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奪われしもの編
69)ソレル王国と遺跡の秘密
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「なあ、アルカネット」
「なんですか?」
「お前にだから、俺は正直に言うゾ」
「はい、どうぞ」
「迷子になった!!」
両手を腰に当てふんぞり返って威張りながら、ベルトルドは「ふふん」と得意げに胸を張る。
41歳にもなる主をつくづくと見つめながら、アルカネットは露骨に嫌味な溜息を吐きだした。
(迷子になって、なぜ威張る…)
キュッリッキたちライオン傭兵団より先行してエルアーラ遺跡に降り立ち、襲いかかってくるソレル王国兵たちを適当に始末しながら進んでいるがこの有様だ。派手なパフォーマンスで先に出たというのに、これで出遅れていたら恥ずかしさこの上ない。
「だから地図を持っていきなさいと、あれほど言ったんです」
「だってー、お前が一緒だから大丈夫だと思ったんだ」
「あいにく私は、あなたほどここへは来ていませんから、内部は判らないんです」
額を軽く指先で抑えながら、アルカネットは疲れたように首をゆるゆると振った。
「えー……」
拗ね口調でぶつぶつ呟きながら、顔をしかめてベルトルドは辺りをキョロキョロと見回した。
ベルトルドとアルカネットは、遺跡の中枢部を目指していた。しかし広大な遺跡の中は迷路のようで、目的地に着くことができない。
周囲は皇都イララクスのハーメンリンナ地下にそっくりな風景で、更に標識もなく時々ソレル兵と出くわす程度だから、現在位置がさっぱり掴めない。ソレル王国兵を殺す前に問いただしても記憶を読んでも、彼らもよくわかっていないようだったから困ってしまう。観光施設でもないので随所に案内書など当然置いてない。
いつもケレヴィルの職員と共に中へ入っていたので、ベルトルドは道を覚える必要がなかったし覚える気もなかった。入口のエントランスでふんぞり返っていれば、誰かが迎えに来て丁寧に案内してくれたからだ。
その怠慢のツケがこうして巡ってきたので、こめかみに青筋を浮き出させながら、中枢部を探して闇雲に歩き回っているのである。
「埓があかーーーーーーーーーーん!!」
ついにベルトルドは両手を上にあげて、子供のように大きな声を張り上げた。
「誰だこんな複雑構造なんぞに作った馬鹿野郎は!!」
「1万年前のヤルヴィレフト王家です」
「ケシカランぞ!!」
的確にツッコむ天使のような微笑みを向けるアルカネットを、ベルトルドは鬼の形相で睨みつけた。そしてふと真顔に戻ると、なにか閃いた表情で、片手をポンッと掌に打ち付けコクコクと頷く。
「よし、シ・アティウスをここに転送しよう。やつに案内させればいいだけの話じゃないか」
名案だぞ俺! とご満悦の表情を浮かべてグッと握り拳を作るベルトルドに、アルカネットはきっぱりと首を横に振った。
「およしなさい。彼にはナルバ山の遺跡の方を任せてあるんですよ。作業を中断させたら、計画が遅延してしまいます」
「……俺たちも遅延してるじゃないか」
「一体、誰のせいなんでしょうね~?」
「ぐっ……」
的を射すぎていて、喉元に文句が詰まる。
「だったら、ここへリュリュを呼べばいいでしょう。彼なら問題なく中枢部に案内してくれますよ。多少”小言”付きで」
ベルトルドは腕をバッテンに交差させ、首を激しく横に振った。
「アイツの小言はお前の比じゃないんだぞ! ずえったい断る!! ケツの穴の危機だからな!」
「だったら早く中枢部を見つけて、ソレル国王たちを始末しないと。いつになったらリッキーさんと合流できるんだか…。私は彼女の身が心配で心配でならないのです」
「はぁ…」とアルカネットは切なげに息をつく。
「俺のほうがお前より、もっともっともっともーーーっと心配している!」
「こっから、このくらーい」と走り出しそうなベルトルドの胸ぐらを掴んで、アルカネットはグイッと自分のほうへ引っ張り寄せた。
「とっとと超能力を使って探せや、こら」
凄みを増す表情を間近に突きつけられて、ベルトルドはぴくぴく眉をひきつらせた。
その時――
「そのようなところでお戯れか? 皇国副宰相……名はなんといったかな。下賤の者の名前は覚えにくいゆえ」
見下すような男の声が投げかけられ、ベルトルドとアルカネットは揃って声のほうへ顔を向けた。
天井付近のそこには、小さな銀の球体が浮かんでいる。男の声はその球体から聞こえてきていた。
中心に小型レンズがついていることから、おそらく遠隔操作による偵察機だろう。
2人はしばし沈黙していたが、アルカネットに胸ぐらを掴まれたまま、ベルトルドはニヤリと口の端を歪めて球体を見据えた。
「いいタイミングで見つけてくれたな、ソレル国王」
その瞬間、ベルトルドとアルカネットの姿が消えた。
「なんだと?」
モニターに映し出されていたベルトルドとアルカネットの姿が忽然と消えて、ソレル国王は驚いて目を見開いた。
「別に手品じゃないぞ。本当に助かった、見つけてもらえて。実は思いっきり迷子になっていたんだ」
背後から聞こえる明るいその声に、ソレル国王はゆっくりと首を巡らせた。
「俺は空間転移が出来るからな、そちらの居場所を辿って飛んできただけだ」
いつの間にかソレル国王の背後に、皮肉な笑みを浮かべるベルトルドとアルカネットが立っていた。
小型偵察機を通じてカメラの向こう側にいるソレル国王を透視し、ベルトルドはそこへ空間転移したのだ。
超能力を持つベルトルドの優秀さは、世界でもよく知られている。しかし空間転移についてはあまり知られていないようで、超能力を持つソレル国王も初めて目にした。
(しかしこの男……)
ソレル国王は不愉快そうに顎を引いた。
王を前にして跪かず、尊大な態度で睥睨するようなベルトルドを、ソレル国王は忌々しげに睨みつけた。無礼にも程がある。
「下郎ども……」
「そんなに褒めてくれるな、照れるじゃないか」
「別に褒めてなんていませんよ?」
「いちいちツッコむな! ちっとも決まらんだろうが」
「はいはい」
アルカネットは肩で息をついてみせた。
どんな時でも、どんな場所でも、2人の会話はボケとツッコミを忘れない。忘れたくともほとんど条件反射でそうなってしまうことは、ソレル国王は知らない。というより、当人たちが気づいていなかった。
一旦自身を仕切り直すようにベルトルドは「フンッ」と鼻息をつくと、前髪をサッと指先で払ってアルカネットに顔を向けた。
「他の3人の王たちは近くにいるのかな? 雑魚王たちに用はないから、適当に処分してきてくれ。俺は目の前の”陛下”と大事な話がある」
小さく頷くと、アルカネットは傍にあるコンソールを操作し、壁際のモニターの一つに映像を映し出した。そこには豪奢な部屋で酒を飲む3人の王たちが映っている。そして次にマップデータが映され、アルカネットは場所を確認して口元をほころばせた。
「すぐ首をはねてきますよ」
モニターの映像をそのままにして、アルカネットは颯爽と部屋を出て行った。
ソレル国王はモニターの映像には目もくれず、じっとベルトルドを睨み続けている。
「さて、こうるさいのもいなくなったし、本題に入りましょうか、陛下?」
腕を組んでふんぞり返りながら、偉そうな口調で切り出した。
「遺跡を占拠して、何を企てておいでですか? 素人が艦橋に立てこもっても、たいして扱うこともできないでしょうに」
ベルトルドたちのいるこの部屋は広大で、柔らかな青い光に満ちていた。まるで明るい海の中にいるような空間だ。その青い光は壁や床から発せられていて、材質は水晶のようなもので作られていた。
そしてソレル国王の背後の壁には、巨大な月が映し出されている。その月は絵画などではなく、写真のようにも見えた。室内の色よりも濃い青の中に、リアルな姿を映し出す月は、淡く白い光を放っていた。
「下賤の者に答える必要が、あると思うてか」
杖の柄をぐっと握り締め、ソレル国王は睨むことをやめずに佇んでいる。
白い毛の混じる髪は少々長めで、贅の限りを尽くした衣装に身を包み、宝石と金で作られた豪華な杖を頼りに老体を支えている。自らは王であることを外見と態度で主張するその様子に苦笑して、ベルトルドは近くにある一際大きな椅子にゆったりと腰を下ろした。そして長い脚を組み、肘掛に肘をついて頬杖をつく。
「ハワドウレ皇国の属国の身分でしかない陛下よりは、俺のほうが格は上だと思うのですがね」
ククッとおかしげに笑うベルトルドに、ソレル国王は歯噛みした。
「黙れ下郎! 余はかつてこの惑星の支配者だったヤルヴィレフト王家の血を継ぐ者じゃ。ワイズキュールなどというどこの馬の骨とも知れぬ輩とは、真なる身分が違うのだ!」
「そのヤルヴィレフトが滅ぼしたのだったな? この惑星の国を、他惑星をも巻き込んで」
ソレル国王のこめかみがピクリと動く。尊大な笑みを絶やさないベルトルドを睨みながらも、その老いた表情には明らかに動揺が浮かんでいた。
「貴様、一体どこまで知っておる……」
「歴史のおさらいでもしましょうか? こう見えて、歴史が大好きなんですよ、俺は」
そして、と言ってベルトルドは向かい側にある小さな椅子を指さした。
「おかけなさい。ご老体に立ち話もなんですから」
ソレル国王は暫く考えるふうな表情を浮かべたが、やがておとなしく椅子に座った。この男の話がどれくらい長くなるのか判らなかったし、杖をつくほど弱い身体には、立ち続けるのは辛かった。しかしソレル国王は座してなお、王としての威厳を保った。
ソレル国王の様子を見て、ベルトルドは小さく苦笑する。
「いまから約1万年前、この世界の文明は極めて高度であり、各惑星には種族統一国家が君臨していた。ヴィプネン族の統一国家、その名も神王国ソレル。ヤルヴィレフトという王家により支配されていた。今のような属国は存在せず、理想的な統一国家を形成していたそうだな。自由都市も、離反した小国もない」
今のソレル王国の首都アルイールの場所に、神王国ソレルの王都ブレイダブリクは在った。惑星ヒイシにおける世界の中心は、モナルダ大陸にあったのだ。
モナルダ大陸をはじめとする、他の大陸や群島などすべて神王国ソレルの領土であり、すみずみまで完璧なまでに治められていたという。
「好奇心旺盛なヴィプネン族としては、よくまとまり支配されていたそうだが、どうしてもアイオン族やトゥーリ族とは、戦争が耐えなかったそうだな」
他種族であるアイオン族やトゥーリ族とは、ことあるごとに戦争を繰り返していた。
「戦争の原因はすべて、神々の世界アルケラが関係していたとか。神の力を求めて先を争うようにして戦火を広げていたと、そう伝えられている」
「そのようなことまで……」
「教科書には載っていないがな」
クスッとベルトルドは笑った。
「今では伝説の存在として、人々の記憶からも薄れているアルケラの存在を、1万年前の世界では、当たり前のように認知していたらしいな。――敬虔なことだが、欲深すぎる」
信じ敬いながらも、神の力を我がものとするために戦争を起こす。そんな人間の浅ましい欲求を、神々はどう思い、感じていたのだろうか。「俺なら呆れ果ててシカトする」とベルトルドは青灰色の瞳に軽蔑の光を浮かべた。
「実際は戦争の原因の真実は違うようだが…。――ヤルヴィレフト王家は戦況を打開、いや、先手を打つためあるものの建造に取り組んだ。それがこの遺跡エルアーラ、正式名称をフリングホルニと言う」
ソレル国王の両眼が大きく見開かれた。
「全く、呆れるくらいの大きさだ。巨大などと一言では片付けられない規模だ。どのくらいの年月がかかったかは知らないが、フリングホルニの建造は終わっている。しかし動力炉の設置にまでは至ってない」
ベルトルドは切れ長の目で、真っ直ぐソレル国王を見つめた。
「ナルバ山のレディトゥス・システム、あれがこのフリングホルニの動力になる装置だ」
ガツッと杖の先端を床に叩きつけ、勢い込んでソレル国王は立ち上がった。
「一体どこまで掴んでおる! 知りすぎている貴様は!!」
「そお?」
すっとぼけた表情で、ベルトルドは小首をかしげた。
「10年前にここを俺の部下が発見して以来、ケレヴィルの連中に色々調査させているからなあ。10年も提出される報告書を読んでいるから、色々知ってて当たり前だ」
アルケラ研究機関ケレヴィルの所長も兼任してるし俺、とベルトルドは深く頷いた。
