片翼の召喚士

ユズキ

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奪われしもの編

68)キュッリッキ失踪する?

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「あ……あれ?」

 キュッリッキは目をぱちくりさせながら、自分が置かれている状況に驚きを隠せなかった。
 みんなと一緒に暗い簡易階段を降りていったはずなのに、気がついたらみんなが居ない。そして周りは白い雲の浮かぶ青空と、新緑の綺麗な平原に変わっている。

「えっと…、どこなんだろう……」

 遺跡の中へ入っていったはずなのに、どう見ても遺跡の中とは思えない。
 明らかにみんなとはぐれていた。
 これがベルトルドやアルカネットにバレたら、自分ではなくライオン傭兵団のみんなが責められることになる。

「それは物凄く嫌だし、とっても困るんだけど!」
「やあ」

 困り果てたキュッリッキの背後から、陽気な声がかけられた。
 びっくりして振り向くと、黄色い光に包まれ輪郭のはっきりしない、人型のようななにかが立っていた。

「だ、誰?」
「ボクはヒューゴ、初めまして」

 にっこりと笑ったような声が名乗る。
 たっぷりと間を空けたあと、キュッリッキはごくりと生唾を飲み込んで、黄色い何かを睨みつけた。

「ここドコなの? あなたのせいなの? アタシみんなのところに戻らなくちゃ」
「ボクの心象風景を投影しているだけさ。遺跡の中だよ。そんなに怖がらなくていい、害する気はないから」
「こんな訳のわからないところへ連れてこられて、みんなとはぐれちゃって…怖いというより、とーっても困るの!」

(そうだ、フェ…)

 フェンリルを呼ぼうとして足元にいないことに気づく。
 その瞬間、ナルバ山の遺跡でのことを思い出し、足元から冷えた感覚が這い上ってきて顔が強ばった。あの時フェンリルは、強制的にアルケラに帰還させられてしまったのだ。そして今度は側にいない。
 召喚することができなければ無力で非力な、逃げ回ることしかできなかった自分を思い出しゾッとする。
 そんなキュッリッキの様子を見て、ヒューゴは困ったような声を上げた。

「ごめん、本当に何もしないから。用事がすんだら、必ずみんなのところへ戻してあげる。だからちょっとだけ付き合ってほしい」

 強ばった表情でヒューゴを見ると、キュッリッキは口を引き結んで小さく頷いた。この何かに帰してもらわない限り、何も出来そうもなかった。

「キミがここへ足を踏み入れた瞬間、キミのことが判った。懐かしい力の波動を感じたからね」

 ヒューゴは草の上を僅かに浮かんで、滑るようにキュッリッキの周りをくるくる回った。

「キミはユリディスじゃないけど、彼女と同じ力を持っているんだね」
「ユリディス?」

 訝しみながら名を呟くと、光に包まれ曖昧にしか見えないヒューゴの顔が、にっこりと笑った気がした。

「そう。優しくて、おとなしくて、控えめで。でも芯が強くて、素敵な女の子だった」
「だった…」
「彼女は、死んでしまったよ」

 ひどく無念そうにヒューゴは言った。

「ボクは彼女を守る騎士アピストリだったのに、彼女から引き離され、反逆者どもに殺された」
「え、じゃあ、あなたユーレイ!?」

 キュッリッキはまじまじとヒューゴを見つめた。

(思えば地面から浮いてるし、光ってて輪郭もぼんやりしているし、心象風景を投影したとか、ユーレイの仕業じゃなくてなんというんだろう!?
 超古代文明の遺跡だって言うから、絶対こういうものはセットなんだね…)

 キュッリッキは虚しく空を仰いだ。
 別にユーレイ自体は怖くはないが、気色悪いとは思っている。しかも相手は1万年も前のユーレイにチガイナイ。ユーレイとはいえ長生きし過ぎである。

「今、ボクのこと、気色悪いとか思ったでしょ」
「えっ!そ、そんなことないもん!」

 明らかに狼狽えながら全力否定する。表情かおが露骨に「気色悪い」と刻んでいた。

「じゃあこれなら、気持ち悪くないかな」

 そう言うと、ヒューゴは両手を大きく広げ僅かに身体を反らせた。すると、全身を覆っていた黄色い光がパッと霧散して、ひとりの青年が姿を現した。
 プラチナブロンドに白い肌、金褐色の瞳が印象的の、感じの好い青年だった。世間ではこれをハンサムというのだろう。

「これでユーレイには見えないよね?」

 地に足をつき、キュッリッキを覗き込むように笑う。人懐っこそうな笑顔につられて、キュッリッキは苦笑した。

「ところで、アタシになんの用なの? みんなのところへ戻らないと、アタシじゃなくて仲間が叱られちゃうの」
「なんで叱られちゃうんだい?」

 不思議そうに問われ、キュッリッキはバツの悪そうな顔で目線を逸らせた。

「前に別の遺跡の中で、怪物に襲われて大怪我したの。遺跡の中に入ったのはアタシの勝手だったのに、ベルトルドさんもアルカネットさんも、みんなが悪いって怒るの。みんなは悪くないし、アタシのせいなのに……。だからまたこうしてはぐれちゃって、それがバレちゃったらみんなが怒られちゃうもん」
「そりゃ、ベルトルドとアルカネットってひとが怒るのは当然だよ。キミが危険な目に遭うのは絶対に阻止し、守らなきゃいけないんだから」
「どうして? アタシ別にお姫様でもなんでもないよ? 仲間の一人ってだけなんだから」
「キミはお姫様以上の存在さ。それを守れず危険な目に遭わせて大怪我をさせたのなら、問答無用の処刑モンだよ?」
「……言ってる意味が判んない」

 何だか噛み合わない、とキュッリッキは困惑した。

「ユリディスと同じ力を持つキミは、特別な存在だ。そのキミを守れないなら、役立たずもいいところさ…」

 どこか自分自身を責めるような言い方だった。
 彼は守れなかったのだろうか? ふとキュッリッキは思った。

「守れなかったんだ……。ユリディスも、そして愛するイーダも…。ボクとイーダは反逆者たちに騙され、ユリディスから引き離された。イーダは……ボクの目の前で反逆者たちに陵辱されて殺されたんだ」

 怒りを突き抜けてしまったような、殺伐とした表情でヒューゴは呟くように言った。怒りとやるせなさと、深い悲しみを滲ませた声で。
 ヒューゴは一旦目を伏せ、そしてキュッリッキを見た。

「キミは、絶対守られなければならない存在だ。多大な犠牲を払っても、守るべき存在なんだよ」

 確かにレアと呼ばれる召喚〈才能〉スキルを持っているが、自分のどこが他人を犠牲にしてまで、守られなければならないか見当もつかない。

(片方の翼は未発達で、空を飛ぶこともできない。出来損ないの自分が、どうしてそこまで言われるの?)

 キュッリッキの頭は、ますます混乱していた。

「アタシ、アイオン族だけど片方の翼がナイの、生まれた時から…。だから親にも捨てられたし、イルマタル帝国も見捨てたし、全然特別なんかじゃないよ」

 言葉に出すだけで、胸が締め付けられるほど苦しくなる。
 本当に特別な存在なら、親に捨てられることもなく、国にも見捨てられなかったはずだ。それこそ、他の召喚〈才能〉スキルを持って生まれた者たちのように、生国に保護され大切にされていただろう。

