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火傷の跡と見えない孤独
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顔が焼けただれたのは、ずっと昔の火事のこと。カラダも消えない傷だらけ。
そんな自分を人の目から隠すように、山に入った。
本当は死ぬつもりで、山に入った。でも死ねなかった。人の目から離れたら、なんだか死ぬ必要はないんじゃないかと思えた。生きようと思った。山で1人で暮らしていくなんて無謀かな。どうせ死ぬつもりだったんだ。ダメならダメでいい。
山で暮らすコトは、思ったより大変ではなかった。山でどんな過酷なコトが起きても、町での暮らしよりよっぽどマシだと思えたから。
1人は、自由だ。
早朝、水を汲みに川辺に下りた。バケツに水を汲んで、山小屋まで戻る。いつもと同じ朝。…のはずだった。
人が倒れている。
川辺付近に人が倒れている。すぐ後ろは崖だ。そこから落ちたのだろうか。遭難したのだろうか。死んでいるのだろうか。…生きているのだろうか。
恐る恐る近づいてみる。僕よりも随分背の高いガッチリした男の人だ。手を伸ばし、揺さぶってみても反応はない。まじまじと観察すると、腹が上下に動いてるのがわかった。生きてる。
放っておいたら、いずれこの人は死ぬかもしれない。でも僕は、もう人と関わり合いたくなくて、山にいる。もともと出会わないはずだったんだ。放っておけばよい。関係ない。
ーーでも。
助けて欲しい時に、見て見ぬフリをされるツラさを僕はしっている。だから、助けなきゃいけない。
『誰か、誰か僕を助けて。ねえ、お願い』
今、僕がその“誰か”なのだから。
「ん、ふう、重い…」
気を失った大の男を運ぶのは、自分よりも大柄な男を運ぶのは、至難の技だ。しかし、ここは水汲みルートなので、毎日通っている慣れた道だ。大丈夫だ。ロープで結んで、ほぼ引きずるようにして小屋に連れて帰った。
「はあ、はあ、はあ…疲れた」
いつもは15分ほどの距離だが、休み休み移動したため何時間もかかった。もはや引きずらないで何処かに寝かせていた方が安静だったのではと思った。でも意地で連れて帰った。小屋の奥にある僕の布団に寝かせる。それで、僕も疲れてそのまま眠った。
「ここは…どこなんだ?…暗い…真っ暗だ…」
そんな声が聞こえて僕は目を覚ました。救助した男性が身を起こしている。よかった、気がついたんだ…。
ハッと自分の容姿を思い出して身を固くしてしまう。焼けただれた顔の皮膚を人々はを忌み嫌う。蔑んだ目を当たり前のように向ける。
あの目で見られたら、僕は彼を恨んでしまうだろう。僕の親切は裏切られたと恨んでしまうだろう。僕はそんな感情が出てしまうのが嫌なんだ。
「誰か。誰かいるか?」
困惑と不安を混ぜた声を彼は発していた。
「…います」
自分の闇を封印して、親切にしようと腹を決めた。
「!…よかった。キミは誰?どこにいるんだい?」
「え?」
男性はキョロキョロ辺りを見渡している。僕の方も見ているのに、僕の姿は見えていないような。ーーまさか。
「なぜ、ここは暗いんだ?ここは、どこだ?」
見えていない?
