片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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アン=マリー女学院からの依頼編

episode537

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 イリニア王女の手は、今は離ればなれになっている愛しい恋人の手と、あまり違わないなとメルヴィンは思った。

 細くしなやかで、頼りなげで危なっかしい。こうして握っていないと不安に感じるほどに。

 今頃どうしているだろう、木々で狭められた空を仰ぐ。まだ寝る時間には早いし、留守番組のみんなと、談話室でだべっているのだろうか。

 恋人となってから、キュッリッキは素直にメルヴィンに甘えてくるようになった。その様子は、周りには兄妹のようだとからかわれるが、飾らず隠さず全てをさらけ出して向き合ってくれることが、メルヴィンは嬉しい。時には我が儘な態度を出すこともあるが、それが無意識の不安の表れであることも理解している。

 本当に愛されているのか、いきなり自分の手を放してしまわないか、信じる心と不安が背中合わせなのだ。これまでの生い立ちを考えれば、そんな不安も仕方がないことである。

 キュッリッキの心からそうした不安を拭いさるほど、深く愛したい。そして心の傷も癒してやりたい。時間のかかることだが、本当に心の底から、お互いを愛し合えるようになりたいのだ。

 ぐっすりと眠るイリニア王女の顔にキュッリッキの顔を重ねて見つめながら、イリニア王女の手を握る手に軽く力を込めた。



「ここの水で顔を洗ってください」

「はい」

 沢の一部を小さな指で示し、シビルはイリニア王女のタオルを用意する。そんなシビルの姿を、イリニア王女は不思議そうに見ていた。

「そんなに珍しい?」

 いきなり淡々とした口調で言われて、イリニア王女は咄嗟に恥じたように顔を伏せた。

「す、すみません…」

「別にいいよ、慣れてますし」

 気にした風もないシビルに、イリニア王女は申し訳なさそうに頭を下げた。

「わたくしあまり、その…トゥーリ族の方と、お話をしたことがないので」

「ここはヴィプネン族の惑星(ほし)だしね。結構な数のトゥーリ族が移住してたりするけど、大半はハワドウレ皇国を中心にしてるから」

 ヴィプネン族は他種族に対する偏見が少ないと言われている。実際、ハワドウレ皇国などは、スキル〈才能〉や能力などを重視するので、喜んで他種族を迎え入れて要職に就ける。その際たる例が、正規部隊の将軍職に就いているブルーベルだ。ライオン傭兵団でも同じように種族で差別はしない。

 30種からなるトゥーリ族は、動物の容姿と二足歩行の体型をしている。身体の大きさはヴィプネン族やアイオン族とあまり変わらない。しかしトゥーリ族に馴染みのないヴィプネン族など、動物が喋っていると珍しがる者が多い。本星のトゥーリ族は、そうした興味本位の視線を嫌がる者もまた多くいる。そういうことには慣れているので、シビルなどは気にしていない。

 他種族と共存する中では、外見の違いを気にする方がどうかしているとシビルは考えている。トゥーリ族からしてみれば、ヴィプネン族やアイオン族の外見こそが、不思議な存在なのだ。共存する中で、外見についていちいち目くじらを立てていたらキリがない。外見に違いはあれど、同じ人間なのだから。

「顔を洗ったら、みんなと朝食にしましょう。しっかり食べておかないと、身体がもたないですよ」

「はい」
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