片翼の召喚士

ユズキ

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奪われしもの編

71)蜂とレディと追いかけっこ

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「なーよー、さっきから妙に気になってるんだが、その青い玉はなんだ?」

 フェンリルの横を歩いているザカリーが、キュッリッキの身体の周りにぷかぷか浮いている複数の玉を指差す。

「そうだよね、何なのキューリちゃん?」

 ルーファスも首を巡らせ頷く。

「うーんと、ヒューゴってユーレイの力を具現したものなんだって。《ゲームマスター》って力で、それを分けたのがこの玉で、名前は……」

 教えられた名前は覚えているのだが、どの玉がその名前なのかがキュッリッキにはサッパリ判らない。なにせ形も色も大きさも同じなのだ。

「どれがどの名前なのかは判んない」

 前に座るシビルが、同情するようにぽんぽんとキュッリッキの腕を叩いた。

「いっそくれるときに、玉に名前書いておいてほしかったかも…」
「その力はどうやって使うんだよ」
「えっと………」

 ザカリーのほうへ顔を向けたまま、キュッリッキは硬直してしまった。
 そう、名前は教わったが、力をどう使えばいいかまでは教わってない。

「取説なしにもらってきたのか……」

 目が点になっているキュッリッキの表情かおから察して、ザカリーは呆れたように肩を落とした。
 2人の会話を黙って聞いていた面々は、ヤレヤレと苦笑った。

「まあ仕事が終わったら、ゆっくり使い方を探ればいいよ」

 取りなすようにルーファスがにっこりと笑顔を向け、キュッリッキはベソをかいたような表情かおで頷いた。
 一行はある場所を目指して歩いている。そこはこの遺跡の重要な場所の一つで、動力部に当たる場所だという。遺跡の説明もなしに「動力部と言われてもなんのことだか」ではあったが、ベルトルドに「行け」と言われているので向かっている。
 フェンリルに乗ったキュッリッキを守るように、ザカリー、ルーファス、メルヴィン、タルコットが傍らに沿って歩き、先頭は簡潔地図を手にしたカーティスと、何が飛び出してきてもいいようにヴァルトとギャリーが守り、しんがりにはガエルが壁を作るように歩いていた。
 フロアを出て数分の間に、ソレル王国兵が数人飛び出してきて襲いかかってきていた。しかし奥に進むにつれてソレル王国兵は一切出てこなくなり、シビルの探索魔法でもライオン傭兵団以外の人間の気配を探ることができなかった。

「命令された場所に至る道中の敵しか排除は命じられていなかったので、あえて別の場所へソレル王国兵を狩りに行かなくてもいいでしょう」

 ハーメンリンナの地下通路のような、明るいけど殺風景な場所を黙々と歩きながら、突然マリオンが立ち止まって背後を振り返った。
 マリオンのすぐ後ろを歩いていたランドンが、マリオンの背にぶつかって後ろによろける。

「いきなり止まんないでよマリオン…」
「ごめぇ~ん。けどぉ、な~んか聞こえなーい?」

 皆立ち止まって、後ろを振り返る。

「なんも聞こえねーぞ?」

 ギャリーが目を眇めたままぼやく。

「ほらぁ、もっとよく耳を澄ませるのよぉ」

 なおも言い募るマリオンをチラリと見てから、ギャリーはもう一度歩いてきた通路の遠くを見る。

「ゲッ」

 ザカリーは引きつった顔をすると及び腰になった。

「おい、やべーぞ、なんだありゃ」
「何が見えたっ?」
「出来れば見えたくないもの」

 戦闘の遠隔武器〈才能〉スキルを持つザカリーの視力調節出来て、1キロ先のものまでクリアに見通せる能力がある。その目で見たものは。

「蜂の大群だ」
「ほえ?」

 キュッリッキはきょとんと背後を見つめた。
 次第に全員の耳にも、その羽音がハッキリと聞こえてきた。

「姿が見えないけど、迫り来る音ってホラーだよね~」

 朗らかに言うキュッリッキに、シビルとハーマンが前後から裏手ツッコミを入れる。

「とにかくだ、みんな走れ!!」

 ザカリーの声に、弾かれたように皆走り出した。

「先頭の蜂が見えました」

 律儀にメルヴィンが報告すると、皆の足はより早まる。
 黒い塊のように見えるその蜂たちは、ガエルの親指くらいある大きな蜂で構成されている大群だ。羽音が周囲の壁や天井に反響し、それは不気味極まりない大きな音を出していた。
 一同の先頭を走るカーティスは、もはや地図など見ていない。とにかく行き当たりばったり突き進んでいたが、それを止める余裕が一同にはない。どこまで続くかもわからない通路を、必死に走り回る。

