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第4章 unfairのちfair
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琴子が道仁のマンションに行ったのは七時、道仁が帰りついたのはそれから二時間近くたってからだった。
琴子が作った肉じゃがメインの夕食を一緒に食べたあと、道仁はシャワーを浴びてリビングに戻ってきた。道仁が帰ってくるまえにシャワー浴をすませていた琴子は、夕食の片付けをしたあと道仁が来るのを待って作った、梅酒のソーダ割を持っていく。ソファの前のテーブルに置くと、道仁に手を取られた。
道仁はソファではなく床に敷いたラグの上に腰を下ろしていて、琴子は手を引かれるまま、あぐらを掻いた道仁の脚の間にお尻をつくと、膝を立てて座った。
道仁の手がグラスに伸びる。琴子の肩越しに一口梅酒を飲むと、道仁はグラスをテーブルに戻した。琴子もまたグラスを取って一口含む。味わっている間に、道仁はテーブルに置いていたノートパソコンを起動させた。
いくつかの操作のあと、六つに区切った画面に写真が並ぶ。見覚えのある写真だ。
「これって今日、わたしが出したデータ? 仕事の持ち帰り?」
「前者は正解、後者はノーだ。いくつか見せるから憶えて」
道仁の依頼により、琴子がホース自動車から収集した写真は歴代のホース車だ。いま目の前のパソコン画面に映るのは、そのうちのセダンタイプの車種をピックアップしたものだった。
車に興味のなかった琴子も、職業病とでもいうべきか、最近はメーカーと車種を云い当てられるほどになった。今回、収集した車もクラシックなものまでほぼ頭に入っている。
「いい?」
「うん。どれも知ってる」
琴子が答えると、道仁は、じゃあ、とつぶやきながら画面を切り替えた。
そこに出てきたのは、ペインティング前の車のスケッチ画像だ。大剣を連想させる鋭いカットがありながらも、なめらかな流線を持ち、なんとも優美な車のスケッチだった。
「どう?」
見入ったまま何も口にしない琴子に痺れを切らし、道仁は感想を急かす。
「見たことない車だけど……力強くて、でも繊細な感じがする。すごくカッコいい」
どこの車? と琴子が振り向いて訊ねると、道仁はにやりと笑んだ。
「どこの車でもない。おれが描いた」
「ほんとに?」
「ああ」
こんなことで嘘を吐いてもおもしろくもない。琴子はもう一度、画面に見入った。スケッチはそつがなく、素人目の琴子が見ると、素人とは思えない出来映えだ。
「道仁さんがこんな絵を描けるって知らなかった」
「付焼刃だ。今年に入ってオンライン講座でカーデザインを習い始めた。オリジナリティある?」
「というより、ありすぎる感じ。独創的。でも勉強してること、教えてくれてない」
「最初の頃は琴子を攻略することに必死で、それどころじゃなかった。付き合うようになって、話そうかとも思ったけど、驚かそうという気持ちのほうが勝ったってとこだ」
「驚いてる。いまのプロジェクトを考えてたときから勉強してた?」
「どうせなら、自分がデザインした車に乗ってみたいって思うだろう?」
道仁が自動運転車プロジェクトを起ちあげようと考えるに至ったのは、車が好きだという基礎があってのこととは知っていたけれど。
「そこまで車に夢中だって思ってなかった」
思わずつぶやいた言葉がどんなふうに聞こえたのか、道仁が耳もとで笑い、くすぐったいような感覚に琴子は首をすくめた。
「車にジェラシーを感じてくれるとは本望だ」
違うと云えば嘘になるし、道仁に通じるはずもない。かといって認めるには琴子は素直じゃなさすぎる。
「社内合同コンペに応募する?」
「匿名公募だからそれも可能だ。どうするべきだと思う?」
道仁は琴子に決断をゆだねている。ふざけているのではなく、ごく真剣な口調だ。
プロジェクトの車種についてはネーミングからデザイン、エンブレムまで社内公募することが決まっている。匿名でも社内コンペであれば、結果的に忖度があると思われかねない。ただし、今回は社内合同コンペで、プラヴィはホースの、ホースはプラヴィの応募を審査するという形式を取ることになっている。だから、最終選考に残るまでに身びいきは存在しない。
「出すべき! いまの道仁さんの車も好きだけど、これに乗ってみたい」
「琴子からそう云われると冥利に尽きる。審査に通らなくても、特注して製造してもらうっていう手もあるけど――」
道仁は、途方もない金額が必要になりそうなことを軽く云ってのけ、途中で言葉を切ると、琴子の手からグラスを奪ってテーブルに置いた。
「――いまは、車よりも琴子に乗りたい」
