47 / 64
第4章 unfairのちfair
15.
しおりを挟む
犬飼は琴子の前に来て立ち止まり、そのときには琴子のくちびるに宿った笑みが消えていた。
「こんにちは。ご無沙汰しています」
「まったくだ。二度と会うことのないよう願っていたが」
犬飼は吐き捨てるように云い、その不快極まりない心情は眉間に寄ったしわの深さから優に察せられる。
梓沙を介して最後に犬飼と会ったのは四年前、それまで夕食をご馳走してもらったこともある。四年の間に髪型だったりメイクだったり、加えて学生から社会人になって雰囲気も変化しているはずなのに、数えられる程度にしか会っていない琴子を犬飼は遠目から見間違うこともなかった。それだけ琴子が犬飼に対して悪印象を与えているとしか考えられない。当然だ。
「……わたしに用ですか」
「今期、きみは異動したと聞いた。実務課といえばデータ管理部のなかでも重要なポストだ。当然、さっき私が云ったことから、用がなければきみを呼びとめなかった、と読みとれるくらい優秀なのだろう?」
犬飼は回りくどく、なお且つ琴子がたじろぐくらいに嫌みったらしく答えた。尻込みしそうになるのを、琴子は足を踏ん張ってどうにか堪える。
「どんな用事ですか」
動揺を隠して、琴子は質問を云い換えた。
「きみは里見道仁くんと付き合っているのか」
犬飼が情報を得たさきは梓沙か、それとも遠戚である玉城家か。その問いかけは琴子と道仁を破局させるために確かめているのか。そんな疑問を抱きながら、一方で素直に認めるべきか、嘘を吐いて否定するべきか、琴子は迷ってすぐには答えられなかった。即ち、それは肯定したことにほかならない。
「……そうです」
琴子は素直に認めるしかなかった。返ってくる言葉はわかっている。
「社内規程違反だ。きみと道仁くんをマッチングさせた記録はない。どうやって道仁くんを脅したんだ」
やはり考えていたとおりの批難が浴びせられた。加えて、道仁は被害者だとほのめかしている。あるいは、そうあるべきだと、琴子が自認することを強要している。道仁を悪者にするわけにはいかないのだろう。
「脅してなんかいません」
「それなら、壮輔くんと梓沙がマッチングして、これ幸いと色仕掛けでもやったのか」
犬飼の云っていることは順番が逆転していて、あまつさえ、仕掛けてきたのは道仁だ。けれど、何がさきかということは、犬飼にとってきっと問題ではない。
「違います。でも……どちらにしろ、うまくいくなんて思ってません」
犬飼は、私はうまくいこうがいくまいがどっちでもいい、と無責任に云い放ち、それから――
「ただし、今回、利用するのはこっちだ」
と脅しを放った。
わかっているのは心底から嫌われているということだけで、会いたくなかったという琴子を犬飼がわざわざ訪ねてきた理由はさっぱりわからない。
「利用するって……」
「梓沙が脅迫してきた。今度は私じゃなく、壮輔くんをな」
まったくの寝耳に水で、琴子は目を見開き――
「そんな……」
あり得ないと首を横に振りつつ絶句した。
「聞いてないのか? そりゃあ、道仁くんのことがある、きみに話せば反対するだろうからな」
「梓沙がそうするならきっと理由があるはずです」
「理由? 理由がどうであれ、ただの脅迫じゃない、恐喝だ。マッチングを利用したはずが弄ばれたすえ捨てられたという云い分だ。三千万を要求しているそうだ」
琴子は息を呑んだ。梓沙が金銭を目的として脅すなど、琴子には信じられない。
「……三千万……て、そんなはず……」
「そんなはずがあるんだよ。応じなければ会社に直訴すると云ったらしい。梓沙が水商売のバイトをしていたことも、それが知れたことも、私の責任ではない。だが、私はコンプライアンス管理部の責任者であり、玉城家とは遠縁に当たる。見過ごすことはできない」
犬飼は断固として云い放ち、それは琴子への脅しの前兆でもあった。
「梓沙と話してみます」
「いや、それだけでは足りない。きみには恐喝をやめさせる義務がある。それを果たさなければ、私はきみと道仁くんをコンプライアンス違反で訴えざるを得ない。降格か異動か、場合によってはやめてもらうことになる。立場上、道仁くんが出ていくことにはならないとしても、居心地は悪くなるだろう。梓沙にそう云ってみればいい。きみたちの間にあるのは真の友情か否か、明確になるだろう。今回もきみが共犯者かどうか、それはどうでもいい。ただはっきり、きみたちには前科がある。今回は容赦しない」
言葉どおり、琴子にとっては容赦ない宣言だった。
呆然として返事ができないうちに、連絡を待っている、と云い残して犬飼は背中を向けた。
犬飼の姿がエレベーターホールに消えたあともなお動けないほど、琴子にとっていまの会話は衝撃だった。
