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勇気と決断編
episode471
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カーティスの部屋はみんなの部屋より広い。アジトの建物は元宿屋だったので、唯一の特別室が、今はカーティスの私室になっていた。
小さなテーブルを挟み、向かい合うように置かれたソファに2人は座ると、カーティスはテーブルの上に置いてあったワインの瓶を手にとった。
「白の年代物です。こっそりベルトルド邸から拝借してきました」
「バレたら怖いですよ」
「構うものですか。飲みきれないほど置いてありますから、あの邸(やしき)には」
シレっとカーティスは言うと、慣れた手つきでコルクを抜いた。その言い草から察するに、まだ数本くすねてきているだろう。こういうところは抜け目がない。
磨き上げられた最高級のグラスに、ワインが注がれていく。
成金趣味とまではいかないが、こうしたワイングラスや持ち物には、惜しまず金を掛ける主義である。なのでカーティスの部屋の中は、誰の部屋よりも高級感が漂っていた。
ワインを口に含むと、切れた口の端と頬のあたりにジクジクと染みる。それに顔をしかめて、メルヴィンはグラスをテーブルに戻した。その様子を見て、カーティスは小さくため息をつく。
「飲むこともキツイようですねえ」
「まあ、我慢すれば大丈夫です。アルコールで痛みも多少和らぐと思いますし」
苦笑いを浮かべて、メルヴィンは目を伏せた。心の中が混乱していて、あまり痛みを痛みらしく感じなかった。ワインを口に含むまで、痛みすら忘れていた。
「明日ヴィヒトリが来る事になってます。度が過ぎるほどのお兄ちゃんっ子ですから、ヴァルトが心配らしい。ついでに我々も診てくれるそうです」
ハーメンリンナの大病院で医者をしているヴァルトの弟のヴィヒトリは、兄の仕事が終わると必ず往診に来る。ヴァルトが防御を疎かにして、猪突する攻撃タイプなのが判っているので心配なのだ。そのついでのオマケに、ライオンの連中も診てくれるというので、ありがたくお願いしていた。
舐めるようにちびちびとワインを飲んでいた2人は、やがて雑談の話題もきれて黙り込んだ。
カーティスは簾のように垂れ下がる前髪の隙間から、向かい側のメルヴィンの顔を見つめた。
傭兵団のリーダーと部下(なかま)という関係だが、もう数年来の親友付き合いである。メルヴィンは悩みが素直に表情に出やすいので、何に悩んでいるかカーティスにはお見通しだった。
「健気でしたね、なりふりかまわずといったところでしょうか。――アイオン族だったことにも驚きましたが、片側の翼が無惨でした」
唐突に遺跡でのことを話しだしたカーティスに、メルヴィンはハッとなって顔を向けた。
「随分と容姿の綺麗な子なので、マーゴットが嫌がってましたよ」
ヤレヤレといった表情で、カーティスは肩をすくめた。
これまでライオン傭兵団のマスコット的アイドルの立場に収まっていたのはマーゴットである。飛び抜けて容姿に優れているわけでもなく、愛想がないし好かれるような性格でもない。リーダーであるカーティスの恋人(おんな)だから、そういうふうに扱われていただけで。
マーゴット本人は「わたしが可愛いから」と断言して憚っていなかった。ところが、メンバーのなかでは一番若く、そして美しく愛らしいキュッリッキが傭兵団に入ってきてからは、立場が一転してしまった。キュッリッキ自身は仲間たちのアイドルになったつもりは毛頭なく、周りが勝手に担いでいるだけだ。
まさかの真打ち登場となってしまって、マーゴット的には面白くないのだ。
カーティスからしてみたら、そんな些細なことはどうでもいいことである。
「女というのは、容姿にもライバル意識を燃やすものなんですかねえ。一方的に」
メルヴィンは小さな笑みを浮かべただけで黙っていた。
小さなテーブルを挟み、向かい合うように置かれたソファに2人は座ると、カーティスはテーブルの上に置いてあったワインの瓶を手にとった。
「白の年代物です。こっそりベルトルド邸から拝借してきました」
「バレたら怖いですよ」
「構うものですか。飲みきれないほど置いてありますから、あの邸(やしき)には」
シレっとカーティスは言うと、慣れた手つきでコルクを抜いた。その言い草から察するに、まだ数本くすねてきているだろう。こういうところは抜け目がない。
磨き上げられた最高級のグラスに、ワインが注がれていく。
成金趣味とまではいかないが、こうしたワイングラスや持ち物には、惜しまず金を掛ける主義である。なのでカーティスの部屋の中は、誰の部屋よりも高級感が漂っていた。
ワインを口に含むと、切れた口の端と頬のあたりにジクジクと染みる。それに顔をしかめて、メルヴィンはグラスをテーブルに戻した。その様子を見て、カーティスは小さくため息をつく。
「飲むこともキツイようですねえ」
「まあ、我慢すれば大丈夫です。アルコールで痛みも多少和らぐと思いますし」
苦笑いを浮かべて、メルヴィンは目を伏せた。心の中が混乱していて、あまり痛みを痛みらしく感じなかった。ワインを口に含むまで、痛みすら忘れていた。
「明日ヴィヒトリが来る事になってます。度が過ぎるほどのお兄ちゃんっ子ですから、ヴァルトが心配らしい。ついでに我々も診てくれるそうです」
ハーメンリンナの大病院で医者をしているヴァルトの弟のヴィヒトリは、兄の仕事が終わると必ず往診に来る。ヴァルトが防御を疎かにして、猪突する攻撃タイプなのが判っているので心配なのだ。そのついでのオマケに、ライオンの連中も診てくれるというので、ありがたくお願いしていた。
舐めるようにちびちびとワインを飲んでいた2人は、やがて雑談の話題もきれて黙り込んだ。
カーティスは簾のように垂れ下がる前髪の隙間から、向かい側のメルヴィンの顔を見つめた。
傭兵団のリーダーと部下(なかま)という関係だが、もう数年来の親友付き合いである。メルヴィンは悩みが素直に表情に出やすいので、何に悩んでいるかカーティスにはお見通しだった。
「健気でしたね、なりふりかまわずといったところでしょうか。――アイオン族だったことにも驚きましたが、片側の翼が無惨でした」
唐突に遺跡でのことを話しだしたカーティスに、メルヴィンはハッとなって顔を向けた。
「随分と容姿の綺麗な子なので、マーゴットが嫌がってましたよ」
ヤレヤレといった表情で、カーティスは肩をすくめた。
これまでライオン傭兵団のマスコット的アイドルの立場に収まっていたのはマーゴットである。飛び抜けて容姿に優れているわけでもなく、愛想がないし好かれるような性格でもない。リーダーであるカーティスの恋人(おんな)だから、そういうふうに扱われていただけで。
マーゴット本人は「わたしが可愛いから」と断言して憚っていなかった。ところが、メンバーのなかでは一番若く、そして美しく愛らしいキュッリッキが傭兵団に入ってきてからは、立場が一転してしまった。キュッリッキ自身は仲間たちのアイドルになったつもりは毛頭なく、周りが勝手に担いでいるだけだ。
まさかの真打ち登場となってしまって、マーゴット的には面白くないのだ。
カーティスからしてみたら、そんな些細なことはどうでもいいことである。
「女というのは、容姿にもライバル意識を燃やすものなんですかねえ。一方的に」
メルヴィンは小さな笑みを浮かべただけで黙っていた。
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