「ソレル国王、あなたがヤルヴィレフト王家から受け継いでいる数々の伝聞や諸々で、1万年前のことに詳しいのは当たり前だろう。しかしな、知っているからといって、ハワドウレ皇国所有のこの遺跡を、武力で奪取するのは賛同できない。それに先だっては、ナルバ山の遺跡調査も中断させ、研究員を不当に拉致して監禁取り調べ、挙句に他国と結託して戦争まで起こすとは短慮も甚だしい」
「ナルバ山は我が国の領土、それを無断で調査などと、法を破っているのはお前たちであろう!」
「許可などいらんだろう? 何故なら惑星ヒイシは全てハワドウレ皇国のものだから。そしてそのハワドウレ皇国の副宰相である、この俺の部下たちに手を出したんだ。鞭でケツを百叩きの刑でも甘いんだぞ?」
「愚弄しおって……」
わなわなと全身を震わせるソレル国王を、ベルトルドは皮肉たっぷりに見据えた。
「話の邪魔になるので音声は消してあったんだが、少しは可愛らしく命乞いでもしてみたらどうだ? フッ、もっとも、命乞いされても殺すけどな」
スッと流麗な動作で、モニターを人差し指で示す。
促されるままモニターに首を巡らし、ソレル国王は「ヒイッ」と喉を引きつらせてよろめくように椅子の肘掛を掴んだ。
モニター全面には、血だまりの中でぴくりとも動かない肉の塊と化した王たちが転がっていた。そして死体の胸の上には、恐怖で引き攣り、悲鳴を上げようと口を大きく開いたままの表情を貼り付けた顔が乗せられていた。
「掃除するのが大変そうだなぁ。まあ、俺がやるわけじゃないけど」
思いっきり他人事のように呟いて、ベルトルドは肩をすくめた。
「ただ戦争を起こしただけなら、ここまで丁寧に殺してやる必要もなかったんだが。お前たち、俺の玩具に手を出したからなあ」
「玩具、だと…」
「うん。フリングホルニは、俺のだいじな玩具だ」
ヤンチャな笑みを浮かべるベルトルドを、ソレル国王は引きつったままの表情で見やった。
「さらに、俺の大切な愛おしいリッキーにまで手を出したんだから、ラクに殺してもらえると思うなよ、ジジイ」
「そうですよ。生き地獄をたっぷり味わってもらってから、想像もつかないレベルでの死をお約束します」
涼やかな笑みを浮かべたアルカネットが戻ってきた。首だけをアルカネットに向けると、ベルトルドは唇をツンッと尖らせた。
「エグイじゃないか」
「あのくらいは普通ですよ。首を切り落としただけですから」
それに、となんとも思わないような表情でモニターに顔を向け、アルカネットは拗ねたようにため息をついた。
「本当ならメルヴィンをああしてやりたいのですけど、実行したらリッキーさんに口を聞いてもらえなくなりますから。あいつらで妥協しておきました、一応」
一応、に力を込めて言い放つ。そんなアルカネットの言葉に、ベルトルドは嫌そうに顔をしかめた。
「………お前の愛は昔っからエグイな」
「ふんっ」
アルカネットはぷいっと顔を背けた。
2人の会話をよそに、ソレル国王はよろめくようにして、椅子にすとんと腰を下ろした。
この遺跡に立てこもっていれば、外部から手を出せるものなどいないと確信していた。戦争を起こし、それにハワドウレ皇国が食いついている間に、召喚士の娘を手に入れ、ナルバ山の遺跡も運び込む予定だった。
たとえ遺跡に敵が乗り込んできても、この艦橋にいれば安全なはずだ。それなのに、目の前の白い軍服をまとった男は、空間転移という力を使ってあっさり艦橋に乗り込んできて、図々しく指揮官の椅子に座している。
ソレル国王は自らの見識が浅く、狭かったことに気づいていなかった。そして誰を敵に回しているのかも、判っていなかった。
* *
世界は一度滅んでいる。1万年前に起こった事象により、全滅とまではいかないが、文明も人間たちも相応の被害を受けた。とくに惑星ヒイシは被害がより大きかったという。
9千年の空白の時を経て、人間たちの歴史は千年前より再開した。その空白期間に何があったのか、それを記してある物もなく、知っている者もいない。
「何故千年前に、歴史は再開したのだろう?」
そこに疑問を持ったことが、ヴェイセル・アハヴォ・メリロット王子の全ての始まりだった。
メリロット王家はハワドウレ皇国を興したワイズキュール家に味方し、共に戦った功から、現ソレル王国領土の統治を任され、子爵の称号を賜ったことに端を発する。そう歴史では言われている。
表面上はそれで間違いはなかったが、メリロット子爵家は1万年前惑星ヒイシを治めていた、ヤルヴィレフト王家の末裔だった。分家筋ではあったものの、細々とその血を受け継いでいる。
現ソレル王国の領土を賜るときは、あえてその土地を願い出た経緯がある。先祖の治めていた国の首都があった場所だからだ。
初代メリロット子爵は歴史が好きだった。遺跡が多く、歴史的価値のある土地柄だったこともあり、当時のワイズキュール家は快く願いを聞き入れて統治を任せた。それから暫くして友好的な話し合いにより、他の小国同様属国である立場にはかわりはなかったが、メリロット子爵領地はソレル王国として独立を果たす。
それからの初代ソレル国王は、統治の傍ら歴史の探求に余念がなかった。王の趣味に導かれるように次第に歴史学者たちも集い、学生も増え、ソレル王国は遺跡の観光と歴史研究者たちで賑やかな国になっていった。
歴史好きな先祖の血を受け継ぐヴェイセル・アハヴォ・メリロット王子も、玉座よりも歴史が大好きな少年で、帝王学より歴史を学ぶことに全力を注いでいた。書物や講義を楽しむ一方、探検もまた熱心で、臣下の目を盗んでは王宮を抜け出して遺跡を見に行っていた。
好奇心旺盛な王子があまりにもこっそりと王宮を抜け出すものだから、王子の身を案じた父王により、王宮から出ることを禁じられてしまった。
王子は王宮の外に出られないことに落胆したが、しかしとどまるところを知らない好奇心は、王宮の中へも向けられた。
王宮は首都アルイールの中でも一際高く盛られた丘の上に建っている。権威を示すなら絶好の場所であるのは確かだが、王子は王宮の地下を探検している時に、超古代文明の遺跡をそこに発見した。
国の随所に残る、原型をとどめていない遺跡のほとんどは、歴史的価値がある程度であまり重要ではなかった。誰もが見て触れることのできる殆どは、廃墟と化している。
