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第2章 制御不能の狩り本能
14.
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自分に起きたことが予想外の連続で、すっかり忘れていたけれど、梓沙は昨夜、玉城壮輔とデートすると云っていた。
琴子の反応に気づいたかのように、里見の視線が向いた。それからすぐに、相手の話に気を取られたように目は逸れていった。
梓沙と壮輔がほぼ同時に連絡してきたのは偶然だろうか。琴子はスマホに目を落とした。
梓沙のメッセージはハートマークの付いた『おはよう』から始まっている。
『こっち、昨日のデートは上々! 終電に間に合わなくてタクシーで送ってもらったの。玄関までついてきてくれたんだけど、琴子が帰ってなかったでしょ。それで、たぶん里見さんと一緒だって話したんだ。さっそくチャンス到来、ナイスタイミングありがとう!』
嬉々としているのは文面に滲みでていて、チャンス到来という言葉は限定的なのか、梓沙のにんまりした顔が脳裡に浮かぶ。
『琴子のほうも、イイ感じじゃない!? 里見さん、やるぅ。お互い、宝くじの当選を無駄にするなんてナシね。詳しいことはあとで!』
締め括りに、『壮輔さんから里見さんに電話あるかもね』とあった。
まさに、いま里見が話している電話がそれで、琴子はため息をついた。『お互い』という片方は、ずるをして“当選”している。
琴子がテーブルに戻る間に、里見がちらりと見やった。単に琴子の動作に反応しただけか、それとも壮輔の口から梓沙や琴子のことを聞かされたためか。
カウンターに寄りかかった里見はいま、仕事から離れて、至って普通の人だ。飲み会のときですらジャケットを脱ぐだけというスーツ姿しか見たことはなく、目の前のラフな恰好は身近な雰囲気だ。この生活レベルを取り除けば、もっと身近に感じるんだろうか。
程なく電話は終わった。聞き耳を立てていたけれど、里見が発するのは相づちがほとんどで、「ほっといてくれ」という笑みの浮かんだ言葉で締め括られた。
「玉城壮輔だった。わかる?」
里見はどういう意味で訊ねているのか、琴子は曖昧にうなずいた。テーブルに戻った里見は、おどけた笑みを薄らとくちびるに浮かべる。
「浜路さんから聞いてた? 社内マッチングアプリで壮輔とカップリングされたらしい」
「はい、昨日、知りました。夜にはじめて会うって」
「はっ、タイミングいいな」
「……なんのタイミングですか」
「なるべくしてなったっていう根拠にできる。琴子を説得するための、最大の武器だ」
「それを、いまわたしに云う時点で武器になってない気がします」
里見は宙に目をやり、くるりと見まわして惚けた様を装う。
「さっき、おれは駆け引きはやらないって云った。盾の陰に隠れている相手を引っ張りだそうとしているのに、おれまでもが盾を立てて姿を見せなかったら、とても出てくる気になれないだろう?」
里見はもっともなことを云う。何か、里見の強気を挫くようなことを云えないか。そう考えているとふと思いついた。
「里見リーダー、お金をケチったりせずにわたしに尽くすってことも、さっき云ってましたよね」
里見はひょいと眉を跳ねあげる。やはり興じている。
「云った」
「梓沙が云ってました。里見リーダーは、宝くじの当選券だって。でも、――」
琴子が云いかけている途中で、里見はあどけない少年みたいに声を出して笑いだした。
呆気にとられ、それから琴子はむっつりとなって里見を睨めつけた。
「あー、悪い」
そう云いながらも里見が完全に笑いを止めるまで、しばらく時間を要した。挫くどころか、琴子は反対に楽しみを与えているだけだ。
それで、とようやく笑みを引っこめた里見は切りだした。
「宝くじの当選券はどうするんだ?」
「換金しません」
「はっ。まあ、 破って捨てられるよりマシだ」
どうしたら云ってもいない言葉を見いだして、こうもポジティブに物事を捉えられるのか、琴子は呆れる傍らで、抱きたくもない憧憬を抱いてしまう。
「そうしないとは云ってません」
「いずれにしろ、結果は同じだ。とりあえず、“今度”ダブルデートらしい」
「ダブルデートって……」
「文句ならおれにじゃなく、浜路さんに云うべきだ。おれの案じゃないから。けど、壮輔がなんでマッチングアプリに登録したか興味あるし、琴子にとっては壮輔をリサーチするチャンスだ」
「興味ありませんけど」
「親友のカレ、もしくは夫になるかもしれないのに?」
「……そうなったらどうします?」
問いに問いで返すと、里見は不思議そうにした面持ちで首を傾けた。
「そうなったらって、壮輔と浜路さんが結婚したらってことか? そのことなら関係ない。ふたりの自由だ。彼らにとっても、おれたちがどうなろうと関係ない」
本当にそうだろうか。電話の話し方を耳にしたかぎり、里見にとって壮輔は親友という雰囲気だ。梓沙がしたことを知ったらどうするだろう。加えて、琴子がかつて梓沙の策略に加担したことを知ったら。いまですら、知っていることを云わないことで加担したことになっている。
「……そうですね」
同意するとは思っていなかったらしく、里見はわずかに目を見開いた。
「それは、プラスにとっていいのか?」
「マイナスだと云っても、里見リーダーはプラスにしか受けとりませんよね」
里見は笑ったかと思うと、嘆息しながら首をひねって立ちあがった。
「いいかげん、その“里見リーダー”の連発は聞き飽きた。帰すまえに、そういう他人行儀な関係じゃないってことをもう一度、叩きこんだほうがよさそうだ」
里見は琴子の手を取ると無理やり立たせた。
