた。
ここは、ケウルーレに住む者は、近づいてはいけない場所とされている。神聖な場所であり、汚れなど一切持ち込んではいけないと。
そんなことも忘れ、アルッティは逃げてきたのだ。この場所なら危害を加えられない、そう思って。
12年前、アルッティはまだ9歳で、修道院暮らしは5年ほどになる。
何もないつまらない場所で、似たような身の上の孤児(なかま)達と遊ぶくらいしかすることがない。
しかし孤児の中にキュッリッキという、片方しか翼を持たない女児がいた。
なんとも無様で、同族だと思うだけで吐き気がする思いだった。
孤児達と一緒にキュッリッキを虐めた。修道女たち大人もキュッリッキを虐めるから、叱られないのでイイ。
そしてあの日、虐めていても、殺そうなどとは微塵も思わなかった。なのに、彼女の態度にイラッときて胸を軽く押しただけなのに、キュッリッキは崖から落ちてしまったのだ。
もう、なにが起こったのかアルッティには判らなかった。
アルッティ自身、修道院の外には出たことがない。9歳では満足に飛ぶことはできず、あの高さから飛ぼうとしても、小さな子供では下から吹き上がる風にうまく乗れず、落ちてしまうと言われていた。だから試したことはない。
覗き込んでも地面が見えないほど高い高い奇岩の上。そこから落ちたキュッリッキは、哀れにも身体が爆ぜて、原型をとどめないほどグチャグチャになっただろうと修道女たちは笑っていた。死骸は獣の餌にでもなればいいと。
2つ年下の女児を、自分が殺してしまった。
でも誰ひとり、アルッティを責めることはなかった。むしろ褒められたほどである。
そのことに違和感を持ったが、それもすぐに薄れて忘れていった。
そう、自分は悪くない。
危ない崖っぷちに立ったのは、キュッリッキ自身だ。
だから、自分は、悪くない。
「なるほど、そうやって自己弁護して忘却していたのか。呑気なものだな」
「っ!?」
アルッティはガバッとした仕草で顔を上げる。
いつの間にか、月を背にして男は佇んでいた。やや逆光となっているので、男の表情は判りづらい。
「だ、誰だ…?」
「貴様が侘びもせずに逃げ出したあと、リッキーは健気にも貴様を責めなかった。自分が生きていたことで、人を殺したのではないかという負い目を、貴様が背負い続けずに済んだことに安堵さえしていた。そんな優しいリッキーに、貴様は自分は悪くないと言うのか? 救えないカスだな」
「……」
「あんな豚箱のような場所に居続けたところで、微塵ほどの幸せも望めないだろう。だがな、殺されそうになってあそこを出る羽目になり、どれだけ辛く苦しい思いを味わってきたか、貴様には想像もできまい? こんな安全な場所でのうのうと生きているお前になど、リッキーの味わってきた凄絶な苦しみが理解できるか!」
ズンッという強烈な激震が起こり、アルッティは肝が潰れるほど驚いた。
見えない強烈な圧迫感が、ケウルーレ全体にのしかかった様な衝撃だった。
「えっ」
それが殺意であると理解する前に、アルッティは地面に押し付けられた。そして、四肢が広げられて大の字になると、まず付け根から右足が潰れた。
「!!!!」
重い岩が、天から落ちてきて押し潰されたかのようだ。
骨は完全に砕かれ、皮は弾けて肉は爆ぜ、血と脂が四散する。
あまりに強烈な痛みに悲鳴すら潰れた。下半身から突き上げてくる激痛に、脳が破裂しそうになる圧迫感に涙が弾ける。耳がキンキン雑音を鳴り響かせた。
しかしそれだけで終わらず、次に左足が同じように潰された。
またもや悲鳴もあげられず、アルッティは涙で濁る目を男に向ける。
「だ……しゅ」
助けて、とアルッティは目で訴えた。しかし男は身じろぎもせずじっと佇み、こちらを向いているだけだ。
両腕も右から順番に、付け根から潰れていった。
意識を手放したくても、次から次へと激痛が襲う。こんなに徹底的に破損すれば、脳や心臓が無事でもショック死してもおかしくない。なのに、麻痺もせず痛みはしっかり身体全体に残り、意識も途切れない。むしろ冴え渡っている。
(もしかして、あの男は…)
アルッティは宿を飛び出し、ネモフィラの咲き乱れる丘まで走ってきた。