耳もとで熱く囁かれ、ぞくっとした感覚のもと琴子は小さく悲鳴をあげた。
琴子が道仁のマンションに行ったのは七時、道仁が帰りついたのはそれから二時間近くたってからだった。
琴子が作った肉じゃがメインの夕食を一緒に食べたあと、道仁はシャワーを浴びてリビングに戻ってきた。道仁が帰ってくるまえにシャワー浴をすませていた琴子は、夕食の片付けをしたあと道仁が来るのを待って作った、梅酒のソーダ割を持っていく。ソファの前のテーブルに置くと、道仁に手を取られた。
道仁はソファではなく床に敷いたラグの上に腰を下ろしていて、琴子は手を引かれるまま、あぐらを掻いた道仁の脚の間にお尻をつくと、膝を立てて座った。
道仁の手がグラスに伸びる。琴子の肩越しに一口梅酒を飲むと、道仁はグラスをテーブルに戻した。琴子もまたグラスを取って一口含む。味わっている間に、道仁はテーブルに置いていたノートパソコンを起動させた。
いくつかの操作のあと、六つに区切った画面に写真が並ぶ。見覚えのある写真だ。
「これって今日、わたしが出したデータ? 仕事の持ち帰り?」
「前者は正解、後者はノーだ。いくつか見せるから憶えて」
道仁の依頼により、琴子がホース自動車から収集した写真は歴代のホース車だ。いま目の前のパソコン画面に映るのは、そのうちのセダンタイプの車種をピックアップしたものだった。
車に興味のなかった琴子も、職業病とでもいうべきか、最近はメーカーと車種を云い当てられるほどになった。今回、収集した車もクラシックなものまでほぼ頭に入っている。
「いい?」
「うん。どれも知ってる」
琴子が答えると、道仁は、じゃあ、とつぶやきながら画面を切り替えた。
そこに出てきたのは、ペインティング前の車のスケッチ画像だ。大剣を連想させる鋭いカットがありながらも、なめらかな流線を持ち、なんとも優美な車のスケッチだった。
「どう?」
見入ったまま何も口にしない琴子に痺れを切らし、道仁は感想を急かす。
「見たことない車だけど……力強くて、でも繊細な感じがする。すごくカッコいい」
どこの車? と琴子が振り向いて訊ねると、道仁はにやりと笑んだ。
「どこの車でもない。おれが描いた」
「ほんとに?」
「ああ」
こんなことで嘘を吐いてもおもしろくもない。琴子はもう一度、画面に見入った。スケッチはそつがなく、素人目の琴子が見ると、素人とは思えない出来映えだ。
「道仁さんがこんな絵を描けるって知らなかった」
「付焼刃だ。今年に入ってオンライン講座でカーデザインを習い始めた。オリジナリティある?」
「というより、ありすぎる感じ。独創的。でも勉強してること、教えてくれてない」
「最初の頃は琴子を攻略することに必死で、それどころじゃなかった。付き合うようになって、話そうかとも思ったけど、驚かそうという気持ちのほうが勝ったってとこだ」
「驚いてる。いまのプロジェクトを考えてたときから勉強してた?」
「どうせなら、自分がデザインした車に乗ってみたいって思うだろう?」
道仁が自動運転車プロジェクトを起ちあげようと考えるに至ったのは、車が好きだという基礎があってのこととは知っていたけれど。
「そこまで車に夢中だって思ってなかった」
思わずつぶやいた言葉がどんなふうに聞こえたのか、道仁が耳もとで笑い、くすぐったいような感覚に琴子は首をすくめた。
「車にジェラシーを感じてくれるとは本望だ」
違うと云えば嘘になるし、道仁に通じるはずもない。かといって認めるには琴子は素直じゃなさすぎる。
「社内合同コンペに応募する?」
「匿名公募だからそれも可能だ。どうするべきだと思う?」
道仁は琴子に決断をゆだねている。ふざけているのではなく、ごく真剣な口調だ。
プロジェクトの車種についてはネーミングからデザイン、エンブレムまで社内公募することが決まっている。匿名でも社内コンペであれば、結果的に忖度があると思われかねない。ただし、今回は社内合同コンペで、プラヴィはホースの、ホースはプラヴィの応募を審査するという形式を取ることになっている。だから、最終選考に残るまでに身びいきは存在しない。
「出すべき! いまの道仁さんの車も好きだけど、これに乗ってみたい」
「琴子からそう云われると冥利に尽きる。審査に通らなくても、特注して製造してもらうっていう手もあるけど――」
道仁は、途方もない金額が必要になりそうなことを軽く云ってのけ、途中で言葉を切ると、琴子の手からグラスを奪ってテーブルに置いた。
「――いまは、車よりも琴子に乗りたい」
耳もとで熱く囁かれ、ぞくっとした感覚のもと琴子は小さく悲鳴をあげた。
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