3 / 41
『魔女の呪い』編
2話:主人様が治してくださいますからね
しおりを挟む
「ぴよぴよぉ~!」
メイブは声を張り上げて鳴いた。
「あ、お帰りメイ…ぶっ」
振り向いたご主人――ロッティは、飲んでいた紅茶を盛大に噴き出す。
玄関前には、買い物かごを青年の首にかけ、青年の頭の上にとまり、青年を引きずってきたであろうメイブがいた。
「すっごい絵面…」
中々にシュールな光景に、ロッティは口の端を痙攣させながら引く。
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよ!」
訳:[キンキュー事態ですご主人様大変なのですよ!この青年が傷だらけで森の中に倒れていたのですよ!]
青年の頭を小さな足で掴んだまま、メイブは左右と背の翼をバタつかせ、喚くようにまくし立てた。
大変だ度を大アピールした結果、抜け落ちた羽毛が粉雪のように舞い踊る。
「…おっけぃメイブ、何を言ってるか判らないケド、そのひと怪我人なのね」
荒ぶるように喚くメイブをジッと見つめ、ロッティは努めて冷静に対応する。ロッティの視線を感じたメイブは喚くことを中断すると、そっと青年を床に寝かせた。
寝かされた青年の傍らにしゃがみ込み、ロッティは怪我の具合を丹念に診る。あまりの傷の深さに表情が曇った。
「何に斬られたのかしら…これは酷い怪我ね。かなり血も失っているし、森の力でかろうじて生きているレベル。すぐに治療しなきゃだわ」
ロッティは立ち上がり、腰に手を当て息をついた。
「メイブ、患者を病室のベッドに運んでおいてね」
「ぴぴっ!」
訳:[お任せください!]
* * *
「ぴよぴよ」
訳:[頑張るのですよ、もうすぐご主人様が治してくださいますからね]
清潔なシーツのかかった硬いベッドの上に寝かせられた青年は、苦しそうな息を吐いている。右胸から右わき腹に向かって深い斬り傷があり、たえず血は流れ出ていた。
青年の血のように赤い髪の色は、血の気を失った青白い肌をより際立たせていている。それが見ている者の心を不安に陥れるほどに。
忙しく道具を準備するロッティの表情を見て、メイブも神妙な顔つきになった。
(これほどの大怪我を治すのは、ご主人様も久しぶりかもしれません。この病室での治療もですね)
沢山のローソクの燈に照らされた病室は、あたたかなセピア色に染まっている。乾燥させた薬草は天井につるされ、薬の入った瓶が壁際の棚にたくさん並び、室内は薬品の匂いに満ちていた。
「さて、メイブ手伝ってね」
「ぴよ!」
「まずは止血しなきゃ。精霊たちの力を借りる」
ロッティは巾着袋から小さな種を一粒取り出すと、青年の胸の上に置く。種が淡く光りだし、葉っぱのような形をした小さな精霊たちが、種の中から出てきて無数に集まった。
「さあ森の精霊たち、この人の出血を止めてあげてね」
精霊たちは傷口の周りを踊るようにして動き、次々に傷口の中に吸い込まれるように消えていく。すると、出血がぴたりと瞬時に止まった。
「メイブはこの人の”心”を癒してあげてね」
「ぴよっ」
メイブは青年の額にとまって、子守唄を唄うように囀る。メイブの魔力の高まりに呼応し、頭部に生える双葉が金色に光った。
(わたくしめは『心を癒す』固有魔法を使います。怪我をしたときの苦しさも痛みも取り除き、患者の心が穏やかに癒されますように…)
メイブの身体が柔らかな黄色い光を放ち、青年の頭部をそっと包み込んだ。
その様子を見て、ロッティは小さく頷く。
「私調合の特製アロマの香りで身体の調子を整えて、疲労と肉体の痛みを消す。失った肉は精霊たちが埋めてくれる。心のケアはメイブがしてくれる。仕上げは私の魔法で…」
タクトのような杖の先を、ロッティは青年の胸元にかざす。
「生命を育む大地の力、世界に命を恵む植物の力、生き物に活力を与える光の力、『癒しの森』の主”癒しの魔女”ロッティ・リントンに、二本足の生命体を救うための力を分け与えたまえ」
呪文に応えるように、杖の先に優しい光が集まる。集まった光は青年の身体を包み込むように広がった。そして身体の中へと滲みこむようにして消えていった。
(ご主人様の固有魔法は、痛みや苦しみを取り除き、損傷した身体を治し、病魔を追い払って健康な状態に戻します。尊い『癒し』の魔法。ご主人様の優しい思いと力が伝わってきます。人間にも隔てなくお優しいのです)
メイブはロッティが魔法を使う様子を見て、にっこりと微笑んだ。
やがて怪我が全て奇麗に治されて、青年の息遣いが穏やかになった。血の気を失っていた肌色も、徐々に温かみが戻り始めていた。
「ふぅ、これでもう大丈夫。あとは意識が戻るのを待つだけね」
「ぴよぴよ!」
訳:[さあ人間よ、早く目を覚ますのです!]
