片翼の召喚士

ユズキ

文字の大きさ
上 下
138 / 189
奪われしもの編

134)「フリングホルニ、発進!」

しおりを挟む
 レディトゥス・システムの横に立っていたシ・アティウスは、ベルトルドに一礼した。

「終わりましたか」

 感情の伺えない声で淡々と訊いて、ベルトルドの腕に抱かれているキュッリッキに目を向けた。
 何もかもを諦め切った表情かおをする少女を、シ・アティウスにしては珍しく、痛ましい表情で見つめた。

「うん、準備は整った」
「熱心にはげんでいましたからね」

 半畳を入れるアルカネットに、ベルトルドはムスッと目を向ける。

「名残惜しんでいたんだ、俺は」
「必要以上に愉しまれていたんですか。こんな時に余裕ですね」
「お前まであのな……」

 シ・アティウスにもツッコまれ、ベルトルドは顔をしかめた。

「始めるぞ」

 レディトゥス・システムの台座の上にふわりと飛び乗ると、ベルトルドは腕に抱えていたキュッリッキを超能力サイを使って、抱いたままの姿勢で宙に浮かせる。
 縦に立っている透明な柩のようなケースは、白く淡い光を放ち、表面に波のような模様浮かび上がらせた。
 手にした立体パネルを操作し、シ・アティウスがメガネのブリッジを押し上げる。

「キュッリッキ嬢を中に入れてください」
「判った」

 横たえるように宙に浮いていたキュッリッキを直立姿勢に変えて、ベルトルドはキュッリッキと目線を同じにした。

「リッキー、こんなことになってしまって、本当に済まない。俺を、怨むがいい。そして憎め。……もう二度と会うことはないだろう。愛している、永遠に。それだけは偽りない真実だ」

 しかしキュッリッキは何も言わなかった。何ものにも反応せず、虚ろに開く目も、もう何も見ていなかった。
 キュッリッキからなにか言葉が発せられないか暫く見守っていたが、やがてベルトルドは諦めたように小さく首を振った。そして、キュッリッキの胸元に手をかざす。
 やがて、ゆっくりとした動きでキュッリッキの身体がケースに吸い込まれていく。まるで溶け込むようにケースの中に身体が消えていくと、ケースは一度強く光を放ち、もとの透明なケースに戻った。

「システムの亜空間へキュッリッキ嬢が収まりました。船の全システムと接続開始、レディトゥス・システムの本起動パスワードを」

 シ・アティウスから立体パネルを差し出され、ベルトルドは片手をかざして音声パスワードを入力する。

「”マーニの操に不浄の鍵を、今突き立てんとす”」

《パスワード承認、レディトゥス・システム、起動》

 システムの音声ガイドが告げると、レディトゥス・システムを収めたこの動力部が、瞬時に真っ白な光に包まれる。

「これで、あなたの発進合図でフリングホルニは飛び立ちます」

 パネルを操作しながら淡々と言うと、警告合図が画面の下部で点滅して、シ・アティウスは首をかしげる。

「どうした?」
「リュリュから餞別が送られてきたようですね。船内のエグザイル・システムに多数の侵入者です」
「ほほう」

 ベルトルドは口の端をつり上げて、不敵に微笑んだ。

「リューのやつ、最後まで邪魔をする気だな。全く、あいつが一番粘る」

 協力するフリをして、これまで幾度も邪魔してきていることをベルトルドは判っている。それに、リュリュ自身がそれを隠そうとはしていなかった。
 31年前からこれまでずっと、2人に復讐を辞めるように説得を続けてきたのだ。
 もともと、ライオン傭兵団の後ろ盾になるよう勧めてきたのはリュリュだ。そしてダエヴァを組織して支配下に置くよう便宜を取り計らって、動かしてきたのもリュリュだった。表立ってはいないが、実質、裏のボスといえばリュリュのことである。
 表面だってはベルトルド名義のものも、実際はリュリュがというものが多い。
 それら全てはベルトルドとアルカネットの野望を阻止するか、それによって引き起こされる事態に備える意味合いでもある。
 少しも歩みを止めようとしない2人をなんとかしようと、リュリュなりに奮闘していた結果なのだ。

「送られてきたのはライオンの連中だろう。俺が軽く送り返してくる」
「私が行きます」

 それまでずっと黙っていたアルカネットが、端整な顔に優美な笑みを浮かべた。

「アルケラの巫女を不浄の鍵に出来ましたが、穢は多いほうがいいでしょう。アルケラの門に捧げてやりますよ」

 アルカネットの魔力が昂りだしているのを感じ、ベルトルドは頷いた。

「お前に任せる」

 いっそう優美な笑みを深め、アルカネットは踵を返した。
 去りゆくアルカネットの後ろ姿を見送りながら、シ・アティウスは「大丈夫なんですか?」と呟いた。
 腕を組んだベルトルドは、急に真顔になって小さく頷いた。

「俺たちがこんなに出鱈目に強いのもな、生まれつきそれだけの力を持っていたことに加えて、リューディアのあんな死に様を目にしたからなんだ。あの瞬間から、力が飛躍的に上がったようだ。しばらくはコントロールが難しかったよ」

 抜群のコントロール力を有していたベルトルドですら、己の力の大きさを自在にコントロールすることに苦労を強いられてきた。

「俺もアルカネットも雷を操るのが得意だろ、それもさ。全ては31年前のあの日に狂った。お前も含め巻き込んだ連中には悪いと思うが、もう俺たちは止まらない。壊れると思っていたアルカネットも、別人格ペルソナを被ることでなんとか凌いできたが、もういいだろう。あいつの魔力は甚大だ。もうすぐ神の元へ行けると思って、より昂ぶっている。少し抜かないと、己の魔力に飲み込まれてしまうから」

 だから、とベルトルドは意地の悪い笑みを浮かべた。

「あいつらにはアルカネットの子守をしてもらうさ。航行に支障がない程度にな」
「いくらなんでも、瞬殺されるんじゃないんですか…」
「なあに、リュリュが目をつけた連中だ。1時間くらいは頑張れるだろう。あれでも”オレサマ最強”を自負する連中だからな」
「1時間だけですか……」

 それを長いととるか、短いかいととるかは、アルケラに到達する時間が不明なため何とも言い難い。
 ライオン傭兵団のことを思い悩んでも仕方がない。もう、事態は進んでいるのだ。

「地上はオールグリーン、とは言えませんが、大陸が3分の1は崩壊します。それによって、周辺の海域も、地続きの国にも、多大な影響や損害災害被害が襲いかかるでしょうね」
「それについては、ブルーベル将軍にお願いして押し付けてある。出来る限りのことはしてくれるだろう」

 モナルダ大陸にとっては、最悪な事態が今まさに訪れんとしている。

「では、発進合図をこれに」

 シ・アティウスは手にしていたパネルをベルトルドへ向けた。

(もう、後戻りはできない)

 ベルトルドは腕を組んだままパネルに顔を向けると、いつもの不敵な声音で叫んだ。

「フリングホルニ、発進!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた

しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。 すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。 早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。 この案に王太子の返事は?   王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...