「まぁ~っさかこんなぁ、近未来的な遺跡の中でぇ、蜂の大群に追い掛け回されるなんてね~」

 あははーっと陽気に笑うマリオンに、

「アルカネットが言ってた自動防衛システムなんじゃね、原始的すぎて笑えるが」

 とギャリーが真顔で続けると、

「ケレヴィルの連中が研究用に極秘裡に飼ってたんじゃ」

 ザカリーがうんざりしたようにため息をついた。

「アルケラの研究でなんで蜂飼うの?」

 不思議そうにキュッリッキがツッコむと、ザカリーが泣きそうな顔でガックリと下を向いた。

「そう真っ向から核心をつっこまないで」
「しっかしどこから入ってきたんだろうねえ? 地中に埋まってる遺跡デショここ」

 走りながらルーファスは首をかしげる。

「ていうか、あの蜂ども、妙にガエル目指してるように見えるんだが」

 普段あまり口を開かないタルコットが、綺麗な顔に爽やかな笑みを浮かべて言った。
 首を後ろに向けた一同の視線を一身に浴びて、ガエルは戸惑うように眉を寄せた。

「そ…そうか?」
「ガエル蜂蜜大好きだからじゃない?」

 キュッリッキが思いついたように言うと、「ソレダ!」と皆叫んだ。

「おめーが呼び寄せたんだろガエル!! 毎日毎日蜂蜜ばっかり食ってっから、蜂どもが復讐にきたんじゃねーの!?」
「なんかついこないだも、マックスなんとかってやつに、蜂蜜わけてやってたよな!」
「……別に俺が収穫してるわけじゃないんだが…」

 蜂蜜が好きで、食べただけでこんな大群に追い掛け回される羽目になる覚えはない。が、皆が指摘するように、確かに自分を目指して飛んできている気がしないでもないガエルだった。

「追いかけられるほど蜂に愛されてるなんてぇ~、デンジャラス!」
「なんて激しい愛だ……」

 茶化すマリオンに、真面目にランドンが頷いた。

「そぉいえば、アタシぃ昔、歌唱部隊の連中から面白い歌教えてもらったんだけどぉ、ぶんぶんぶん、はちがとぶ~って歌あるじゃん。あの歌詞に『ん』以外に全部『る』を入れてぇ、”ぶるんぶるんぶるん はるちるがるとるぶるん”て最後まで歌いきるの~」

 蜂の大群が迫り来る中、思わず全員真面目に脳内で『る』を挟んで口ずさみ始めた。

「うおおお舌噛むじゃないか!!」

 真っ先にリタイアしたヴァルトが怒りも顕に叫ぶ。

「おるいるけるのるまるわるりるにる~のるばるらるがるさるいるたるよる」

 メロディつきでタルコットが歌いだした。

「タルコットすごーい」

 拍手付きでキュッリッキがはしゃいだように褒めると、タルコットは得意満面で「フッ」と微笑を浮かべた。ヴァルトが悔しそうに「ケッ」と口の端を歪める。

「お前たち、この状況をちゃんと認識しているのか!?」

 今にも吠え出しそうなガエルが、噛み付きそうな顔で睨んでいた。
 彼らの会話を背後に聞きながら、ギャリーは眉間を寄せて天井をのっそりと睨む。脳内では、ある教訓がぐるぐると巡っているのだ。

「”どんなときも笑顔を忘れない。辛いときだって愉快に行こう。悲しいときだって明るく楽しもう!”っなんて、どこのバカがほざきやがった!!」
「あー……たぶんソレ、ベルトルドのおっさん」

 ”バカ”の部分をことさら強調しながら言うギャリーの怒鳴り声に、ザカリーが記憶をたどりながらうんざりげっそりと答えた。
 ライオン傭兵団が設立されたとき、「祝いだ」と言って、ベルトルドが徹夜で考えたという傭兵団に捧げた教訓だった。
 もちろんこんな教訓欲しくもないのだが、当時それはもう自信に満ち溢れるベルトルドが、余計なお世話だと表情に物語るメンバーたちに問答無用で押し付けたものだ。
 ありがた迷惑の空気を憚ることなく漂わせ、カーティスは嫌々受け取ったものだ。
 金輪際見たくもないので、誰も気にとめないような玄関の壁際に、安い額縁付きで飾られている。直接貼らずに額縁に入れただけでも、最高の礼儀だと皆自負していた。
 特大の親切を込めて見ても、その書体は『下手なラクガキ』レベルのベルトルドの直筆だ。
 ライオン傭兵団へ入ったばかりの頃に、これを見つけたキュッリッキが、