盲目?いや、もともと見えないわけではないだろう。遭難時の事故だろうか。彼は混乱している。心細いだろう。怖いだろう。僕は男性の側に行き、肩を抱いてやった。
「大丈夫、僕はここにいます。」
「…うん、うん。よかった。」
「今は落ち着いて。少し休んで。そうしたらまた考えましょう」
「ああ、…大丈夫だ。」
男性の背中をさすってやると、少し落ち着いたようだった。
「…あのさ」
「はい」
「俺は、俺の名はヤナギ。…君は…?」
「僕は…ユナ」
「ユナ…ありがとう。キミが助けてくれた」
「僕は、山小屋まで運んだだけですから…」
「…俺は、いま…目が」
「…そう、ですね。…見えていない?」
ヤナギの顔の前で手を振ってみたが瞳に反応はない。
「そうなんだ…見えない、見えないんだ。」
ヤナギのカラダは震えていた。光を認識しなくった世界が怖いのだろうか。
僕はヤナギの手をとり安心させる。
「ショックで一時的に見えなくなっているだけかもしれません。あまり悲観しないで。大丈夫。僕がついていますから。」
「ユナ…」
「今は、休んで。体力を回復させるコトに専念しましょう。まずは山を下らなければいけませんから。」
「山を…この目で?そんな…」
ああ、余計なコトを言ってしまった不安を与えてしまった。
「大丈夫です。回復を待ちましょう。僕がお世話しますから。僕がなんとかしますから!!」
根拠はないけど、今は虚勢を張るくらいの方が良い。ヤナギを安心させられる。ヤナギは僕の手をギュっと握り返して、小さくうなづいた。
ヤナギには動き回らないよう、安静にするように指示をして僕は小屋を出た。小屋を出て1人になって僕は項垂れた。
僕は、正直ホッとしたんだ。ヤナギが目が見えないことに、ホッとした。僕の焼けただれた顔を見ないんだって安心した。最低な思考。ヤナギは視力を失ってショックだろうに。それが良かったと喜んでいる自分の思考がおぞましい。そんなコトも知らずヤナギは僕に感謝している。
暗い気持ちになり、僕は足取り重くトボトボと山菜採りに出かけた。僕と、ヤナギの分の食事だ。
「ただいまヤナギさん」
「ユナ、おかえり…!」
「今ごはん作るから、まだ横になってて下さい。」
「…ありがとう」
「いえ」
「…ユナ」
「はい」
「1人で、心細かった…」
ヤナギの震える声にハッとした。…これは助けを求めている声だ。
僕はヤナギに寄り添った。また肩を抱いてやる。目が見えない彼は、触ってあげないと人を認識出来ないだろう。安心させてあげたいと思った。
「ありがとう…ユナ」
僕は黙ってヤナギの背中を撫で続けた。ヤナギは僕に体重を預けて来た。…暖かい。
しばらくそうしたら、僕は食事を作るためヤナギから離れた。囲炉裏で山菜を茹でてスープにする。魚は1匹しかとれなかった。ヤナギにあげよう。
食事を作っている間、ヤナギはずっと話しかけてきた。
「ユナは山小屋管理の人?」
「え?いや…」
「俺と同じように登山客?」
「…いや…」
「違うの?」
「…まあ」
「ユナは山で何をしてたんだい?」
「んー…生活をしているんです」
「…ここに住んでいるのかい?」
「…まあ」
「1人で?」
「はい」
「こんな人里離れた場所で、生活は大変だろう?」
「まあ…」
なんとなくヤナギの質問には口を濁していた。
「いい場所だもんね、ここは」
「…そうですか?」
「俺は登山が趣味でね。1人でよく山に来るんだ。…この山にはよく来るから…大丈夫だろうと気が緩んでしまったんだろうね。ははは」
今の現状を招いてしまった自分を責めるように、ヤナギは力なく笑う。
「でも…」
ヤナギの笑みにチカラが入る。
「だからユナに会えた」
僕は、カラダからボッと燃えるような感覚が湧き上がった。顔が熱い。なんなんだ?ヤナギの笑顔が、まぶしい。
僕は、ブンブンと首を振った。
「ヤナギさん、しょ、食事、出来ましたからっ」
ヤナギの前にスープと焼き魚を置く。
「ここにありますから」
僕はヤナギの手に箸をもたせ、手を誘導する。
「ありがとうユナ」
「う、うん」
僕はヤナギがちゃんと食事できるか見守った。ドギマギしながら見守った。
ヤナギはおいしそうに食べていた。
夜は冷えるから、2人で寄り添って眠った。
暖かい。人の体温って暖かいんだな、と僕はいつもより深く眠った。
それから何日かヤナギとの生活は続いた。水や食料など必要なものを調達するために小屋から離れる以外は、僕たちはいつも寄り添っていた。
