片翼の召喚士

ユズキ

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奪われしもの編

5)恐怖のオカマの制裁

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 エーメリ少年は部屋の一角にしゃがみこみ、まめまめしく働いていた。
 彼はオデット姫専属の従者である。なんと、副宰相自らに任命されたのだ。身分は士官候補生の学生だが、異例の大抜擢である。
 シートの外側に撒き散らしてある砂を、小さなブラシでかき集めて砂場に入れる。そして水入れの中の水を替えて、チモシーグラスを新しいものに替えた。
 次に、部屋中に散らばる姫の粗相のあとを、丁寧に掃除していった。

「エーメリ」
「はっ、はい!」

 突如副宰相に名を呼ばれ、エーメリ少年は鯱張って立ち上がった。ごく普通に名を呼ばれただけなのに、背筋に緊張が走りビシッと姿勢が正される。

「毎日オデットの世話をありがとう。礼に褒美をつかわす」
「そ、そんな、勿体のうございます!」
「よいよい。こっちへきて、特別に姫の背中を撫でさせてやろう」

 エーメリ少年は目を輝かせ、カクカクと手足を動かし副宰相のデスクの傍らに立つ。
 恐る恐る手を伸ばし、そのモフモフする背中を指でそっと撫でた。

 つるん。

 柔らかくしなやかで、すべすべとした指触り。エーメリ少年は感動のあまり、ブルッと身震いした。

「気持ちいいだろう」
「はい! 閣下!」
「なぁに少年で遊んでンのよっ!」

 ゴンッ!

「いでっ」

 丸めた書類で力いっぱい脳天を叩かれたベルトルドは、涙目で秘書官のリュリュを見上げる。

「痛いじゃないか」
「おだまり。痛いように叩いたのよ。それとエーメリ、あーたも世話済んだらさっさと下がんなさい」
「はいっ!」

 飛び上がりそうなほど吃驚していたエーメリ少年は、ベルトルドとリュリュに敬礼すると、世話道具を片付けて部屋を逃げ出すようにして出て行った。

「未成年にも通じるオカマの恐怖」
「なにか言ったかしら?」
「なにも言ってません」
「お仕事なさい」
「はい」

 ベルトルドはオデット姫をデスクの隅に置いたカゴに入れると、山のように積まれた書類を上からとった。

「あの子は士官候補生でしょ。ペットの世話に抜擢してどうすンのよ」
「オデットが見つけてきて、あの少年がイイと言うんだ」
「ついに小動物の言葉も判るようになったのあーた…」

 胡乱げなリュリュに、ベルトルドは首を横に振る。

「言葉じゃなく、頭に浮かんだイメージをな、透視したんだ。案の定エーメリ少年相手だと、オデットも機嫌がイイ」

 カゴの中のオデットを見ると、ガーゼのクッションの上で丸くなって眠っていた。
 ネズミウサギと勝手に称したこの小動物は、チンチラという齧歯類だと判明した。ベルトルドの知り合いがたまたま知っていたのだ。
 チンチラを気に入ったベルトルドがやしきに連れ帰ろうとすると、断固拒否した執事のアルカネットの猛反対にあい、泣く泣く自分の執務室で飼うことを決めた。そしてその世話係に、士官候補生のエーメリ少年を選んで就けたのだった。
 そんな暇もないが、自分で世話をする気はないらしい。
 ベルトルドは唇を尖らせて天井を仰ぐ。

「リスやネズミが嫌いだからな、アルカネットのやつ」



 ハンコをぽちっ、ハンコをぽちぽちっ、サインをササッ、そして書類を積み上げる。そんな作業的業務をこなしていると、ベルトルドは斜め前方にある、小さなデスク前のリュリュを見た。

「なあ、今日はキュッリッキの引越しの日だよな?」

 書類にペンを走らせていたリュリュは、顔も上げず「そうね」とだけ答えた。

「引越し祝いを持って行ってやろうかなあ。何がいいだろうか。そだ、こないだの入団テスト合格祝いも追加で持っていかねばならない」
「メモくれたら、アタシが手配して業者に運ばせるわよ」
「バカを言うな。この俺自らが持っていかずしてどうする」
「おバカ言ってるのはあーたのほう。仕事は夜まで山のようにあるんだから、余計なコトはしなくてよろしい」
「フンッ! 仕事なんか後回しでじゅうぶんだ! 俺のキュッリッキの大切な日だぞ」

 白い手袋に包まれた拳をグッと握る。

「あの小娘のことなら、メルヴィンとガエルが引越しの手伝いに行って、ちゃんと済ませてるわよ」
「なっ……なんだとぅ!」

 勢いよくベルトルドは立ち上がる。その拍子にチェアが後ろに弾き飛ばされた。

「あの青二才と野獣め! 俺のキュッリッキを押し倒して好きにしてるとか許さん!」
「……誰がそんなこと言ったのヨ」

 握り拳がフルフルと震え、秀麗な顔は嫉妬に歪んだ。リュリュの言葉は耳に届く前に見えない嫉妬バリアに弾かれている。

「ベッドに縛り付けてアンなコトやコンなコトをっ! 羨ましい…じゃない! ああ、汚らわしくて口にも出せない事をあいつら~~~!」
「おだまり」

 デスクの引き出しから分厚い住所録帳を取り出すと、念動力を使ってベルトルドの顔面に投げつけた。

「フゴッ!」

 念動力で加速したため、本来よりも重くなった分厚い住所録帳を見事顔面に喰らいベルトルドは黙った。声のかわりに涙が滲む。嫉妬バリアでも防げなかったようだ。

「妄想劇場そこで閉幕。さっ、デスクの上の書類を30分で片付けなさい。その後予算案の会議よ」

 後ろに飛んで行ったチェアを拾い、子供のような仕草でストンッとチェアに座る。元の位置に座ったままズルズルと移動しながら、ベルトルドはベソ顔でしくしくとリュリュを見た。