「なにこれ、ちっとも読めなーい」

 と大笑いしたほど、黒いミミズが悶絶しているような、恐ろしいまでの筆跡である。
 蜂の大群に追い掛け回されながら、ギャリーは何故かそのことを猛烈に思い出し、泣きそうな顔で怒りながらぶちまけていた。そんな教訓を思い出すだけの余裕が、まだあるということなのだろう。
 しかしどう考えてもこの状況を、ベルトルドの考え出した教訓のまま実行するのは不可能だ。
 蜂の存在に気づいて逃げ始めてから、すでにどのくらい経ったのだろうか。どこまで続くかもわからない通路は、ハーメンリンナの地下にある通路とほぼかわらぬ景色を保ち、白く明るいところをひたすら逃げ回るだけで、時間の感覚が麻痺していた。
 ハーメンリンナの地下との違いは、床に赤い絨毯が敷かれているかいないかだけで、エルアーラ遺跡の中は、ひたすら白とも乳白色ともとれる剥き出しの床だ。
 モナルダ大陸の3分の1もの規模を誇る遺跡、と教えられているが、まず想像が及ばないほどの広大さだ。そんな中を、今はまだ逃げる体力があるが、それも限界に達したら追いつかれて針攻撃にさらされる。
 さすがに呑気に「ぶるんぶるんぶるん」など口ずさむ者もおらず、言いだしっぺのマリオンですら、黙々と走ることに専念していた。

「おいカーティス、あの蜂ども魔法で焼いちまったほうが早いんじゃね」
「そう思いますが、場所が場所なのでどうしたものかと」

 ハーメンリンナの地下通路で魔法を使った場合、通路に何かの魔法で損傷をあたえると、即座に警報が盛大に鳴る。
 もしこの遺跡が生きていたら、きっと同じように警報が鳴ると思われる。そうしたら隠密行動をしている意味が全くない。
 眠らせたり、痺れさせたり、凍らせたり、風で飛ばしたりなど色々考えたが、膨大な数の蜂を全て魔法で巻き込めるか自信がなかった。それはシビルもハーマンも同じ意見で、いっそマリオンの超能力サイの音波攻撃はどうかとなったが、遺跡に傷を与えそうだと言って却下である。
 カーティスは鋭く目を眇める。

(――かくなるうえは、秘密兵器の投入しかない!)

「キューリさん、あなたの召喚の力でアレをどうにかこうにかお願いします!」
「えー」

「丸なげキタコレ!」と、ハーマンとシビルがひっそりと薄笑いを浮かべた。
 懲りもせずにぶんぶん飛んで追いかけてくる蜂を振り返りながら、キュッリッキは細い顎に人差し指をあてながら、上目遣いで天井を見上げる。

(あれを一網打尽にできるものかあ………)

 暫し考え込んだあと、キュッリッキはじっと後方に視線を固定させた。
 黄緑色の瞳にまといつく、虹色の光彩が輝きを強める。

「偉大なる炎の巨人スルト、その炎の現身レーヴァテインをもって蜂の群れを滅しよ」

 蜂の大群に伸べられたキュッリッキの掌から、強く輝く紅蓮の炎が現れ、炎はまっすぐ蜂の大群に襲いかかって群れを飲み込んだ。
 アルケラの巨人族のひとり、スルトの力のみを召喚したものである。
 炎は漏らすことなく全ての蜂を高熱で焼き尽くす。炎に巻かれて動きが止まった蜂たちを、全員足を止めてまじまじと見入った。するとキュッリッキがふいに「あれ?」と不満そうな声を上げた。

「なんか、ヘン」
「どうしました?」

 傍らにいたメルヴィンが、怪訝そうに首をかしげる。

「手応えがないの」

 キュッリッキの呟きに、皆が改めて炎の中の蜂に目を向けた。
 炎に包まれた蜂は、真っ先に羽根を焼かれて床に落ちるだろう。しかし床の上には焦げた蜂も灰も落ちていない。炎の中で徐々に輪郭を縮めていくだけだ。

「あの蜂、生き物じゃない」
「じゃあなんだよ?」
「アタシが知るわけないでしょ」

 じろりと睨まれ、ザカリーは頬をぽりぽり掻いた。
 キュッリッキは炎の中の蜂の輪郭が全て消えたのを確認して、スルトの炎をアルケラへ還した。
 凄まじいほどの高温だっただろう炎は、微塵も遺跡に影響を与えていない。キュッリッキが対象外には一切威力が及ばないように、コントロールしていたからだ。
 あれだけ勢いよく飛んできていた蜂の大群が全て消えてしまうと、安堵感と疲労から、ルーファスはへたりと床に座り込んでしまった。