「里見リーダー!」
「問答無用で罰だ」
強引にベッドに連れこまれたあと、不本意にもはっきりしたのは、昨夜、琴子が感じた快楽は偶々でも幻でもなかったことだった。
琴子の反応に気づいたかのように、里見の視線が向いた。それからすぐに、相手の話に気を取られたように目は逸れていった。
梓沙と壮輔がほぼ同時に連絡してきたのは偶然だろうか。琴子はスマホに目を落とした。
梓沙のメッセージはハートマークの付いた『おはよう』から始まっている。
『こっち、昨日のデートは上々! 終電に間に合わなくてタクシーで送ってもらったの。玄関までついてきてくれたんだけど、琴子が帰ってなかったでしょ。それで、たぶん里見さんと一緒だって話したんだ。さっそくチャンス到来、ナイスタイミングありがとう!』
嬉々としているのは文面に滲みでていて、チャンス到来という言葉は限定的なのか、梓沙のにんまりした顔が脳裡に浮かぶ。
『琴子のほうも、イイ感じじゃない!? 里見さん、やるぅ。お互い、宝くじの当選を無駄にするなんてナシね。詳しいことはあとで!』
締め括りに、『壮輔さんから里見さんに電話あるかもね』とあった。
まさに、いま里見が話している電話がそれで、琴子はため息をついた。『お互い』という片方は、ずるをして“当選”している。
琴子がテーブルに戻る間に、里見がちらりと見やった。単に琴子の動作に反応しただけか、それとも壮輔の口から梓沙や琴子のことを聞かされたためか。
カウンターに寄りかかった里見はいま、仕事から離れて、至って普通の人だ。飲み会のときですらジャケットを脱ぐだけというスーツ姿しか見たことはなく、目の前のラフな恰好は身近な雰囲気だ。この生活レベルを取り除けば、もっと身近に感じるんだろうか。
程なく電話は終わった。聞き耳を立てていたけれど、里見が発するのは相づちがほとんどで、「ほっといてくれ」という笑みの浮かんだ言葉で締め括られた。
「玉城壮輔だった。わかる?」
里見はどういう意味で訊ねているのか、琴子は曖昧にうなずいた。テーブルに戻った里見は、おどけた笑みを薄らとくちびるに浮かべる。
「浜路さんから聞いてた? 社内マッチングアプリで壮輔とカップリングされたらしい」
「はい、昨日、知りました。夜にはじめて会うって」
「はっ、タイミングいいな」
「……なんのタイミングですか」
「なるべくしてなったっていう根拠にできる。琴子を説得するための、最大の武器だ」
「それを、いまわたしに云う時点で武器になってない気がします」
里見は宙に目をやり、くるりと見まわして惚けた様を装う。
「さっき、おれは駆け引きはやらないって云った。盾の陰に隠れている相手を引っ張りだそうとしているのに、おれまでもが盾を立てて姿を見せなかったら、とても出てくる気になれないだろう?」
里見はもっともなことを云う。何か、里見の強気を挫くようなことを云えないか。そう考えているとふと思いついた。
「里見リーダー、お金をケチったりせずにわたしに尽くすってことも、さっき云ってましたよね」
里見はひょいと眉を跳ねあげる。やはり興じている。
「云った」
「梓沙が云ってました。里見リーダーは、宝くじの当選券だって。でも、――」
琴子が云いかけている途中で、里見はあどけない少年みたいに声を出して笑いだした。
呆気にとられ、それから琴子はむっつりとなって里見を睨めつけた。
「あー、悪い」
そう云いながらも里見が完全に笑いを止めるまで、しばらく時間を要した。挫くどころか、琴子は反対に楽しみを与えているだけだ。
それで、とようやく笑みを引っこめた里見は切りだした。
「宝くじの当選券はどうするんだ?」
「換金しません」
「はっ。まあ、 破って捨てられるよりマシだ」
どうしたら云ってもいない言葉を見いだして、こうもポジティブに物事を捉えられるのか、琴子は呆れる傍らで、抱きたくもない憧憬を抱いてしまう。
「そうしないとは云ってません」
「いずれにしろ、結果は同じだ。とりあえず、“今度”ダブルデートらしい」
「ダブルデートって……」
「文句ならおれにじゃなく、浜路さんに云うべきだ。おれの案じゃないから。けど、壮輔がなんでマッチングアプリに登録したか興味あるし、琴子にとっては壮輔をリサーチするチャンスだ」
「興味ありませんけど」
「親友のカレ、もしくは夫になるかもしれないのに?」
「……そうなったらどうします?」
問いに問いで返すと、里見は不思議そうにした面持ちで首を傾けた。
「そうなったらって、壮輔と浜路さんが結婚したらってことか? そのことなら関係ない。ふたりの自由だ。彼らにとっても、おれたちがどうなろうと関係ない」
本当にそうだろうか。電話の話し方を耳にしたかぎり、里見にとって壮輔は親友という雰囲気だ。梓沙がしたことを知ったらどうするだろう。加えて、琴子がかつて梓沙の策略に加担したことを知ったら。いまですら、知っていることを云わないことで加担したことになっている。
「……そうですね」
同意するとは思っていなかったらしく、里見はわずかに目を見開いた。
「それは、プラスにとっていいのか?」
「マイナスだと云っても、里見リーダーはプラスにしか受けとりませんよね」
里見は笑ったかと思うと、嘆息しながら首をひねって立ちあがった。
「いいかげん、その“里見リーダー”の連発は聞き飽きた。帰すまえに、そういう他人行儀な関係じゃないってことをもう一度、叩きこんだほうがよさそうだ」
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「里見リーダー!」
「問答無用で罰だ」
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