「こんな大怪我人は久しぶりだったわね。しっかしヘンな傷口だったけど、何に傷つけられたのかしら…」
ロッティは首を左右に振って、腰をトントンっと叩いた。
「なんだか魔法で斬られたような感じに見えたわね」
不思議そうに呟くロッティに頷きつつ、メイブは神妙な目つきで眠る青年を見つめた。
(もしそうなら、どこぞの魔女に傷つけられたってことなのでしょうか。それはあまりよろしくない状況かもしれません。意識が戻ったら、問いたださねば)
治療道具などを片付けたロッティは、ベッドの傍に立って青年をまじまじと見つめる。
「それにしても改めてよく見ると、イイ感じの顔をしているわねハンサムだし。結構好みの顔かも?」
思わずニヤケ顔になり、小さな拳をグッと握った。
「ヨシ、汚れた服を奇麗に洗って、破けているところは繕っておかなくちゃ!」
そう言ってロッティは鼻歌を歌いだすと、スキップするようにして病室を出て行った。
「ぴっ、ぴよ!?」
訳:[アフターケアまで親切過ぎです。っていうか、決め手はハンサム顔なんですかご主人様!?]
滅多に見ないロッティの乙女反応に、メイブは目が点になる。
(もしこの青年が、お世辞にもハンサムとは言えない顔立ちだったら…)
そう思うと、ちょっとブルってしまったメイブだった。
その日に目を覚ますと思われていた青年は、翌日になって目を覚ました。
メイブは声を張り上げて鳴いた。
「あ、お帰りメイ…ぶっ」
振り向いたご主人――ロッティは、飲んでいた紅茶を盛大に噴き出す。
玄関前には、買い物かごを青年の首にかけ、青年の頭の上にとまり、青年を引きずってきたであろうメイブがいた。
「すっごい絵面…」
中々にシュールな光景に、ロッティは口の端を痙攣させながら引く。
「ぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよぴよ!」
訳:[キンキュー事態ですご主人様大変なのですよ!この青年が傷だらけで森の中に倒れていたのですよ!]
青年の頭を小さな足で掴んだまま、メイブは左右と背の翼をバタつかせ、喚くようにまくし立てた。
大変だ度を大アピールした結果、抜け落ちた羽毛が粉雪のように舞い踊る。
「…おっけぃメイブ、何を言ってるか判らないケド、そのひと怪我人なのね」
荒ぶるように喚くメイブをジッと見つめ、ロッティは努めて冷静に対応する。ロッティの視線を感じたメイブは喚くことを中断すると、そっと青年を床に寝かせた。
寝かされた青年の傍らにしゃがみ込み、ロッティは怪我の具合を丹念に診る。あまりの傷の深さに表情が曇った。
「何に斬られたのかしら…これは酷い怪我ね。かなり血も失っているし、森の力でかろうじて生きているレベル。すぐに治療しなきゃだわ」
ロッティは立ち上がり、腰に手を当て息をついた。
「メイブ、患者を病室のベッドに運んでおいてね」
「ぴぴっ!」
訳:[お任せください!]
