6 / 23
『魔女の呪い』編
5話:魔女の誓約
しおりを挟む
”霊剣の魔女”モンクリーフに案内され、ロッティとメイブはチェルシー王女の部屋に到着した。
「ぴよぴよ」
訳:[ピンクのバラの花に、ピンクの布、お部屋の中はピンク色でいっぱいなのです]
レオンの肩から離れ、メイブは背中の翼でパタパタ室内を飛び回る。
チェルシー王女の部屋は淡いピンクの物で溢れ、窓から差し込む光で優しい雰囲気を漂わせていた。しかし豪奢なベッドの上に寝かされたチェルシー王女の周りには、悲しみに打ちひしがれる国王や臣下たちが群がり泣いていた。
「国王陛下、”癒しの魔女”ロッティ・リントン様がお越しくださいましたよ」
モンクリーフが国王に告げると、俯いていた国王はゆるゆると表を上げた。
「おお…そなたが御高名な”癒しの魔女”殿か?どうか、どうか、不憫な姫をお助け下さい、どうか、どうか…」
国王は膝立ち歩きでロッティの前まで来ると、その足元に泣き崩れた。
ロッティはちょっとためらった後、労わるように小さな手を国王の肩に置いた。
掌から国王の悲しみの感情が伝わってきて、ロッティは目を伏せた。
「お立ち下さい陛下。これから王女様を診ます。陛下や皆様は外へ出ていてくれますか?」
「判り申した…」
伏していた国王は、臣下達に支えられて部屋を出て行った。
チェルシー王女の枕元に降り立ったメイブは、部屋を出ていく国王や臣下の背を見送り、
(王女を心配するあまり、威厳も何もないのです…仕方ありませんが)
なんとも複雑な気持ちになる。そして意識のないチェルシー王女を見つめた。
(可哀想に…。間違いないのです、これは『魔女の呪い』なのです)
チェルシー王女の鎖骨から胸の辺りにかけて、角を生やした髑髏の刺青のような紋様が浮かび上がっている。
紋様自体から禍々しい気が発せられていて、見る者全てを暗澹たる気持ちにしてしまう。
メイブはチェルシー王女の青ざめた頬に、労わるように頭をスリスリした。
「”癒しの魔女”殿、『魔女の呪い』とは具体的に、一体どういうものなのでしょうか?」
髑髏の紋様を苦々しく睨みながら、レオンは努めて冷静に問う。
「『魔女の呪い』は魔女が使う禁じ手魔法の一つで、時間をかけて死に至らしめる残酷な呪いなの。しかも、かけた魔女の固有魔法効果も乗る。
”曲解の魔女”の固有魔法は”全てを曲げることのできる”というものなんだけど、レオンも受けたように、レオンの攻撃はベクトルを曲げられて返されたのね」
「な…なるほど…」
”曲解の魔女”から受けた傷があった辺りに手を当て、レオンはゾッとした。
「人間は誰しも呪いの効果に抵抗をするもの。でもその抵抗力が強ければ強い程、”曲解の魔女”の魔法効果で自身に跳ね返ってしまう。『魔女の呪い』自体の苦しみと、跳ね返ってくる苦しみで、王女は二重に地獄の苦しみを味わっているわ…」
「なんと惨たらしい!そんな苦しみを姫様は――」
歯噛みしながら、レオンは悔しそうに拳を握り締めた。チェルシー王女の想像を絶する苦しみを思い浮かべ、”曲解の魔女”を仕留められなかったことを激しく後悔した。
「だから『魔女の呪い』は最大の禁じ手として、使ったことのある魔女はあまり多くないわ」
「フンッ!禁じ手を使うとか、さすが老獪なババアらしいわね!腹の立つったら」
モンクリーフは腕を組み、落ち着かない様子でイライラとつま先で床を叩いた。
ロッティは左目のところにある赤い丸ボタンにそっと触れる。そして苦悶の表情を浮かべるチェルシー王女と、イライラするモンクリーフを交互に見た。
「おねーさま、助けてよ、姫様を」
つま先の動きをピタリと止めて、モンクリーフはロッティの隣にしゃがむ。
「姫様はね、10年前に森へピクニックに出かけたときに熊に襲われたの。その時旅をしていたアタシが偶然居合わせてお助けしたわ。姫様とても喜ばれて。「私と同い年なのに強い魔女様ね」って」
