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エルアーラ遺跡編
episode457
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「あなたたちの聞きたいことは、おおよそ察しはついています」
そらきた、とシ・アティウスは思ったが、感情のこもらぬ声で続ける。
「ここで私が話せることはありません。ベルトルド様やアルカネットに問うても、満足のいく答えは得られないでしょう。それはあなた方が知る必要のないことだからです」
背を向けたまま淡々と言うシ・アティウスに、皆しょんぼりした視線を向けていた。
彼らにも知る権利は多少なりともある。子飼いだなんだといっても、しっかり事態に巻き込んでいるからだ。しかし今話したところで彼らは何もできないし、なにかすればベルトルドは彼らを躊躇いなく消すだろう。そのくらい深いことなのだ。
「知らないほうがいい。あれはそういう類の話だったと忘れなさい」
安全に迷わず真っ直ぐ出口まで案内され、ライオン傭兵団とシ・アティウスは外に出た。すでに日は傾き、辺は夕闇に染まっていた。遺跡の入口の周辺は草木も何もないので、より寂しげな光景を漂わせていた。
「どうもありがとうございました」
一同を代表して、カーティスが頭を下げて礼を言う。シ・アティウスはそれに小さく頷いた。
「疲れているところを放り出すようになってしまったが、これからここも騒がしくなりますし、のんびりとお帰りなさい」
「はい」
「それとメルヴィン」
「はい?」
突然名指しで話しかけられ、メルヴィンは顔を上げた。
「あまり気に病まない方がいいですよ」
一瞬なんのことを言われたのかと眉間を寄せたが、闘技場での一件だと気づいてハッとなる。頬をそっと指先で触れた。
ベルトルドが感情に任せて思い切り殴りつけた頬は、痛々しいくらいに腫れていた。口の端の傷も紫色に変色している。せっかくの男前が台無しだ。
ランドンの回復魔法で痛みはだいぶやわらいでいたが、頬の痛みよりも、メルヴィンの心には鈍いモノが燻っていた。それがどういう類の痛みなのか、メルヴィン自身はっきりとしない。
キュッリッキがメルヴィンに恋心を抱いていることは、リュリュから随分と聞かされていて知っている。別に知らなくても困らないことだが、妙に楽しげに話していくから嫌でも気になってしまう。そしてメルヴィンが、ちっともそのことに気づいていないとも聞いていた。
消沈するメルヴィンの表情から、気づく日も近いかもしれない。そうシ・アティウスは察していた。
恋愛ごとは周囲が気を揉んでも、当人たちの問題だから、下手に余計な口を挟むことはできない。しかし、シ・アティウスは個人的にキュッリッキを気に入っていた。
ナルバ山の遺跡前で、アルケラのことを必死に話していた時の表情が印象的だったからだ。生い立ちの不幸も知っているから余計に。それにメルヴィンの実直なところも好意的に思っているし、反対にベルトルドとアルカネットが年甲斐もなくご執心なのもため息ものなので、老婆心が刺激されてならないのだ。
「お気遣い、ありがとうございます」
力なく礼を言って、メルヴィンはそっと目を伏せた。
「気をつけて」
シ・アティウスはそう言うと、返事も待たずに遺跡の中へ戻っていった。
そらきた、とシ・アティウスは思ったが、感情のこもらぬ声で続ける。
「ここで私が話せることはありません。ベルトルド様やアルカネットに問うても、満足のいく答えは得られないでしょう。それはあなた方が知る必要のないことだからです」
背を向けたまま淡々と言うシ・アティウスに、皆しょんぼりした視線を向けていた。
彼らにも知る権利は多少なりともある。子飼いだなんだといっても、しっかり事態に巻き込んでいるからだ。しかし今話したところで彼らは何もできないし、なにかすればベルトルドは彼らを躊躇いなく消すだろう。そのくらい深いことなのだ。
「知らないほうがいい。あれはそういう類の話だったと忘れなさい」
安全に迷わず真っ直ぐ出口まで案内され、ライオン傭兵団とシ・アティウスは外に出た。すでに日は傾き、辺は夕闇に染まっていた。遺跡の入口の周辺は草木も何もないので、より寂しげな光景を漂わせていた。
「どうもありがとうございました」
一同を代表して、カーティスが頭を下げて礼を言う。シ・アティウスはそれに小さく頷いた。
「疲れているところを放り出すようになってしまったが、これからここも騒がしくなりますし、のんびりとお帰りなさい」
「はい」
「それとメルヴィン」
「はい?」
突然名指しで話しかけられ、メルヴィンは顔を上げた。
「あまり気に病まない方がいいですよ」
一瞬なんのことを言われたのかと眉間を寄せたが、闘技場での一件だと気づいてハッとなる。頬をそっと指先で触れた。
ベルトルドが感情に任せて思い切り殴りつけた頬は、痛々しいくらいに腫れていた。口の端の傷も紫色に変色している。せっかくの男前が台無しだ。
ランドンの回復魔法で痛みはだいぶやわらいでいたが、頬の痛みよりも、メルヴィンの心には鈍いモノが燻っていた。それがどういう類の痛みなのか、メルヴィン自身はっきりとしない。
キュッリッキがメルヴィンに恋心を抱いていることは、リュリュから随分と聞かされていて知っている。別に知らなくても困らないことだが、妙に楽しげに話していくから嫌でも気になってしまう。そしてメルヴィンが、ちっともそのことに気づいていないとも聞いていた。
消沈するメルヴィンの表情から、気づく日も近いかもしれない。そうシ・アティウスは察していた。
恋愛ごとは周囲が気を揉んでも、当人たちの問題だから、下手に余計な口を挟むことはできない。しかし、シ・アティウスは個人的にキュッリッキを気に入っていた。
ナルバ山の遺跡前で、アルケラのことを必死に話していた時の表情が印象的だったからだ。生い立ちの不幸も知っているから余計に。それにメルヴィンの実直なところも好意的に思っているし、反対にベルトルドとアルカネットが年甲斐もなくご執心なのもため息ものなので、老婆心が刺激されてならないのだ。
「お気遣い、ありがとうございます」
力なく礼を言って、メルヴィンはそっと目を伏せた。
「気をつけて」
シ・アティウスはそう言うと、返事も待たずに遺跡の中へ戻っていった。
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