目が見えないヤナギが、不安がらないように、いつも寄り添っていた。ヤナギはよく「ありがとう」という。僕こそ「ありがとう」なのだ。人の体温がこんなにもじんわり暖かくて安心できるコトを僕は知るコトができた。泣きそうなくらい幸せだ。
ーー早朝、魚を釣った僕は小屋へ戻る。魚はまた1匹しか釣れなかったからヤナギにあげよう。
小屋へ入ると、ヤナギが寝床から体を起こしていた。
「ヤナギさん、起きてたんですか?まだ寝てて大丈夫ですよ。」
また日が登りきる前の薄暗い早朝だ。ユナはこれが日課だから構わないが、いつものヤナギならまだ寝ている時間だ。
ヤナギは下を向いたまま返事をしない
「ヤナギさん…?」
ユナは心配してヤナギの傍に座り背中をさすってやった。
「大丈夫です…僕はいますよ」
「…ユナ…違うんだ…」
「…ヤナギさん?」
「…少し、放っておいて、くれないか?」
「…はい」
「ユナ…すまない…」
「大丈夫ですよ」
ヤナギには見えないと分かっていても、ユナは笑顔を作って返事をした。優しい声色を出して、気にしていないコトを伝えた。
ヤナギが不安定なのは知っている。不安な心を言葉に変換して伝えるのは難しい。1人になりたいときもあるのだ。
ユナはヤナギからそっと離れ、朝食の準備をする。魚を七輪で焼き、惣菜をこしらえる。
いい匂いが立ち込めて、食欲をそそる。
「ヤナギさん、ごはん、食べますか?」
「ああ…すまない、ユナ」
先ほどよりいくらか元気になったのを感じて嬉しくなった。
ヤナギの前に、惣菜と今朝1匹だけとれた魚をおく。ヤナギに「ここにありますよ」と誘導して、ユナは自分の惣菜を食べ始めた。ヤナギは俯いたまま動かない。
「ヤナギさん、どうしたんですか?…もしかして僕がいない間に何かあったんですか?」
ヤナギはギュッと手を握ると、ゆっくりと顔をあげて僕を見た。
「魚…1匹しかないのに、私にくれたんだな」
その言葉に僕ははドキン、と心臓が跳ねた。ヤナギを見る。ヤナギと目が、合う。
「ユナは優しいから…きっと今日だけじゃない。いつも食料を俺に多くくれてたんだろ?」
ヤナギは柔かい笑みを作った。僕は震えが止まらず、食器を落とした。
ーー見えてる。ヤナギは目が見えてる。見えるようになったんだ。僕がみえてる。この火傷でただれた僕の醜い顔を、今見られいる。ヤナギに、僕の醜い顔を見られている。
ユナの脳内に巡った記憶。醜い顔に向けられた軽蔑の目。親切をしたつもりが近寄るな化け物と罵られる。視界に映るだけで誰かを不快にさせてしまう己の存在。嫌だ嫌だ嫌だ。
「ごめ…ごめんなさいヤナギさん!」
ユナは駆け出して小屋から逃げ出した。ヤナギが呼び止める声を聞いたような気がするが、構わずに走った。涙がポロポロと流れる。ヤナギも気持ち悪いと思っただろうか。ヤナギに寄り添っていた人物が、こんな焼けただれた皮膚をもっていて、嫌な気持ちになっただろうか。嫌いになっただろうか。
「うう…ヤナギさ…ヤナギさん…」
嫌いにならないで。
ヤナギとの楽しかった生活を思い出しては、軽蔑の眼差しを向けるヤナギを想像し震える。
「…あ」
足がもつれ、その場に倒れた。起き上がる気力もなく、地面にうつぶせたままユナは泣いた。
それからどれくらい経っただろう。
「ユナ!…ユナ!」
ヤナギの声がする。
ユナはビクリと体を震わして、体を小さく丸めた。そんなコトをして自身の体が隠れるわけでもないし、ヤナギに見つからないようになるわけでもないのに、ユナは逃げるつもりで体を丸くした。
「ユナ…どうした?大丈夫か!?」
倒れているユナを見つけ、ヤナギは焦り駆け寄る。ユナの背中にそっと手を置く。
ユナの体は跳ね、ガタガタ震え出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ヤナギさん」
「…ユナ、何を謝っているんだ。それに、急に駆けだして…こんなに震えて…いったいどうしたんだ?」
「ヤナギさん…ヤナギさん…。目が…」
ヤナギは丸くなるユナを抱きかかえるようにして言った。
「そうだよ…ユナ。見えるんだ。ユナ。ユナのこと、見えるようになったんだ」
ユナは首を振った。
「ごめんなさい。僕…こんな、で…うっゔぅ…ひっく…うゔ」
なにか、ヤナギを騙していたような気すらしてしまう。罪悪感。
ヤナギは両手でユナの頬を包み込むように捉え、上を向かせた。涙で滲む視界にヤナギの顔が映る。
「ユナ、ユナがなに対して謝罪しているのかわからないけど、君は悪くない。絶対に悪くない。俺に謝らないで。そして…泣かないで」
ヤナギの唇がユナの唇に近づき、口づけをして。触れるだけのキス。長い時間、重なっていた。
「ん…っあ……ヤナギ、さん…」
「ユナ…」
「なんで…だって、僕…僕の顔はこんな!…こんな…焼けただれて…」
「…そんなコトを気にしていたのか?ユナは、俺のことを、そんなコトで人を判断するような人間だと思ったの?」
ヤナギの顔が寂しそうになる。
ユナは溢れる涙を止められず、顔を左右に振る。
「ユナ…。ユナのコトをもっと知りたい。その火傷のコトも、山で生活している経緯も、その優しさも…もっともっと知りたい。もっと聞けるように仲良くなりたい」
「…ヤナギさん」
「ありがとう。俺を助けてくれてありがとう。介抱してくれてありがとう。いつも寄り添ってくれてありがとう。ユナ。お礼はしてもし足りない。これからもずっとありがとうって言い続ける。ユナ、好きだ」
「う、うゔっヤナギさん!ヤナギさん!…ぼ、僕も、僕も好き、です!ヤナギさん!」
うわわわんって泣いてヤナギの胸にしがみついて泣いた。ヤナギは僕の背中をさすってくれた。
「いつもと、逆だな」
ヤナギが笑った。ユナも笑った。
山奥にひっそりと立っている小さな小屋に、今は誰も住んでいない。
ここの住人は、手を取り、支え合いながら山を降りていった。
そんな自分を人の目から隠すように、山に入った。
本当は死ぬつもりで、山に入った。でも死ねなかった。人の目から離れたら、なんだか死ぬ必要はないんじゃないかと思えた。生きようと思った。山で1人で暮らしていくなんて無謀かな。どうせ死ぬつもりだったんだ。ダメならダメでいい。
山で暮らすコトは、思ったより大変ではなかった。山でどんな過酷なコトが起きても、町での暮らしよりよっぽどマシだと思えたから。
1人は、自由だ。
早朝、水を汲みに川辺に下りた。バケツに水を汲んで、山小屋まで戻る。いつもと同じ朝。…のはずだった。
人が倒れている。
川辺付近に人が倒れている。すぐ後ろは崖だ。そこから落ちたのだろうか。遭難したのだろうか。死んでいるのだろうか。…生きているのだろうか。
恐る恐る近づいてみる。僕よりも随分背の高いガッチリした男の人だ。手を伸ばし、揺さぶってみても反応はない。まじまじと観察すると、腹が上下に動いてるのがわかった。生きてる。
放っておいたら、いずれこの人は死ぬかもしれない。でも僕は、もう人と関わり合いたくなくて、山にいる。もともと出会わないはずだったんだ。放っておけばよい。関係ない。
ーーでも。
助けて欲しい時に、見て見ぬフリをされるツラさを僕はしっている。だから、助けなきゃいけない。
『誰か、誰か僕を助けて。ねえ、お願い』
今、僕がその“誰か”なのだから。
「ん、ふう、重い…」
気を失った大の男を運ぶのは、自分よりも大柄な男を運ぶのは、至難の技だ。しかし、ここは水汲みルートなので、毎日通っている慣れた道だ。大丈夫だ。ロープで結んで、ほぼ引きずるようにして小屋に連れて帰った。
「はあ、はあ、はあ…疲れた」
いつもは15分ほどの距離だが、休み休み移動したため何時間もかかった。もはや引きずらないで何処かに寝かせていた方が安静だったのではと思った。でも意地で連れて帰った。小屋の奥にある僕の布団に寝かせる。それで、僕も疲れてそのまま眠った。
「ここは…どこなんだ?…暗い…真っ暗だ…」
そんな声が聞こえて僕は目を覚ました。救助した男性が身を起こしている。よかった、気がついたんだ…。
ハッと自分の容姿を思い出して身を固くしてしまう。焼けただれた顔の皮膚を人々はを忌み嫌う。蔑んだ目を当たり前のように向ける。
あの目で見られたら、僕は彼を恨んでしまうだろう。僕の親切は裏切られたと恨んでしまうだろう。僕はそんな感情が出てしまうのが嫌なんだ。
「誰か。誰かいるか?」
困惑と不安を混ぜた声を彼は発していた。
「…います」
自分の闇を封印して、親切にしようと腹を決めた。
「!…よかった。キミは誰?どこにいるんだい?」
「え?」
男性はキョロキョロ辺りを見渡している。僕の方も見ているのに、僕の姿は見えていないような。ーーまさか。
「なぜ、ここは暗いんだ?ここは、どこだ?」
見えていない?
盲目?いや、もともと見えないわけではないだろう。遭難時の事故だろうか。彼は混乱している。心細いだろう。怖いだろう。僕は男性の側に行き、肩を抱いてやった。
「大丈夫、僕はここにいます。」
「…うん、うん。よかった。」
「今は落ち着いて。少し休んで。そうしたらまた考えましょう」
「ああ、…大丈夫だ。」
男性の背中をさすってやると、少し落ち着いたようだった。
「…あのさ」
「はい」
「俺は、俺の名はヤナギ。…君は…?」
「僕は…ユナ」
「ユナ…ありがとう。キミが助けてくれた」
「僕は、山小屋まで運んだだけですから…」
「…俺は、いま…目が」
「…そう、ですね。…見えていない?」
ヤナギの顔の前で手を振ってみたが瞳に反応はない。
「そうなんだ…見えない、見えないんだ。」
ヤナギのカラダは震えていた。光を認識しなくった世界が怖いのだろうか。
僕はヤナギの手をとり安心させる。
「ショックで一時的に見えなくなっているだけかもしれません。あまり悲観しないで。大丈夫。僕がついていますから。」
「ユナ…」
「今は、休んで。体力を回復させるコトに専念しましょう。まずは山を下らなければいけませんから。」
「山を…この目で?そんな…」
ああ、余計なコトを言ってしまった不安を与えてしまった。
「大丈夫です。回復を待ちましょう。僕がお世話しますから。僕がなんとかしますから!!」
根拠はないけど、今は虚勢を張るくらいの方が良い。ヤナギを安心させられる。ヤナギは僕の手をギュっと握り返して、小さくうなづいた。
ヤナギには動き回らないよう、安静にするように指示をして僕は小屋を出た。小屋を出て1人になって僕は項垂れた。
僕は、正直ホッとしたんだ。ヤナギが目が見えないことに、ホッとした。僕の焼けただれた顔を見ないんだって安心した。最低な思考。ヤナギは視力を失ってショックだろうに。それが良かったと喜んでいる自分の思考がおぞましい。そんなコトも知らずヤナギは僕に感謝している。
暗い気持ちになり、僕は足取り重くトボトボと山菜採りに出かけた。僕と、ヤナギの分の食事だ。
「ただいまヤナギさん」
「ユナ、おかえり…!」
「今ごはん作るから、まだ横になってて下さい。」
「…ありがとう」
「いえ」
「…ユナ」
「はい」
「1人で、心細かった…」
ヤナギの震える声にハッとした。…これは助けを求めている声だ。
僕はヤナギに寄り添った。また肩を抱いてやる。目が見えない彼は、触ってあげないと人を認識出来ないだろう。安心させてあげたいと思った。
「ありがとう…ユナ」
僕は黙ってヤナギの背中を撫で続けた。ヤナギは僕に体重を預けて来た。…暖かい。
しばらくそうしたら、僕は食事を作るためヤナギから離れた。囲炉裏で山菜を茹でてスープにする。魚は1匹しかとれなかった。ヤナギにあげよう。
食事を作っている間、ヤナギはずっと話しかけてきた。
「ユナは山小屋管理の人?」
「え?いや…」
「俺と同じように登山客?」
「…いや…」
「違うの?」
「…まあ」
「ユナは山で何をしてたんだい?」
「んー…生活をしているんです」
「…ここに住んでいるのかい?」
「…まあ」
「1人で?」
「はい」
「こんな人里離れた場所で、生活は大変だろう?」
「まあ…」
なんとなくヤナギの質問には口を濁していた。
「いい場所だもんね、ここは」
「…そうですか?」
「俺は登山が趣味でね。1人でよく山に来るんだ。…この山にはよく来るから…大丈夫だろうと気が緩んでしまったんだろうね。ははは」
今の現状を招いてしまった自分を責めるように、ヤナギは力なく笑う。
「でも…」
ヤナギの笑みにチカラが入る。
「だからユナに会えた」
僕は、カラダからボッと燃えるような感覚が湧き上がった。顔が熱い。なんなんだ?ヤナギの笑顔が、まぶしい。
僕は、ブンブンと首を振った。
「ヤナギさん、しょ、食事、出来ましたからっ」
ヤナギの前にスープと焼き魚を置く。
「ここにありますから」
僕はヤナギの手に箸をもたせ、手を誘導する。
「ありがとうユナ」
「う、うん」
僕はヤナギがちゃんと食事できるか見守った。ドギマギしながら見守った。
ヤナギはおいしそうに食べていた。
夜は冷えるから、2人で寄り添って眠った。
暖かい。人の体温って暖かいんだな、と僕はいつもより深く眠った。
それから何日かヤナギとの生活は続いた。水や食料など必要なものを調達するために小屋から離れる以外は、僕たちはいつも寄り添っていた。
目が見えないヤナギが、不安がらないように、いつも寄り添っていた。ヤナギはよく「ありがとう」という。僕こそ「ありがとう」なのだ。人の体温がこんなにもじんわり暖かくて安心できるコトを僕は知るコトができた。泣きそうなくらい幸せだ。
ーー早朝、魚を釣った僕は小屋へ戻る。魚はまた1匹しか釣れなかったからヤナギにあげよう。
小屋へ入ると、ヤナギが寝床から体を起こしていた。
「ヤナギさん、起きてたんですか?まだ寝てて大丈夫ですよ。」
また日が登りきる前の薄暗い早朝だ。ユナはこれが日課だから構わないが、いつものヤナギならまだ寝ている時間だ。
ヤナギは下を向いたまま返事をしない
「ヤナギさん…?」
ユナは心配してヤナギの傍に座り背中をさすってやった。
「大丈夫です…僕はいますよ」
「…ユナ…違うんだ…」
「…ヤナギさん?」
「…少し、放っておいて、くれないか?」
「…はい」
「ユナ…すまない…」
「大丈夫ですよ」
ヤナギには見えないと分かっていても、ユナは笑顔を作って返事をした。優しい声色を出して、気にしていないコトを伝えた。
ヤナギが不安定なのは知っている。不安な心を言葉に変換して伝えるのは難しい。1人になりたいときもあるのだ。
ユナはヤナギからそっと離れ、朝食の準備をする。魚を七輪で焼き、惣菜をこしらえる。
いい匂いが立ち込めて、食欲をそそる。
「ヤナギさん、ごはん、食べますか?」
「ああ…すまない、ユナ」
先ほどよりいくらか元気になったのを感じて嬉しくなった。
ヤナギの前に、惣菜と今朝1匹だけとれた魚をおく。ヤナギに「ここにありますよ」と誘導して、ユナは自分の惣菜を食べ始めた。ヤナギは俯いたまま動かない。
「ヤナギさん、どうしたんですか?…もしかして僕がいない間に何かあったんですか?」
ヤナギはギュッと手を握ると、ゆっくりと顔をあげて僕を見た。
「魚…1匹しかないのに、私にくれたんだな」
その言葉に僕ははドキン、と心臓が跳ねた。ヤナギを見る。ヤナギと目が、合う。
「ユナは優しいから…きっと今日だけじゃない。いつも食料を俺に多くくれてたんだろ?」
ヤナギは柔かい笑みを作った。僕は震えが止まらず、食器を落とした。
ーー見えてる。ヤナギは目が見えてる。見えるようになったんだ。僕がみえてる。この火傷でただれた僕の醜い顔を、今見られいる。ヤナギに、僕の醜い顔を見られている。
ユナの脳内に巡った記憶。醜い顔に向けられた軽蔑の目。親切をしたつもりが近寄るな化け物と罵られる。視界に映るだけで誰かを不快にさせてしまう己の存在。嫌だ嫌だ嫌だ。
「ごめ…ごめんなさいヤナギさん!」
ユナは駆け出して小屋から逃げ出した。ヤナギが呼び止める声を聞いたような気がするが、構わずに走った。涙がポロポロと流れる。ヤナギも気持ち悪いと思っただろうか。ヤナギに寄り添っていた人物が、こんな焼けただれた皮膚をもっていて、嫌な気持ちになっただろうか。嫌いになっただろうか。
「うう…ヤナギさ…ヤナギさん…」
嫌いにならないで。
ヤナギとの楽しかった生活を思い出しては、軽蔑の眼差しを向けるヤナギを想像し震える。
「…あ」
足がもつれ、その場に倒れた。起き上がる気力もなく、地面にうつぶせたままユナは泣いた。
それからどれくらい経っただろう。
「ユナ!…ユナ!」
ヤナギの声がする。
ユナはビクリと体を震わして、体を小さく丸めた。そんなコトをして自身の体が隠れるわけでもないし、ヤナギに見つからないようになるわけでもないのに、ユナは逃げるつもりで体を丸くした。
「ユナ…どうした?大丈夫か!?」
倒れているユナを見つけ、ヤナギは焦り駆け寄る。ユナの背中にそっと手を置く。
ユナの体は跳ね、ガタガタ震え出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ヤナギさん」