「ライオン傭兵団のみんなは、仕事仲間だもん。護衛なんかじゃない。アタシだって、プロの傭兵なんだから!」

 キッと力強くヒューゴを睨む。

「傭兵って………キミが!?」

 驚いたように目を見開き、ヒューゴはキュッリッキを食い入るように見つめた。

「驚いたな、それだけ時代が変わったってことなのか……? 随分と無茶をさせるんだな、今の国は」

 召喚〈才能〉スキルを持つ者が傭兵をしているなど前例がないらしいが、キュッリッキはギルドに正式に認められた傭兵である。

「しかし何故キミみたいに綺麗な女の子が、傭兵なんて野蛮なものに志願したんだい? 試してみたいのなら、もっとほかの安全な職業を選べばいいのに。自らを危険にさらすような真似をするなんて」
「好きでそうしたんじゃないんだから!!!」

 たまらずキュッリッキは怒鳴った。叱るように言われて、カッと頭に血が上る。

「アタシだって捨てられなきゃ普通に育ってたもん! 傭兵なんてやらずにすんだんだもん!! でもしょうがないじゃない、生きなきゃいけなかったんだから」

 こみ上げてくる怒りのために、息遣いが粗くなる。握った拳が震えた。これまでの生き方を否定されるのは我慢がならなかった。

「アタシだって普通の女の子のようになりたかった! お父さんとお母さんに優しくしてもらいたかったもん!」

 綺麗な洋服や美味しい食べ物を売っている店が並ぶ街を、家族でショッピングしながら歩くことに憧れた。同い年の女の子たちと、勉強をしたりスポーツを楽しんだり、他愛ないお喋りをする。そんな当たり前の世界に、心底憧れた。
「おかえりなさい」「いってらっしゃい」そう言ってくれる家族の存在が欲しかった。
 キュッリッキには何もない。片翼で生まれてきた、それだけで人生は狂ったのだ。
 いつも思っている。

「それは自分のせいなの? そういうふうにアタシは生まれたかったの?」

 生まれてきてしまったのだからしょうがない、などと、判りきっていることを言われたくもない。

(こんな、いつからユーレイになっているか判らないようなやつに、何も知らないくせに、したり顔でとやかく言われる筋合いなんてない!)

 思い出したくないことまで奔流のようになって、目まぐるしく頭の中を駆け抜けていった。

(生まれや育ちの不幸は、何も自分だけじゃない。自分だけが特別じゃないことくらい判っているつもり。でも、楽しい思い出よりも、辛い思い出の方が勝るのが悔しくてしょうがないのに)

 怒りの中に複雑な感情を浮かべるキュッリッキの顔を見つめ、ヒューゴは苦笑った。

「ごめん、キミのことなにも知らないのに、色々言って。ただ本当に、キミは守られなければならないんだ。フリングホルニに着てしまったから、とても不安なんだよ」
「…フリングホルニ?」
「そう、この遺跡の名前さ」
「エルアーラって名前じゃないんだ…?」
「フリングホルニが正式名称。まあ、名前なんてなんでも構わないけど。今はまだ起動装置が運び込まれていないから、全機能は稼働できないけどね」

 ヒューゴは悔しげな表情で口元に歪んだ笑みを浮かべると、小さく嘆息した。

「命尽きる寸前、ボクは自分の意識と力をここに封じた。いつかキミのように、ユリディスと同じ力を持つコが訪れた時のために」
「…なぜ?」
「ヤルヴィレフト王家の歪んだ野望を止めるため」

 するとヒューゴの周りに7つの青い玉が現れた。キュッリッキはびっくりして目を見開く。

「なに、それ?」
「ボクの力を具現化したものだよ。ボクの力は大雑把にわけると、こうして7つになるんだ」

 ビー玉より少し大きめの青い玉は、ふよふよとヒューゴの周りに浮いている。

癒しの力ラーカリ召喚の力ハアステ魔法の力ノイタ戦闘の力ソトリ操る力マニプロイダ守る力シントパピン探る力ヴァコウヤ

 それぞれ玉を指し名を告げるが、キュッリッキにはチンプンカンプンだった。何故なら玉は全て同じ大きさ、同じ色をしているからだ。
 ヒューゴはキュッリッキを振り向くと、にっこりと笑った。

