片翼の召喚士-sequel-

ユズキ

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後日談編

どうやって飛ぶの?

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 クリスマスを前日に控えた青空の下、キュッリッキとヴァルトは、庭で向かい合って立っていた。しかも寒い中、2人とも薄着である。

 様子を見に来たライオン傭兵団は、テラスに陣取り2人を見守る。

 やがて組んでいた腕を解くと、ヴァルトは両手を腰に当ててふんぞり返った。

「いいかペチャパイ! この俺様ジキジキに教えてやるんだ、しっかり覚えろよ!」

「ペチャパイって言うな!」

 今にも噛み付きそうな顔で、憤慨しながらキュッリッキは怒鳴った。胸の大きさをいまだに弄ってくるのはヴァルトくらいである。

「フンッ、言わなくったってオマエはペチャパイだ」

「きいいいいいいっ」

 キュッリッキは両拳をグッと握ると、ヴァルトの胸をポカスカ叩いた。

「バカ、アホ、バカヴァルト!!」

「この非力め、痛くもないわ!」

 ガハハハハと笑うヴァルトと、半泣きで怒るキュッリッキを見て、ギャリーはゲッソリとため息をつく。

「何を兄妹喧嘩やってんだ、あいつら」

「ホント、ああしてみると、兄妹みたいだよねえ」

 呆れた様子のギャリーのボヤキを受けて、ルーファスが面白そうに笑った。

 お互い金髪で色白、美貌の極みの顔立ちだ。しかもノリまで似ているので、他人が見たら兄妹と信じてもおかしくはない。

「ヴァルトのやつ、ちゃんと教えられるのか?」

 珍しくガエルが心配そうに呟く。

「多分、大丈夫じゃない?」



 1時間前、それは唐突に起こった。

 家庭教師のグンヒルドによる授業は、クリスマス休暇に入っていてお休みで、キュッリッキは出された宿題を勉強部屋で黙々とこなしていた。

「ふみゅ…」

 突然背中がムズ痒くなり、身体をモゾモゾと揺り動かす。しかし痒みは治まらず、たまらずペンを放り出して立ち上がった。

「なんだろう、なんだろう」

 誰もいない部屋で一人、キュッリッキはぐるぐると室内を歩き回る。

「ああんもう!」

 思い切り叫ぶと、その拍子にバッと翼を生やした。

 あまりに挙動不審なキュッリッキを心配し、フェンリルは影からスルリと出てくると、広がった翼を見て目をパチクリさせた。

「キュッリッキよ」

「うん?」

「鏡を見てみろ」

「う、うん」

 窓際に立てかけられている姿見の鏡の前に立ち、キュッリッキは大きく目を見開いた。

「翼が…、大きさが揃ってる」

 亡きベルトルドがくれた、片方の翼。その小さく生えていた翼が、今は両方同じ大きさに育っていた。

「これって、これって」

 ムズムズとした感触が足元からせり上がってきて、言葉にならない様子で何度も何度も鏡を覗き込む。

 神々によって奪われていたキュッリッキの片方の翼は、ベルトルドによって取り返された。

 19年経ってやっと、キュッリッキは本来の片翼を取り戻し、今こうして大きさが揃ったのだ。

「おんなじ大きさだ……」

 感無量のキュッリッキに、フェンリルは大きく頷いた。

「良かったな」

「うん!」

「そうだ、試しに飛んでみるがいい」

 フェンリルは何気なく言ったつもりだ。しかしキュッリッキは笑顔から突如神妙な顔になると、

「ねえフェンリル……」

「なんだ」

「…どうやって飛べばいいの?」

 可愛らしく首をかしげた。



「バカヴァルトいる!?」

 談話室代わりになっているスモーキングルームに飛び込み、キュッリッキは大声でヴァルトを呼んだ。

「慌ててどったの? キューリちゃん」

 エロ雑誌を熱心に見ていたルーファスが、室内を見回すキュッリッキを見上げた。

「ヴァルトに用があるの。――あれぇ、いない」

「ヴァルトさんなら庭にいますよ。のーきん組でトレーニングだそうです」

 シビルが窓の外を小さな指で示す。

「ありがと!」

 そう言ってキュッリッキは室内を飛び出していった。

「ヴァルトに用があるなんて珍しいね、キューリ」

 ワゴンに乗せられたままのティーポットから、カップに紅茶を注ぎ込みながらランドンが呟く。

「イタズラでも思いついたのかな」



 寒さにも負けないくらい全身汗だくになりながら、上半身裸のヴァルトは腕立て伏せをしていた。

「腕立て伏せ、あと1万回だ」

「ぬおおおおお!!!」

 ヴァルトの傍らで両腕を組みながら、ガエルが淡々と告げた。そのガエルの頭の上では、子ウサギのヘリアンがちょこんと乗って、鼻をヒクヒクとさせていた。

 だだっ広い芝生の庭には、のーきん組たちが熱心にトレーニングをしてる。毎日の鍛錬を欠かすと、いざ仕事の時に身体がついていかない。

 ほぼ毎日午前中は、こうして皆で身体を動かしていた。

 そこへ、

「ヴァルト~!」

 キュッリッキが叫びながら庭に出てきた。

「あん?」

 腕立て伏せを止めず、ヴァルトは険悪な目つきでキュッリッキをジロリと睨んだ。

「ねーねーお願いがあるの」

「俺様はトレーニングでいそがしーんだ!」

「そんなのちょっとくらいサボったっていいじゃない」

「うっせーな、オマエもその貧弱な身体をキタエロ」

「アタシ別に困ってないもん」

 愛らしい唇をツンと尖らせ、キュッリッキはヴァルトの横にしゃがみこんだ。

「これ見て見て」

 そう言ってキュッリッキは翼を生やす。

 おお、とその場に居合わせたのーきん組みが、感嘆の声を漏らした。

「キューリおめえ、翼の大きさ揃ったんだなあ」

「うん!」

 嬉しそうなキュッリッキに、ギャリーは不敵な笑みを浮かべた。

 その様子を見て察しがついたのか、ヴァルトは腕立て伏せを止めて立ち上がった。

「飛び方オシエロってことか」

「そうなの!」

 キュッリッキは仰け反るようにヴァルトを見上げる。

「アタシ飛ぶ訓練とか練習とか、やったことないでしょ――したくてもできなかったから、だから、飛び方が判らないの」

 赤ん坊がやがて二足歩行をするように、アイオン族は7歳になると当たり前のように飛べるようになる。風の流れを掴み、空を舞う。

 しかしキュッリッキは生まれつき片翼だった。飛ぶことも叶わなかった。だから飛び方が判らない。

 それがヴァルトには判っている。

「しゃーねーな。まずは、翼をパタパタ動かしてみろ」

 ヴァルトは腕を組み、自分も翼を生やす。そして、バサバサと翼を動かした。

「うんと……」

 キュッリッキは意識をこらす。

「あれ?」

 翼は少し揺れただけで、パタ、とも動かなかった。

「オマエ……先は長そーだな…」

「……」

 キュッリッキは憮然と口をへの字に曲げた。
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