狂わしいショーの世界

リコ井

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前編・笑わないピエロ

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 ダグラはサーカスのピエロ。笑わないピエロ。
 ピエロなのに笑わないなどおかしな話だが、そんなところにマークイは惹かれていた。
 ピエロのメイクを落としたダグラは無表情だ。それが今はこんなにも艶っぽい。

「ンッ…ンンッ…ン」
「くっ…ダグラ、気持ちいいか…?」
「ん、ンッ…うん…」

 ダグラは控えめに顔を近づけてきて、そして耳元で囁く。

「き…もちいい、マークイ…あ…ん」

 その答えが嬉しくてマークイはダグラの細い体をギュッと抱きしめ、さらに深く腰を打ち付けた。

 マークイは知らなかった。この幸福がすべてショー《嘘》であることを。





【狂わしいショーの世界】





「なんでオレってこうなんだ」

 マークイは深いため息をついた。巨体に似合わず肩を丸めてしょんぼりと歩いていた。

 騎士として国に仕えていたが、たった今失業したところだ。理由は協調性の無さと熱い正義感。
 作戦の遂行より目先の人助けを優先してしまう。じっと耐えねばならない時も、被害に合う人を見つければ敵陣に飛び出していってしまう。
 当初はその熱血さを買われていたが、今では輪を乱すとして白い目で見られている。命令が守れなければ騎士団全体を危険にさらす可能性があると指摘され、追放処分をうけた。

 城の騎士寮で暮らしていたが、そこも出ていくことになった。マークイは行くアテもなくトボトボ歩いていた。悩むことの少ないマークイだが、さすがに落ち込んでいた。

 城下街で暮らしていく気にもなれず、隣町を目指し森沿いの旅道をひとり歩く。その時だ。

「やめてくれ!誰か!誰か助けてください!」

 悲鳴が聞こえたのと同時にマークイはすでに走っていた。助けを呼ぶ声の方に近づけば、荷馬車が大勢の野盗に囲まれていた。

「物資を置いていけば命だけは許してやるよ」
「ふざけないでください、私の商売道具だ。絶対にわたすものか!」
「じゃあ死ねや」

 マークイは走りながらそのやりとりを聞いた。有無を言わさず野盗に斬りかかる。

「んだテメェ、コラァ!!」 

 野盗の標的がマークイに変わる。

 10人以上の野盗がいたがマークイは全てを撥ねのけた。
 "悪人"に対してマークイは無慈悲だ。致命傷を確実に狙い剣を振るう。辺りが血の海になってゆき「こいつはヤベェ!」と野盗たちは逃走を始めた。
 逃がさない。
 ギラギラした目でマークイは獲物を追う。しかし

「あの!旅のお方…!!」

 怯えた様子の商人が、マークイを呼び止めた。

「た、助けていただいてありがとうございます」

 頭を下げられた。盗賊たちが逃げた方向に目をやると、もう誰もいない。絶命した盗賊が数体、転がっているだけ。マークイはこれで良しとした。臨戦態勢を解いた。

「大丈夫だったか?」
「おかげさまで、なんの被害もありませんでした。価値のあるものは置いてないのですが、盗まれていたら今日の公演に支障がでるところでした」
「公演?」
「はい。私はサーカス団の支配人をしております。他の団員は先に行き、準備をさせています。わたしは小道具の運搬をしていたところです。本当にありがとうございます」
「へえ、サーカス!楽しそうだね。…よかったら護衛しましょうか?また野盗が現れるかもわからない」
「なんと、それは心強い。ならばお礼にうちのサーカスの公演を見ていってください。お恥ずかしながら貧乏サーカス団でして、これくらいしかお礼のしようがない」
「お礼…。あの、厚かましいんだけど、オレ、今日泊まる場所がなくてさ。それであんたのところで世話になれないかな?1日だけでもいいんだ」
「サーカステントの裏方に、団員たちが寝泊まりしている小さなテントを張っています。そんなところでよければお泊めできます」
「本当!?ありがとう!」

 支配人はにこやかにマークイを迎え入れた。荷物を乗せている馬車に余裕があるから村まで乗ってくれと言われたが、体力だけが自慢のマークイは丁寧にそれを断り、馬車の後をついて歩くことにした。

 騎士していた頃は、勝手な行動をすると騎士団長に怒られたものだ。人助けなのだから問題ないというマークイの主張は通らず、始末書を何枚も書いた。
 正義の行いは規律の前ではあまりにも無力だった。

 マークイは晴れやかな気持ちになった。騎士を追放され落ち込んでいたことも忘れた。

 野盗にまた襲われる可能性を考え、それとなく警戒しながらマークイは歩いていた。馬車の荷台のカーテンが揺れ、中に人影が見えた。
 野盗の残党が忍び込んだのかと臨戦態勢でマークイは荷馬車のカーテンを勢いよく開けた。
 
そこには、男が荷物の隙間にうずくまっていた。

「誰だ!?」

 背中の大剣に手をかけ引き抜きかける。

「ハッハッハッ、マークイ様、そいつは大丈夫です」

支配人が笑いながら止めた。

「そいつもサーカス団の者です。少し変わりものでして。会話もろくに出来やしない。体力も無い。それで移動中は荷台に乗せてるんです。さっきの騒動でも出てこない臆病者ですよ、紹介するのも忘れていました」
「ふーん。なるほど、ね」

 マークイはその男を一瞥した。
 荷物の隙間で膝を抱えて小さく座っているが、身長はありそうだった。色白く華奢だが骨格がよく、それが逆に骨を浮きだたせていた。その様は骸骨を連想させた。まるで人形のように感情の無い表情をしている。

「ごめんな、ビックリさせて」

 マークイはニカッと笑いかけたが、男は黙って目を伏せた

「俺はマークイ。キミ、名前は?」
「…ダグラ」

 馬車の揺れる音でかき消えてしまいそうなほど小さな声でダグラは名乗った。

「ダグラ!お前が何もしない間にマークイ様に助けられたんだぞ。礼をいいなさい!」

 ダグラはマークイの方をチラリと見たが、また下を向いて黙ってしまった。

「ダグラ!」

 その様子に支配人はまたダグラを叱りつけたがマークイはとめた。

「いいっていいって。ごめんなダグラ、会話苦手なんだろ?邪魔したね」

 マークイは笑顔で手をひらひら振ると、荷馬車のカーテンを閉めた。
 カーテンが閉まる瞬間、隙間からダグラと目が合ったように感じた。

「申し訳ありませんマークイ様。あやつ失礼な態度を」
「大丈夫、全然気にしないよ」
「さすが、寛大なお方です。もうすぐサーカステントに着きますので」

 支配人はマークイの機嫌をとりながら会話を続けた。
 ダグラの存在を忘れかけた頃、サーカステントに到着した。
 派手な色彩の楽しげなテントに、カラフルな旗がはためいている。なんともわくわくする場所だ。

「皆さん!集まってください、この方は恩人です!」

 支配人が団員に事情を説明すると、マークイは団員たちに歓迎された。皆が口々にマークイを褒め称える。英雄にでもなった気分だ。マークイは悪い気がしなかった。

 サーカスの公演は夜からなのでそれまでは楽にしててほしいと言われた。泊めてもらうんだ、荷物は置いたが大剣だけは背負い野盗への警戒は怠らなかった。

 サーカスはめずらしく色々みてまわっていると、テント脇に先程の荷馬車が止められていた。支配人が荷物を慌ただしく下ろしている中、ひとつの荷物をのろのろと運ぶ男がいる。

 色白くひょろ長い男。荷馬車の中にいた男だ。たしか名はダグラと言った。作業が遅いのはサボってるわけではなく、あれがダグラの精いっぱいなのだろう。団員が声を掛け合ってせわしなく仕事をしている中、ダグラは独りで黙々と作業をしていた。

 マークイの騎士生活は長く、集団の中で生きてきた。それなのに騎士団から追放され、所属する場所を無くし、孤独だった。サーカス団の人々には歓迎されているが、あくまで自分は『客』であり、何とも言えない寂しさが心に付きまとっていた。

 だからなのだろうか、独りでいるダグラに興味をもった。この孤独をダグラとなら分かち合えるかもしれないと思った。

 声をかけてみよう。



 マークイが荷馬車まで来る頃には支配人の姿はなかった。周りに団員もいなかった。ダグラひとりがその場に残り、空箱の整理や雑務をこなしている。

「やあ」

 マークイは親しい友人に話すように声をかけた。ダグラは作業する手を止めマークイを見たが、よそよそしく会釈をすると作業に戻っていった。

「君はダグラだろ?俺の名はマークイ」

 ダクラは視線を合わせず作業を続けている。

「オレのことわかる?荷馬車の移動中にさ」
「…悪いやつ、やっつけた」
「そう、それ俺!」
「マークイ、覚えてる」
「ハハハ、嬉しいなあ」

 ダグラは成人男性だが、幼い口調をしていた。そういえば喋るのは上手くないと支配人が言っていた。そんなことよりダクラと会話が出来たことの嬉しさでいっぱいだった。

「他の人たちは?ダグラひとりだけ?」
「片付けは…ぼくの役割」
「誰か手伝ってくれないの?」
「ぼく、力仕事できない、から。出来ることは、やるの」
「ん、そっか。これはダグラの担当なんだな」
「うん。役割」

 ダグラは表情を変えずたんたんと答えた。マークイはそんなダグラが面白いと思えた。もっと喋りたかった。

「ダグラはずっとサーカスにいるの?」
「…うん」
「そっか。裏方さん?」
「ううん」
「演者なの?何する人?」

 サーカスのショーという華やかな舞台にダグラが立つなんて、ちょっと想像できなくて好奇心がそそられる。

「ピエロ」
「…え?」
「ぼくは、ピエロ」
「…ピエロ!?すごいじゃん!サーカスの花形だよ!」
「ぼく、なにもできないから」
「ピエロができるんだろ?」
「何もできないピエロをやるの。失敗するピエロ。それがぼくの役割」
「それで成り立ってるならスゴいことだよ!ダグラはすごいんだな!尊敬しちゃうな。本当だよ!」

 公演が楽しみだな、とマークイは目をキラキラさせた。ダグラは表情一つ変えなかった。マークイに背を向け荷解きをはじめる。 

「ごめん、オレ作業の邪魔だったかな?」
「ううん。あの、ぼく、あんまり会話、うまくない。嫌な思いさせたなら、ごめん」
「そんなことないよ!ダグラと話のは楽しいよ。邪魔じゃないなら話してていいかな?」
「うん」

 ダグラなりに精一杯気を使ってるのを感じて、いじらしく感じた。
 
「いつもここでサーカスしてるの?知らなかったな」
「ううん。移動するの」
「じゃあ、ここもいつかいなくなっちゃうんだ」
「うん」
「そっかー。旅芸人なのか」
「うん」
「オレは見知った土地が好きなんだよね。顔なじみが人がいっぱいいてさ」
「…うん」
「ダグラもいつかいなくなっちゃうのは寂しいな」
「………」

 ダグラは何か言おうとして、口籠もった。

「いいよ、ゆっくりで」

 マークイは焦らせないようにやさしく諭した。

「マークイは、なんで、話すの?」
「話す?何を?」
「ぼくと」
「なんでダグラと会話するのか、ってこと?」
「うん。ぼくと、話す人、いないから」
「サーカス団の人とも話さないの?」
「うん」
「オレはダグラと話すのは楽しいよ。もっとキミのこと知りたくなった」
「……」

