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第4章 unfairのちfair
18.
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「ちゃんと憶えてる。問題があっても子供じゃないから自分で対処できるって」
「肝心なのはそのまえだ。『こっちは問題ない』。おれはまずそう云った」
それがすべてだと云わんばかりの断固とした云い方だ。単純に、梓沙の過去のバイトだけがネックになっているのなら、確かにふたりは『問題ない』。けれど、それだけではすまない。
「表面上は問題なくても、わたしは梓沙と無関係にはなれない。わたしはずるいから」
「ずるい? 何が?」
「男性不信なのは梓沙も同じ。表れ方が違うだけ」
道仁は目線を上向け、記憶を探り、やがてたどり当てて口を開いた。
「ああ、だからマッチングアプリを使って、梓沙ちゃんはちゃんとした相手を探してたんだったな」
道仁は、梓沙が云ったことを素直に受けとめている。道仁の中に濁りはないのだろうか。そんなことを思って――
「……道仁さんて、セレブのなかのセレブって感じ」
琴子が口走ってしまった言葉は皮肉に聞こえたかもしれない。道仁は眉間にしわを寄せた。
「家系の話に戻るのか」
「きっと道仁さんの周りにはいい人しか集まらない。だから、道仁さんは物事も人も、いいほうにしか考えない。道仁さんの品行方正ぶりに、自然とそういう人しか寄ってこないんだろうけど」
道仁は吹くように吐息を漏らした。
「世間知らずの坊ちゃんとでも云うつもりなのか」
「そんなふうには思ってない。わたしに付き纏うまえの道仁さんは、容赦のないやり手にしか見えなかった。世間をわかっていないと戦略室では通用しないと思うし、部下をうまく操縦することもできない」
「操縦って聞こえが悪くないか」
「してないって云える?」
「能力を引きだしてると云ったほうが聞こえはいいだろう?」
「わたしは操縦されてる気がしたけど」
「ちゃんと琴子を振り向かせるためだ。あの手この手を使ったけど、操縦はしてない」
「道仁さんは……ほんとに誠実。わたしのことを疑うこともしない。そういうところ、少なくとも親しい付き合いに恵まれてるからとしか思えない」
道仁は怪訝そうに目を細めて琴子を見やった。
「疑うべきことってなんだ。それがずるさと関係ある?」
「梓沙はきれいでお喋りがうまいし、夢中になる男の人は多い。その人たちをフった話を聞いて、わたしはいい気味だって思ってた。父親に復讐したい気持ちはあって、それを梓沙に肩代わりしてもらってたの」
「なるほど……っていうのは琴子の云うとおり口癖だ。わかったふりだって云わないでくれ。ただ、それをずるいと云ったら、いくらでもずるい人間はいる」
それ以上にずるいことをしていると知ったらどうするだろう。すべてを打ち明けるにも、まず梓沙に脅迫の事実を確かめてみてからでいい。それは時間稼ぎで、どんなことを聞かされるとしても待っているのは別れでしかない。
「やっぱり道仁さんはいいほうに考えてる」
「それは琴子だからだ。琴子を見てきてもうすぐ一年になる。何も知らないならまだしも、お父さんのことまでおれは知ってるんだ、理解できて当然だろう。琴子のおれに対する態度に嘘はない」
と、琴子を過大評価した道仁は、なるほど、と自分の云ったことを笑う。
「確かに、いいほうに解釈するのは自分のためかもしれないな。それくらい、おれは琴子を手に入れたがっている」
真面目な様に戻って云いきった道仁の言葉は、どこにそんな価値があるのか、自分の中に見いだせない琴子にとって心もとない。道仁との未来はないし、けれど、琴子のかわりにそんな気持ちをぶつけられて素直にそれを受けとめられる人が、また道仁の前には現れる。心変わりも裏切りも否という程、経験させられている。
「あったかいうちに食べたいんだけど」
心臓がぎゅっとつかまれたように苦しくなって、食欲もないのに琴子は露骨に話を逸らす口実にした。
道仁は、はっと気が抜けたように短く笑った。けっして納得はしていないし、話が終わったとも思っていないだろう。
「早く食べて、仕事だっていう既成事実はつくっておいたほうがよさそうだ。琴子の気休めになるなら」
道仁は、「コンペに出すやつ、内装を考えたから見てくれ」と自分のノートパソコンを人差し指でつついた。
琴子の言葉をどんなふうに受けとったのか、道仁は無理やりに話を戻すことはしなかった。
美味しいな、と、琴子が云わないかわりに、卵サンドを口にしながら道仁が云う。
「余り物でシンプルなのもいいもんだ」
「“なるほど”って道仁さんの口癖、わたしに移ったかもしれない。滝沢さんと話してるときに云ったみたいで、探偵っぽい云い方だってからかわれた」
「話が噛み合ってない」
道仁は呆れたように首をひねった。
「ちゃんと繋がってる。ただの卵サンドを、美味しい、って云ったでしょ。それ、わたしの口癖みたいなものだから」
「なるほど」
琴子が笑うと、道仁も興じて笑う。気取らない、少年のような笑い方は、琴子の中に抱きつきたい衝動を駆りたてる。素直になれない性格と、そうしたら最後という気もしてできなかった。
