片翼の召喚士-Rework-

ユズキ

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勇気と決断編

episode508

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 キュッリッキは髪を振り乱しながら、一生懸命地下通路を走っていた。

 もともと運動には、あまり明るい方ではない。でも、今は一生懸命走らなければならないと、自分を奮い立たせて走った。手の中のラベンダーの花束も、キュッリッキを応援してくれている気がする。

(メルヴィンが、メルヴィンが来てくれたんだ。アタシに会いに来てくれてたんだ)

 このラベンダーの花束を持って、会いに来てくれていた。

 リトヴァがラベンダーの花を活けた花瓶を添えてくれるようになって、かれこれ一週間は経っているだろうか。何故、メルヴィンが会いに来てくれていたことを、教えてくれなかったのだろう。

 でも今は、そんな些細な疑問はどうでもいい。メルヴィンが会いにきてくれていたということが判っただけで、キュッリッキの心は色々な期待でいっぱいに膨らんでいった。

(メルヴィン、メルヴィン)

 心の中で何度もメルヴィンの名を呼ぶ。それだけで、涙が溢れてきて止まらなくなった。視界が曇ったが、走りながら乱暴に手で涙を拭う。

 会いに来てくれていた、花束を持って。あなたを待っていますという願いを込めた花束を持って。

(皇王様が言っていたように、メルヴィンが驚いたのは、アタシがアイオン族だったから。だから、驚いただけだと信じてもいいんだよね。だから会いに来てくれたんだよね!)

 急に全速力で走ったため、横腹に痛みが刺した。しかし走るのをやめない。やめたくない。こんな痛みくらい我慢できる。あんなに会いたくてしょうがなかったメルヴィンが、この向こうにいるのだから。

(メルヴィンどこ? どこにいるの?)

 追いついたフェンリルがキュッリッキを追い抜き、「ついてこい」とキュッリッキの意識に語りかけてきた。

 キュッリッキは頷くと、フェンリルの後を追いかけた。



 複雑な地下通路を走り、そしてようやく追いついた。

 懐かしいその広い背中を見て、キュッリッキは喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

「メルヴィン!!」

 名を叫ばれ、メルヴィンはびっくりして振り返った。

「リッキーさん!?」

 久しく見る少女は、白い頬を紅潮させ、息遣いも荒い。ハア、ハアと何度も息を吐き出し、大きく目を見開いてメルヴィンを見ていた。

 2人は距離を置いたまま、暫く無言で見つめ合っていた。

 やがてキュッリッキの呼吸が落ち着いてきた頃、キュッリッキの手に握られているラベンダーの花束に気づいたメルヴィンは、嬉しそうに口元をほころばせた。

「よかった。ちゃんと受け取ってもらえてたんですね」

 一瞬なんのことかとキュッリッキは目を丸くしたが、自分が持っているラベンダーの花束だということに気づいて頷いた。

「素敵な花束、あ、ありがとう…」

 ラベンダーの花で口元を隠しながら、キュッリッキは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 その愛らしくもいじらしい様子は、メルヴィンの心に温かく染み渡っていく。

 そう、いつもこうして、恥ずかしげに顔を赤くしていた。

 なんだか懐かしさを覚え、メルヴィンは笑みを深めた。またこうしてキュッリッキのそんな表情を見ることができて、とても嬉しかった。

 メルヴィンはキュッリッキに手が届くところまで歩み寄ると、自分の胸のところまでしか背のないキュッリッキを、優しく見おろした。そしてキュッリッキもメルヴィンを見上げ、ますます顔を赤くした。

「少し歩きませんか? こんな地下通路じゃなく、ですが」

 そう言うと、メルヴィンはキュッリッキの手を優しくとり、もときた道を戻り始めた。
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