「ちょーひっさっしぶりに全速で走った……」

 それを見てマリオンとザカリーもその場に座り込んだ。静まり返った空間に、みんなのホッとするような吐息が静かに流れる。

「結局なんだったんだ、あの蜂は」
「ガエルが蜂蜜食べ過ぎて呼び寄せた、でいんじゃね……」
「だからなんで、俺のせい」

 蜂の猛威も終わり、ライオン傭兵団はその場でしばしの休息をとったあと、動力部へ再び向かうことになった。のだが。

「当然現在地が判るわけがない!!」

 握り拳を高らかに掲げて、カーティスはきっぱり迷いなく断言した。
 その様子をしらーっと見つめながら「あーうん、そーよねー」といった皆の心の声を反映させた、無言の空気があたりを漂う。
 ベルトルドからもらっている、簡素な地図を見ずに走り回っていたのだ。戻るにしてもどのくらい戻ればいいのか判らないし、これ以上時間をかけるとベルトルドとアルカネットが気づいて、容赦ない電撃の一つも降ってきそうだ。

「シビルに探してもらうのは?」

 ランドンがぽつりと言うと、指名されたシビルが首を横に振った。

「動力部がどんなものかも判らないですし、生き物じゃないと思うから、ちょっと難しいかもー」
「そうなんだ」

 うーん、と皆首をひねるがいい案が浮かばない。

「もーさぁ、素直に迷子になったあ~って言ってぇ、助けに来てもらおーよぉ」

 お腹すいたしぃー! とマリオンが喚く。

「遺跡の中で遭難したってことで、それも致し方ないですか…」

 あとで説教まみれになりそうですね、とカーティスは吐露した。

「すみませんがルーファス、お願いできますか」

 苦笑を浮かべたカーティスに言われて、ルーファスは引きつった笑みを浮かべながら片手を上げて了解した。

「怒られそーになったら、きゅーりが責任をもって、おっさんたちを止めればいーんだ!」

 フンッと立ち上がったヴァルトが、尊大に居丈高に吠えた。

「なんでアタシが責任もってなのよ」
「勝手に消えて俺様の背中に落っこちてきた罰だ!!」

 盛大なふくれっ面でヴァルトを見上げ、キュッリッキは片眉をヒクつかせた。
 確かに勝手に消えて――問答無用でユーレイに拐かされた――迷惑をかけたのは自分だが、落ちた場所にたまたまヴァルトが腕立て伏せなんぞしてたのが悪い。

「いいか! あのジジーどもは、きゅーりが甘えたら鼻の下が全開で伸びて人格が変わるから、キョーリョクしろってんだ!!」

 ヴァルトはキュッリッキの両頬をつまむと、勢いよく横に引っ張った。

「いひゃいひゃらひゃひゃひへほ」

 キュッリッキの反応が面白く、調子に乗ってヴァルトはぐにぐに両頬をつまんだまま引っ張って笑っている。

「もうそのくらいに……」

 メルヴィンが慌てて止めに入った時である。
 最初に気づいたのはペルラだった。
 普段から寡黙派なので、驚いても悲鳴を上げることがない。大声を出すという行為にはトコトン無縁そうなのだが、そのぶん尻尾に感情が大きく反映される。
 スレンダーなシャム猫人間のペルラが、珍しく全身の毛と尻尾をピーンと逆立てて、硬直した姿勢で通路の遠くを凝視していた。その様子に真っ先に気づいたガエルが同じように通路の遠くに目を向け、何とも言えない表情を浮かべて硬直した。
 ヴァルトとキュッリッキのやり取りを見て面白がっていた他のメンバーも、ようやく気づいて何事かと通路をみやった。ヴァルトとキュッリッキもつられて顔を向ける。

「ちょっ、なに……あれ?」

 ザカリーがそそけだったように呻く。
 ソレをなんと表現するか、といえば「人間の女」だろう。
 豊満な四肢は酒樽を繋げたように分厚く、動くたびに肉が波打ち、輪郭が定まらない。
 巨体という単語に収めるには倍くらい大きく、もはや人間の肥満サイズをゆうに超えていた。
 顔もまた巨大なマシュマロのようにぶよぶよで、真紅に塗りたくった唇は分厚く、テラテラと輝いている。そして振り乱した赤毛はクリクリとパーマがかかっていて、肩のあたりでもつれていた。
 その全身を包む衣服は黒いレースの下着上下のみ。垂れた肉に食い込んでパツンパツンだ。
 女はゆっくりとした歩みでライオン傭兵団に近づいてきている。ひたと向けるその瞳は赤く情熱的で、視線をたどるとルーファスに向いているのが判った。

