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『魔女の呪い』編
18話:急かさないでね
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リビングルームにはモンクリーフが寝ていて、レディたちの寝室に押し掛けることも出来ない。病室で寝るのも気が引けて、レオンとフィンリーは小屋の外にハンモックを用意してもらっていた。
「夜だし森の中だけど、暗くないし明るすぎない、気温も穏やかで過ごしやすいっすね、団長」
「全くだ。かえって外のほうが快適な気がしてくる…」
隣り合ったハンモックに横たわりながら、レオンは穏やかに笑った。
どの木々も青緑色の水晶のようで、それ自体が柔らかな光を帯びている。天井は葉に覆われて見えないが、雨が降っても濡れる心配が湧いてこない。
静かだが、時折透明な音が小さく聞こえてきて耳に心地よい。
「美しい森だな…。どこか温かで包容力を感じる」
ぽつりと呟いて、レオンは目を閉じる。
「そうだな、ロッティとよく似ている雰囲気だ」
「あれ~?もう名前呼びっすか」
からかうような口調のフィンリーに、レオンは思わず赤面して身を乗り出した。
「い、いや、彼女が名前で呼んで欲しいと」
「”癒しの魔女”っていうのは、所謂通り名ですしね」
クスクスと笑うと、フィンリーは仰向けになった。
「バタバタしていてそれどころじゃなかったが…、お前のメイブ殿への恋愛感情には、心底驚いているんだが?」
仕返しとばかりにツッコンでくるレオンに笑って、フィンリーは両手を頭の後ろで組んだ。
「なんつーか、直感?でビビッとキたんですよ。ああ、この子は俺の運命の人だ!って天啓が下りました」
「だが、相手はその…ヒヨコ、だぞ?」
「そうなんっすけどねー」
「結婚して家庭を持つにしても、子供は多分…無理だろう…」
「あっはははは」
一瞬目が点になり、そして両足をばたつかせてフィンリーは笑った。
「団長も知ってるように、俺は貧乏男爵家の次男坊ですよ。幸い兄貴は健康そのもの、酒と麻薬に手を出さなければ、100歳まで生きちゃいそうなほど元気だ。
兄貴の後継者も生まれてるし、俺の出番はシャフツベリー男爵家にはナイんです」
陽気な笑顔のまま、なんでもないことのように言う。
「俺は、所帯を持ちたいとか、そんなことはどうでもイイんですよ。メイブたんが持ちたいなら持つし、子供が欲しいなら、俺がヒヨコになれば済む話だし」
「えっ」
「魔法で変えてもらえばいいじゃないっすか」
「そ…それはそうだが…」
ヒヨコになったフィンリーを想像して、レオンは渋面を作った。魔女たちとかかわりをもったことで、現実的な話に聞こえてきてゲッソリとする。
フィンリーは王都リベロウェルの街でも王国社交界でも、ハンサムでモテモテの大人気者だ。常に女性たちに引っ張りだこで、1人の女性に落ち着くようなイメージがわかない。それが急に恋に盲目一直線になった相手が、魔女の使い魔のヒヨコなのだ。
ロッティになら判るが、何故ヒヨコになのだろう。
王国でその話が広まれば、大変な大騒ぎになるのは目に見えている。
もちろんレオンに言う気はないが、フィンリー自身が暴露しそうではあった。
「可愛いんです、メイブたん。繊細な心を持ってて、優しくって、気遣いが出来て。あんなに心の奇麗な人間の女っていないでしょタブン?