学術的にも技術的にも貴重であり、現在丸ごと状態を保っていて、その機能を全て稼働させている遺跡の中には、ハワドウレ皇国の皇都イララクスにあるハーメンリンナが有名だ。
そうした超古代文明の遺跡は世界中にいくつかあるが、それらは全てハワドウレ皇国が接収し、アルケラ研究機関ケレヴィルの管轄に置かれていた。
しかし王宮の地下の遺跡は、ハワドウレ皇国には見つかっておらず、また城内の者にも知られていないようだ。おそらく初代ソレル国王は、この遺跡を隠蔽する目的もあって、ここに王宮を建てたのだろう。
王子の生まれ持った〈才能〉は超能力。レア〈才能〉の一つで、いずれこの国の王となる身には、あってもなくても構わないモノだ。王子は機械工学の〈才能〉を持って生まれたかったと、これほど嘆いたことはない。
遺跡には機械を用いた部屋が幾つかあり、それらを操作すればこの遺跡の謎も、知りたい情報も得られるかもしれない。しかしこうした計器の操作は、機械工学〈才能〉を持つ者や、そうした職に就いている者から教わるしかない。
この遺跡の秘密は守らねばならなかったが、我慢しきれなかった王子は、やがて国の機械工学〈才能〉を持つ者を数名こっそりと招き、遺跡に案内して操作を習った。そしてマニュアルを作らせると、自らの超能力を使って永遠に口を封じた。
父王が身罷り国を継いでも、ヴェイセル・アハヴォは地下の遺跡に通い続けた。国王となったことで権力が自由になったぶん、王子であった頃よりも堂々と遺跡に通うことができた。
ソレル国王家に代々伝わる古文書と、地下遺跡から得た様々な情報から、先祖であるヤルヴィレフト王家が、巨大なあるモノを建造していることを知った。そしてそれ自体は完成しているが、動力炉の設置にまでは至ってないことも知る。
動力炉は自国のナルバ山の中に眠っていること、その動力炉はレディトゥス・システムと言われていることなどを知り得た。造った目的も知った。
そうした情報から、ヴェイセル・アハヴォ国王の中に野心が芽生え始める。単に歴史が好きであった自分から、かつての栄光を、ヤルヴィレフト王家の復活を望むようになったのだ。
復活を望み、それを確実に成し得る力となる存在、それがエルアーラ遺跡だ。
今はその姿を地中に埋めているが、動力炉を設置すれば完全に起動する。
正式名称をフリングホルニ、モナルダ大陸の3分の1の規模を誇る超巨大戦艦の名だった。
* *
ソレル国王とベルトルド、アルカネットのいる場所はフリングホルニの中枢部である艦橋、ドールグスラシルと呼ばれる場所だ。このドールグスラシルを押さえておけば、何もかもが上手くいくはずだったのだ。
ドールグスラシルでのあらゆる機器の操作は、マニュアルを作らせている。素人のソレル国王でも一人で操作できるくらいに詳細なものだ。あとはナルバ山に派遣した兵士たちがレディトゥス・システムを運び込み設置すれば、フリングホルニは地中から浮上し、ハワドウレ皇国など一瞬で消し炭にできる。
わざわざ戦争宣言などして表立って楯突いた行動にでたのも、すべては王としての矜持がそうさせていた。こそこそ不意打ちなどという行為は矜持が許さない。
堂々と皇国を伐って至高の地位に就く。更に召喚士の娘キュッリッキを手にすれば、神の力を手に入れたも同然。あれほどの力を持つ娘を操れば、何も恐れるものなどない。
ヤルヴィレフト王家の復活と神王国ソレルの復興、そしてヴィプネン族の王として君臨する。
「そんな筋書き通りの人生、成功するわけなかろう」
ややうんざり気味に、ベルトルドは嘆息混じりに吐き捨てた。組んだ脚の片方をめんどくさそうにブラブラさせる。ショートブーツなのでブラブラさせたくらいでスポーンと脱げたりはしないが、いっそ超能力で無理矢理脱がせて「ブーツの踵がソレル国王のデコにヒットしないかなあ」などと思って、ベルトルドはニヤニヤ頬を緩ませた。
「勝手に記憶を覗いたのか!? この………痴れ者っ!!」
シワの刻まれた顔を紅潮させて、ソレル国王は不遜な態度をとり続けるベルトルドを激しく睨んだ。
その激しい視線を真っ向から受け、ベルトルドはつまらなさそうに、鼻息を「フンッ」と噴き出す。
「陛下も超能力をお持ちなら理解出来るでしょうが、想いが強すぎると、勝手に思考や記憶が流れ込んでくるんですよ。正直迷惑も甚だしいんですがね。俺はとくに力が強すぎるから、それはもう遠慮なく流れ込んできます」
本当に嫌そうに肩をすくめてみせる。
「超能力を持つ者なら、透視は誰でもできる。相手の心、記憶、その場の残留思念、漂う思念、無機物や有機物などの記憶も視てしまう。視ようとしていないのに情報が勝手に流れ込んでくるんだ。あまり楽しいものじゃないが、今回ばかりは色々と役に立った」
ソレル国王の眼光はやや衰えた。超能力のレベルは最低ランク、ベルトルドが言うような、勝手に記憶や心が流れ込んでくることなど経験がない。超能力を持たぬ者相手には十分強いのだが、同〈才能〉を持つ相手を前に己の力の貧弱さをまざまざと見せつけられ、それがより王としての矜持を傷つけた。
「歴史が好きだった、程度でやめておけば良かったものだが、色々首を突っ込みすぎたな。――皇国相手に牙をむいて、国民を無駄に死なせ、捨て駒扱いにした傭兵たちも、多く冥府へ送るようなことになった。趣味の延長線で権力を振り回した結果招いた戦争だ」
ベルトルドは組んでいた脚を解き、ゆっくりと立ち上がった。
「多少は能のある王かと思いきや、世間知らずの貴族の生娘たちと寸分違わない馬鹿だったな。今時世界征服とか、恥ずかしくて考えるだけでもアホくさい」
ソレル国王の前に進み立つと、ベルトルドはその老いた顔を覗き込んだ。美しい顔にゾッとするような、冷たい微笑みを浮かべて。
「強者に喧嘩を売るときはな、負けたときのことも考え、十分用意した上で仕掛ける方がいい。もっとも、この地上に逃げ場などないし、当然アイオン族もトゥーリ族も相手にしないだろう。孤独な老いぼれが哀れに死ぬだけさ」
白い手袋をはめた手が、老人の喉を鷲掴みにした。
「ヒイッ」
ソレル国王は空気の抜けていく風船のような声を上げて、目だけでベルトルドを見おろした。やすやすと身体を高く持ち上げられ、喉を締め上げる圧力に、ソレル国王の頭はパニックに陥った。しかしもがきたくとも手は重たくなって上がらず、足も動かずだらりとしている。