ここは、ケウルーレに住む者は、近づいてはいけない場所とされている。神聖な場所であり、汚れなど一切持ち込んではいけないと。
そんなことも忘れ、アルッティは逃げてきたのだ。この場所なら危害を加えられない、そう思って。
12年前、アルッティはまだ9歳で、修道院暮らしは5年ほどになる。
何もないつまらない場所で、似たような身の上の孤児(なかま)達と遊ぶくらいしかすることがない。
しかし孤児の中にキュッリッキという、片方しか翼を持たない女児がいた。
なんとも無様で、同族だと思うだけで吐き気がする思いだった。
孤児達と一緒にキュッリッキを虐めた。修道女たち大人もキュッリッキを虐めるから、叱られないのでイイ。
そしてあの日、虐めていても、殺そうなどとは微塵も思わなかった。なのに、彼女の態度にイラッときて胸を軽く押しただけなのに、キュッリッキは崖から落ちてしまったのだ。
もう、なにが起こったのかアルッティには判らなかった。
アルッティ自身、修道院の外には出たことがない。9歳では満足に飛ぶことはできず、あの高さから飛ぼうとしても、小さな子供では下から吹き上がる風にうまく乗れず、落ちてしまうと言われていた。だから試したことはない。
覗き込んでも地面が見えないほど高い高い奇岩の上。そこから落ちたキュッリッキは、哀れにも身体が爆ぜて、原型をとどめないほどグチャグチャになっただろうと修道女たちは笑っていた。死骸は獣の餌にでもなればいいと。
2つ年下の女児を、自分が殺してしまった。
でも誰ひとり、アルッティを責めることはなかった。むしろ褒められたほどである。
そのことに違和感を持ったが、それもすぐに薄れて忘れていった。
そう、自分は悪くない。
危ない崖っぷちに立ったのは、キュッリッキ自身だ。
だから、自分は、悪くない。
「なるほど、そうやって自己弁護して忘却していたのか。呑気なものだな」
「っ!?」
アルッティはガバッとした仕草で顔を上げる。
いつの間にか、月を背にして男は佇んでいた。やや逆光となっているので、男の表情は判りづらい。
「だ、誰だ…?」
「貴様が侘びもせずに逃げ出したあと、リッキーは健気にも貴様を責めなかった。自分が生きていたことで、人を殺したのではないかという負い目を、貴様が背負い続けずに済んだことに安堵さえしていた。そんな優しいリッキーに、貴様は自分は悪くないと言うのか? 救えないカスだな」
「……」
「あんな豚箱のような場所に居続けたところで、微塵ほどの幸せも望めないだろう。だがな、殺されそうになってあそこを出る羽目になり、どれだけ辛く苦しい思いを味わってきたか、貴様には想像もできまい? こんな安全な場所でのうのうと生きているお前になど、リッキーの味わってきた凄絶な苦しみが理解できるか!」
ズンッという強烈な激震が起こり、アルッティは肝が潰れるほど驚いた。
見えない強烈な圧迫感が、ケウルーレ全体にのしかかった様な衝撃だった。
「えっ」
それが殺意であると理解する前に、アルッティは地面に押し付けられた。そして、四肢が広げられて大の字になると、まず付け根から右足が潰れた。
「!!!!」
重い岩が、天から落ちてきて押し潰されたかのようだ。
骨は完全に砕かれ、皮は弾けて肉は爆ぜ、血と脂が四散する。
あまりに強烈な痛みに悲鳴すら潰れた。下半身から突き上げてくる激痛に、脳が破裂しそうになる圧迫感に涙が弾ける。耳がキンキン雑音を鳴り響かせた。
しかしそれだけで終わらず、次に左足が同じように潰された。
またもや悲鳴もあげられず、アルッティは涙で濁る目を男に向ける。
「だ……しゅ」
助けて、とアルッティは目で訴えた。しかし男は身じろぎもせずじっと佇み、こちらを向いているだけだ。
両腕も右から順番に、付け根から潰れていった。
意識を手放したくても、次から次へと激痛が襲う。こんなに徹底的に破損すれば、脳や心臓が無事でもショック死してもおかしくない。なのに、麻痺もせず痛みはしっかり身体全体に残り、意識も途切れない。むしろ冴え渡っている。
(もしかして、あの男は…)
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