とにかく愛おしくて愛おしくて、心が求めてやまないんですよ。それに俺はメイブたんと一緒に居られれば細かいこだわりはナイ。800歳の超年上でも問題ないっす!」
キリっとサムズアップしてみたが、フィンリーは”ハッ”となって口を塞ぐ。
「お口が滑り台しちゃった」
「は…800歳…?」
桁が一つ多すぎる気が…、とレオンは眉間に力を込めた。
「俺は年の差なんて、気にしません!」
フィンリーは陽気に笑い飛ばした。
笑いに包み込むその横顔を見て、レオンは小さく微笑んだ。
(レッドディアー近衛騎士団の中で、気安く接することのできる数少ない部下がフィンリーだ。
あまり貴族臭がせず、明るく気さくで話しやすい。喧嘩を丸く収めるのが上手く、遺恨を残さないように立ち回ってくれる。それでも貴族の子弟で結成されている近衛騎士団の中では、どこか浮いた存在だ。
家の都合で騎士団に籍を置いている。だから今回の件で旅に同行してきたのは、メイブ殿に惚れたこともあるけど、自由になりたかったのかもしれないな)
特権意識を振りかざしてくる騎士団内のゴタゴタからも解放されて、もっとのびのびと振舞いたいのだろう。王国の存在は、フィンリーにとって窮屈なのかもしれなかった。
「さあ、もう寝よう」
そう隣に声をかけたが、すでにフィンリーは熟睡していた。
レオンは少しの間呆気にとられたが、苦笑すると目を閉じた。
* * *
「おねーさま、水着持った?」
「バッチリよ。服の下に着ているわ」
「さっすがおねーさま。アタシも水着で行こうかなあ」
モンクリーフは大きな旅行鞄に、ぎゅうぎゅうに衣服を詰め込んでいる。まるで観光旅行にでも行くような荷物量だ。
一方ロッティの荷物は小さくまとまっているが、何故かビーチボールを持っている。
翌朝、朝食が済むと魔女2人は、何やら荷物をまとめていた。
「あ…あの…ロッティ?」
「なあに?」
「水着やビーチボールは…」
「ああ」
ロッティは妙に陽気な表情を浮かべてにっこり笑う。
「本当は2,3日『癒しの森』に居たほうが良いんだけど、ブルーリーフ島へ行ってあなたたちに『フェニックスの羽根』捜索は任せて、私とモンクリーフは少し休憩をするわ。その為の準備よ」
「…なるほど。『フェニックスの羽根』の捜索はお任せください」
納得したようなしてないような、釈然としない表情になりつつもレオンは頷いた。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[レオンしゃんは、不謹慎に感じているようですね]
「まあ、どう見ても”バカンスへ行ってきます!”って荷物だしねえ」
離れたところで様子を見ていたメイブとフィンリーは、3人には届かないように声をひそめた。
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」
訳:[ご主人様、苛立ちと、ちょっと焦っているような感じなのです」
「……お口が滑り台しちゃった件?」
「ぴっ、ぴよ…」
訳:[くっ、そうです…]
ダラダラ汗を流しながら、メイブは視線を泳がせた。
昨夜のロッティは、メイブを慰めようと穏やかな表情をしていて気付かなかった。今は不自然なほどの陽気さを顔に貼り付けている。
そのことにメイブは不穏な空気を感じて、困ったように頭上の双葉を揺らした。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[フィンリーしゃん、あとでこっそりレオンしゃんに言って下さい]
「なになに?」
メイブはジッとレオンの後ろ姿を見つめる。
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ…」
訳:[絶対にご主人様を急かさないで。ご主人様はじゅうぶん急いでいらっしゃいますから、信じてほしいと…]
「うん、必ず伝えておくよ」
モンクリーフと海水浴のことで会話を弾ませるロッティの表情を、メイブは不安げに見つめた。
(400年前にもお見せになったことのあるあの表情。あれは、とても我慢をしていて、葛藤があるという証拠なのです…)
「夜だし森の中だけど、暗くないし明るすぎない、気温も穏やかで過ごしやすいっすね、団長」
「全くだ。かえって外のほうが快適な気がしてくる…」
隣り合ったハンモックに横たわりながら、レオンは穏やかに笑った。
どの木々も青緑色の水晶のようで、それ自体が柔らかな光を帯びている。天井は葉に覆われて見えないが、雨が降っても濡れる心配が湧いてこない。
静かだが、時折透明な音が小さく聞こえてきて耳に心地よい。
「美しい森だな…。どこか温かで包容力を感じる」
ぽつりと呟いて、レオンは目を閉じる。
「そうだな、ロッティとよく似ている雰囲気だ」
「あれ~?もう名前呼びっすか」
からかうような口調のフィンリーに、レオンは思わず赤面して身を乗り出した。
「い、いや、彼女が名前で呼んで欲しいと」
「”癒しの魔女”っていうのは、所謂通り名ですしね」
クスクスと笑うと、フィンリーは仰向けになった。
「バタバタしていてそれどころじゃなかったが…、お前のメイブ殿への恋愛感情には、心底驚いているんだが?」
仕返しとばかりにツッコンでくるレオンに笑って、フィンリーは両手を頭の後ろで組んだ。
「なんつーか、直感?でビビッとキたんですよ。ああ、この子は俺の運命の人だ!って天啓が下りました」
「だが、相手はその…ヒヨコ、だぞ?」
「そうなんっすけどねー」
「結婚して家庭を持つにしても、子供は多分…無理だろう…」
「あっはははは」
一瞬目が点になり、そして両足をばたつかせてフィンリーは笑った。
「団長も知ってるように、俺は貧乏男爵家の次男坊ですよ。幸い兄貴は健康そのもの、酒と麻薬に手を出さなければ、100歳まで生きちゃいそうなほど元気だ。
兄貴の後継者も生まれてるし、俺の出番はシャフツベリー男爵家にはナイんです」
陽気な笑顔のまま、なんでもないことのように言う。
「俺は、所帯を持ちたいとか、そんなことはどうでもイイんですよ。メイブたんが持ちたいなら持つし、子供が欲しいなら、俺がヒヨコになれば済む話だし」
「えっ」
「魔法で変えてもらえばいいじゃないっすか」
「そ…それはそうだが…」
ヒヨコになったフィンリーを想像して、レオンは渋面を作った。魔女たちとかかわりをもったことで、現実的な話に聞こえてきてゲッソリとする。
フィンリーは王都リベロウェルの街でも王国社交界でも、ハンサムでモテモテの大人気者だ。常に女性たちに引っ張りだこで、1人の女性に落ち着くようなイメージがわかない。それが急に恋に盲目一直線になった相手が、魔女の使い魔のヒヨコなのだ。
ロッティになら判るが、何故ヒヨコになのだろう。
王国でその話が広まれば、大変な大騒ぎになるのは目に見えている。
もちろんレオンに言う気はないが、フィンリー自身が暴露しそうではあった。
「可愛いんです、メイブたん。繊細な心を持ってて、優しくって、気遣いが出来て。あんなに心の奇麗な人間の女っていないでしょタブン?