「王たるもの、戦争の尻拭いはきっちりするものだ。そうでないと、前線で命を散らす民が納得するまい」
「なんですか?」
「お前にだから、俺は正直に言うゾ」
「はい、どうぞ」
「迷子になった!!」
両手を腰に当てふんぞり返って威張りながら、ベルトルドは「ふふん」と得意げに胸を張る。
41歳にもなる主をつくづくと見つめながら、アルカネットは露骨に嫌味な溜息を吐きだした。
(迷子になって、なぜ威張る…)
キュッリッキたちライオン傭兵団より先行してエルアーラ遺跡に降り立ち、襲いかかってくるソレル王国兵たちを適当に始末しながら進んでいるがこの有様だ。派手なパフォーマンスで先に出たというのに、これで出遅れていたら恥ずかしさこの上ない。
「だから地図を持っていきなさいと、あれほど言ったんです」
「だってー、お前が一緒だから大丈夫だと思ったんだ」
「あいにく私は、あなたほどここへは来ていませんから、内部は判らないんです」
額を軽く指先で抑えながら、アルカネットは疲れたように首をゆるゆると振った。
「えー……」
拗ね口調でぶつぶつ呟きながら、顔をしかめてベルトルドは辺りをキョロキョロと見回した。
ベルトルドとアルカネットは、遺跡の中枢部を目指していた。しかし広大な遺跡の中は迷路のようで、目的地に着くことができない。
周囲は皇都イララクスのハーメンリンナ地下にそっくりな風景で、更に標識もなく時々ソレル兵と出くわす程度だから、現在位置がさっぱり掴めない。ソレル王国兵を殺す前に問いただしても記憶を読んでも、彼らもよくわかっていないようだったから困ってしまう。観光施設でもないので随所に案内書など当然置いてない。
いつもケレヴィルの職員と共に中へ入っていたので、ベルトルドは道を覚える必要がなかったし覚える気もなかった。入口のエントランスでふんぞり返っていれば、誰かが迎えに来て丁寧に案内してくれたからだ。
その怠慢のツケがこうして巡ってきたので、こめかみに青筋を浮き出させながら、中枢部を探して闇雲に歩き回っているのである。
「埓があかーーーーーーーーーーん!!」
ついにベルトルドは両手を上にあげて、子供のように大きな声を張り上げた。
「誰だこんな複雑構造なんぞに作った馬鹿野郎は!!」
「1万年前のヤルヴィレフト王家です」
「ケシカランぞ!!」
的確にツッコむ天使のような微笑みを向けるアルカネットを、ベルトルドは鬼の形相で睨みつけた。そしてふと真顔に戻ると、なにか閃いた表情で、片手をポンッと掌に打ち付けコクコクと頷く。
「よし、シ・アティウスをここに転送しよう。やつに案内させればいいだけの話じゃないか」
名案だぞ俺! とご満悦の表情を浮かべてグッと握り拳を作るベルトルドに、アルカネットはきっぱりと首を横に振った。
「およしなさい。彼にはナルバ山の遺跡の方を任せてあるんですよ。作業を中断させたら、計画が遅延してしまいます」
「……俺たちも遅延してるじゃないか」
「一体、誰のせいなんでしょうね~?」
「ぐっ……」
的を射すぎていて、喉元に文句が詰まる。
「だったら、ここへリュリュを呼べばいいでしょう。彼なら問題なく中枢部に案内してくれますよ。多少”小言”付きで」
ベルトルドは腕をバッテンに交差させ、首を激しく横に振った。
「アイツの小言はお前の比じゃないんだぞ! ずえったい断る!! ケツの穴の危機だからな!」
「だったら早く中枢部を見つけて、ソレル国王たちを始末しないと。いつになったらリッキーさんと合流できるんだか…。私は彼女の身が心配で心配でならないのです」
「はぁ…」とアルカネットは切なげに息をつく。
「俺のほうがお前より、もっともっともっともーーーっと心配している!」
「こっから、このくらーい」と走り出しそうなベルトルドの胸ぐらを掴んで、アルカネットはグイッと自分のほうへ引っ張り寄せた。
「とっとと超能力を使って探せや、こら」
凄みを増す表情を間近に突きつけられて、ベルトルドはぴくぴく眉をひきつらせた。
その時――
「そのようなところでお戯れか? 皇国副宰相……名はなんといったかな。下賤の者の名前は覚えにくいゆえ」
見下すような男の声が投げかけられ、ベルトルドとアルカネットは揃って声のほうへ顔を向けた。
天井付近のそこには、小さな銀の球体が浮かんでいる。男の声はその球体から聞こえてきていた。
中心に小型レンズがついていることから、おそらく遠隔操作による偵察機だろう。
2人はしばし沈黙していたが、アルカネットに胸ぐらを掴まれたまま、ベルトルドはニヤリと口の端を歪めて球体を見据えた。
「いいタイミングで見つけてくれたな、ソレル国王」
その瞬間、ベルトルドとアルカネットの姿が消えた。
「なんだと?」
モニターに映し出されていたベルトルドとアルカネットの姿が忽然と消えて、ソレル国王は驚いて目を見開いた。
「別に手品じゃないぞ。本当に助かった、見つけてもらえて。実は思いっきり迷子になっていたんだ」
背後から聞こえる明るいその声に、ソレル国王はゆっくりと首を巡らせた。
「俺は空間転移が出来るからな、そちらの居場所を辿って飛んできただけだ」
いつの間にかソレル国王の背後に、皮肉な笑みを浮かべるベルトルドとアルカネットが立っていた。
小型偵察機を通じてカメラの向こう側にいるソレル国王を透視し、ベルトルドはそこへ空間転移したのだ。
超能力を持つベルトルドの優秀さは、世界でもよく知られている。しかし空間転移についてはあまり知られていないようで、超能力を持つソレル国王も初めて目にした。
(しかしこの男……)
ソレル国王は不愉快そうに顎を引いた。
王を前にして跪かず、尊大な態度で睥睨するようなベルトルドを、ソレル国王は忌々しげに睨みつけた。無礼にも程がある。
「下郎ども……」
「そんなに褒めてくれるな、照れるじゃないか」
「別に褒めてなんていませんよ?」
「いちいちツッコむな! ちっとも決まらんだろうが」
「はいはい」
アルカネットは肩で息をついてみせた。
どんな時でも、どんな場所でも、2人の会話はボケとツッコミを忘れない。忘れたくともほとんど条件反射でそうなってしまうことは、ソレル国王は知らない。というより、当人たちが気づいていなかった。
一旦自身を仕切り直すようにベルトルドは「フンッ」と鼻息をつくと、前髪をサッと指先で払ってアルカネットに顔を向けた。