琴子が道仁を手に入れることはできないのだ。
「肝心なのはそのまえだ。『こっちは問題ない』。おれはまずそう云った」
それがすべてだと云わんばかりの断固とした云い方だ。単純に、梓沙の過去のバイトだけがネックになっているのなら、確かにふたりは『問題ない』。けれど、それだけではすまない。
「表面上は問題なくても、わたしは梓沙と無関係にはなれない。わたしはずるいから」
「ずるい? 何が?」
「男性不信なのは梓沙も同じ。表れ方が違うだけ」
道仁は目線を上向け、記憶を探り、やがてたどり当てて口を開いた。
「ああ、だからマッチングアプリを使って、梓沙ちゃんはちゃんとした相手を探してたんだったな」
道仁は、梓沙が云ったことを素直に受けとめている。道仁の中に濁りはないのだろうか。そんなことを思って――
「……道仁さんて、セレブのなかのセレブって感じ」
琴子が口走ってしまった言葉は皮肉に聞こえたかもしれない。道仁は眉間にしわを寄せた。
「家系の話に戻るのか」
「きっと道仁さんの周りにはいい人しか集まらない。だから、道仁さんは物事も人も、いいほうにしか考えない。道仁さんの品行方正ぶりに、自然とそういう人しか寄ってこないんだろうけど」
道仁は吹くように吐息を漏らした。
「世間知らずの坊ちゃんとでも云うつもりなのか」
「そんなふうには思ってない。わたしに付き纏うまえの道仁さんは、容赦のないやり手にしか見えなかった。世間をわかっていないと戦略室では通用しないと思うし、部下をうまく操縦することもできない」
「操縦って聞こえが悪くないか」
「してないって云える?」
「能力を引きだしてると云ったほうが聞こえはいいだろう?」
「わたしは操縦されてる気がしたけど」
「ちゃんと琴子を振り向かせるためだ。あの手この手を使ったけど、操縦はしてない」
「道仁さんは……ほんとに誠実。わたしのことを疑うこともしない。そういうところ、少なくとも親しい付き合いに恵まれてるからとしか思えない」
道仁は怪訝そうに目を細めて琴子を見やった。
「疑うべきことってなんだ。それがずるさと関係ある?」
「梓沙はきれいでお喋りがうまいし、夢中になる男の人は多い。その人たちをフった話を聞いて、わたしはいい気味だって思ってた。父親に復讐したい気持ちはあって、それを梓沙に肩代わりしてもらってたの」
「なるほど……っていうのは琴子の云うとおり口癖だ。わかったふりだって云わないでくれ。ただ、それをずるいと云ったら、いくらでもずるい人間はいる」
それ以上にずるいことをしていると知ったらどうするだろう。すべてを打ち明けるにも、まず梓沙に脅迫の事実を確かめてみてからでいい。それは時間稼ぎで、どんなことを聞かされるとしても待っているのは別れでしかない。
「やっぱり道仁さんはいいほうに考えてる」
「それは琴子だからだ。琴子を見てきてもうすぐ一年になる。何も知らないならまだしも、お父さんのことまでおれは知ってるんだ、理解できて当然だろう。琴子のおれに対する態度に嘘はない」
と、琴子を過大評価した道仁は、なるほど、と自分の云ったことを笑う。
「確かに、いいほうに解釈するのは自分のためかもしれないな。それくらい、おれは琴子を手に入れたがっている」
真面目な様に戻って云いきった道仁の言葉は、どこにそんな価値があるのか、自分の中に見いだせない琴子にとって心もとない。道仁との未来はないし、けれど、琴子のかわりにそんな気持ちをぶつけられて素直にそれを受けとめられる人が、また道仁の前には現れる。心変わりも裏切りも否という程、経験させられている。
「あったかいうちに食べたいんだけど」
心臓がぎゅっとつかまれたように苦しくなって、食欲もないのに琴子は露骨に話を逸らす口実にした。
道仁は、はっと気が抜けたように短く笑った。けっして納得はしていないし、話が終わったとも思っていないだろう。
「早く食べて、仕事だっていう既成事実はつくっておいたほうがよさそうだ。琴子の気休めになるなら」
道仁は、「コンペに出すやつ、内装を考えたから見てくれ」と自分のノートパソコンを人差し指でつついた。
琴子の言葉をどんなふうに受けとったのか、道仁は無理やりに話を戻すことはしなかった。
美味しいな、と、琴子が云わないかわりに、卵サンドを口にしながら道仁が云う。
「余り物でシンプルなのもいいもんだ」
「“なるほど”って道仁さんの口癖、わたしに移ったかもしれない。滝沢さんと話してるときに云ったみたいで、探偵っぽい云い方だってからかわれた」
「話が噛み合ってない」
道仁は呆れたように首をひねった。
「ちゃんと繋がってる。ただの卵サンドを、美味しい、って云ったでしょ。それ、わたしの口癖みたいなものだから」
「なるほど」
琴子が笑うと、道仁も興じて笑う。気取らない、少年のような笑い方は、琴子の中に抱きつきたい衝動を駆りたてる。素直になれない性格と、そうしたら最後という気もしてできなかった。
琴子が道仁を手に入れることはできないのだ。
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