「随分とテンプレートな出会いをしたもんねあんた…」
「王道でしょー。でもね、その時アタシはすごく嬉しかったみたい。なんせ当時まだ6歳児だったし。――実年齢は300歳だけど――良いところに落ち着きたかったし、姫様に乞われるままお城に住むことになったわけ♪」
無邪気に微笑むモンクリーフの顔を、ロッティは天を仰ぎながら呆れ気味に見やった。
「…あんたが人間を気に入るなんてね」
「姫様は特別!だからお願い、姫様を助けて」
つり目をめいっぱい見開き、モンクリーフはズイッとロッティに勢い込んだ。
視線を逸らしつつ、ロッティは顔に逡巡の色を浮かべて目を伏せる。
「おねーさまのその左目の魔力、事情は知ってる」
急に真顔になったモンクリーフの顔を、ロッティは驚きの表情で凝視した。
「でもお願い、姫様もアタシにとっては親友よ!どんだけ親友かって説明するの凄く難しいけど、アタシの魔法じゃ助けられないの!姫様は人間だから、このままじゃ死んでしまう!」
「驚いた…、あんた変わったわね。「”曲解の魔女”をやっつけてよ!」くらい言いそうなのに、それが王女の命乞いをするなんて…」
モンクリーフの性格を知り尽くしているロッティは、モンクリーフの変わり様にとにかく驚いた。
涙ぐみ始めたモンクリーフの額を、ロッティは強くデコピンする。
「痛っ」
「魔女の誓約、覚えてる?」
「う、うん?」
額を擦りながら、モンクリーフは記憶を辿る。
「魔女は魔法を使いこなし、人間たちとは別種の生き物。そんな魔女が人間社会で差別されることなく溶け込むためには、人間たちに対して誓約を立てるでしょ。私が立てたのは『人を癒し、治し、助ける』よ。助けを請われれば助ける。治療を望まれれば治療する。癒しを欲してくれば癒す」
「おねーさま…」
ロッティの幼い顔を見つめ、モンクリーフは目を輝かせた。
「”癒しの魔女”は人間を助ける。心配しなくていいわ」
「おねーさま!」
「ぴよぴよ」
訳:[ピンクのバラの花に、ピンクの布、お部屋の中はピンク色でいっぱいなのです]
レオンの肩から離れ、メイブは背中の翼でパタパタ室内を飛び回る。
チェルシー王女の部屋は淡いピンクの物で溢れ、窓から差し込む光で優しい雰囲気を漂わせていた。しかし豪奢なベッドの上に寝かされたチェルシー王女の周りには、悲しみに打ちひしがれる国王や臣下たちが群がり泣いていた。
「国王陛下、”癒しの魔女”ロッティ・リントン様がお越しくださいましたよ」
モンクリーフが国王に告げると、俯いていた国王はゆるゆると表を上げた。
「おお…そなたが御高名な”癒しの魔女”殿か?どうか、どうか、不憫な姫をお助け下さい、どうか、どうか…」
国王は膝立ち歩きでロッティの前まで来ると、その足元に泣き崩れた。
ロッティはちょっとためらった後、労わるように小さな手を国王の肩に置いた。
掌から国王の悲しみの感情が伝わってきて、ロッティは目を伏せた。
「お立ち下さい陛下。これから王女様を診ます。陛下や皆様は外へ出ていてくれますか?」
「判り申した…」
伏していた国王は、臣下達に支えられて部屋を出て行った。
チェルシー王女の枕元に降り立ったメイブは、部屋を出ていく国王や臣下の背を見送り、
(王女を心配するあまり、威厳も何もないのです…仕方ありませんが)
なんとも複雑な気持ちになる。そして意識のないチェルシー王女を見つめた。
(可哀想に…。間違いないのです、これは『魔女の呪い』なのです)
チェルシー王女の鎖骨から胸の辺りにかけて、角を生やした髑髏の刺青のような紋様が浮かび上がっている。
紋様自体から禍々しい気が発せられていて、見る者全てを暗澹たる気持ちにしてしまう。
メイブはチェルシー王女の青ざめた頬に、労わるように頭をスリスリした。
「”癒しの魔女”殿、『魔女の呪い』とは具体的に、一体どういうものなのでしょうか?」