「ボクの力は《ゲームマスター》、この力をキミにあげる…ユリディスと同じ力を持つ少女」

 キュッリッキのほうへヒューゴが手を差し伸べるように向けると、7つの玉はゆっくりと飛んで、キュッリッキの身体の周りをくるくると回って浮かんだ。
 目をぱちくりさせるキュッリッキに、ヒューゴは更に笑みを深めた。

「キミは必ずヤルヴィレフト王家に狙われるだろう。ユリディスが死に、フェンリルが掟を破って猛威を奮ったけど、ヤルヴィレフト王家の野望は潰えていない。このフリングホルニにヤルヴィレフト王家の血の波動を感じるから」

 キュッリッキには、ヤルヴィレフト王家という名前に心当たりがなかった。

「アタシを狙ってるヒトはいるみたい。でもそれはソレル王国のメリロット王家? の王様だって聞いてる」
「ああ…今は分家筋がソレル王になっているんだ。そのソレル国王というのが、ヤルヴィレフト王家の末裔なんだよ」

 あまり馴染みのある王家の名前ではなかったが、ヤルヴィレフトという王家の名前は、知らないはずなのに何だか不快感を感じていた。

「いいかい、絶対にキミの仲間たちに守ってもらうんだよ。そしてヤルヴィレフト王家に捕まったりしないで。ユリディスと同じ運命を辿らせたくない。誰を犠牲にしてでも守ってもらいなさい」

 慈愛のこもった眼差しで見つめられ、キュッリッキは何故か寂しさを感じていた。

「引き止めちゃって悪かったね。さあ、みんなのところへお帰り」

 ヒューゴは無邪気な表情を浮かべると、片手をあげて「バイバイ」と手を振った。

「あ……」

 その瞬間、あたりは眩しく発光し、白い光に包まれた。


* * *


 エルアーラ遺跡の中の入口付近で、ライオン傭兵団は未曾有の危機に直面し、右往左往していた。
 一緒にいたキュッリッキが、忽然と姿を消してしまったのだ。
 彼女に付き従うフェンリルとフローズヴィトニルの仔犬2匹は取り残されたまま、2匹を置いてキュッリッキが黙って姿を消す道理がない。

「あ~~~ん、わずかな時間でドコいっちゃったのよぉおおお」

 頭を両手で押さえながら、フロア内をうろうろ歩くマリオンが喚く。

「地上にもいねえ、先に遺跡の中に駆け込んでいったわけでもなさそうだし、困ったなおい」

 そんなマリオンに同意の頷きを返しながら、タバコを忙しなくふかしてギャリーは腕を組んだ。
 キュッリッキがいないことに気づいたメルヴィンが声を上げてから、すでに30分は経過している。
 魔法を使ってシビルがキュッリッキを探索したが、遺跡の中にキュッリッキの気配を感じただけで、位置の特定には至ってない。気配は曖昧だし、遺跡の構造がよくわからないうえ、与えられている簡素な地図では二次災害を招きかねない。それにルーファスとマリオンの念話にも応じる気配がなかった。
 フェンリルとフローズヴィトニルがじっと動かないところを見ると、生命の危険に見舞われているようではないと推察した。それに万が一行き違いがあったら困るので、フロアを動かず待機している。