「他の3人の王たちは近くにいるのかな? 雑魚王たちに用はないから、適当に処分してきてくれ。俺は目の前の”陛下”と大事な話がある」
小さく頷くと、アルカネットは傍にあるコンソールを操作し、壁際のモニターの一つに映像を映し出した。そこには豪奢な部屋で酒を飲む3人の王たちが映っている。そして次にマップデータが映され、アルカネットは場所を確認して口元をほころばせた。
「すぐ首をはねてきますよ」
モニターの映像をそのままにして、アルカネットは颯爽と部屋を出て行った。
ソレル国王はモニターの映像には目もくれず、じっとベルトルドを睨み続けている。
「さて、こうるさいのもいなくなったし、本題に入りましょうか、陛下?」
腕を組んでふんぞり返りながら、偉そうな口調で切り出した。
「遺跡を占拠して、何を企てておいでですか? 素人が艦橋に立てこもっても、たいして扱うこともできないでしょうに」
ベルトルドたちのいるこの部屋は広大で、柔らかな青い光に満ちていた。まるで明るい海の中にいるような空間だ。その青い光は壁や床から発せられていて、材質は水晶のようなもので作られていた。
そしてソレル国王の背後の壁には、巨大な月が映し出されている。その月は絵画などではなく、写真のようにも見えた。室内の色よりも濃い青の中に、リアルな姿を映し出す月は、淡く白い光を放っていた。
「下賤の者に答える必要が、あると思うてか」
杖の柄をぐっと握り締め、ソレル国王は睨むことをやめずに佇んでいる。
白い毛の混じる髪は少々長めで、贅の限りを尽くした衣装に身を包み、宝石と金で作られた豪華な杖を頼りに老体を支えている。自らは王であることを外見と態度で主張するその様子に苦笑して、ベルトルドは近くにある一際大きな椅子にゆったりと腰を下ろした。そして長い脚を組み、肘掛に肘をついて頬杖をつく。
「ハワドウレ皇国の属国の身分でしかない陛下よりは、俺のほうが格は上だと思うのですがね」
ククッとおかしげに笑うベルトルドに、ソレル国王は歯噛みした。
「黙れ下郎! 余はかつてこの惑星の支配者だったヤルヴィレフト王家の血を継ぐ者じゃ。ワイズキュールなどというどこの馬の骨とも知れぬ輩とは、真なる身分が違うのだ!」
「そのヤルヴィレフトが滅ぼしたのだったな? この惑星の国を、他惑星をも巻き込んで」
ソレル国王のこめかみがピクリと動く。尊大な笑みを絶やさないベルトルドを睨みながらも、その老いた表情には明らかに動揺が浮かんでいた。
「貴様、一体どこまで知っておる……」
「歴史のおさらいでもしましょうか? こう見えて、歴史が大好きなんですよ、俺は」
そして、と言ってベルトルドは向かい側にある小さな椅子を指さした。
「おかけなさい。ご老体に立ち話もなんですから」
ソレル国王は暫く考えるふうな表情を浮かべたが、やがておとなしく椅子に座った。この男の話がどれくらい長くなるのか判らなかったし、杖をつくほど弱い身体には、立ち続けるのは辛かった。しかしソレル国王は座してなお、王としての威厳を保った。
ソレル国王の様子を見て、ベルトルドは小さく苦笑する。
「いまから約1万年前、この世界の文明は極めて高度であり、各惑星には種族統一国家が君臨していた。ヴィプネン族の統一国家、その名も神王国ソレル。ヤルヴィレフトという王家により支配されていた。今のような属国は存在せず、理想的な統一国家を形成していたそうだな。自由都市も、離反した小国もない」
今のソレル王国の首都アルイールの場所に、神王国ソレルの王都ブレイダブリクは在った。惑星ヒイシにおける世界の中心は、モナルダ大陸にあったのだ。
モナルダ大陸をはじめとする、他の大陸や群島などすべて神王国ソレルの領土であり、すみずみまで完璧なまでに治められていたという。
「好奇心旺盛なヴィプネン族としては、よくまとまり支配されていたそうだが、どうしてもアイオン族やトゥーリ族とは、戦争が耐えなかったそうだな」
他種族であるアイオン族やトゥーリ族とは、ことあるごとに戦争を繰り返していた。
「戦争の原因はすべて、神々の世界アルケラが関係していたとか。神の力を求めて先を争うようにして戦火を広げていたと、そう伝えられている」
「そのようなことまで……」
「教科書には載っていないがな」
クスッとベルトルドは笑った。
「今では伝説の存在として、人々の記憶からも薄れているアルケラの存在を、1万年前の世界では、当たり前のように認知していたらしいな。――敬虔なことだが、欲深すぎる」
信じ敬いながらも、神の力を我がものとするために戦争を起こす。そんな人間の浅ましい欲求を、神々はどう思い、感じていたのだろうか。「俺なら呆れ果ててシカトする」とベルトルドは青灰色の瞳に軽蔑の光を浮かべた。
「実際は戦争の原因の真実は違うようだが…。――ヤルヴィレフト王家は戦況を打開、いや、先手を打つためあるものの建造に取り組んだ。それがこの遺跡エルアーラ、正式名称をフリングホルニと言う」
ソレル国王の両眼が大きく見開かれた。
「全く、呆れるくらいの大きさだ。巨大などと一言では片付けられない規模だ。どのくらいの年月がかかったかは知らないが、フリングホルニの建造は終わっている。しかし動力炉の設置にまでは至ってない」
ベルトルドは切れ長の目で、真っ直ぐソレル国王を見つめた。
「ナルバ山のレディトゥス・システム、あれがこのフリングホルニの動力になる装置だ」
ガツッと杖の先端を床に叩きつけ、勢い込んでソレル国王は立ち上がった。
「一体どこまで掴んでおる! 知りすぎている貴様は!!」
「そお?」
すっとぼけた表情で、ベルトルドは小首をかしげた。
「10年前にここを俺の部下が発見して以来、ケレヴィルの連中に色々調査させているからなあ。10年も提出される報告書を読んでいるから、色々知ってて当たり前だ」
アルケラ研究機関ケレヴィルの所長も兼任してるし俺、とベルトルドは深く頷いた。
「ソレル国王、あなたがヤルヴィレフト王家から受け継いでいる数々の伝聞や諸々で、1万年前のことに詳しいのは当たり前だろう。しかしな、知っているからといって、ハワドウレ皇国所有のこの遺跡を、武力で奪取するのは賛同できない。それに先だっては、ナルバ山の遺跡調査も中断させ、研究員を不当に拉致して監禁取り調べ、挙句に他国と結託して戦争まで起こすとは短慮も甚だしい」