とにかく愛おしくて愛おしくて、心が求めてやまないんですよ。それに俺はメイブたんと一緒に居られれば細かいこだわりはナイ。800歳の超年上でも問題ないっす!」
キリっとサムズアップしてみたが、フィンリーは”ハッ”となって口を塞ぐ。
「お口が滑り台しちゃった」
「は…800歳…?」
桁が一つ多すぎる気が…、とレオンは眉間に力を込めた。
「俺は年の差なんて、気にしません!」
フィンリーは陽気に笑い飛ばした。
笑いに包み込むその横顔を見て、レオンは小さく微笑んだ。
(レッドディアー近衛騎士団の中で、気安く接することのできる数少ない部下がフィンリーだ。
あまり貴族臭がせず、明るく気さくで話しやすい。喧嘩を丸く収めるのが上手く、遺恨を残さないように立ち回ってくれる。それでも貴族の子弟で結成されている近衛騎士団の中では、どこか浮いた存在だ。
家の都合で騎士団に籍を置いている。だから今回の件で旅に同行してきたのは、メイブ殿に惚れたこともあるけど、自由になりたかったのかもしれないな)
特権意識を振りかざしてくる騎士団内のゴタゴタからも解放されて、もっとのびのびと振舞いたいのだろう。王国の存在は、フィンリーにとって窮屈なのかもしれなかった。
「さあ、もう寝よう」
そう隣に声をかけたが、すでにフィンリーは熟睡していた。
レオンは少しの間呆気にとられたが、苦笑すると目を閉じた。
* * *
「おねーさま、水着持った?」
「バッチリよ。服の下に着ているわ」
「さっすがおねーさま。アタシも水着で行こうかなあ」
モンクリーフは大きな旅行鞄に、ぎゅうぎゅうに衣服を詰め込んでいる。まるで観光旅行にでも行くような荷物量だ。
一方ロッティの荷物は小さくまとまっているが、何故かビーチボールを持っている。
翌朝、朝食が済むと魔女2人は、何やら荷物をまとめていた。
「あ…あの…ロッティ?」
「なあに?」
「水着やビーチボールは…」
「ああ」
ロッティは妙に陽気な表情を浮かべてにっこり笑う。
「本当は2,3日『癒しの森』に居たほうが良いんだけど、ブルーリーフ島へ行ってあなたたちに『フェニックスの羽根』捜索は任せて、私とモンクリーフは少し休憩をするわ。その為の準備よ」
「…なるほど。『フェニックスの羽根』の捜索はお任せください」
納得したようなしてないような、釈然としない表情になりつつもレオンは頷いた。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[レオンしゃんは、不謹慎に感じているようですね]
「まあ、どう見ても”バカンスへ行ってきます!”って荷物だしねえ」
離れたところで様子を見ていたメイブとフィンリーは、3人には届かないように声をひそめた。
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ」
訳:[ご主人様、苛立ちと、ちょっと焦っているような感じなのです」
「……お口が滑り台しちゃった件?」
「ぴっ、ぴよ…」
訳:[くっ、そうです…]
ダラダラ汗を流しながら、メイブは視線を泳がせた。
昨夜のロッティは、メイブを慰めようと穏やかな表情をしていて気付かなかった。今は不自然なほどの陽気さを顔に貼り付けている。
そのことにメイブは不穏な空気を感じて、困ったように頭上の双葉を揺らした。
「ぴよぴよぴよ」
訳:[フィンリーしゃん、あとでこっそりレオンしゃんに言って下さい]
「なになに?」
メイブはジッとレオンの後ろ姿を見つめる。
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよ…」
訳:[絶対にご主人様を急かさないで。ご主人様はじゅうぶん急いでいらっしゃいますから、信じてほしいと…]
「うん、必ず伝えておくよ」
モンクリーフと海水浴のことで会話を弾ませるロッティの表情を、メイブは不安げに見つめた。
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