「なー、リュー」
「おだまり」
「ちょっとだけ……10分だけ」
「その10分で書類の山2つは減るわ」
「じゃあ、5分だけ」
「山1つぶん」
「3分」
「……」

 未練がましく粘るベルトルドに「はあ…」と深々溜め息をつくと、リュリュはスクッと立ち上がる。そして、クネッ、クネッと身体をくねらせながら、ベルトルドの傍らに立った。垂れ目を眇め、ベルトルドをジッと見下ろす。

「ベル」

 仰け反りながら恐る恐る見上げてくるベルトルドの顎を、片手でガシッと力強く掴む。

「最近は遠慮してあげてたけど、あーた、お仕置きが必要なようネ?」

 ガタガタとベルトルドが震えだし、次第にリュリュの顔が妖しく微笑み出す。

「このところ、あーたの暴れん棒を咥えてないから、お口の中が寂しくってン」
「やっ……やめっ」
「会議までの30分、根元まで咥えこんで、ね~っとりお仕置きよン」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなっ」
「おとなしくせんかわれえええええええええええっ!」
「いやあああああああああああああああ」

 悲鳴を上げるベルトルドは床に引っ張り落とされると、リュリュの超能力サイによって仰向けに押さえつけられた。そしてベルトを外され、勢いよくズボンと下着がずり下ろされる。

「お嫁にいけなくなるうううううっ!」
「問答無用!」



 いつもならすぐにドアを開けてくれたのに、今日は神妙な顔で敬礼されただけだった。それが不思議で、シ・アティウスは軽く首をかしげてみせた。

「そ……そのっ」
「バカ、黙ってろ」

 左右の衛兵同士、何やら小声で言い合っている。

「……すまないが、すぐにハンコをもらって出発したいんだが?」

 持っていた書類を衛兵の前に突き出して、アピールするようにヒラヒラと振る。

「ですがあ、そのお…」
「ふむ」

 シ・アティウスは眼鏡をかけていて、色付きレンズで表情が判別しにくい。口元にも表情が浮かんでいないから無表情に見えてしまう。そのシ・アティウスの顔を見て左右の衛兵は顔を見合わせると、右に居る衛兵が溜め息をついて顔を上げた。

「リュリュ様のお仕置きが、その、始まったようで…」
「ああ、なるほど」

 シ・アティウスは大きく頷いた。

「それなら問題ない。見慣れてるから」

 ギョッとした衛兵たちに、シ・アティウスは小さく笑ってみせた。

「急ぐから開けてほしい」
「わ、判りました」
「ありがとう」

 衛兵たちはドアを開けて、シ・アティウスが入ったのを確認してドアを閉めた。
 シ・アティウスは奥のデスクの方を見るが、ベルトルドもリュリュもいない。部屋を見回すが見当たらない。

「おや、空間転移でどっかいったのかな?」

 困ったように佇んでいると、デスクの奥からリュリュが立ち上がった。そしてシ・アティウスのほうへ目をくれる。

「あらん、シ・アティウスじゃない」
「いた」

 ボソリと呟き、シ・アティウスはデスクのほうへと行く。

「居ないのかと思った」
「あら、ごめんあそばせ。ちょっと、ベルにお仕置きしてたから」

 語尾にハートマークでもつきそうな顔で、ニッコリとリュリュは笑う。心なしか肌がツヤツヤして見えた。

「ベルトルド様は?」
「あン、すぐパンツとズボンはかせるから、ちょっと待っててん」

 嬉しそうな顔でリュリュはしゃがむと、身動きしないベルトルドを着替え直してやる。

「もうお仕置きはすんだのか」
「ええ、とっても美味しかったわ」
「そうか」
「見たかったの? あーたも好きねえ」
「いや、見たら暫く笑いが止まらなくなる」
「あら失礼しちゃう。アタシの口は、とぉーっても上手いンだから」

 拗ねたようなリュリュから目を背け、

「オカマは怖いな…」

 囁くように呟いた。が、

「なんか言った?」
「いや、なにも」

 オカマは地獄耳、と胸中でさらに呟く。

「ちょっとベルぅ、シ・アティウス来てるわよ」

 リュリュが顔をペチペチ叩くが、ベルトルドは魂が抜けたように気絶して白目をむいていた。「昇天するほど気持ちよかったのねン」などとリュリュは言いながら嬉しそうにベルトルドの顔を舐める。

「起きそうもないな。すまないがハンコ勝手に借りるぞ。時間がない」
「イイケド、例のソレル王国の?」
「そうだ。ナルバ山の遺跡調査へ行ってくる」

 シ・アティウスは勝手にハンコにインクをつけて、書類にペタペタ押しまくった。
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