「ナルバ山は我が国の領土、それを無断で調査などと、法を破っているのはお前たちであろう!」
「許可などいらんだろう? 何故なら惑星ヒイシは全てハワドウレ皇国のものだから。そしてそのハワドウレ皇国の副宰相である、この俺の部下たちに手を出したんだ。鞭でケツを百叩きの刑でも甘いんだぞ?」
「愚弄しおって……」
わなわなと全身を震わせるソレル国王を、ベルトルドは皮肉たっぷりに見据えた。
「話の邪魔になるので音声は消してあったんだが、少しは可愛らしく命乞いでもしてみたらどうだ? フッ、もっとも、命乞いされても殺すけどな」
スッと流麗な動作で、モニターを人差し指で示す。
促されるままモニターに首を巡らし、ソレル国王は「ヒイッ」と喉を引きつらせてよろめくように椅子の肘掛を掴んだ。
モニター全面には、血だまりの中でぴくりとも動かない肉の塊と化した王たちが転がっていた。そして死体の胸の上には、恐怖で引き攣り、悲鳴を上げようと口を大きく開いたままの表情を貼り付けた顔が乗せられていた。
「掃除するのが大変そうだなぁ。まあ、俺がやるわけじゃないけど」
思いっきり他人事のように呟いて、ベルトルドは肩をすくめた。
「ただ戦争を起こしただけなら、ここまで丁寧に殺してやる必要もなかったんだが。お前たち、俺の玩具に手を出したからなあ」
「玩具、だと…」
「うん。フリングホルニは、俺のだいじな玩具だ」
ヤンチャな笑みを浮かべるベルトルドを、ソレル国王は引きつったままの表情で見やった。
「さらに、俺の大切な愛おしいリッキーにまで手を出したんだから、ラクに殺してもらえると思うなよ、ジジイ」
「そうですよ。生き地獄をたっぷり味わってもらってから、想像もつかないレベルでの死をお約束します」
涼やかな笑みを浮かべたアルカネットが戻ってきた。首だけをアルカネットに向けると、ベルトルドは唇をツンッと尖らせた。
「エグイじゃないか」
「あのくらいは普通ですよ。首を切り落としただけですから」
それに、となんとも思わないような表情でモニターに顔を向け、アルカネットは拗ねたようにため息をついた。
「本当ならメルヴィンをああしてやりたいのですけど、実行したらリッキーさんに口を聞いてもらえなくなりますから。あいつらで妥協しておきました、一応」
一応、に力を込めて言い放つ。そんなアルカネットの言葉に、ベルトルドは嫌そうに顔をしかめた。
「………お前の愛は昔っからエグイな」
「ふんっ」
アルカネットはぷいっと顔を背けた。
2人の会話をよそに、ソレル国王はよろめくようにして、椅子にすとんと腰を下ろした。
この遺跡に立てこもっていれば、外部から手を出せるものなどいないと確信していた。戦争を起こし、それにハワドウレ皇国が食いついている間に、召喚士の娘を手に入れ、ナルバ山の遺跡も運び込む予定だった。
たとえ遺跡に敵が乗り込んできても、この艦橋にいれば安全なはずだ。それなのに、目の前の白い軍服をまとった男は、空間転移という力を使ってあっさり艦橋に乗り込んできて、図々しく指揮官の椅子に座している。
ソレル国王は自らの見識が浅く、狭かったことに気づいていなかった。そして誰を敵に回しているのかも、判っていなかった。
* *
世界は一度滅んでいる。1万年前に起こった事象により、全滅とまではいかないが、文明も人間たちも相応の被害を受けた。とくに惑星ヒイシは被害がより大きかったという。
9千年の空白の時を経て、人間たちの歴史は千年前より再開した。その空白期間に何があったのか、それを記してある物もなく、知っている者もいない。
「何故千年前に、歴史は再開したのだろう?」
そこに疑問を持ったことが、ヴェイセル・アハヴォ・メリロット王子の全ての始まりだった。
メリロット王家はハワドウレ皇国を興したワイズキュール家に味方し、共に戦った功から、現ソレル王国領土の統治を任され、子爵の称号を賜ったことに端を発する。そう歴史では言われている。
表面上はそれで間違いはなかったが、メリロット子爵家は1万年前惑星ヒイシを治めていた、ヤルヴィレフト王家の末裔だった。分家筋ではあったものの、細々とその血を受け継いでいる。
現ソレル王国の領土を賜るときは、あえてその土地を願い出た経緯がある。先祖の治めていた国の首都があった場所だからだ。
初代メリロット子爵は歴史が好きだった。遺跡が多く、歴史的価値のある土地柄だったこともあり、当時のワイズキュール家は快く願いを聞き入れて統治を任せた。それから暫くして友好的な話し合いにより、他の小国同様属国である立場にはかわりはなかったが、メリロット子爵領地はソレル王国として独立を果たす。
それからの初代ソレル国王は、統治の傍ら歴史の探求に余念がなかった。王の趣味に導かれるように次第に歴史学者たちも集い、学生も増え、ソレル王国は遺跡の観光と歴史研究者たちで賑やかな国になっていった。
歴史好きな先祖の血を受け継ぐヴェイセル・アハヴォ・メリロット王子も、玉座よりも歴史が大好きな少年で、帝王学より歴史を学ぶことに全力を注いでいた。書物や講義を楽しむ一方、探検もまた熱心で、臣下の目を盗んでは王宮を抜け出して遺跡を見に行っていた。
好奇心旺盛な王子があまりにもこっそりと王宮を抜け出すものだから、王子の身を案じた父王により、王宮から出ることを禁じられてしまった。
王子は王宮の外に出られないことに落胆したが、しかしとどまるところを知らない好奇心は、王宮の中へも向けられた。
王宮は首都アルイールの中でも一際高く盛られた丘の上に建っている。権威を示すなら絶好の場所であるのは確かだが、王子は王宮の地下を探検している時に、超古代文明の遺跡をそこに発見した。
国の随所に残る、原型をとどめていない遺跡のほとんどは、歴史的価値がある程度であまり重要ではなかった。誰もが見て触れることのできる殆どは、廃墟と化している。
学術的にも技術的にも貴重であり、現在丸ごと状態を保っていて、その機能を全て稼働させている遺跡の中には、ハワドウレ皇国の皇都イララクスにあるハーメンリンナが有名だ。
そうした超古代文明の遺跡は世界中にいくつかあるが、それらは全てハワドウレ皇国が接収し、アルケラ研究機関ケレヴィルの管轄に置かれていた。
