恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

文字の大きさ
上 下
35 / 64
第4章 unfairのちfair

3.

しおりを挟む
    *

 三十分後に訪れた小会議室には、道仁だけではなく新規事業第一チームの面々が集まった。琴子からかけた電話のあと、折り返して道仁から電話があり、情報整理のための定例会も開くと通達された。
 ひととおり進捗状況が報告されるなか、琴子はパソコン画面に向かい、前もって配付されたレジュメに書き足していく。単に議事録のために書き留めるだけではなく、チームの一員という気持ちで入力をする傍ら聞き留めた。
「概ね、予定どおりだ」
 報告は道仁の言葉で締められた。一様にうなずくメンバーを見渡して――
「杉倉さんから、車の機能についてオンラインのアンケート調査をする案が出ているが――?」
 道仁は中途半端に言葉を切って首をわずかにひねり、意見を出すよう促した。
「いいと思います。わたしは車に乗らないので、何が便利か不便か、ぴんと来ないんですけど、実際に運転する人からの意見は貴重だと思います」
 太田の発言に、「賛成」という言葉がいくつか続けて上がった。
「その機能をオプションという形にする方法もありですよね。目新しいものが出れば売りにできる。それが具体的ではなくても、ヒントになる回答が出てくるかもしれないし」
「わかった。村岡さん、できるだけ多く収集可能なリサーチ会社を当たってほしい。加えて、杉倉さん、リサーチ費用の算出と、それに見合う経費の計上は可能か、当たってもらえますか」
「了解です」
「わかりました」
 道仁の要望に各々から即座に答えが返ってくる。
「アンケートの内容は、ホースと打ち合わせをしたいと思う」
「あの……」
 道仁の言葉に重ねるように琴子は口を挟んだ。
 道仁だけではなく、チームの目が向いてわずかにおののいたが――
「何か気づいたことがあるなら云ってほしい」
 と、道仁に背中を押され、琴子は恐縮しながらうなずいた。
「アンケートは、わたしもたまにやりますけど、質問が多いアンケートは途中で面倒になっていいかげんな答えになったり、リタイアする場合があります。だから、何回かに分けてやったほうがいいかもしれません」
「それ、わかる」
 いちばんに賛同したのは太田で、道仁もまた、なるほど、と首を何度か小さく縦に振った。
「いい意見案だ。項目を特化して、時間を空けていくつかやる方向で行こう」
「最初の回答者には自動的に次のアンケートの通知ができると、なおさらいいですね」
 差し出がましいかと思っていたのに、琴子の意見はすんなりと賛同されたのち受け入れられた。
「村岡さん、そういうことだ。きみは車好きだ、アンケートの項目についても下準備は任せられるな?」
「はい、やります」
「オーケー」
 道仁は応え、さて、と会議の締め括りの言葉を発して、ノートパソコンを閉じた。
「午前のホース自動車との会合で、ホースの自主開発にプラヴィが合流することが決定したのは、さきに話したとおりだ。加えて、日本ネットワークキャリアNNCの協力を取りつけることにも合意して、その件についてはプラヴィがより専門であることからホースを先導する」
「一気に前進しましたね」
「他者に後れを取っては意味がない。ただし、スピード感は大事だが、慎重さも必要だ」
「NNCとの締結があって、そのときがリアルなスタートってとこですかね」
「そうだな。チームはプロジェクトのお膳立てをして、そしてチームから手を離れたときが本来の事業スタートだ。今年中に公表する」
 道仁が断言すると、十人しかいない会議室にどよめくような気配が漂う。高揚感がそうさせているのだろう。
「順調に運んでいるからこそ、再度、気を引き締めよう」
 杉倉のその言葉は定例会が終わった合図になり、それぞれが “お疲れさまです”とつぶやきながら席を立った。
 議事録をチェック中の琴子と一緒に、当然のように居座った道仁が会議室に残った。
 ふたりきりになってパソコン画面に集中したのはつかの間、道仁の存在が琴子の気を散らす。顔を上げて、離れた席にいる道仁を見やると目が合い、琴子は不満げにくちびるを少し尖らせる。
「すぐにメールで送れますから。一緒にチェックする以外で里見リーダーがここに残る意味あります?」
 言葉遣いもよそよそしく、遠回しに仕事中だとほのめかしたところで、道仁に効力がないことはわかっている。案の定、にやりとした道仁はおもむろに立ちあがった。
「なるほど。一緒にチェックしてほしいんならそう云えばいいのに」
 都合のいい部分を切りとって、いいように解釈した道仁は、窓際にいる琴子のところに来て、隣の椅子を引きつつ間近で腰かけた。琴子が座った椅子を横から長い脚で囲いこみ、左腕をその椅子の背に預ける。つまり、道仁の躰はノートパソコンではなく琴子のほうを向いていて、万が一だれか戻ってくることがあるとしたら、誤解されること必至という不届きぶりだ。
「会社ですよ。見られたら、きっとセクハラシーンに認定されます」
「使用中のプレートがある。間違っても、だれも入ってこない」
「でも、チームの人が……」
「おれのチームは優秀だ」
 それは琴子もわかっている。けれど、琴子の云い分と噛み合ってはいない。云い返すべく口を開きかけると――
「おれの前で口を開けばどういうことになるか、想像はできるだろう? チェックがさきだ」
 と、まるで琴子が悪さをしているように道仁は言掛いいがかりをつける。
 どういうことになるのか訊ねるにはふさわしい場所ではない。少なくとも、それだけは察せられる。
「お願いします」
 琴子は渋々と云って、パソコン画面を道仁のほうに向けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

美獣と眠る

光月海愛(コミカライズ配信中★書籍発売中
恋愛
広告代理店のオペレーターとして働く晶。22歳。 大好きなバンドのスタンディングライヴでイケオジと出会う。 まさか、新しい上司とも思わなかったし、あの人のお父さんだとも思わなかった。 あの人は―― 美しいけれど、獣……のような男 ユニコーンと呼ばれた一角獣。 とても賢く、不思議な力もあったために、傲慢で獰猛な生き物として、人に恐れられていたという。 そのユニコーンが、唯一、穏やかに眠る場所があった。 それは、人間の処女の懐。 美しい獣は、清らかな場所でのみ、 幸せを感じて眠っていたのかもしれない。

タイプではありませんが

雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。 顔もいい、性格もいい星野。 だけど楓は断る。 「タイプじゃない」と。 「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」 懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。 星野の3カ月間の恋愛アピールに。 好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。 ※体の関係は10章以降になります。 ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

【完】あなたから、目が離せない。

ツチノカヲリ
恋愛
入社して3年目、デザイン設計会社で膨大な仕事に追われる金目杏里(かなめあんり)は今日も徹夜で図面を引いていた。共に徹夜で仕事をしていた現場監理の松山一成(まつやまひとなり)は、12歳年上の頼れる男性。直属の上司ではないが金目の入社当時からとても世話になっている。お互い「人として」の好感は持っているものの、あくまで普通の会社の仲間、という間柄だった。ところがある夏、金目の30歳の誕生日をきっかけに、だんだんと二人の距離が縮まってきて、、、。 ・全18話、エピソードによってヒーローとヒロインの視点で書かれています。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

十年越しの溺愛は、指先に甘い星を降らす

和泉杏咲
恋愛
私は、もうすぐ結婚をする。 職場で知り合った上司とのスピード婚。 ワケアリなので結婚式はナシ。 けれど、指輪だけは買おうと2人で決めた。 物が手に入りさえすれば、どこでもよかったのに。 どうして私達は、あの店に入ってしまったのだろう。 その店の名前は「Bella stella(ベラ ステラ)」 春の空色の壁の小さなお店にいたのは、私がずっと忘れられない人だった。 「君が、そんな結婚をするなんて、俺がこのまま許せると思う?」 お願い。 今、そんなことを言わないで。 決心が鈍ってしまうから。 私の人生は、あの人に捧げると決めてしまったのだから。 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚ 東雲美空(28) 会社員 × 如月理玖(28) 有名ジュエリー作家 ⌒*。*゚*⌒*゚*。*⌒*。*゚*⌒* ゚*。*⌒*。*゚

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...