恋愛コンプライアンス

奏井れゆな

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第3章 男性不信

7.

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 海岸からホテルに向かう途中で女性四人のグループとすれ違い、琴子は彼女たちのお喋りを聞くともなく耳にしながら、道仁はその声が聞こえたから唐突にキスを切りあげたのかもしれないと思った。
 そうなると、キスにのぼせてまったく気づかなかった琴子と違って、道仁はそれほどキスに夢中にはなっていないのだ。
 ホテルの部屋に入るなり、温泉が出るからせっかくなら、と中途半端につぶやいて道仁は浴室に行った。
 湯を出してパウダールームに戻ってきた道仁は、琴子の目の前でTシャツを裾から捲るようにして脱いだ。その下は裸で、見せびらかすようだ。そうしてもおかしくないほど、琴子の好みからいって道仁の躰は完璧だ。いや、躰だけではない。
「やっぱり、道仁さんはフリっぽい」
 つい、琴子は気分に任せて云ってしまった。
 琴子の中で疑問が湧き、結論を出したことだ。果たして、道仁は間の抜けたような面持ちで琴子を見下ろした。間抜けな顔といっても美貌は保たれていて、道仁は滑稽に感じさせてもくれない。その見目形は家庭環境と同じく持って生まれたものだけに、ずるいという以前にどんなに努力しても追いつけないという、琴子は無力感のようなものを覚える。
「フリって……ひょっとしてまた話が戻ったのか」
 道仁は『フリ』というキーワードから思考を巡らせつつ、半ば呆れて琴子に訊ねた。
「海にいるとき、あの彼女たちの声が聞こえた?」
「それがどうしたんだ」
 道仁はさっぱり理解できないといったふうで、不服そうに琴子が口をわずかに尖らせると、眉間にしわを寄せた。
「キスしてるときも冷静だと思って。セックスのときもそうだとしたら、わたしはすごくバカみたい」
 拗ねた云い方は自分らしくない。けれど、道仁には時々こんなふうに云ってしまう。
 道仁は驚いて目を見開いたかと思うと、可笑しそうに吐息まがいの笑みを漏らした。
「笑うなんて……」
「お相子だろう。ピザが好きってちゃかしたのはだれだ」
 ぐうの音も出ない指摘で、琴子の反論は封じられた。
「……もういい。うまくいかないのは慣れてるから」
「どういうことだ?」
「よくある話」
 と、端的に答えて終わらせようとすると、道仁は見定めるような気配で、ともすれば睨むように琴子の目を捉える。
 しばらく漂った沈黙は、まもなく、道仁が気持ちを切り替えるように息をついたことでさえぎられる。それから海岸でと同じように琴子の服を脱がせにかかった。
「自分でできるから」
 琴子は道仁の手から逃れようと一歩下がって言葉どおりの意思を示す。
「義理で付き合ってる関係のような云い方だな。まさか、せっかく一歩踏みだしたことを破棄する気じゃないな?」
 道仁の声音には許さないという脅迫じみた意がこもっている。
「そこがそんなに重要? もう、わたしを手に入れてるって思えてるはずだけど」
 道仁がゆっくりと首を横に振るのは、琴子の言葉を否定するためか。
「琴子と話していると、どれだけ進んでも同じ道をぐるぐる歩かされてる気分になる。埒が明かない」
 それは、さっき琴子が道仁に対して思ったことと同じだ。そういえば、騙し討ちのふたりきりの食事会のときも、道仁は同じ言葉を云った。思わず、琴子の顔に笑みが浮かんだ。道仁がそれを目を細めて見つめる。
「何が可笑しい? おれは少しも可笑しくないけどな」
「お相子だから可笑しくなっただけ」
 道仁は眉を跳ねあげ、何か云いたそうにしたけれど結局は肩をすくめてすませた。
「早く脱いで。湯が溢れたらもったいない」
「でも、プールは?」
「あとで、気分が向いたら。夜は長い。だろう?」
 道仁の気が向いたときには、琴子のほうがくたくたでどうでもよくなっている。そう思うような時間の始まりを道仁はほのめかした。
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