「ルー、お前、守備範囲広くなったな」
「巨大デブ専もイケるようになったのか」

 ギャリーとザカリーが、硬直しているルーファスの両肩をそっと掴んだ。

「お前好みの巨乳だしな」

 その言葉にハッと意識を取り戻したルーファスが、大慌てで首を横に振った。

「確かにオレは巨乳が大好きだ! 爆乳もバッチコイだけど、あれはすでに乳と他の部位の脂肪の境が判んないじゃないか~~~」

 ルーファスは四つん這いになると、悔しそうに床を拳で叩いて泣き叫んだ。

「おっぱいがデカけりゃいいってもんじゃないんだ! オレの理想とするのはあんなのじゃないんだ! 選ぶ権利はオレにだってあるっ!!」

 魂の叫びを吐き出して、ルーファスはメソメソと泣き出した。
 その様子に皆が揃って溜息を吐き出し、床に座っていた者は立ち上がった。ガエルが無理矢理ルーファスを立たせる。

「まあ、心は一つですね」

 カーティスが一言呟くと、皆床を蹴って肥満女とは逆の方向へ走り出した。



 過去を振り返りながら、ルーファスはしみじみと語る。

「女好きと言われるオレは、スレンダー美人だけが好みというわけじゃない。多少ぽっちゃりしていても、美人で可愛かったらオッケーだ。更に胸の大きさにもこだわりがあって、形と張りの良さにもこだわりがある。大きいだけじゃだめなんだ!」

 端正なルックスと愛嬌ある笑顔に優しい人柄で、少年期からモテなかったことはないほどモテた。おブスに対して邪険にしたりはしないし、好みじゃないからといって偏見はしない。その姿勢が女性全般から、好感的に受け取られているのだ。

「女に不自由しない人生を歩いているが、望みもしない女から思いを寄せられることも多々あった。とくにハーメンリンナの宮殿騎士を勤めていた時代、身分の高い妙齢から高齢までの御婦人方からしょっちゅう誘われ、お手軽な恋愛ごっこを楽しむことができた。その中には美人もいれば、可愛らしい婦人もいた。そして、醜女も肥満もいた」

 心を鬼にして断っても良かったが、醜女や肥満なご婦人に限って、断りにくすぎるご身分の高い人ばかり。
 一夜のお相手をするのに、ルーファスは拷問される以上に最悪な気分で、だがいくら見た目がアレでも女性である。恥をかかせるわけにはいかないと、心を粉砕しながらしっかりと務めを果たした。
 その時の経験上、もっとも最悪だった女性、ロヴィーサ・イルタ・エテラマキ男爵夫人に、迫り来るアノ肥満女はそっくりなのだ。

「いや、いくらなんでもデカすぎ!」

 ルーファスの自画自賛を含む回想話に、ザカリーが裏手ツッコミを入れる。しかしルーファスは、走りながらゆるゆると首を横に振り続けた。

「確かに倍に膨れ上がっているが、アレはエテラマキ男爵夫人だ絶対……。ああ、思い出す…。勃たないところを気合で奮い勃たせて、ナントカ頑張ったんだオレっ」

 握り拳にグッと力がこもる。その時のことを思い出し、涙がとめどなく溢れた。

「お前の女性遍歴は、御大とタメ張れるぜ……」
「いやいや……ベルトルド様には及ばない」
「ルーさんフケツ」

 キュッリッキの無垢でジトーっとした目に、ルーファスは焦って手を振る。

「そんなこと言わないでキューリちゃん! 昔の、若気の至りだからっ」

 色んな事に疎いキュッリッキでも、ルーファスの話はなんとなく理解しているのだ。

「それにしても飽きずに追いかけてきますねえ」

 シビルが困ったように言うと、キュッリッキは頷いてルーファスを振り返った。

「アレも燃やしちゃう?」
「そんな素っ気なく言わないでっ」

 ルーファスはビックリして否定した。脂たっぷりでよく燃えそうだなあ、とこっそり思ったが。

「ルーを追いかけてきてるように見えるぞ。なんとかしろ色男」

 さっきの仕返しとばかりに、ガエルがニヤリと言った。

「なんとかって言われてもなあ」
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