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第4章 unfairのちfair
4.
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ほんの傍で議事録に見入っている道仁を気にしないよう努めても難しい。それどころか、整髪料と道仁自身の香気が融合して琴子の鼻腔をくすぐり、香りに酔ってくらくらしてくる。すっかりなじんだ香りなのに、平気にはなれない。
そもそも、こんなプライベートな距離感が間違っている。琴子はつい、引力が働いたかのように首を回したすえ、目の前に道仁の横顔があると抱きつきたくなる衝動に駆られた。額から鼻筋を通って顎先へ、その顎先から耳にかけてのラインが完璧すぎて、独り占めしたい欲求が湧くのだ。
目が離せないうちに道仁が首を巡らせて、目を逸らせないうちに道仁と間近で目が合う。焦って取り繕う言葉も探せず、ただ、何か云わなくちゃ、と口を開いた刹那、道仁の首がかしいだ。なんだろうと思った次には琴子のくちびるがふさがれた。
触れた直後に軽く吸いつくようにして道仁のくちびるは浮き、そしてもう一度ぺたりとくっついて、道仁は顔を離した。琴子は、くちびるが合わさった瞬間に反射的に閉じていた目を開ける。くちびるにかわって目が合うときまり悪い。
「……ここ、会社ですよ」
さっきと同じ言葉を批難めいて発した。
「琴子が目の前で口を開けば、それはおれにとって誘惑だ」
悪びれない応えが返ってくる。おまけに、道仁の無謀な行動を止めたいなら琴子は喋るなという、無茶振りがほのめかされている。
「それなら持ち場に戻ればいいのに。会議は終わりましたから」
「まだデータをもらってないけど」
道仁は琴子の向う側のテーブルを指差した。
そうだ、もともとは頼まれていたデータを渡すために、道仁から会議室に呼びだされたんだった。そのデータについても定例会の議題に出て、それで終わったつもりでいた。プリントアウトしてきた資料も、データの入ったUSBメモリもしっかりパソコンの横に置いたままだ。
気が散った結果がこれだ。道仁と付き合うようになって三カ月、まだときめきはなくならず冷静でいられないのはあたりまえだろうか。琴子は顔を赤らめて――火照っているだけで実際に赤くなっているかはわからないけれど、資料の上にUSBメモリを載せて一緒に道仁の側に置きなおした。
サンクス、と受けとった道仁は片側だけ腰を浮かす。スーツパンツのポケットの中に手を入れ、金属音がしたかと思うとそれを取りだして琴子に差しだした。道仁のマンションの鍵だ。
「ちょっと遅くなる。家で待っててくれ」
「わたしにも用事があるって思わない?」
約束をしたわけでもなく、当然のように琴子が来るものと思っている道仁に、ちょっとした意地悪を云ってみた。好きだと認めても、素直になりきれない頑なさがまだ見え隠れしている。
道仁はため息まがいで笑う。
「先週、会えなかったことを責めてるのか? おれはちゃんと一緒に来るかって誘った。断ったのは琴子だ。琴子を優先しなかったっていうより、できなかったことはわかってるだろう」
先週は、里見家と玉城家の一族が集まりパーティが開かれた。二つの財閥が玉里として手を組んだ、いわば合併締結の記念日といったところだ。そんな大層な集まりに道仁と参加することがどう両家に受けとられ、特に道仁の家族に琴子の存在がどう捉えられるのかは想像もつかない。ましてや、恋愛コンプライアンスがある。
一方で、梓沙は壮輔に誘われて、堂々とパーティに出席した。接客スキルとトークスキルはお手の物で、翌日になって梓沙から話を聞かされたかぎり、楽しんできたようだった。
「べつに、わたしは分からず屋じゃない」
「分からず屋じゃ確かに困るだろうけど、わがままなら――反抗的な態度はともかく、琴子のわがままを聞いてみたいかもな」
「反抗的って……」
「そうだろう? まあそこもおれは楽しんでるけどな。先週の件については、おれの側にも立ってみてくれ。琴子を誘ったすえ断られたダメージは半端ない。琴子がいまおれを信用しても、完全に安心してるとは思ってない。一度、根付いた不信を覆すのは簡単なことじゃないからな。だから、無理強いはしなかった。ただし、責めたいのはおれのほうだって云いたいくらいの、琴子に対する気持ちを持ってる」
道仁が傷ついているとは少しも思っていなかった。自分のことばかり考えている。琴子はそんな自分にがっかりした。
そもそも、こんなプライベートな距離感が間違っている。琴子はつい、引力が働いたかのように首を回したすえ、目の前に道仁の横顔があると抱きつきたくなる衝動に駆られた。額から鼻筋を通って顎先へ、その顎先から耳にかけてのラインが完璧すぎて、独り占めしたい欲求が湧くのだ。
目が離せないうちに道仁が首を巡らせて、目を逸らせないうちに道仁と間近で目が合う。焦って取り繕う言葉も探せず、ただ、何か云わなくちゃ、と口を開いた刹那、道仁の首がかしいだ。なんだろうと思った次には琴子のくちびるがふさがれた。
触れた直後に軽く吸いつくようにして道仁のくちびるは浮き、そしてもう一度ぺたりとくっついて、道仁は顔を離した。琴子は、くちびるが合わさった瞬間に反射的に閉じていた目を開ける。くちびるにかわって目が合うときまり悪い。
「……ここ、会社ですよ」
さっきと同じ言葉を批難めいて発した。
「琴子が目の前で口を開けば、それはおれにとって誘惑だ」
悪びれない応えが返ってくる。おまけに、道仁の無謀な行動を止めたいなら琴子は喋るなという、無茶振りがほのめかされている。
「それなら持ち場に戻ればいいのに。会議は終わりましたから」
「まだデータをもらってないけど」
道仁は琴子の向う側のテーブルを指差した。
そうだ、もともとは頼まれていたデータを渡すために、道仁から会議室に呼びだされたんだった。そのデータについても定例会の議題に出て、それで終わったつもりでいた。プリントアウトしてきた資料も、データの入ったUSBメモリもしっかりパソコンの横に置いたままだ。
気が散った結果がこれだ。道仁と付き合うようになって三カ月、まだときめきはなくならず冷静でいられないのはあたりまえだろうか。琴子は顔を赤らめて――火照っているだけで実際に赤くなっているかはわからないけれど、資料の上にUSBメモリを載せて一緒に道仁の側に置きなおした。
サンクス、と受けとった道仁は片側だけ腰を浮かす。スーツパンツのポケットの中に手を入れ、金属音がしたかと思うとそれを取りだして琴子に差しだした。道仁のマンションの鍵だ。
「ちょっと遅くなる。家で待っててくれ」
「わたしにも用事があるって思わない?」
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道仁はため息まがいで笑う。
「先週、会えなかったことを責めてるのか? おれはちゃんと一緒に来るかって誘った。断ったのは琴子だ。琴子を優先しなかったっていうより、できなかったことはわかってるだろう」
先週は、里見家と玉城家の一族が集まりパーティが開かれた。二つの財閥が玉里として手を組んだ、いわば合併締結の記念日といったところだ。そんな大層な集まりに道仁と参加することがどう両家に受けとられ、特に道仁の家族に琴子の存在がどう捉えられるのかは想像もつかない。ましてや、恋愛コンプライアンスがある。
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