「あんときみたいなコトに、なってなきゃいいんだが……」

 降りてきた時の仮設階段に腰を下ろしていたザカリーが、落ち込んだ様子で俯きながらボソリと言った。

「もしそんな状況だったら、このちび助たちが真っ先に動いてるだろう」

 ギャリーは組んだ腕から人差し指だけ出して、足元の2匹を指す。そして心中を察したように、拳でコツンとザカリーの頭を軽く小突いた。
 ザカリーの言うあんときとは、数ヶ月前にソレル王国ナルバ山の遺跡で起こった事件のことだ。あの事件はいまだ、ライオン傭兵団の皆の心に重くのしかかっている。
 冷たい石畳の上で血まみれになり、息も絶え絶えのキュッリッキの姿を見たとき、皆愕然としたのだ。
 凄い力を持つという召喚士でありながら、何故あんなことになったのだろうか。僅かな時間で様々な奇跡を見せてくれた少女が、怪物相手になす術もなかったのかと。
 力が封じられていたことは後日知ったことだが、力を封じられれば何もできない、非力な少女でしかない。召喚士とはそのようなものなのかと、痛烈に思い知らされた。
 実際召喚士など目にし、接したのは初めてのことである。
 〈才能〉スキルが判明すれば即座に国の保護下に置かれ、ハワドウレ皇国ならばハーメンリンナの中に隠され、一般の目に晒されることなどないからだ。希に軍事演習の時にチラリと姿を見る機会があった者は幾人かいたが、キュッリッキのように傭兵として一般人の中をうろうろする召喚士など前例がない。
 神の世界アルケラから、そこに住むモノたちを招いて行使できるのが召喚士である、と一般的には知らされている。なので、”凄い”とか”強い”などという思い込みがあったのは否定できない。
 神の力を操れるということは、すでに人間離れしている。できないことは何もなく、その身を危険にさらされるなどありえないと。だが、力を封じられれば、ただの人間なのだ。
 召喚士のこと、キュッリッキのことをよく知らないままで招いた油断が、あのような悲劇を生んでしまった。そのことを後悔し続けている。
 ベルトルドとアルカネットが遺跡の事件のことで、ライオン傭兵団を厳しく批難し続けることは、逆にキュッリッキの心を傷つけている。それは2人も判っていた。判っているが、責めずにはいられない。
 キュッリッキは軽率な行動を取った結果なのだからと反省し、皆が怒られることを気に病んでいた。
 経緯はどうあれ、キュッリッキが死にかけたのは事実であり、身体にも心にも深い傷を負わせた責任を痛感している。だからベルトルドとアルカネットから責められることを、皆は甘んじて受け止めているのだ。
 そして今の事態、またキュッリッキが危険な目に遭い、怪我など負っていたら目も当てられない。彼女はこの傭兵団の中で最年少であり、まだ19歳の少女だ。
 鉄の棘ムチでアルカネットにしばかれながら、ベルトルドの臓腑を抉る説教で責め立てられるのはナントカ我慢できる。しかし再びキュッリッキが傷つくのは耐えられそうもなかった。
 すっかり困り果て、無言が辺りを包む中、突如フロアの天井が強烈に発光した。

「うきゃっ」
「ぐえっ」

 腕立て伏せをしていたヴァルトの背中に、行方不明だったキュッリッキが突然落ちてきた。

「ふにゃ硬いなー……あれ、ヴァルト?」

 しばしの沈黙のあと、

「キューリ!!!??」

 フロア内に絶叫が轟いた。



「さあ、俺様の背中にわざわざ落ちてきた、その無礼極まるショギョーの説明を聞かせてもらおーかぺちゃぱいめ!」
「……こんなトコで腕立て伏せなんかしてるのが悪いんだよ」

 尊大に腕を組んでふんぞり返るヴァルトを、バツが悪そうに見上げながら、キュッリッキはモゴモゴと反論した。ついでに「ぺちゃぱい」は余計である。

「ハンセーしろハンセー!!」

 ぷいっと明後日の方向に視線を反らせるキュッリッキに、ガミガミ怒鳴るヴァルトを押しのけるようにして、ギャリーが身を乗り出す。

「ったくドコ行ってたんだキューリ! ちゃんと説明しろ!」

 むんずっと大きな掌で頭を掴むと、ぐしゃぐしゃと乱暴にかき回す。

「あああん、頭がぼーぼーしちゃうから止めてよ~~っ」

 ギャリーの手を振りほどこうと、ポカポカっと拳で叩くが効果なし。余計ぐりぐりされて、頭がぼさぼさになってしまった。

「ぼーぼー程度で済むならいいだろがっ!」
「心配しましたよ、本当に何があったんですか?」

 横からメルヴィンが表情を曇らせ覗き込んできて、キュッリッキの頬がさっとバラ色に染まった。深くキュッリッキの身を心配したのが判るほど、メルヴィンの顔は疲れの色を濃くしていた。