* * *
「ぴよぴよ」
訳:[頑張るのですよ、もうすぐご主人様が治してくださいますからね]
清潔なシーツのかかった硬いベッドの上に寝かせられた青年は、苦しそうな息を吐いている。右胸から右わき腹に向かって深い斬り傷があり、たえず血は流れ出ていた。
青年の血のように赤い髪の色は、血の気を失った青白い肌をより際立たせていている。それが見ている者の心を不安に陥れるほどに。
忙しく道具を準備するロッティの表情を見て、メイブも神妙な顔つきになった。
(これほどの大怪我を治すのは、ご主人様も久しぶりかもしれません。この病室での治療もですね)
沢山のローソクの燈に照らされた病室は、あたたかなセピア色に染まっている。乾燥させた薬草は天井につるされ、薬の入った瓶が壁際の棚にたくさん並び、室内は薬品の匂いに満ちていた。
「さて、メイブ手伝ってね」
「ぴよ!」
「まずは止血しなきゃ。精霊たちの力を借りる」
ロッティは巾着袋から小さな種を一粒取り出すと、青年の胸の上に置く。種が淡く光りだし、葉っぱのような形をした小さな精霊たちが、種の中から出てきて無数に集まった。
「さあ森の精霊たち、この人の出血を止めてあげてね」
精霊たちは傷口の周りを踊るようにして動き、次々に傷口の中に吸い込まれるように消えていく。すると、出血がぴたりと瞬時に止まった。
「メイブはこの人の”心”を癒してあげてね」
「ぴよっ」
メイブは青年の額にとまって、子守唄を唄うように囀る。メイブの魔力の高まりに呼応し、頭部に生える双葉が金色に光った。
(わたくしめは『心を癒す』固有魔法を使います。怪我をしたときの苦しさも痛みも取り除き、患者の心が穏やかに癒されますように…)
メイブの身体が柔らかな黄色い光を放ち、青年の頭部をそっと包み込んだ。
その様子を見て、ロッティは小さく頷く。
「私調合の特製アロマの香りで身体の調子を整えて、疲労と肉体の痛みを消す。失った肉は精霊たちが埋めてくれる。心のケアはメイブがしてくれる。仕上げは私の魔法で…」
タクトのような杖の先を、ロッティは青年の胸元にかざす。
「生命を育む大地の力、世界に命を恵む植物の力、生き物に活力を与える光の力、『癒しの森』の主”癒しの魔女”ロッティ・リントンに、二本足の生命体を救うための力を分け与えたまえ」
呪文に応えるように、杖の先に優しい光が集まる。集まった光は青年の身体を包み込むように広がった。そして身体の中へと滲みこむようにして消えていった。
(ご主人様の固有魔法は、痛みや苦しみを取り除き、損傷した身体を治し、病魔を追い払って健康な状態に戻します。尊い『癒し』の魔法。ご主人様の優しい思いと力が伝わってきます。人間にも隔てなくお優しいのです)
メイブはロッティが魔法を使う様子を見て、にっこりと微笑んだ。
やがて怪我が全て奇麗に治されて、青年の息遣いが穏やかになった。血の気を失っていた肌色も、徐々に温かみが戻り始めていた。
「ふぅ、これでもう大丈夫。あとは意識が戻るのを待つだけね」
「ぴよぴよ!」
訳:[さあ人間よ、早く目を覚ますのです!]
「こんな大怪我人は久しぶりだったわね。しっかしヘンな傷口だったけど、何に傷つけられたのかしら…」
ロッティは首を左右に振って、腰をトントンっと叩いた。
「なんだか魔法で斬られたような感じに見えたわね」
不思議そうに呟くロッティに頷きつつ、メイブは神妙な目つきで眠る青年を見つめた。
(もしそうなら、どこぞの魔女に傷つけられたってことなのでしょうか。それはあまりよろしくない状況かもしれません。意識が戻ったら、問いたださねば)
治療道具などを片付けたロッティは、ベッドの傍に立って青年をまじまじと見つめる。
「それにしても改めてよく見ると、イイ感じの顔をしているわねハンサムだし。結構好みの顔かも?」
思わずニヤケ顔になり、小さな拳をグッと握った。
「ヨシ、汚れた服を奇麗に洗って、破けているところは繕っておかなくちゃ!」
そう言ってロッティは鼻歌を歌いだすと、スキップするようにして病室を出て行った。
「ぴっ、ぴよ!?」
訳:[アフターケアまで親切過ぎです。っていうか、決め手はハンサム顔なんですかご主人様!?]
滅多に見ないロッティの乙女反応に、メイブは目が点になる。
(もしこの青年が、お世辞にもハンサムとは言えない顔立ちだったら…)
そう思うと、ちょっとブルってしまったメイブだった。
その日に目を覚ますと思われていた青年は、翌日になって目を覚ました。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。



婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる