477 / 882
エルアーラ遺跡編
episode458
しおりを挟む「おーい、リュー、ビーチ行こうぜ」
ベルトルドが建物の2階へ向けて、大声を張り上げる。
アーナンド島の学校から帰ってきて、毎日恒例の宿題兼砂山崩しゲームの誘いである。
暫く間を置いて、窓からリュリュが顔を出した。
「アタシ、行かない」
「なんで?」
「パパから新しいお洋服買ってもらったの。お化粧の練習とか、やることいっぱいなのよ」
「ふーん、そっか。じゃいいや。行こう、アルカネット」
「うん」
無理強いすることもせず、ベルトルドとアルカネットはリュリュに手を振り、ビーチのほうへ駆けていった。
駆けていく二人の後ろ姿を窓から見送り、リュリュは窓から離れた。そして、手にしていたワンピースを、嬉しそうに鏡の前で身体にあてる。
「いっつもおねえちゃんのお下がりだったけど、やっとアタシだけのお洋服、買ってもらえたわん」
レモン色の生地には、白い大輪の花のプリントが裾に広がっている。ミーナ群島は1年中真夏なので、着るものは全て夏物だ。
一度だけ、ベルトルドとアルカネットの家族と一緒に北の国へ旅行へ出かけたことがある。一度も着たことがない冬物の服を着込んで。しかし、あまりの寒さに震えあがり、3家族とも全ての予定をキャンセルして舞い戻ってしまった。
両親たちも全て、ゼイルストラ・カウプンキの出身なのだ。
「お化粧はちょっと濃い目でも大丈夫ね」
鏡の前で、真っ赤な口紅をひいてみる。
リュリュはもっと小さな頃から、自分は女性である、と思っていた。身体は男性だけど、でも女性なんだと。そう認識が変わることはない。
素直に家族に告げると、父母も姉も、そのことをすぐ受け入れてくれた。それになにより、喜んだのは両親である。
「これでリューディアのお下がりを着せることができるぞー!」
「洋服代が浮くわねえ~」
「ちょっとおとうさん、おかあさん……」
リューディアは呆れたように、脱線する両親を窘めたが、リュリュは大喜びではしゃいだものだ。それでも大きくなってくれば、お下がりばかりだとつまらない。そこで、最近ではずっと自分だけの新しい洋服をおねだりしていて、それが今日やっと叶ったのだ。
姉のリューディアが、こっそりと口添えしてくれていたことは知らない。
学校から帰ってくると、3着のワンピースが包まれた紙袋が部屋にあって、リュリュは飛び上がって大喜びだった。
世間体というもののために、無理に着ている男の子用の服を脱ぎ捨て、本来の女の子用の服に着替える。
真新しい匂いのする、自分だけのワンピース。
鏡の前でくるくる回って、リュリュはにっこりと笑った。
「ねえベルトルド、ここの問題はどう解くの?」
「うん、ああ、これはだな」
ビーチのそばに設置されている、木製のテーブルとベンチに腰掛けて、ベルトルドとアルカネットは問題集とノートを開いていた。椰子の木陰が午後の強い日差しを遮ってくれている。
ビーチで遊ぶ子供たちのために、アルカネットの父イスモと、リューディアとリュリュの父クスタヴィが作ったものだ。
今日は数学の宿題が山ほど出ていて、それを二人でやっつけている。
「あ、そうか、判った」
ベルトルドに丁寧に教わり、アルカネットは顔をほころばせながら問題を埋めていった。
その様子を見てベルトルドは優しく微笑み、自分の宿題も進めていく。
「ベルトルドは数学も得意だよね。苦手な教科なんてあるの?」
学校一の秀才であるベルトルドは、学校でもよく学友たちから問題の解き方を教えて欲しいとねだられ、それに応えて教えていた。教師よりも判りやすい、と評判だ。
「うーん……そうだなあ、調理実習だけはダメだ。何故男の俺があんなもんをやらなきゃならん。料理スキル〈才能〉があるやつが学べばいいんだ、親父みたいに」
「でも、男でも最低限の料理は作れないと、一人になったら苦労するんじゃない?」
「料理の上手な女と結婚すればいいだけだ。そうだな、料理スキル〈才能〉持ちの女を探すか」
「そうなんだ。――じゃあ、ベルトルドはリューディアには気がないんだね」
そこでリューディアの名を持ち出され、ベルトルドは一瞬言葉に詰まった。
アルカネットは顔を上げず、ノートに問題の答えを記しながら話している。それを見やって、ベルトルドは苦笑をもらした。
「ば、馬鹿だな。別にリューディアにそんな気なんてあるもんか。だいたい、リューディアは年上なんだぞ」
「年上っていっても3歳しか違わないよ。でも、気がないなら安心した。僕はリューディアが大好きだから」
「そっか…」
「だからベルトルド」
アルカネットは顔を上げて、しっかりとベルトルドを見据える。
「僕がリューディアに告白するから、ベルトルドは引き下がってね」
ベルトルドが建物の2階へ向けて、大声を張り上げる。
アーナンド島の学校から帰ってきて、毎日恒例の宿題兼砂山崩しゲームの誘いである。
暫く間を置いて、窓からリュリュが顔を出した。
「アタシ、行かない」
「なんで?」
「パパから新しいお洋服買ってもらったの。お化粧の練習とか、やることいっぱいなのよ」
「ふーん、そっか。じゃいいや。行こう、アルカネット」
「うん」
無理強いすることもせず、ベルトルドとアルカネットはリュリュに手を振り、ビーチのほうへ駆けていった。
駆けていく二人の後ろ姿を窓から見送り、リュリュは窓から離れた。そして、手にしていたワンピースを、嬉しそうに鏡の前で身体にあてる。
「いっつもおねえちゃんのお下がりだったけど、やっとアタシだけのお洋服、買ってもらえたわん」