 ダグラは顔を伏せた。その表情はわからない。

「本当のこというと、ダグラが独りだから話しかけたんだ」
「独り…」
「オレも今、独りだから。訳あって所属していた場所から追い出されちゃって。どこの輪にも入れない。サーカス団の人は歓迎してくれてるけど、それでもやっぱりオレはサーカスの一員じゃないって強く感じる。独りなんだって虚しさがあるよ」

 ハハハと自称気味に笑う。そんなマークイをダグラはジッと見つめた。

「マークイ、寂しそう」
「んーどうだろね…」

 精一杯の強がりで言葉を濁した。マークイは今寂しさを抱えていた。

「ダグラはさ、淋しいって思うとき、ある?」
「…ん、と。…無い」
「無いの?」
「うん」

 ダグラは淋しいと思ったことは無いと首を横に振った。
 その反応はマークイの求めていたものと違った。  マークイはダグラのことをよくは知らないが、支配人の反応やダグラの話から、サーカス団から浮いている存在なのだと思っていた。
 きっと心に淋しさを抱えて生きている、自分と同じだと期待していた。マークイが抱えている淋しさを共有出来る相手だと思った。しかし違った。

「なんだ、楽しくやってんだ」

つい嫌みっぽい言い方をしてしまった。

「マークイ、どうしたの?」
「なに?」
「マークイ、怒ったの?」
「なにが?」
「…あ、の」
「怒ってないよ」
「ごめんね、ぼく、話すのへたで…」
「それはさっき聞いたって」

 理不尽だと分かっていてもマークイはムカムカしてしまった。語気が強くなる。
 ダグラは孤独でありマークイの弱さをさらけ出せる相手だと勝手に思い込み近づいた。しかし孤独なのは自分だけなのだと思い知らされてしまった。急に不安が心に広がる。それに気付きたくなくて心を見ないようにする。胸が痛む。

ダグラはそんなマークイの態度に困惑していた。

「ぼく、わからない…」
「だから怒ってないって」
「あの、違う…寂しいって、わからない…」
「うん?」
「淋しいが、わからない」
「淋しいなんて分からない方がいいよ。孤独なんて知らない方がいいんだ」
「あ…、違…う」
「違う?」
「僕、ずっと独り…だから、淋しくない」
「独り…?」

 その言葉にマークイの心はゾクリと揺れた。孤独を抱えたマークイは、この男の心を暴きたいと感じた。

「独りが当たり前なの。だから寂しいがわからない。楽しいも、悲しいも、わからない。でも今マークイと話してて、楽しい。怒らせてしまって、悲しい。ごめんなさい」
「ダグラ、ごめん。オレが子供っぽいだけなんだ。スネてごめん。オレもダグラと話すの楽しいよ!」

ダグラは想像以上に人と触れ合ってこなかったようだ。それなのに幼稚な態度をとった己を恥じた。

「マークイもたのしい?」
「うん、楽しい。ダグラのこともっと知りたいよ」

マークイは集団生活をしてきた。賑やかな連中とつるんできたので、ダグラのようなタイプと話すのは珍しかった。そのこともマークイの興味を誘った。

「ぼくも、マークイが知りたい」

 他人に興味がなさそうなダグラがそういってくれている。心の奥底から温かいものが流れる。

 日が傾きはじめて、西日が二人を照らした。

 マークイはダグラの顎を掴んだ。そのままゆっくり近づいて、口づけをした。ひとつになった人影が夕日で長く伸びている。

「ダグラ、おいダグラどこにいる!?」

 人の声にマークイはパッと離れた。照れ隠しに頭をボリボリと掻き空を見た。ダグラはあいかわらず無表情で感情が読めなかった。

「ダグラ、早く準備をしろ!…おやマークイさまご一緒でしたか」

 団員がダグラを探しにきた。マークイに笑顔で会釈し、ダグラに「トロいやつだ」と叱咤しさっさと連れていってしまった。

 一人残されたマークイは、夕日のせいか顔が真っ赤だった。ダグラと触れ合った自分の唇にそっと触れた。
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