「こんにちは。ご無沙汰しています」
「まったくだ。二度と会うことのないよう願っていたが」
犬飼は吐き捨てるように云い、その不快極まりない心情は眉間に寄ったしわの深さから優に察せられる。
梓沙を介して最後に犬飼と会ったのは四年前、それまで夕食をご馳走してもらったこともある。四年の間に髪型だったりメイクだったり、加えて学生から社会人になって雰囲気も変化しているはずなのに、数えられる程度にしか会っていない琴子を犬飼は遠目から見間違うこともなかった。それだけ琴子が犬飼に対して悪印象を与えているとしか考えられない。当然だ。
「……わたしに用ですか」
「今期、きみは異動したと聞いた。実務課といえばデータ管理部のなかでも重要なポストだ。当然、さっき私が云ったことから、用がなければきみを呼びとめなかった、と読みとれるくらい優秀なのだろう?」
犬飼は回りくどく、なお且つ琴子がたじろぐくらいに嫌みったらしく答えた。尻込みしそうになるのを、琴子は足を踏ん張ってどうにか堪える。
「どんな用事ですか」
動揺を隠して、琴子は質問を云い換えた。
「きみは里見道仁くんと付き合っているのか」
犬飼が情報を得たさきは梓沙か、それとも遠戚である玉城家か。その問いかけは琴子と道仁を破局させるために確かめているのか。そんな疑問を抱きながら、一方で素直に認めるべきか、嘘を吐いて否定するべきか、琴子は迷ってすぐには答えられなかった。即ち、それは肯定したことにほかならない。
「……そうです」
琴子は素直に認めるしかなかった。返ってくる言葉はわかっている。
「社内規程違反だ。きみと道仁くんをマッチングさせた記録はない。どうやって道仁くんを脅したんだ」
やはり考えていたとおりの批難が浴びせられた。加えて、道仁は被害者だとほのめかしている。あるいは、そうあるべきだと、琴子が自認することを強要している。道仁を悪者にするわけにはいかないのだろう。
「脅してなんかいません」
「それなら、壮輔くんと梓沙がマッチングして、これ幸いと色仕掛けでもやったのか」
犬飼の云っていることは順番が逆転していて、あまつさえ、仕掛けてきたのは道仁だ。けれど、何がさきかということは、犬飼にとってきっと問題ではない。
「違います。でも……どちらにしろ、うまくいくなんて思ってません」
犬飼は、私はうまくいこうがいくまいがどっちでもいい、と無責任に云い放ち、それから――
「ただし、今回、利用するのはこっちだ」
と脅しを放った。
わかっているのは心底から嫌われているということだけで、会いたくなかったという琴子を犬飼がわざわざ訪ねてきた理由はさっぱりわからない。
「利用するって……」
「梓沙が脅迫してきた。今度は私じゃなく、壮輔くんをな」
まったくの寝耳に水で、琴子は目を見開き――
「そんな……」
あり得ないと首を横に振りつつ絶句した。
「聞いてないのか? そりゃあ、道仁くんのことがある、きみに話せば反対するだろうからな」
「梓沙がそうするならきっと理由があるはずです」
「理由? 理由がどうであれ、ただの脅迫じゃない、恐喝だ。マッチングを利用したはずが弄ばれたすえ捨てられたという云い分だ。三千万を要求しているそうだ」
琴子は息を呑んだ。梓沙が金銭を目的として脅すなど、琴子には信じられない。
「……三千万……て、そんなはず……」
「そんなはずがあるんだよ。応じなければ会社に直訴すると云ったらしい。梓沙が水商売のバイトをしていたことも、それが知れたことも、私の責任ではない。だが、私はコンプライアンス管理部の責任者であり、玉城家とは遠縁に当たる。見過ごすことはできない」
犬飼は断固として云い放ち、それは琴子への脅しの前兆でもあった。
「梓沙と話してみます」
「いや、それだけでは足りない。きみには恐喝をやめさせる義務がある。それを果たさなければ、私はきみと道仁くんをコンプライアンス違反で訴えざるを得ない。降格か異動か、場合によってはやめてもらうことになる。立場上、道仁くんが出ていくことにはならないとしても、居心地は悪くなるだろう。梓沙にそう云ってみればいい。きみたちの間にあるのは真の友情か否か、明確になるだろう。今回もきみが共犯者かどうか、それはどうでもいい。ただはっきり、きみたちには前科がある。今回は容赦しない」
言葉どおり、琴子にとっては容赦ない宣言だった。
呆然として返事ができないうちに、連絡を待っている、と云い残して犬飼は背中を向けた。
犬飼の姿がエレベーターホールに消えたあともなお動けないほど、琴子にとっていまの会話は衝撃だった。
0
お気に入りに追加
251
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる