恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

文字の大きさ
上 下
38 / 64
第4章 unfairのちfair

6.

しおりを挟む
    *

 琴子が道仁のマンションに行ったのは七時、道仁が帰りついたのはそれから二時間近くたってからだった。
 琴子が作った肉じゃがメインの夕食を一緒に食べたあと、道仁はシャワーを浴びてリビングに戻ってきた。道仁が帰ってくるまえにシャワー浴をすませていた琴子は、夕食の片付けをしたあと道仁が来るのを待って作った、梅酒のソーダ割を持っていく。ソファの前のテーブルに置くと、道仁に手を取られた。
 道仁はソファではなく床に敷いたラグの上に腰を下ろしていて、琴子は手を引かれるまま、あぐらを掻いた道仁の脚の間にお尻をつくと、膝を立てて座った。
 道仁の手がグラスに伸びる。琴子の肩越しに一口梅酒を飲むと、道仁はグラスをテーブルに戻した。琴子もまたグラスを取って一口含む。味わっている間に、道仁はテーブルに置いていたノートパソコンを起動させた。
 いくつかの操作のあと、六つに区切った画面に写真が並ぶ。見覚えのある写真だ。
「これって今日、わたしが出したデータ? 仕事の持ち帰り?」
「前者は正解、後者はノーだ。いくつか見せるから憶えて」
 道仁の依頼により、琴子がホース自動車から収集した写真は歴代のホース車だ。いま目の前のパソコン画面に映るのは、そのうちのセダンタイプの車種をピックアップしたものだった。
 車に興味のなかった琴子も、職業病とでもいうべきか、最近はメーカーと車種を云い当てられるほどになった。今回、収集した車もクラシックなものまでほぼ頭に入っている。
「いい?」
「うん。どれも知ってる」
 琴子が答えると、道仁は、じゃあ、とつぶやきながら画面を切り替えた。
 そこに出てきたのは、ペインティング前の車のスケッチ画像だ。大剣を連想させる鋭いカットがありながらも、なめらかな流線を持ち、なんとも優美な車のスケッチだった。
「どう?」
 見入ったまま何も口にしない琴子に痺れを切らし、道仁は感想を急かす。
「見たことない車だけど……力強くて、でも繊細な感じがする。すごくカッコいい」
 どこの車? と琴子が振り向いて訊ねると、道仁はにやりと笑んだ。
「どこの車でもない。おれが描いた」
「ほんとに?」
「ああ」
 こんなことで嘘を吐いてもおもしろくもない。琴子はもう一度、画面に見入った。スケッチはそつがなく、素人目の琴子が見ると、素人とは思えない出来映えだ。
「道仁さんがこんな絵を描けるって知らなかった」
付焼刃つけやきばだ。今年に入ってオンライン講座でカーデザインを習い始めた。オリジナリティある?」
「というより、ありすぎる感じ。独創的。でも勉強してること、教えてくれてない」
「最初の頃は琴子を攻略することに必死で、それどころじゃなかった。付き合うようになって、話そうかとも思ったけど、驚かそうという気持ちのほうが勝ったってとこだ」
「驚いてる。いまのプロジェクトを考えてたときから勉強してた?」
「どうせなら、自分がデザインした車に乗ってみたいって思うだろう?」
 道仁が自動運転車プロジェクトを起ちあげようと考えるに至ったのは、車が好きだという基礎があってのこととは知っていたけれど。
「そこまで車に夢中だって思ってなかった」
 思わずつぶやいた言葉がどんなふうに聞こえたのか、道仁が耳もとで笑い、くすぐったいような感覚に琴子は首をすくめた。
「車にジェラシーを感じてくれるとは本望だ」
 違うと云えば嘘になるし、道仁に通じるはずもない。かといって認めるには琴子は素直じゃなさすぎる。
「社内合同コンペに応募する?」
「匿名公募だからそれも可能だ。どうするべきだと思う?」
 道仁は琴子に決断をゆだねている。ふざけているのではなく、ごく真剣な口調だ。
 プロジェクトの車種についてはネーミングからデザイン、エンブレムまで社内公募することが決まっている。匿名でも社内コンペであれば、結果的に忖度があると思われかねない。ただし、今回は社内合同コンペで、プラヴィはホースの、ホースはプラヴィの応募を審査するという形式を取ることになっている。だから、最終選考に残るまでに身びいきは存在しない。
「出すべき! いまの道仁さんの車も好きだけど、これに乗ってみたい」
「琴子からそう云われると冥利に尽きる。審査に通らなくても、特注して製造してもらうっていう手もあるけど――」
 道仁は、途方もない金額が必要になりそうなことを軽く云ってのけ、途中で言葉を切ると、琴子の手からグラスを奪ってテーブルに置いた。
「――いまは、車よりも琴子に乗りたい」
 耳もとで熱く囁かれ、ぞくっとした感覚のもと琴子は小さく悲鳴をあげた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】嫌いな同期をおっぱい堕ちさせますっ!

なとみ
恋愛
山田夏生は同期の瀬崎恭悟が嫌いだ。逆恨みだと分かっている。でも、会社でもプライベートでも要領の良い所が気に入らない!ある日の同期会でベロベロに酔った夏生は、実は小さくはない自分の胸で瀬崎を堕としてやろうと目論む。隠れDカップのヒロインが、嫌いな同期をおっぱい堕ちさせる話。(全5話+番外小話) ・無欲様主催の、「秋のぱい祭り企画」参加作品です(こちらはムーンライトノベルズにも掲載しています。) ※全編背後注意

【完結*R-18】あいたいひと。

瑛瑠
恋愛
あのひとの声がすると、ドキドキして、 あのひとの足音、わかるようになって あのひとが来ると、嬉しかった。 すごく好きだった。 でも。なにもできなかった。 あの頃、好きで好きでたまらなかった、ひと。 突然届いた招待状。 10年ぶりの再会。 握りしめたぐしゃぐしゃのレシート。 青いネクタイ。 もう、あの時のような後悔はしたくない。 また会いたい。 それを望むことを許してもらえなくても。 ーーーーー R-18に ※マークつけてますのでご注意ください。

【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。 しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。 そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。 渋々といった風に了承した杏珠。 そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。 挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。 しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。 後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)

孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「絶対にキモチイイと言わせてやる」 私に多額の借金を背負わせ、彼氏がいなくなりました!? ヤバい取り立て屋から告げられた返済期限は一週間後。 少しでもどうにかならないかとキャバクラに体験入店したものの、ナンバーワンキャバ嬢の恨みを買い、騒ぎを起こしてしまいました……。 それだけでも絶望的なのに、私を庇ってきたのは弊社の御曹司で。 副業がバレてクビかと怯えていたら、借金の肩代わりに妊娠を強要されたんですが!? 跡取り身籠もり条件の愛のない関係のはずなのに、御曹司があまあまなのはなぜでしょう……? 坂下花音 さかしたかのん 28歳 不動産会社『マグネイトエステート』一般社員 真面目が服を着て歩いているような子 見た目も真面目そのもの 恋に関しては夢を見がちで、そのせいで男に騙された × 盛重海星 もりしげかいせい 32歳 不動産会社『マグネイトエステート』開発本部長で御曹司 長男だけどなにやら訳ありであまり跡取りとして望まれていない 人当たりがよくていい人 だけど本当は強引!?

お前を必ず落として見せる~俺様御曹司の執着愛

ラヴ KAZU
恋愛
まどかは同棲中の彼の浮気現場を目撃し、雨の中社長である龍斗にマンションへ誘われる。女の魅力を「試してみるか」そう言われて一夜を共にする。龍斗に頼らない妊娠したまどかに対して、契約結婚を申し出る。ある日龍斗に思いを寄せる義妹真凜は、まどかの存在を疎ましく思い、階段から突き落とす。流産と怪我で入院を余儀なくされたまどかは龍斗の側にはいられないと姿を消す。そこへ元彼の新が見違えた姿で現れる。果たして……

新米社長の蕩けるような愛~もう貴方しか見えない~

一ノ瀬 彩音
恋愛
地方都市にある小さな印刷会社。 そこで働く入社三年目の谷垣咲良はある日、社長に呼び出される。 そこには、まだ二十代前半の若々しい社長の姿があって……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

年下研修医の極甘蜜愛

虹色すかい
恋愛
医局秘書として市内の病院に勤務する廣崎彩27歳。普段はスマートに仕事をこなすクールな彼女だが、定期的にやって来る「眠れない夜」に苦しんでいる。 そんな彩に、5年越しの思いを寄せる3歳年下の藤崎仁寿。人当たりがよくて優しくて。仔犬のように人懐っこい笑顔がかわいい彼は、柔和な見た目とは裏腹に超ポジティブで鋼のような心を持つ臨床研修医だ。 病気や過去の経験から恋愛に積極的になれないワケありOLとユーモラスで心優しい研修医の、あたたかくてちょっと笑えるラブストーリー。 仁寿の包み込むような優しさが、傷ついた彩の心を癒していく――。 シリアスがシリアスにならないのは、多分、朗らかで元気な藤崎先生のおかげ♡ ***************************** ※他サイトでも同タイトルで公開しています。

やさしい幼馴染は豹変する。

春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。 そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。 なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。 けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー ▼全6話 ▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています

処理中です...