24 / 64
第3章 男性不信
2.
しおりを挟む
本人がうやむやにしていることを明言してしまう梓沙も梓沙だが、本人が喋らないことを本人のいる前で堂々と人に問えるのは、きっと道仁ならではだ。
「やめて」
琴子が断固として制止したところで、梓沙が黙るわけもないが――
「発端は、家庭環境を考えれば見当がつくと思うけど」
配慮をしたのか、梓沙はそれだけ云って、もう一つのありふれた元カレの浮気に遭ったことは晒さなかった。
道仁は解せないと云ったふうに首をひねる。
「梓沙ちゃんも母子家庭だろう。琴子と何が違う?」
「一緒だよ。だから、マッチングに望みをかけたの。真面目な交際が保証されてるでしょ」
「なるほど」
どの程度に納得した『なるほど』だろう。琴子が道仁に目を向けかけたときちょうどデザートが来て、その表情は給仕の腕にさえぎられてしまって確認はできなかった。
「美味しそう。そっちのも!」
梓沙は自分の前に置かれたプレートと琴子の前に置かれたプレートを見比べる。デザートプレートは二種類で、それぞれパッションフルーツを使い、レアチーズムースとシャーベットがメインだ。ほかにプチケーキが二つと一口フルーツが彩りよく上品に盛られている。
「おれのぶんを食べればいい」
道仁が云いだすと、壮輔も、おれのも、とプレートを中央に寄せた。
「デザートを食べないって、男の見栄?」
琴子が問うと、道仁は眉をひょいと上げておどけて見せ、首を傾けた。
「それが不満になる?」
「いつも家の冷凍庫にアイスクリームがストックされてるし、好きなくせに意地っ張りだと思って」
「あれは、美味しそうに食べる琴子が見たいがために、切らさないようにしてるんだ」
つい口にしてしまった意地悪な問いは、結局は琴子に跳ね返ってきた。梓沙と壮輔が、忍び笑いをするという、今度は琴子が笑いの種になった。
「ごちそうさま」
「まだ食べてないよ」
からかった梓沙に、琴子は不機嫌に鋭く返した。
「はいはい。じゃあ、いただきます」
梓沙はおもしろがって受け流すと、デザートスプーンを持って、まず自分のムースに手をつけた。
子供っぽいと、琴子は自分でも思う。意地っ張りなのは琴子のほうだ。それもわかっている。
「いいから食べて。おれは向こうで酒を飲んでくる」
道仁は自分のプレートから取ったデザートスプーンを琴子に差しだした。ここではね除ければ本当に子供で、引っこみがつかなくなる。
「……ありがとう」
すると、道仁は完璧に弧を描いた笑みを浮かべた。
「じゃあ、おれも酒のほうがいいから」
道仁が立ちあがろうとしたとき、壮輔も合わせたように立ちあがり、ふたりで奥のバーカウンターに向かった。
申し合わせたように見えたのは気のせいかと思っていると。
「壮輔、会社をやめるかも」
梓沙の言葉にびっくりして、琴子は目を丸くした。
「やめる、って……プラヴィを? ほんとに?」
「本気で考えてるみたい。イベント会社の人と最近よく連絡を取り合ってるって云うし、いずれは独立するつもりでお世話になるって話」
壮輔のやりたいことは、大まかにいえばイベントの企画であったり立ち上げであったりするらしい。大学時代にそういうサークルにいたことがきっかけというが、なにぶんプラヴィの創業者一族ゆえに当然のごとくプラヴィへのレールが敷かれ、乗るしかなかったらしい。それを、道仁は覚悟がないと云うのだ。
四人のダブルデートは企画というほど大げさではなくとも、いつも壮輔がおよそのコースなどお膳立てをしている。
道仁と話していても壮輔が機会を窺っているのはそれとなく感じていたけれど。
「そんなに具体的に進んでるの?」
「そう。いまも里見さんに相談したくてついていったんじゃない?」
梓沙の声は不服そうだ。
バーのほうに目をやると、ふたりはハイスツールに腰をかけて話しこんでいるようにも見える。
「梓沙は賛成じゃないの?」
「だって、転職したらただの社員よ。しかも一から。なんのためにわたしが壮輔とマッチングさせたか、琴子もわかってるでしょ? どんなにイベント会社が大きくてもプラヴィ電機には敵わない。第一、わたしはカスタマから異動したいの。壮輔だったらそれができるって期待してたのに。玉の輿も怪しくなるし、思ってた未来とは全然違ってくる」
今し方までの楽しそうな素振りはどこへやら、梓沙はさっきの琴子とは比にならないくらい不機嫌な顔になっている。
「異動時期までいないかもってくらい、そんなにすぐの話なの?」
よほど気に喰わないのだろう、琴子の質問に言葉では答えず、梓沙は肩をすくめて応じた。
「梓沙、でも玉の輿は玉の輿でしょ。デートでヘリコプターをチャーターするなんて発想、普通の会社員にはできないよ。壮輔さんは、家も性格も、普通以上にちゃんとしてる」
「じゃあ、里見さんと比べたら?」
梓沙の質問は鋭いところを突いてくる。梓沙の云うとおり、安定感ならプラヴィは大手企業と並ぶことはあってもどこにも負けない。
重ねて――
「里見さんと壮輔を入れ替えできる?」
そんな質問を投げかけられ、琴子はとっさには想像もできずに言葉に詰まった。
「やめて」
琴子が断固として制止したところで、梓沙が黙るわけもないが――
「発端は、家庭環境を考えれば見当がつくと思うけど」
配慮をしたのか、梓沙はそれだけ云って、もう一つのありふれた元カレの浮気に遭ったことは晒さなかった。
道仁は解せないと云ったふうに首をひねる。
「梓沙ちゃんも母子家庭だろう。琴子と何が違う?」
「一緒だよ。だから、マッチングに望みをかけたの。真面目な交際が保証されてるでしょ」