髑髏の紋様を苦々しく睨みながら、レオンは努めて冷静に問う。
「『魔女の呪い』は魔女が使う禁じ手魔法の一つで、時間をかけて死に至らしめる残酷な呪いなの。しかも、かけた魔女の固有魔法効果も乗る。
”曲解の魔女”の固有魔法は”全てを曲げることのできる”というものなんだけど、レオンも受けたように、レオンの攻撃はベクトルを曲げられて返されたのね」
「な…なるほど…」
”曲解の魔女”から受けた傷があった辺りに手を当て、レオンはゾッとした。
「人間は誰しも呪いの効果に抵抗をするもの。でもその抵抗力が強ければ強い程、”曲解の魔女”の魔法効果で自身に跳ね返ってしまう。『魔女の呪い』自体の苦しみと、跳ね返ってくる苦しみで、王女は二重に地獄の苦しみを味わっているわ…」
「なんと惨たらしい!そんな苦しみを姫様は――」
歯噛みしながら、レオンは悔しそうに拳を握り締めた。チェルシー王女の想像を絶する苦しみを思い浮かべ、”曲解の魔女”を仕留められなかったことを激しく後悔した。
「だから『魔女の呪い』は最大の禁じ手として、使ったことのある魔女はあまり多くないわ」
「フンッ!禁じ手を使うとか、さすが老獪なババアらしいわね!腹の立つったら」
モンクリーフは腕を組み、落ち着かない様子でイライラとつま先で床を叩いた。
ロッティは左目のところにある赤い丸ボタンにそっと触れる。そして苦悶の表情を浮かべるチェルシー王女と、イライラするモンクリーフを交互に見た。
「おねーさま、助けてよ、姫様を」
つま先の動きをピタリと止めて、モンクリーフはロッティの隣にしゃがむ。
「姫様はね、10年前に森へピクニックに出かけたときに熊に襲われたの。その時旅をしていたアタシが偶然居合わせてお助けしたわ。姫様とても喜ばれて。「私と同い年なのに強い魔女様ね」って」
「随分とテンプレートな出会いをしたもんねあんた…」
「王道でしょー。でもね、その時アタシはすごく嬉しかったみたい。なんせ当時まだ6歳児だったし。――実年齢は300歳だけど――良いところに落ち着きたかったし、姫様に乞われるままお城に住むことになったわけ♪」
無邪気に微笑むモンクリーフの顔を、ロッティは天を仰ぎながら呆れ気味に見やった。
「…あんたが人間を気に入るなんてね」
「姫様は特別!だからお願い、姫様を助けて」
つり目をめいっぱい見開き、モンクリーフはズイッとロッティに勢い込んだ。
視線を逸らしつつ、ロッティは顔に逡巡の色を浮かべて目を伏せる。
「おねーさまのその左目の魔力、事情は知ってる」
急に真顔になったモンクリーフの顔を、ロッティは驚きの表情で凝視した。
「でもお願い、姫様もアタシにとっては親友よ!どんだけ親友かって説明するの凄く難しいけど、アタシの魔法じゃ助けられないの!姫様は人間だから、このままじゃ死んでしまう!」
「驚いた…、あんた変わったわね。「”曲解の魔女”をやっつけてよ!」くらい言いそうなのに、それが王女の命乞いをするなんて…」
モンクリーフの性格を知り尽くしているロッティは、モンクリーフの変わり様にとにかく驚いた。
涙ぐみ始めたモンクリーフの額を、ロッティは強くデコピンする。
「痛っ」
「魔女の誓約、覚えてる?」
「う、うん?」
額を擦りながら、モンクリーフは記憶を辿る。
「魔女は魔法を使いこなし、人間たちとは別種の生き物。そんな魔女が人間社会で差別されることなく溶け込むためには、人間たちに対して誓約を立てるでしょ。私が立てたのは『人を癒し、治し、助ける』よ。助けを請われれば助ける。治療を望まれれば治療する。癒しを欲してくれば癒す」
「おねーさま…」
ロッティの幼い顔を見つめ、モンクリーフは目を輝かせた。
「”癒しの魔女”は人間を助ける。心配しなくていいわ」
「おねーさま!」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる