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第2章

試される自制心? sideカグラ

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 レーツェルがナツキを構い倒しながら、ちらりと俺を見る。
 右手にココア、左手にコーヒーのカップを持ってナツキ達の方へ俺は近付いていく。
 騒がしい周囲は、俺を確認して一瞬だけ静まるがまたざわつき始める。

 ゆったりと近付き、レーツェルを見遣る。俺の言いたい事を理解したレーツェルは1歩半分移動する。その空いた場所に体を入れ、ナツキの背後に立つ。
「ナツキ、疲れた時は甘いものが良いだろう?」
 アイスココアをすっ……と、ナツキの目の前に置く。

「え!? いいの?」
 可愛らしい瞳を子猫みたいに丸くさせて、ナツキは俺を見上げる。

「ああ。頑張ったご褒美だ。と言っても、そこのレプリケイター(複製装置)作だがな」
 クスリと笑って、俺は答える。

「カグラ、ありがとう」
 ふわっと笑顔を浮かべるナツキに、俺は小さく頷く。
「遠慮せずに飲め」

「うん……」
 ナツキはこっくりと首を縦に振って、アイスココアのカップを両手でそっと持ち上げる。
 視界の端に入る不快な人物の動向を見ながら、ナツキの可愛らしい仕種を堪能する。

 ダンとテーブルを叩く勢いで、フレアが言い放った。
「ナツキ! あたしにも一口頂戴!!!」
 瞬間、室内が完全に凍りついた。貴族階級に属する家格の者は、血の気の引いた真っ青な顔になった。

 俺もそう来るとは思わず、真面目に呆れ返る。貴族なら間違いなく、不敬罪的な目で見られる言動で、一般的な教養を欠く無礼な真似だ。
 皇族に連なる者が下賜した物を「自分にくれ」と、言うのはタブーになっている。見えない場所でも行ってはならないのだ。
 下賜(物をプレゼント)するという事は相手に対しての信頼や好意を表していて、それを譲る行為は皇族に仇なすと昔からそう捉えられてきている。こっそり捨てる事は黙認されていたりするが、譲る事は禁忌をなっている。
 実はこれは、貴族階級での基本ルールで、上位の家格が下位の家格に対して何かをプレゼントした場合も同じ事が言える訳である。
 貴族階級の生徒と、一般の生徒の無用なトラブルを避ける為にも、学院の注意事項(入学の手引)にも記載されている。
 それを、本人が居る前で行うとは常識とその脳ミソを疑う。

「え……と、それは、ちょっと……」
 注意事項を知っているのか、ナツキは渋面でフレアに答える。

 不満そうにむすーっとした表情で、フレアが口を開く。
「いっぱいあるんだから、一口くらい貰っても良いでしょ!?」

 どこかで「ひっ」と小さな悲鳴がしているのにも気付かずに、自分の主張を曲げ様とはしない。
 理解している人間は、ブリザード級に慄き凍り付いている。
 違う意味で、極め過ぎだろう、コイツは。
「君さ、学院の注意事項に目を通している?」
 俺はフレアを見て問い掛ける。

 声を掛けられた事が嬉しいのか、顔を赤らめて俺を熱心に見つめる。
「あ、はい! 当たり前です!」
 喜々としてフレアは答える。その答えに当然だが、室内は沈黙した。

「…………へぇ」
 コイツの年齢が15歳だと言うが、黒髪に混ざる白髪、無駄に出てる前歯が30代を彷彿とさせる。
 学園の生徒のデータは見せて貰っていても、疑いたくなる外見だ。
――――その笑顔が、胡散臭く気持ち悪い。正直、友人もだが、お近づきにはなりたくない。
 その凍り付いた周囲を見回せ! 愚か者がっと突っ込みたいほどだ。

 俺のイラつきを知ってか、レーツェルが冷徹な視線をフレアに向けて声を上げる。
「うっそだあー!」
「嘘やないなら、覚えてへんのんか? 貴族の人達にめっちゃケンカ売っとるでー」
 茶化しながら言うリョウだが、声にはトゲがある。
「読んだってのが嘘でないなら、ひとっつも覚えていないって事だね? 読み直して自分の行動がどんな事態を引き起こすのが考えた方が良いよ」
 レーツェルが、はぁぁとため息を吐きながら忠告を一応告げる。
 うんうん、と頷きながらリョウが更に言い募る。
「まぁ、これからの人生は長いんやから、頭をつこうて頑張って生きよった方がええで」
 俺はフレアを見てから、言を継ぐ。
「そうだな、人に迷惑を掛ける行動は慎んだ方が良い」
「そうそう、会話に横入りするのや、礼儀を弁えないのは人を不愉快にさせるから、悪いけど僕らの会話に参加しないでね。それと、友達がいるのならそっちに移ってくれるかな?」
 人を魅了する笑顔で、レーツェルは辛辣な台詞を告げる。
 微笑まれてぽっと顔を赤く染めるフレアは、こくんと頷いて椅子から立ち上がり、氷河期さながらの室内を後にしていった。


――――相変わらず、鮮やかな手並みだな。
 正面からまともにアレをくらうと、大抵の女性はころっと騙される。
 誘われる様な美貌と、自分に向けられる瞳の熱、言葉は冷酷でも、それをカバーしていう事を聞かせてしまう。
 夜会や舞踏会などで何度となく面倒な相手を、レーツェルに撃退して貰っているがココに来てもそれが役に立つとはな……。

「………………猛獣使い?」
 レーツェルを見上げながら、ぼそりと、ナツキが呟く。
「それを言うなら、結婚詐欺師だろ?」
 俺がそれを混ぜっ返す。
「ひ、ひどい……」
 打ちひしがれる表情をするレーツェルに、まじまじと視線を向けてリョウが言う。
「それ、商談に生かしたら、億万長者になれるで? 卒業したらウチに来いひん?」
「行かないよー。卒業したら、強制的に騎士団行だからねー」
「行きと言うより、強制収容じゃないのか?」
「カグラ酷い! 考えない様にしてたのにぃ。慰めてナツキ~~」
 泣き真似をして、どさくさ紛れに抱き付こうとするレーツェルの脳天に、俺はどすっと手刀をお見舞いする。
 くすくすと笑うナツキによって殺伐とした雰囲気がかき消され、ほんわかムードになっていった。
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