「え、えっと……」

 申し訳なさと照れ隠しに視線をついっとそらしつつ、今度はモジモジと両手を組んだりひらいたりしながら、キュッリッキは少し俯いた。

「………ヒューゴっていう大昔のユーレイに連れて行かれて、口論した………」
「………」

 キュッリッキを取り囲んでいた一同は、あまりにも簡潔すぎる内容に、揃って悲鳴のような怒鳴り声を上げた。

「はぁあ!? さっぱりわからーーーーん!!!!!」

 ひゃっと首をすくめて、キュッリッキは目を瞑った。
 みんなの怒っている視線がとても痛い。キュッリッキはなんとも言えない表情で、肩を竦めていた。
 ちゃんと説明したいが、まだ自分でも上手く整理できておらず、ありのままを述べるとどうしてもそうなってしまうのだ。

「だから、ヒューゴっていうユーレイがね、アタシがユリディスと同じ力を持ってて、でヤルヴィレフト王家が狙ってくるだろうから、気をつけろって忠告してくれたの」
「ユリディスって誰? ヤルヴィレフト王家? それどこの国の??」

 シビルが首をひねるが、それに答えられる者はいない。
 こういうことに即答出来そうなブルニタルは任務を外され、マーゴットとともにアジトで留守番している。

「なんでユーレイがンなこと知ってて、わざわざ忠告してくれるンでぇ?」
「アタシだって、よく判んないんだもん」

 口をへの字にしながら、上目遣いでギャリーを見る。「こっちが聞きたいくらいよ」とキュッリッキの黄緑色の瞳が物語っていた。
 大昔にいたユリディスという女の子と同じ力を持っているから、というのが、忠告してくれた理由なのかなとキュッリッキは思っていた。そしてどうも自分が危険な目に遭うのを、嫌がっている風な口ぶりだったのも気になっている。
 更にフェンリルのことも、ほんの少し気になることを言っていた。そのことは後でフェンリルに直接問いただしてみようと考えていると、

「とにかくキューリさんが無事戻って良かった。お説教と尋問はあとにして、任務を再開しましょうか」

 簾のような前髪をかきあげながら、苦笑気味にカーティスが場を収めた。このままだと任務が遅れて、ベルトルドたちに倍叱られそうだ。

「そうですね」

 同意するようにメルヴィンも頷くと、ギャリーが「ちょっとマテ」と、歩き出す一同を制止した。

「どったの?」

 ルーファスが目をぱちくりさせる。

「キューリ、おめーはフェンリルの背に乗って移動だ」

 キョトンとするキュッリッキに、「ああ、そうだね」とルーファスはギャリーに同意した。

「またいきなりユーレイなんぞに、拐かされたら困るしな。フェンリルの背に乗ってりゃいざってときも安全だからそうしろ」

 すると、キュッリッキの命令もなしにフェンリルが身体を大きくし、キュッリッキに乗るように急かせてきた。
 いきなり消えてしまったことを、フェンリルも怒っているのがその行動で露骨に判って、キュッリッキはますますバツが悪そうにうな垂れた。

(アタシのせいじゃないのに……)

 こっそりとため息をついて、やれやれとフェンリルの背にまたがる。

「ついでにコイツらも乗っけてやってくれ」

 ギャリーはシビルとハーマンをつまみ上げると、ぽいっとフェンリルの背に放り投げた。
 シビルはキュッリッキの前に、ハーマンは後ろに座って準備完了だ。
 フローズヴィトニルは自分でフェンリルの頭に飛び乗ると、嬉しそうにブンブンと尻尾を振っていた。
 突然消えたキュッリッキが戻り、ようやくライオン傭兵団は遺跡の中に突入を開始した。
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