「…ユナ、何を謝っているんだ。それに、急に駆けだして…こんなに震えて…いったいどうしたんだ?」
「ヤナギさん…ヤナギさん…。目が…」
ヤナギは丸くなるユナを抱きかかえるようにして言った。
「そうだよ…ユナ。見えるんだ。ユナ。ユナのこと、見えるようになったんだ」
ユナは首を振った。
「ごめんなさい。僕…こんな、で…うっゔぅ…ひっく…うゔ」
なにか、ヤナギを騙していたような気すらしてしまう。罪悪感。
ヤナギは両手でユナの頬を包み込むように捉え、上を向かせた。涙で滲む視界にヤナギの顔が映る。
「ユナ、ユナがなに対して謝罪しているのかわからないけど、君は悪くない。絶対に悪くない。俺に謝らないで。そして…泣かないで」
ヤナギの唇がユナの唇に近づき、口づけをして。触れるだけのキス。長い時間、重なっていた。
「ん…っあ……ヤナギ、さん…」
「ユナ…」
「なんで…だって、僕…僕の顔はこんな!…こんな…焼けただれて…」
「…そんなコトを気にしていたのか?ユナは、俺のことを、そんなコトで人を判断するような人間だと思ったの?」
ヤナギの顔が寂しそうになる。
ユナは溢れる涙を止められず、顔を左右に振る。
「ユナ…。ユナのコトをもっと知りたい。その火傷のコトも、山で生活している経緯も、その優しさも…もっともっと知りたい。もっと聞けるように仲良くなりたい」
「…ヤナギさん」
「ありがとう。俺を助けてくれてありがとう。介抱してくれてありがとう。いつも寄り添ってくれてありがとう。ユナ。お礼はしてもし足りない。これからもずっとありがとうって言い続ける。ユナ、好きだ」
「う、うゔっヤナギさん!ヤナギさん!…ぼ、僕も、僕も好き、です!ヤナギさん!」
うわわわんって泣いてヤナギの胸にしがみついて泣いた。ヤナギは僕の背中をさすってくれた。
「いつもと、逆だな」
ヤナギが笑った。ユナも笑った。
山奥にひっそりと立っている小さな小屋に、今は誰も住んでいない。
ここの住人は、手を取り、支え合いながら山を降りていった。
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彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。
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人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった
たけむら
BL
「思い込み激しめな友人の恋愛相談を、仕方なく聞いていただけのはずだった」
大学の同期・仁島くんのことが好きになってしまった、と友人・佐倉から世紀の大暴露を押し付けられた名和 正人(なわ まさと)は、その後も幾度となく呼び出されては、恋愛相談をされている。あまりのしつこさに、八つ当たりだと分かっていながらも、友人が好きになってしまったというお相手への怒りが次第に募っていく正人だったが…?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話
天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。
レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。
ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。
リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?
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素敵すぎるお話をありがとうこざいます。
世の中がこんな優しさに溢れていたら平和になるんだろうな…って感じるような優しさ溢れるお話でした。
とても好きな作品です!
これからも頑張ってください
すごく優しいお話❤️
これからも頑張ってください!!
感想ありがとうございます。励みになります!