レモン色の生地には、白い大輪の花のプリントが裾に広がっている。ミーナ群島は1年中真夏なので、着るものは全て夏物だ。
一度だけ、ベルトルドとアルカネットの家族と一緒に北の国へ旅行へ出かけたことがある。一度も着たことがない冬物の服を着込んで。しかし、あまりの寒さに震えあがり、3家族とも全ての予定をキャンセルして舞い戻ってしまった。
両親たちも全て、ゼイルストラ・カウプンキの出身なのだ。
「お化粧はちょっと濃い目でも大丈夫ね」
鏡の前で、真っ赤な口紅をひいてみる。
リュリュはもっと小さな頃から、自分は女性である、と思っていた。身体は男性だけど、でも女性なんだと。そう認識が変わることはない。
素直に家族に告げると、父母も姉も、そのことをすぐ受け入れてくれた。それになにより、喜んだのは両親である。
「これでリューディアのお下がりを着せることができるぞー!」
「洋服代が浮くわねえ~」
「ちょっとおとうさん、おかあさん……」
リューディアは呆れたように、脱線する両親を窘めたが、リュリュは大喜びではしゃいだものだ。それでも大きくなってくれば、お下がりばかりだとつまらない。そこで、最近ではずっと自分だけの新しい洋服をおねだりしていて、それが今日やっと叶ったのだ。
姉のリューディアが、こっそりと口添えしてくれていたことは知らない。
学校から帰ってくると、3着のワンピースが包まれた紙袋が部屋にあって、リュリュは飛び上がって大喜びだった。
世間体というもののために、無理に着ている男の子用の服を脱ぎ捨て、本来の女の子用の服に着替える。
真新しい匂いのする、自分だけのワンピース。
鏡の前でくるくる回って、リュリュはにっこりと笑った。
「ねえベルトルド、ここの問題はどう解くの?」
「うん、ああ、これはだな」
ビーチのそばに設置されている、木製のテーブルとベンチに腰掛けて、ベルトルドとアルカネットは問題集とノートを開いていた。椰子の木陰が午後の強い日差しを遮ってくれている。
ビーチで遊ぶ子供たちのために、アルカネットの父イスモと、リューディアとリュリュの父クスタヴィが作ったものだ。
今日は数学の宿題が山ほど出ていて、それを二人でやっつけている。
「あ、そうか、判った」
ベルトルドに丁寧に教わり、アルカネットは顔をほころばせながら問題を埋めていった。
その様子を見てベルトルドは優しく微笑み、自分の宿題も進めていく。
「ベルトルドは数学も得意だよね。苦手な教科なんてあるの?」
学校一の秀才であるベルトルドは、学校でもよく学友たちから問題の解き方を教えて欲しいとねだられ、それに応えて教えていた。教師よりも判りやすい、と評判だ。
「うーん……そうだなあ、調理実習だけはダメだ。何故男の俺があんなもんをやらなきゃならん。料理スキル〈才能〉があるやつが学べばいいんだ、親父みたいに」
「でも、男でも最低限の料理は作れないと、一人になったら苦労するんじゃない?」
「料理の上手な女と結婚すればいいだけだ。そうだな、料理スキル〈才能〉持ちの女を探すか」
「そうなんだ。――じゃあ、ベルトルドはリューディアには気がないんだね」
そこでリューディアの名を持ち出され、ベルトルドは一瞬言葉に詰まった。
アルカネットは顔を上げず、ノートに問題の答えを記しながら話している。それを見やって、ベルトルドは苦笑をもらした。
「ば、馬鹿だな。別にリューディアにそんな気なんてあるもんか。だいたい、リューディアは年上なんだぞ」
「年上っていっても3歳しか違わないよ。でも、気がないなら安心した。僕はリューディアが大好きだから」
「そっか…」
「だからベルトルド」
アルカネットは顔を上げて、しっかりとベルトルドを見据える。
「僕がリューディアに告白するから、ベルトルドは引き下がってね」
0
お気に入りに追加
151
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

覚悟はありますか?
翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。
「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」
ご都合主義な創作作品です。
異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。
恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神様の許嫁
衣更月
ファンタジー
信仰心の篤い町で育った久瀬一花は、思いがけずに神様の許嫁(仮)となった。
神様の名前は須久奈様と言い、古くから久瀬家に住んでいるお酒の神様だ。ただ、神様と聞いてイメージする神々しさは欠片もない。根暗で引きこもり。コミュニケーションが不得手ながらに、一花には無償の愛を注いでいる。
一花も須久奈様の愛情を重いと感じながら享受しつつ、畏敬の念を抱く。
ただ、1つだけ須久奈様の「目を見て話すな」という忠告に従えずにいる。どんなに頑張っても、長年染み付いた癖が直らないのだ。
神様を見る目を持つ一花は、その危うさを軽視し、トラブルばかりを引き当てて来る。
***
1部完結
2部より「幽世の理」とリンクします。
※「幽世の理」と同じ世界観です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる