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勇気と決断編
episode493
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壇上の上から、気遣わしげな皇王の声がかかる。ホールもザワザワと騒がしくなった。
腰を支えられて、キュッリッキはベルトルドの胸元の軍服を掴んだ。全身の震えはまだ止まらない。
「なんとも、無礼な出迎えだねえ」
その様子を面白そうに眺めていた女が、キンッとよく通る声でククッと喉を震わせ笑った。
「野放図に育った娘は、行儀が悪い。調教のしがいがあるではないか、のう?」
女は後ろに控えるように立つ男女に首を向けると、男女は額に汗して深々と頭を垂れた。
「皇王殿も、社交界に招くなら、よく躾てから呼びつけたほうがよかったのではないかえ? 招待客の前で無様を晒すなど、相変わらずみっともない。その、奇形の片方の翼のように、心底みっともない娘だ」
女は手にしていた扇を広げると、口元を隠して目を眇めた。まるで、汚いものでも見るかのように、キュッリッキを冷たく見おろしていた。
キュッリッキの呼吸は荒くなり、今にも卒倒しそうである。涙があとからあとから溢れてきて止まらない。幼い頃の記憶と気持ちが一気に吹き出したため、感情が乱れて自分ではどうにもできなかった。
ベルトルドとアルカネットが必死になだめ、落ち着かせようとするが、キュッリッキの様子は悪化するばかりだ。
「わざわざこんなところまで出向いてきた甲斐がない娘じゃ。さっさと要件を済ませて本国へ帰ろう」
そう言って女は、壇上の皇王を、居丈高に見上げた。
「そこのみっともない娘を、我がイルマタル帝国が引き取ろうと思うての」
「ほほう?」
皇王は玉座に座すと、女を見おろした。
「奇形児じゃが、一応は我々アイオン族の者ゆえ、イルマタル帝国が引き取るのが筋というもの。こうしてわらわ自らと、二親が首を揃えて迎えに来てやったのじゃ」
倒れそうになるのを必死で堪えて立つキュッリッキに、痛々しそうな視線を向けていた皇王は、深々とため息をつくと、
「嫌だ」
とだけ言った。
「なんじゃと?」
女の細い眉が、ぴくりと反応する。
「聞けば、そなたらイルマタル帝国は、キュッリッキを引き取ることを拒否したそうではないか。それも、まだ生まれたばかりの赤子の頃に。その後ろにおる二親とやらも」
ホールの客たちが、再びざわめいた。
「召喚スキル〈才能〉を授かって生まれてきた子供は、国が保護をして大切に育てるものだと、三種族共に決めたことではなかったのかな? それを退けてまで拒否したキュッリッキを、何故今頃になって引き取るなどと言いだしたのか、カステヘルミ皇女」
皇王の表情は温厚そのものだ。しかし、その青い瞳には冷たい色がありありと浮かんでカステヘルミ皇女を見つめていた。
これまで余裕の笑みを浮かべていたカステヘルミ皇女は、忌々しげに皇王を睨みつけている。
「噂通り、乱暴で怖い皇女殿下のようだの。もう五十路に王手をかけているということだが、未だ独身というのも……ああ、これは秘密じゃったかな」
「わざとらしさが滲みまくりです、陛下」
傍らにおとなしく控えていた宰相マルックが、小声でつっこんだ。
「ベルトルドのようにはいかんか」
「俺ならもっとストレートに言います。この行き遅れのババア、と」
「しょうがありませんよ、貰い手がないのですから」
しれっとアルカネットがツッコミ混ざる。
ホールのあちこちから、しのび笑う声や、露骨に吹き出すものまで現れ、次第に笑いはホールを駆け抜けていった。
腰を支えられて、キュッリッキはベルトルドの胸元の軍服を掴んだ。全身の震えはまだ止まらない。
「なんとも、無礼な出迎えだねえ」
その様子を面白そうに眺めていた女が、キンッとよく通る声でククッと喉を震わせ笑った。
「野放図に育った娘は、行儀が悪い。調教のしがいがあるではないか、のう?」
女は後ろに控えるように立つ男女に首を向けると、男女は額に汗して深々と頭を垂れた。
「皇王殿も、社交界に招くなら、よく躾てから呼びつけたほうがよかったのではないかえ? 招待客の前で無様を晒すなど、相変わらずみっともない。その、奇形の片方の翼のように、心底みっともない娘だ」
女は手にしていた扇を広げると、口元を隠して目を眇めた。まるで、汚いものでも見るかのように、キュッリッキを冷たく見おろしていた。
キュッリッキの呼吸は荒くなり、今にも卒倒しそうである。涙があとからあとから溢れてきて止まらない。幼い頃の記憶と気持ちが一気に吹き出したため、感情が乱れて自分ではどうにもできなかった。
ベルトルドとアルカネットが必死になだめ、落ち着かせようとするが、キュッリッキの様子は悪化するばかりだ。
「わざわざこんなところまで出向いてきた甲斐がない娘じゃ。さっさと要件を済ませて本国へ帰ろう」
そう言って女は、壇上の皇王を、居丈高に見上げた。
「そこのみっともない娘を、我がイルマタル帝国が引き取ろうと思うての」
「ほほう?」
皇王は玉座に座すと、女を見おろした。
「奇形児じゃが、一応は我々アイオン族の者ゆえ、イルマタル帝国が引き取るのが筋というもの。こうしてわらわ自らと、二親が首を揃えて迎えに来てやったのじゃ」
倒れそうになるのを必死で堪えて立つキュッリッキに、痛々しそうな視線を向けていた皇王は、深々とため息をつくと、
「嫌だ」
とだけ言った。
「なんじゃと?」
女の細い眉が、ぴくりと反応する。
「聞けば、そなたらイルマタル帝国は、キュッリッキを引き取ることを拒否したそうではないか。それも、まだ生まれたばかりの赤子の頃に。その後ろにおる二親とやらも」
ホールの客たちが、再びざわめいた。
「召喚スキル〈才能〉を授かって生まれてきた子供は、国が保護をして大切に育てるものだと、三種族共に決めたことではなかったのかな? それを退けてまで拒否したキュッリッキを、何故今頃になって引き取るなどと言いだしたのか、カステヘルミ皇女」
皇王の表情は温厚そのものだ。しかし、その青い瞳には冷たい色がありありと浮かんでカステヘルミ皇女を見つめていた。
これまで余裕の笑みを浮かべていたカステヘルミ皇女は、忌々しげに皇王を睨みつけている。
「噂通り、乱暴で怖い皇女殿下のようだの。もう五十路に王手をかけているということだが、未だ独身というのも……ああ、これは秘密じゃったかな」
「わざとらしさが滲みまくりです、陛下」
傍らにおとなしく控えていた宰相マルックが、小声でつっこんだ。
「ベルトルドのようにはいかんか」
「俺ならもっとストレートに言います。この行き遅れのババア、と」
「しょうがありませんよ、貰い手がないのですから」
しれっとアルカネットがツッコミ混ざる。
ホールのあちこちから、しのび笑う声や、露骨に吹き出すものまで現れ、次第に笑いはホールを駆け抜けていった。
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