しかし王宮の地下の遺跡は、ハワドウレ皇国には見つかっておらず、また城内の者にも知られていないようだ。おそらく初代ソレル国王は、この遺跡を隠蔽する目的もあって、ここに王宮を建てたのだろう。
王子の生まれ持った〈才能〉は超能力。レア〈才能〉の一つで、いずれこの国の王となる身には、あってもなくても構わないモノだ。王子は機械工学の〈才能〉を持って生まれたかったと、これほど嘆いたことはない。
遺跡には機械を用いた部屋が幾つかあり、それらを操作すればこの遺跡の謎も、知りたい情報も得られるかもしれない。しかしこうした計器の操作は、機械工学〈才能〉を持つ者や、そうした職に就いている者から教わるしかない。
この遺跡の秘密は守らねばならなかったが、我慢しきれなかった王子は、やがて国の機械工学〈才能〉を持つ者を数名こっそりと招き、遺跡に案内して操作を習った。そしてマニュアルを作らせると、自らの超能力を使って永遠に口を封じた。
父王が身罷り国を継いでも、ヴェイセル・アハヴォは地下の遺跡に通い続けた。国王となったことで権力が自由になったぶん、王子であった頃よりも堂々と遺跡に通うことができた。
ソレル国王家に代々伝わる古文書と、地下遺跡から得た様々な情報から、先祖であるヤルヴィレフト王家が、巨大なあるモノを建造していることを知った。そしてそれ自体は完成しているが、動力炉の設置にまでは至ってないことも知る。
動力炉は自国のナルバ山の中に眠っていること、その動力炉はレディトゥス・システムと言われていることなどを知り得た。造った目的も知った。
そうした情報から、ヴェイセル・アハヴォ国王の中に野心が芽生え始める。単に歴史が好きであった自分から、かつての栄光を、ヤルヴィレフト王家の復活を望むようになったのだ。
復活を望み、それを確実に成し得る力となる存在、それがエルアーラ遺跡だ。
今はその姿を地中に埋めているが、動力炉を設置すれば完全に起動する。
正式名称をフリングホルニ、モナルダ大陸の3分の1の規模を誇る超巨大戦艦の名だった。
* *
ソレル国王とベルトルド、アルカネットのいる場所はフリングホルニの中枢部である艦橋、ドールグスラシルと呼ばれる場所だ。このドールグスラシルを押さえておけば、何もかもが上手くいくはずだったのだ。
ドールグスラシルでのあらゆる機器の操作は、マニュアルを作らせている。素人のソレル国王でも一人で操作できるくらいに詳細なものだ。あとはナルバ山に派遣した兵士たちがレディトゥス・システムを運び込み設置すれば、フリングホルニは地中から浮上し、ハワドウレ皇国など一瞬で消し炭にできる。
わざわざ戦争宣言などして表立って楯突いた行動にでたのも、すべては王としての矜持がそうさせていた。こそこそ不意打ちなどという行為は矜持が許さない。
堂々と皇国を伐って至高の地位に就く。更に召喚士の娘キュッリッキを手にすれば、神の力を手に入れたも同然。あれほどの力を持つ娘を操れば、何も恐れるものなどない。
ヤルヴィレフト王家の復活と神王国ソレルの復興、そしてヴィプネン族の王として君臨する。
「そんな筋書き通りの人生、成功するわけなかろう」
ややうんざり気味に、ベルトルドは嘆息混じりに吐き捨てた。組んだ脚の片方をめんどくさそうにブラブラさせる。ショートブーツなのでブラブラさせたくらいでスポーンと脱げたりはしないが、いっそ超能力で無理矢理脱がせて「ブーツの踵がソレル国王のデコにヒットしないかなあ」などと思って、ベルトルドはニヤニヤ頬を緩ませた。
「勝手に記憶を覗いたのか!? この………痴れ者っ!!」
シワの刻まれた顔を紅潮させて、ソレル国王は不遜な態度をとり続けるベルトルドを激しく睨んだ。
その激しい視線を真っ向から受け、ベルトルドはつまらなさそうに、鼻息を「フンッ」と噴き出す。
「陛下も超能力をお持ちなら理解出来るでしょうが、想いが強すぎると、勝手に思考や記憶が流れ込んでくるんですよ。正直迷惑も甚だしいんですがね。俺はとくに力が強すぎるから、それはもう遠慮なく流れ込んできます」
本当に嫌そうに肩をすくめてみせる。
「超能力を持つ者なら、透視は誰でもできる。相手の心、記憶、その場の残留思念、漂う思念、無機物や有機物などの記憶も視てしまう。視ようとしていないのに情報が勝手に流れ込んでくるんだ。あまり楽しいものじゃないが、今回ばかりは色々と役に立った」
ソレル国王の眼光はやや衰えた。超能力のレベルは最低ランク、ベルトルドが言うような、勝手に記憶や心が流れ込んでくることなど経験がない。超能力を持たぬ者相手には十分強いのだが、同〈才能〉を持つ相手を前に己の力の貧弱さをまざまざと見せつけられ、それがより王としての矜持を傷つけた。
「歴史が好きだった、程度でやめておけば良かったものだが、色々首を突っ込みすぎたな。――皇国相手に牙をむいて、国民を無駄に死なせ、捨て駒扱いにした傭兵たちも、多く冥府へ送るようなことになった。趣味の延長線で権力を振り回した結果招いた戦争だ」
ベルトルドは組んでいた脚を解き、ゆっくりと立ち上がった。
「多少は能のある王かと思いきや、世間知らずの貴族の生娘たちと寸分違わない馬鹿だったな。今時世界征服とか、恥ずかしくて考えるだけでもアホくさい」
ソレル国王の前に進み立つと、ベルトルドはその老いた顔を覗き込んだ。美しい顔にゾッとするような、冷たい微笑みを浮かべて。
「強者に喧嘩を売るときはな、負けたときのことも考え、十分用意した上で仕掛ける方がいい。もっとも、この地上に逃げ場などないし、当然アイオン族もトゥーリ族も相手にしないだろう。孤独な老いぼれが哀れに死ぬだけさ」
白い手袋をはめた手が、老人の喉を鷲掴みにした。
「ヒイッ」
ソレル国王は空気の抜けていく風船のような声を上げて、目だけでベルトルドを見おろした。やすやすと身体を高く持ち上げられ、喉を締め上げる圧力に、ソレル国王の頭はパニックに陥った。しかしもがきたくとも手は重たくなって上がらず、足も動かずだらりとしている。
「王たるもの、戦争の尻拭いはきっちりするものだ。そうでないと、前線で命を散らす民が納得するまい」
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