「なるほど」
どの程度に納得した『なるほど』だろう。琴子が道仁に目を向けかけたときちょうどデザートが来て、その表情は給仕の腕にさえぎられてしまって確認はできなかった。
「美味しそう。そっちのも!」
梓沙は自分の前に置かれたプレートと琴子の前に置かれたプレートを見比べる。デザートプレートは二種類で、それぞれパッションフルーツを使い、レアチーズムースとシャーベットがメインだ。ほかにプチケーキが二つと一口フルーツが彩りよく上品に盛られている。
「おれのぶんを食べればいい」
道仁が云いだすと、壮輔も、おれのも、とプレートを中央に寄せた。
「デザートを食べないって、男の見栄?」
琴子が問うと、道仁は眉をひょいと上げておどけて見せ、首を傾けた。
「それが不満になる?」
「いつも家の冷凍庫にアイスクリームがストックされてるし、好きなくせに意地っ張りだと思って」
「あれは、美味しそうに食べる琴子が見たいがために、切らさないようにしてるんだ」
つい口にしてしまった意地悪な問いは、結局は琴子に跳ね返ってきた。梓沙と壮輔が、忍び笑いをするという、今度は琴子が笑いの種になった。
「ごちそうさま」
「まだ食べてないよ」
からかった梓沙に、琴子は不機嫌に鋭く返した。
「はいはい。じゃあ、いただきます」
梓沙はおもしろがって受け流すと、デザートスプーンを持って、まず自分のムースに手をつけた。
子供っぽいと、琴子は自分でも思う。意地っ張りなのは琴子のほうだ。それもわかっている。
「いいから食べて。おれは向こうで酒を飲んでくる」
道仁は自分のプレートから取ったデザートスプーンを琴子に差しだした。ここではね除ければ本当に子供で、引っこみがつかなくなる。
「……ありがとう」
すると、道仁は完璧に弧を描いた笑みを浮かべた。
「じゃあ、おれも酒のほうがいいから」
道仁が立ちあがろうとしたとき、壮輔も合わせたように立ちあがり、ふたりで奥のバーカウンターに向かった。
申し合わせたように見えたのは気のせいかと思っていると。
「壮輔、会社をやめるかも」
梓沙の言葉にびっくりして、琴子は目を丸くした。
「やめる、って……プラヴィを? ほんとに?」
「本気で考えてるみたい。イベント会社の人と最近よく連絡を取り合ってるって云うし、いずれは独立するつもりでお世話になるって話」
壮輔のやりたいことは、大まかにいえばイベントの企画であったり立ち上げであったりするらしい。大学時代にそういうサークルにいたことがきっかけというが、なにぶんプラヴィの創業者一族ゆえに当然のごとくプラヴィへのレールが敷かれ、乗るしかなかったらしい。それを、道仁は覚悟がないと云うのだ。
四人のダブルデートは企画というほど大げさではなくとも、いつも壮輔がおよそのコースなどお膳立てをしている。
道仁と話していても壮輔が機会を窺っているのはそれとなく感じていたけれど。
「そんなに具体的に進んでるの?」
「そう。いまも里見さんに相談したくてついていったんじゃない?」
梓沙の声は不服そうだ。
バーのほうに目をやると、ふたりはハイスツールに腰をかけて話しこんでいるようにも見える。
「梓沙は賛成じゃないの?」
「だって、転職したらただの社員よ。しかも一から。なんのためにわたしが壮輔とマッチングさせたか、琴子もわかってるでしょ? どんなにイベント会社が大きくてもプラヴィ電機には敵わない。第一、わたしはカスタマから異動したいの。壮輔だったらそれができるって期待してたのに。玉の輿も怪しくなるし、思ってた未来とは全然違ってくる」
今し方までの楽しそうな素振りはどこへやら、梓沙はさっきの琴子とは比にならないくらい不機嫌な顔になっている。
「異動時期までいないかもってくらい、そんなにすぐの話なの?」
よほど気に喰わないのだろう、琴子の質問に言葉では答えず、梓沙は肩をすくめて応じた。
「梓沙、でも玉の輿は玉の輿でしょ。デートでヘリコプターをチャーターするなんて発想、普通の会社員にはできないよ。壮輔さんは、家も性格も、普通以上にちゃんとしてる」
「じゃあ、里見さんと比べたら?」
梓沙の質問は鋭いところを突いてくる。梓沙の云うとおり、安定感ならプラヴィは大手企業と並ぶことはあってもどこにも負けない。
重ねて――
「里見さんと壮輔を入れ替えできる?」
そんな質問を投げかけられ、琴子はとっさには想像もできずに言葉に詰まった。
0
お気に入りに追加
251
あなたにおすすめの小説
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
クールな御曹司の溺愛ペットになりました
あさの紅茶
恋愛
旧題:クールな御曹司の溺愛ペット
やばい、やばい、やばい。
非常にやばい。
片山千咲(22)
大学を卒業後、未だ就職決まらず。
「もー、夏菜の会社で雇ってよぉ」
親友の夏菜に泣きつくも、呆れられるばかり。
なのに……。
「就職先が決まらないらしいな。だったら俺の手伝いをしないか?」
塚本一成(27)
夏菜のお兄さんからのまさかの打診。
高校生の時、一成さんに告白して玉砕している私。
いや、それはちょっと……と遠慮していたんだけど、親からのプレッシャーに負けて働くことに。
とっくに気持ちの整理はできているはずだったのに、一成さんの大人の魅力にあてられてドキドキが止まらない……。
**********
このお話は他のサイトにも掲載しています
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる