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第4章 unfairのちfair
15.
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犬飼は琴子の前に来て立ち止まり、そのときには琴子のくちびるに宿った笑みが消えていた。
「こんにちは。ご無沙汰しています」
「まったくだ。二度と会うことのないよう願っていたが」
犬飼は吐き捨てるように云い、その不快極まりない心情は眉間に寄ったしわの深さから優に察せられる。
梓沙を介して最後に犬飼と会ったのは四年前、それまで夕食をご馳走してもらったこともある。四年の間に髪型だったりメイクだったり、加えて学生から社会人になって雰囲気も変化しているはずなのに、数えられる程度にしか会っていない琴子を犬飼は遠目から見間違うこともなかった。それだけ琴子が犬飼に対して悪印象を与えているとしか考えられない。当然だ。
「……わたしに用ですか」
「今期、きみは異動したと聞いた。実務課といえばデータ管理部のなかでも重要なポストだ。当然、さっき私が云ったことから、用がなければきみを呼びとめなかった、と読みとれるくらい優秀なのだろう?」
犬飼は回りくどく、なお且つ琴子がたじろぐくらいに嫌みったらしく答えた。尻込みしそうになるのを、琴子は足を踏ん張ってどうにか堪える。
「どんな用事ですか」
動揺を隠して、琴子は質問を云い換えた。
「きみは里見道仁くんと付き合っているのか」
犬飼が情報を得たさきは梓沙か、それとも遠戚である玉城家か。その問いかけは琴子と道仁を破局させるために確かめているのか。そんな疑問を抱きながら、一方で素直に認めるべきか、嘘を吐いて否定するべきか、琴子は迷ってすぐには答えられなかった。即ち、それは肯定したことにほかならない。
「……そうです」
琴子は素直に認めるしかなかった。返ってくる言葉はわかっている。
「社内規程違反だ。きみと道仁くんをマッチングさせた記録はない。どうやって道仁くんを脅したんだ」
やはり考えていたとおりの批難が浴びせられた。加えて、道仁は被害者だとほのめかしている。あるいは、そうあるべきだと、琴子が自認することを強要している。道仁を悪者にするわけにはいかないのだろう。
「脅してなんかいません」
「それなら、壮輔くんと梓沙がマッチングして、これ幸いと色仕掛けでもやったのか」
犬飼の云っていることは順番が逆転していて、あまつさえ、仕掛けてきたのは道仁だ。けれど、何がさきかということは、犬飼にとってきっと問題ではない。
「違います。でも……どちらにしろ、うまくいくなんて思ってません」
犬飼は、私はうまくいこうがいくまいがどっちでもいい、と無責任に云い放ち、それから――
「ただし、今回、利用するのはこっちだ」
と脅しを放った。
わかっているのは心底から嫌われているということだけで、会いたくなかったという琴子を犬飼がわざわざ訪ねてきた理由はさっぱりわからない。
「利用するって……」
「梓沙が脅迫してきた。今度は私じゃなく、壮輔くんをな」
まったくの寝耳に水で、琴子は目を見開き――
「そんな……」
あり得ないと首を横に振りつつ絶句した。
「聞いてないのか? そりゃあ、道仁くんのことがある、きみに話せば反対するだろうからな」
「梓沙がそうするならきっと理由があるはずです」
「理由? 理由がどうであれ、ただの脅迫じゃない、恐喝だ。マッチングを利用したはずが弄ばれたすえ捨てられたという云い分だ。三千万を要求しているそうだ」
琴子は息を呑んだ。梓沙が金銭を目的として脅すなど、琴子には信じられない。
「……三千万……て、そんなはず……」
「そんなはずがあるんだよ。応じなければ会社に直訴すると云ったらしい。梓沙が水商売のバイトをしていたことも、それが知れたことも、私の責任ではない。だが、私はコンプライアンス管理部の責任者であり、玉城家とは遠縁に当たる。見過ごすことはできない」
犬飼は断固として云い放ち、それは琴子への脅しの前兆でもあった。
「梓沙と話してみます」
「いや、それだけでは足りない。きみには恐喝をやめさせる義務がある。それを果たさなければ、私はきみと道仁くんをコンプライアンス違反で訴えざるを得ない。降格か異動か、場合によってはやめてもらうことになる。立場上、道仁くんが出ていくことにはならないとしても、居心地は悪くなるだろう。梓沙にそう云ってみればいい。きみたちの間にあるのは真の友情か否か、明確になるだろう。今回もきみが共犯者かどうか、それはどうでもいい。ただはっきり、きみたちには前科がある。今回は容赦しない」
言葉どおり、琴子にとっては容赦ない宣言だった。
呆然として返事ができないうちに、連絡を待っている、と云い残して犬飼は背中を向けた。
犬飼の姿がエレベーターホールに消えたあともなお動けないほど、琴子にとっていまの会話は衝撃だった。
「こんにちは。ご無沙汰しています」
「まったくだ。二度と会うことのないよう願っていたが」
犬飼は吐き捨てるように云い、その不快極まりない心情は眉間に寄ったしわの深さから優に察せられる。
梓沙を介して最後に犬飼と会ったのは四年前、それまで夕食をご馳走してもらったこともある。四年の間に髪型だったりメイクだったり、加えて学生から社会人になって雰囲気も変化しているはずなのに、数えられる程度にしか会っていない琴子を犬飼は遠目から見間違うこともなかった。それだけ琴子が犬飼に対して悪印象を与えているとしか考えられない。当然だ。
「……わたしに用ですか」
「今期、きみは異動したと聞いた。実務課といえばデータ管理部のなかでも重要なポストだ。当然、さっき私が云ったことから、用がなければきみを呼びとめなかった、と読みとれるくらい優秀なのだろう?」
犬飼は回りくどく、なお且つ琴子がたじろぐくらいに嫌みったらしく答えた。尻込みしそうになるのを、琴子は足を踏ん張ってどうにか堪える。
「どんな用事ですか」
動揺を隠して、琴子は質問を云い換えた。
「きみは里見道仁くんと付き合っているのか」
犬飼が情報を得たさきは梓沙か、それとも遠戚である玉城家か。その問いかけは琴子と道仁を破局させるために確かめているのか。そんな疑問を抱きながら、一方で素直に認めるべきか、嘘を吐いて否定するべきか、琴子は迷ってすぐには答えられなかった。即ち、それは肯定したことにほかならない。
「……そうです」
琴子は素直に認めるしかなかった。返ってくる言葉はわかっている。
「社内規程違反だ。きみと道仁くんをマッチングさせた記録はない。どうやって道仁くんを脅したんだ」
やはり考えていたとおりの批難が浴びせられた。加えて、道仁は被害者だとほのめかしている。あるいは、そうあるべきだと、琴子が自認することを強要している。道仁を悪者にするわけにはいかないのだろう。
「脅してなんかいません」
「それなら、壮輔くんと梓沙がマッチングして、これ幸いと色仕掛けでもやったのか」
犬飼の云っていることは順番が逆転していて、あまつさえ、仕掛けてきたのは道仁だ。けれど、何がさきかということは、犬飼にとってきっと問題ではない。
「違います。でも……どちらにしろ、うまくいくなんて思ってません」
犬飼は、私はうまくいこうがいくまいがどっちでもいい、と無責任に云い放ち、それから――
「ただし、今回、利用するのはこっちだ」
と脅しを放った。
わかっているのは心底から嫌われているということだけで、会いたくなかったという琴子を犬飼がわざわざ訪ねてきた理由はさっぱりわからない。
「利用するって……」
「梓沙が脅迫してきた。今度は私じゃなく、壮輔くんをな」
まったくの寝耳に水で、琴子は目を見開き――
「そんな……」
あり得ないと首を横に振りつつ絶句した。
「聞いてないのか? そりゃあ、道仁くんのことがある、きみに話せば反対するだろうからな」
「梓沙がそうするならきっと理由があるはずです」
「理由? 理由がどうであれ、ただの脅迫じゃない、恐喝だ。マッチングを利用したはずが弄ばれたすえ捨てられたという云い分だ。三千万を要求しているそうだ」
琴子は息を呑んだ。梓沙が金銭を目的として脅すなど、琴子には信じられない。
「……三千万……て、そんなはず……」
「そんなはずがあるんだよ。応じなければ会社に直訴すると云ったらしい。梓沙が水商売のバイトをしていたことも、それが知れたことも、私の責任ではない。だが、私はコンプライアンス管理部の責任者であり、玉城家とは遠縁に当たる。見過ごすことはできない」
犬飼は断固として云い放ち、それは琴子への脅しの前兆でもあった。
「梓沙と話してみます」
「いや、それだけでは足りない。きみには恐喝をやめさせる義務がある。それを果たさなければ、私はきみと道仁くんをコンプライアンス違反で訴えざるを得ない。降格か異動か、場合によってはやめてもらうことになる。立場上、道仁くんが出ていくことにはならないとしても、居心地は悪くなるだろう。梓沙にそう云ってみればいい。きみたちの間にあるのは真の友情か否か、明確になるだろう。今回もきみが共犯者かどうか、それはどうでもいい。ただはっきり、きみたちには前科がある。今回は容赦しない」
言葉どおり、琴子にとっては容赦ない宣言だった。
呆然として返事ができないうちに、連絡を待っている、と云い残して犬飼は背中を向けた。
犬飼の姿がエレベーターホールに消えたあともなお動けないほど、琴子にとっていまの会話は衝撃だった。
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